柚木結鶴の優しさ①
『そうか…。それはつらかったね。初めて会ったときから、マー君が何か重い物を抱えているんだろうな…と思っていたの』
「柚木さん、夜分、遅くにありがとうございました」
『そんなことは気にしなくていいのよ。何かあったら、また頼って頂戴。あ、マー君、明日、暇?』
「はい、暇ですけど…」
『そしたら、うちへ遊びにおいでよ。私が描いた絵を見せてあげたいの…』
「えっ、いいんですか?」
『もちろんよ。この前、飲み会の帰りに私を家まで送ってくれたでしょう。そのお礼がしたいのよ』
そこまで言われたら、無下に断ることもできない。それに柚木に誘われて悪い気はしないし、彼女と話していると楽になれる。きっと、柚木も重い物をたくさん抱えていて、お互いに分かり合えると言うのもあるだろう。さらに、お昼をもてなしてくれるとのこと。
一方で柚木は一体何を考えているのか? 何を望んでいるのか? 田井島にはさっぱり分からない。誘惑しているの? それともただの親切心?
まあ、どんな事情があったとしても、こんなお誘いを受けられることは実にありがたい。つまらぬモノトーンの日常にささやかな彩りが添えられる。それがなければ、夏目漱石の「とかく人の世は住みにくい」の世界観から永遠に抜け出せないだろう。