1-3 待合室の憂鬱
目の前を、松葉杖の男が通っていく。その動きはどことなくリズミカルだが、固められ包帯を巻かれた足は痛々しい。あの男も、僕と同じ交通事故だろうか。楽しいドライブか食うための仕事かは知らないが、快調にとばしていた時間がまったく突然に取り返しのつかない断層へと落ちて行く。日常から非日常への転落………
不意に、数日前自分に起こったできごとを思い出してしまう。ぶつかった時は、一瞬の不幸を嘆いたが、逆に言えば、この程度ですんでよかったとも言える。何がその分かれ道なのかは知らないが、僕はこうして首の痛みをかかえ、そして、彼も何等かのアクシデントで足を痛めてしまっていることは、今この瞬間の厳粛なる事実だ。
五十くらいの女が、足を引き摺るように歩いて行く。歯を食いしばって、頭を大きく降りながら、それでもだれの助けも借りずに歩いて行く。まるで、向こうにある薬局の窓口まで行くことが、唯一つの人生の目的でもあるかのように、ひたすらに。
そうかと思うと、腕を吊った三十くらいの女だ。その腕をいたわるようにうつむいている姿は、その腕を痛めることになった運命とでもいうべきもののまえで、ただ耐えることしか方法がないと悟っているかのように見える。
パジャマ姿の、六十くらいの男がこちらに歩いてくる。どこが悪いのかは分からないが、その歩き方を見ていると、もう入院が相当に長い事は間違いない。どのくらいの人生を、この病院で送っているのか、その間、毎日何を考えているのか、そんな事は知るよしもないが、本人は、自然体そのものだ。
一体どういう運命で、みんなここにいるのだろうか。
そう思ってあたりを見回してみると、僕と同じ椅子に座っている人達も、当然のことながら、何かしらのものをかかえている。かくいう僕も、今日のところは、一応そうだ。運命の、ほんの小さないたずらで、それぞれの日常生活から切り離されて、見えない糸に引かれるようにこの場所に引き寄せられて来た人達だ。
そのようにして集まってきた人々が、思い思いの格好をして、無表情に視線を宙に投げ、まったく他者との関わりのないように自分と向き合いながら、それでも、それはそれとして、全体として一つの秩序を作っているように見える。 こんな風景を、どこかで見たことがあるような気がする。
どこだったろうか。