1.病院へ 1-1 病院に向かうバス
「次は、××総合病院前、××総合病院前です。お降りのお客様は、お手近のボタンで、お知らせください」
バスのアナウンスが流れ、左の方に、十階建てくらいの大きな白いビルが見えてきた。
ピンポーン。
「次、止まります」
誰かが、ボタンを押したらしい。
「曲がりますので、ご注意ください。バスが完全に停止するまで、座席でお待ちください。次は、××総合病院前です」
テープに吹き込まれたというだけで現実感を無くしてしまった声が、ご丁寧な注意を誰にともなく発した。聞く意思のない人々の占める空間に向かってそれは空しく響き渡り、そうしてまたエンジンの音にかき消されていく。
バスは、大きくカーブを切ってゆっくりと病院の構内に入り、正面玄関の少し手前で止まった。
老婆が、無料乗車証だろうか、紐のついたカードのようなものを運転手に見せ、大儀そうに袋にしまうと、ぶるぶる震える手を手摺棒に伸ばし、しがみつくようにしながら、一段一段、ステップを降りて行く。
もし、これが駅の階段で、ちょうど朝のラッシュアワーだったりすれば、聞こえよがしに舌打ちをしたりはしないものの、咳払いの一つくらいして強引に追い越していくところかもしれない。だが、ここでは、こういう人達が主役なのだ。そして、今日は僕も病人だ。だからなのか、ほとんど、その老婆に手を貸してあげたいような気持ちになっている自分に戸惑いながら、後に続いてゆっくりとバスを降りた。
途端に、めまいがした。
汗がじわりと吹き出すのが分かった。
真っ白い建物が目の前の視界のすべてを遮り、おおいかぶさってくるようだった。
朝からとにかく暑い日だった。そのままアスファルトの上に倒れ込んだら、どろりと溶けて剥がれなくなってしまうような気がしてくる。
見ると、さっきの老婆は、確かな足取りでもう自動ドアの向こうに消えていくところだ。
五階あたりの窓に反射した太陽光線が眩しい。
気を取り直して、きれいに刈り込まれたツツジの植込みに沿って、正面の入り口まで歩いて行く。