4話 抑えきれない恋心
その夜、リタは看護婦塔に戻るとすぐに寝床の横にランプを置き、何やらごそごそと熱中していた。
食事の時間を迎え、普段と変わらぬ様子で食事を終えたリタは、一階の水場でハンクと共に手際良く後片付けを済ませ、明日必要な包帯やシーツの準備を計画表通りに用意する。
そしてハンクが用意した品物の名前や数を、覚えたての字で記録して準備品の目録を作成した。
仕事を終えて二階に戻ると、薄暗い部屋の中ではシフト姿の団員が増え、ランプの明かりが一つ、また一つと消え始めたていた。
ハンクがそろそろ眠ろうかと頭の覆い布を外して白いエプロンを脱いだ時、リタの潜めた声が背後からかけられた。
「サム、ちょっといい?」
振り向いたハンクの目に、自分と同じ姿になっていたリタが映る。
リタは周りを気にしながらついてくるよう合図をし、音を立てずに歩き出すと部屋を出て一階にある小さな台所の前まで移動した。
黒衣の制服を闇に溶け込ませたリタが、ハンクを振り向き緊張した小さな声で懇願する。
「お願いがあるの。
サム、協力して」
リタはハンクの答えを待たずに、次の言葉を続けた。
「どうしても今夜中に、これをユーリアのもとへ届けたいの」
そう言ってリタが差し出したものに、ハンクは驚きを隠せなかった。
彼女の手にあるもの、それは地味で飾り気のない支給品の封筒であるが、明らかにそれは、想いのたけをしたためた完全なるラブレターであった。
目を見開いたハンクは、自分宛でもないラブレターを前にぎくしゃくしながら上ずった言葉を返す。
「えぇっ、これリタが書いたのっ!?
今夜中にユーリアの…………って、無理だよ!
夜間は婦長以外、看護婦塔から出ちゃいけない決まりじゃないか」
冷静さを取り戻して注意するハンクの両肩を、リタはすがるように掴み揺らすと悲しみをはらんだ声で懇願した。
「そんなの解ってるわよ!
でもあたし、もう一晩だって我慢できないの!
絶対今行くわ!
だけど一人じゃ婦長に見つかりそうで不安なの、
鉢合わせしないようあんたの目を貸して、
お願いよあたしのキューピッド!」
今までになく真面目に懇願してくるリタに、ハンクは困り顔で溜め息を落とした。
そして真一文字に口を結んだのち、回廊へと出る扉を指差したハンクが、落ち着いた口調でリタへと告げる。
「……病棟への出入り口は、
夜になると婦長が鍵を閉めて見回りに行くんだ。
鍵は婦長とブレースブリッジさんしか持っていない、
ここからは出られないよ」
変わらぬ表情のまま見つめてくるリタに、ハンクは諭すように「わかった?」という表情を突きつけた。
リタはハンクを掴んでいた手を下ろして背筋を戻すと、スカートのポケットから何気なく一本の棒鍵を取り出した。
その鍵に通った紐の輪を指先に引っ掛けくるりと回して見せたリタは、溜め息と共に困った顔で腕を組み、大袈裟な言い振りで演技をしてみせる。
「あぁもうブレースブリッジさんたら、
今日洗濯に出したドレスに入れっぱなしだったの。
だから預かってるんだけど、
今日ブレースブリッジさんは旦那さんのところで会計をお手伝いしている日だから看護婦塔にはいないのよねぇ。
これ、そこの鍵に間違いないんだけど、どうしたらいいかしらん」
斜に構えたリタが組んでいた両腕から片手を解き、伸ばした指先を考えあぐねるようにして顎の辺りに当てる。
顎の下では指から下がった棒鍵が、真鍮特有の鈍い反射光を放ってぶらついていた。
ぎょっとしてたじろいだハンクの前で、いつしかリタは真面目な顔になっていた。
決意したようでいて切羽詰まった表情のリタがあまりにも真っ直ぐ見つめ続けてくるため、ハンクはその雰囲気におされて思わず了承の意を口にしていた。
「……わ、わかったよ」
ふっと表情を緩めたリタが、感謝の気持ちを溢れさせる。
「あぁサム、ありがとう!」
リタからのハグを受けながら、ハンクは自分自身の判断に呆れ顔を見せていた。
存分なハグを終えて身を離したリタに向かって、ハンクは肝を据えた態度で胸を張ると、指揮官ぶった口調で宣言する。
「気は進まないけど、規則違反をやるからには絶対誰にも気付かれずに、ここまで帰ってくるからね」
素早く何度も頷いたリタが、真摯な表情でハンクを見つめ、彼からの指示を仰いだ。
「いいわ。そのためにはどうしたら?」
リタの完全なる追従姿勢に兵士の上下関係を感じ鼓舞されてしまったハンクは、陸軍曹よろしく切れのある口調で作戦を命令した。
「そのためには、ブーツとペチコートを今すぐ脱ぐっ!」
【ペチコート】
ペチコートとは、長くて重たいロングドレスの腰元から裾までの間を、大きくふんわりと広げてみせるための補正用中着です。
当時イギリスの成人女性がまとっていた洋服は、首から手首から足首までもがしっかりと布で覆われた禁欲的なドレスでした。極端なまでに肌の露出が制限されたドレスだったため、女性らしさを表現できる部分は『細いウエストと張り出した腰』に集中していきます。
女性たちは「美」を追い求めるように自身のウエストをコルセットで縛り上げ、優雅なふくらみを手に入れようと大袈裟なペチコートをつけてスカートをはいたのです。そして間違っても足首が見えぬように、脛まで覆う編み上げブーツを履いていました。




