1話 念願成就
次の日。
爽快に晴れ上がった青空が絵画のように窓辺を飾る病室で、リタはユーリアとの談笑を存分に楽しんでいた。
すっかり打ち解けた様子で会話する二人は、もうすでに小一時間ほど語り合っていた。
語り合うとは言っても、リタの質問にユーリアが答えるといった形式であり、リタはもう随分と彼のことを把握し始めていた。
「ユーリアさん、私と同い年ですのね。
随分と大人っぽいから、幾つか年上かと。
……先ほど聞いたお母様の郷土料理、とても美味しそうだったわ。
それからイワンチャイの咲き誇る丘……、すてきね。
いつか私も見てみたいわ……」
リタはそう話しながらユーリアの病人服を脱がせ、彼を隠す包帯たちを全てほどくと、かねてからの願望でもあった「一切の包帯に覆われていないユーリア」の姿を、崇高な者でも迎えるかのようにうっとり顔で仰ぎ見た。
治り始めた傷口を見つめるユーリアを、リタの目がじっくりと隅から隅までねめ回す。
彼の煌びやかな逞しさにあてられ次第に口元を緩ませたリタは、自分のだらしない顔を見られまいと慌ててうつむき、解いた包帯を適当にまとめ始めた。
包帯を片付けるリタの耳に、病室のドアが開いた音とワゴンとおまるが細かくぶつかり合う音が聞こえて来た。
部屋の中央でワゴンを停め、各ベッドへと往復を繰り返す軽い響きの足音は、徹したように無言のまま仕事を進めている。
その音に一人感心の表情を見せたリタが、消毒セットをユーリアの傍らに置き、綿球を挟んだピンセットを右手に持って膿盆を構える。
そして、頬の消毒から始めようと腕を伸ばした瞬間、
顎をあげたユーリアがついたての先に向かって声をかけた。
「その足音は、サマンサ?
君は若いのにいつも頑張るね」
目で見ずとも優しく笑っていると解るユーリアの声が、足音の主を立ち止まらせる。
「サマンサ、僕を助けてくれたのは君だ、ありがとう。
このあいだ僕に聞いた事、答えようと思うが聞くかい?」
大慌てで駆け寄って来たハンクが、ついたての前で一旦急停止した。
そして、ついたての端からおずおずと顔を覗かせ、期待という光を放ちながらリタの表情をうかがう。
リタの
「ユーリアが言うんじゃ仕方ない」
と言いたげな、観念した眼球の仰ぎは、間違いなくハンクの同席を許可していた。
花の咲くような笑顔を見せたハンクは、逸る気持ちを抑えながら彼の足が横たわるその隣にゆっくりと腰を下ろす。
行動の慎重さとは裏腹に身を乗り出して催促してくる看護婦の姿に、ユーリアは楽しそうな笑顔を浮かべた。
二人の様子を見たリタは不満げに背を向けると、傍らの細口共栓瓶を開栓する。
そして綿球をピンセットで摘みながら、少しでも二人の邪魔をするべく口を開いた。
「そういえば、ユーリアさんにはまだ傷の診断をお伝えしていませんでしたわね、ごめんなさい。
今すぐお話させて頂きますわ」
かしこまりつつ消毒液に綿球を浸すリタが、ここ数日フローレンスを捕まえては講じて貰っていたユーリアの病状を、さも知ったふうに連ね始める。
「ユーリアさんの肩の銃創は銃弾が浅い角度で貫通して
射入痕と射出痕が著しく近接しているため
一つの長い傷のように見えていますね……。
縫合後は酷かった炎症も治まってきましたし、
何より骨に当たらなかったのは幸いでしたわ。
お腹の銃創はごく浅い場所で銃弾が止まっていたので、
弾を取り除いて縫合をしました。
弾が腹腔に達していなかったのも幸運ですよ。
ユーリアさんは運がよかったのね」
ユーリアの傷口を消毒綿でなで終えたリタは、彼を見上げてにっこりと笑って見せる。
滑らかに連ねられたリタの言葉に、背後のハンクは目を丸くし驚愕に身を反らせていた。
一方ユーリアはリタの知識に感心しきり、驚きの笑顔で賛辞した。
「凄いなリタ、君はまるで医者のようだ。
きっとたくさんの勉強をしたんだね。
……だが、ユーリアさんは止してくれ。
僕は君と同い年なのだし」
ユーリアは困ったような、それでいて照れているようにも見える笑顔をリタへと向ける。
真っ直ぐ投げ掛けられたユーリアの笑顔に、ねじり搾られるような力で心臓を締めつけられたリタが、挙動不審を存分に体現しながらユーリアの申し出を受諾する。
「ユユユユユーリアさんがそう言うのならユッ! ……ユーリア、と」
自分の口から出た言葉ですっかり酔ってしまったリタが、染めた頬を両手で包み、可愛らしく身をくねらせた。
一人幸福の海に浸るリタの姿を横目見たハンクは気を取り直して前のめりになると、ユーリアの傷を興味深そうに見つめる。
ユーリアの体でいきいきと回復している縫い傷に、アッシュグレーの瞳を釘付けたハンクは期待に突き動かされたような口調で訊ねた。
「ねぇ、どうして撃たれたの?
傷と引き換えに手に入れたのは、どんな功績?
仲間を助けようとした?
それとも、先陣きって敵の軍隊に飛び込んでいったの?」
まるで目前に喜ばしいプレゼントでもあるかのように、期待と興奮の入り混じった表情をユーリアに向けるハンク。
その視線に苦笑いを見せたユーリアは病院服をはおり、一度うつむいてから顔を上げた。
【ユーリアの父は貿易商】
ユーリアをロシア兵にしたいという相談を、原案者である雪芳さんに伝えた時、「ロシア語以外も喋れたほうが恋愛しやすいですよね」というご指摘を頂きました。なるほど、そりゃそうだ!ということで、ぐろわは『貿易していた』という提案もそっくりそのまま頂きましたのです。




