…やっぱり、行くの?…行くんだね…
あれから11年の年月が流れた。
成長したヴィルは立派な一軍人として父 セヴィルと共に"軍界"で忙しい日々を送っていた。
その妻ファルも同じく義母シャイナと共に医術を使い病に苦しむ人々を助ける日々……
親達がいない屋敷で暇ーな日々を暮らすのはヴィルの娘ルカ 15歳。
ある日いつもの様に本の虫になっていたルカは同い年の叔母シャナに誘われ父達の領域"軍界"へと足を踏み入れていく。
騒がしい国の中心部から離れた郊外。柔らかな草原と心地良い音を響かせる小川のすぐ側にその屋敷はあった。
少し錆びた鉄門をくぐり抜けると左側に長細い倉庫の様な建物が二つ縦に連なっている。
中には様々な色の馬達が馬房で体を休めていた。どれも体格が良く太腿の筋肉は見事に締まっている。彼等は皆軍馬であった。
どの馬も大層可愛がられており主人達の帰りを今か今かと静かに待ちわびていた。
一番左端の馬房は他と比べ少し広い。
中を除けば純白の美しい馬が産まれたばかりの仔馬を甲斐甲斐しく世話していた。彼女もまた長い間主人に会えず寂しい思いをしていた。そんな母の思いも露知らず愛らしい仔馬は母の鼻にすり寄り甘えるのであった。
屋敷の玄関扉には"SHUGUNA"と丁寧に彫られている。そのすぐ下には、恐らく尖った小石で掘ったのだろう。"SHANA&RUKA"と汚く記されていた。
屋敷の中は非常に整頓されていた。無駄という無駄な物が一切置かれていない。あるのは陽に当たるよう窓の側に生けられた色とりどりのコスモスだけだ。廊下も階段も床の上にも埃一つ落ちていない。
屋敷の主人は仕事から帰って来る度、妻と使用人に『綺麗を保つように』とキツーく言い渡し仕事へと戻って行った。
妻はいつもの様に無視し,使用人達は言いつけを守り毎日屋敷の隅々まで掃除に励むのであった。
1人のメイドが湯気の立つ温かい飲み物を盆に載せ、二階の一室をノックした。
「ルカ様、ココアをお持ちしました」
「入っていいわ」
「失礼します……ルカ様、また本が増えていませんか?」
唖然とするメイドの先には分厚い本に囲まれ読書に没頭するルカがいた。ページを捲りながらルカは答えた。
「さっき屋根裏へ行ったら母様の読まなくなった本が置いてあったから持ってきたのよ。ここにある本は飽きるくらい読んだから丁度いいと思ってね。あー…面白かった」
読み終わった本を閉じると側に積み上げられた本の塔の上に置いた。一瞬だけ塔は揺れたが直ぐにおさまった。
「ありがと、ココ」
ココというメイドからカップを受け取り一口啜った。甘い香りと味が読書で疲れた脳を癒してくれた。
「母様達はまだ帰って来てないの?」
"達"とは、ファルとシャイナの事だ。
今日は久しぶりに2人揃って帰ってくる日なのだ。
しかし、ココの顔色は曇った。
「それが先程連絡が入り、今日は診療所に泊まられるそうです。何でも急患が入ったとかで…」
「ふーん、そう」
気にするでもなくルカは答えた。
医者であるファルは以前住んでいた家を診療所に替え、貧富の差関係なく診療を行った。だから、やって来る患者の数も半端なく滅多に家に帰って来る事はなかった。薬剤師であるシャイナもそれは同じだった。
それでも忙しい合間を縫っては家で待つ娘達の為、2~3日に一度は帰って来てくれた。しかし今回はもう2週間帰って来ていない。
ルカにとってとても長く感じる時間だった。
「そう言えば、"父様達"にもいつから会ってないんだろう」
"達"とは、ヴィルとセヴィルの事だった。
軍人である父達は任期が定められていて帰って来るのは半年に一度くらいだ。しかもセヴィルは現軍界最高権力者、ヴィルは治安部隊隊長と二人とも重役に就いている為、任期が過ぎてもなかなか帰る事が出来なかった。
「寂しいなー」
ポツリと呟くルカをココは哀しげに見つめた。
その視線に気付いたルカは作り笑顔をココに見せた。
「ごめんなさい、また言っちゃった。大丈夫。ずっと会えない訳じゃないんだし、いつかは帰って来るわ。ね?」
そんなルカにココも優しく微笑み返した。
窓に腰掛け外を眺めていると小鳥がつがいで仲良くじゃれながら広い空へと羽ばたいて行った。
「はぁー…暇すぎるわー。こんな事してても何の気休めにもなりゃしない――久々に馬にでも乗ろうかな」
ルカは馬が大好きだった。
乗馬も得意で、気分が曇るとよく馬に乗って野原を駆け回るのだ。
ズボンに着替えようと長いワンピースを脱ぎ捨てた時…
バンッ…
部屋の扉が大きな音を立て開いた。
驚いて振り向くと、そこには同い年の叔母がいた。
「っ!!……シャナ、お願いだから静かに入って来てって言ってるでしょ」
ルカが注意してもシャナは「なんだ、そんな事か」といった顔つきだ。
「そんなことよりルカ、何処かへ行くつもり?」
下着姿のルカをまじまじと遠慮なく眺めた。
ルカの白く長い手足はいつか見た異国の人形を思い出させた。膨らんだ胸元にかかる黄金色の髪が何とも言えぬ色気を醸し出す。
「そうガン見されても困るんだけど」
ルカは頬を赤らめながらぼそりと呟きながらズボンを穿いた。細身のズボンを穿いていると脚がより一層長く見えた。
「綺麗な身体ね」
「え?」
「いや、何でもないわ。それより、出掛けるなら丁度いいわ。少し付き合ってくれない?」
「付き合うって、どこへ?」
ふふん、とシャナは悪戯気味に笑うとドカリと胡座をかき座った。
「父様達の所よ」
『やっぱり…』とルカは呆れた。
「ダメよ、シャナ。軍界へは絶対に来るなって父様にあれ程言われたじゃない」
以前からシャナは事あるごとに軍界へ行きたがっていた。それに気付いたセヴィルは…
「絶対に来るなよ。お前ならやりかねん、頼むから家で大人しくしておいてくれ」
兄のヴィルも…
「軍界行ったって楽しい事なんかひとつもないさ。仕事、訓練、仕事、訓練の繰り返しだよ。出来る事ならもう行きたくないよ。シャナ、僕と代わってよ〜」
ボカッ!……
そう言ってセヴィルの拳骨を食らうヴィルであった。
「私はね、軍界で働く父様達がどんな仕事を毎日やっていて私達の為に何をしてくれているのかこの目で確かめたいだけ。この国の住民なら知っておかなければいけない義務だと思わない?」
「そりゃあ、そうだけど……」
強引だがあながち間違ってもいないシャナの言葉にルカは渋々頷くしかなかった。
「あなたは何かと心配し過ぎるのよ、ルカ。何も共犯で軍界をハイジャックする訳じゃないのよ。そうね、言い換えれば……」
「言い換えれば?」
「父兄参観日みたいなものよ、ね?」
「…なんか違わない?それ」




