出会い
部屋から出て数十歩。明るい太陽の日差しを浴びて一言。
「肌がチリチリする…っ」
「普段引きこもりだからですよ」
「ミカ、黙りなさい」
日頃太陽の光に当たらない白い肌が悲鳴を上げている。
いつもなら太陽の光はレースのカーテン越しだったりと、直接あたることは滅多になく久しぶりの直射日光に、私の肌はすぐに限界を迎えそうだ。
「だからたまには外出なきゃダメなんですよー」
「たまに外でてこのザマなのよ…」
ミカを軽く睨み、外へ出たことをすぐに後悔した。
引きこもりは引きこもりらしく、部屋に籠もってれば良かったわ…
ぼんやりと部屋へ帰ろうかと画策していると、それを悟ったのかミカが私の腕を掴み、引っ張りながら歩き出した。
「な、何するのよ?」
「ダメですよー、姫さま。今日は中庭のバラ園で散策ですからね~」
「は、肌が…焼ける…っ」
私の必死の抵抗をモノともせず、ミカはぐいぐいと引っ張られながら中庭へと突き進む。
この傍若無人め…っ!
「や、やめなさい…って」
「もー。姫さま、運動神経ぷっつんすぎですよー。」
ミカとそんなことを騒ぎつつ繰り広げながら、明るい日差しの差す王城の廊下を進んでいると、気がつくと中庭までたどり着いた。
そこまで距離のない位置に私の部屋があるのだが、ミカがぐいぐいと私の腕を引っ張るのでいつも以上の速度で歩く羽目に。
ただでさえ普段は滅多に部屋から出ない私には大変な運動だ。
「さぁ、姫さま中庭へ着きましたよ」
「も、もう無理…」
ようやくミカが手を離したので私は膝に手をつき、乱れた息を整える。
ミカがため息をつきながら私を見た後に、いつものように気の抜けた声であれー、と言った。
その声で中庭へ視線を向けて、この時初めて中庭に先客がいる事に気づいた。
「あれ…君たちは…」
先客もミカの気の抜けた声で私たちに気付いたのだろう、私たちに声をかけてきた。
先客は、きらきらと輝く銀色の髪を肩に付くくらいの長さで、青い瞳の華やかな雰囲気を持たせる、端正な顔立ちの引き締まった体の長身の青年だ。
「えっと…はじめまして、俺はアウラーズン・ユーディと申します」
青年はにこやかな笑顔で自己紹介をはじめた。
ここで私も自己紹介をしなければ、ローンフォードの名に傷をつけるわね…。正直面倒くさいんだけどね…。
そう考えて、私も自己紹介をする。
「私はリュンゼリア・クラーレン・ローンフォードと申します」
笑顔でにこやかに…なんて芸当は私には出来ないから、無表情でドレスの裾を持ち上げて会釈をする。
「ローンフォードへようこそ。どうぞゆっくりしていって下さいね」
疲れた…。何故朝からこんなに疲れなければならないのよ…。
…と内心毒づいていたのだが、青年の体がびくりと大きく跳ねた。
「え!?あ…リュンゼリア姫だったのですね!ご無礼失礼致しました!」
私がローンフォードの姫ということに気づいた青年が、慌てて頭を下げる。
端正な顔立ちの青年が慌てる姿がなんだか面白くて、思わず少し笑ってしまう。
「ふふ…っそんな畏まらなくても構わないのに」
「いえ、そんなわけには…!」
私の言葉に慌てて取り繕った後、顔を上げた青年…アウラーズンは私をじっと見つめている。
無礼を詫びた後にまた無礼ととられられるような立ち振る舞いをするなんて、変な人…
私の訝しむ視線に気付いたのか、アウラーズンはまた慌てて横を向いた。
その頬は何故か若干赤く染まっていて。
どう対応して良いかわからず、チラリとミカへ視線を向けると、彼女はにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。
顔を真っ赤にした青年と、意地の悪い笑みを浮かべる侍女。…どんな状況なのよ、これ。
…よくわからない状況だけれど、長居をしてこれ以上面倒なことになるのは避けたいわね。
さっさとこの場から逃げるが勝ち。
「それでは私はしつれ「リリア…!?」」
そこまで言いかけた時だった。
城の奥から2人の男が一緒に出てきたのは。そちらに視線を向けると、男達は驚いた表情をしている。
そのうちの1人はこの国の王、ゲラルディア・マクス・ローンフォード。
もう1人はエングリオ・リエール。
2人共、かつて私に打ち勝った者達。
「ゲラ…じゃない、お父様?珍しいわね、中庭にまで出てくるなんて」
「久しぶりにエングリオが顔を見せに来たのでな。」
そういうとゲラルディアはエングリオの方へ顔を向けた。
ミカの母親であるミラージュと、この2人は幼なじみで親友だという。
たしかに私と戦っていた時も気の置けない仲間、という雰囲気を醸し出していた。
ぼんやりと考えていると、ゆったりとしたテノールの声が私を呼んだ。
「久しいな…リリア」
「えぇ。久しぶりね、エングリオ。どうやら元気にしていたみたいね」
「お前は相変わらず引きこもりのようだな。肌が白を通り越して青い」
「…あなたもミカも随分と失礼な人間よね」
エングリオと言葉を交わしていると、先ほどの青年…アウラーズンが熱心な目でこちらを見ていることに気づく。
どうやらエングリオもそのことに気づいたらしく、視線をアウラーズンへ向けていた。
「…リリア、アイツは俺の弟子だ」
「弟子…!?エングリオ、あなた弟子をとったの!?」
剣帝、剣神と謳われている程の剣の名手であるが、頑として弟子をとらなかったエングリオが弟子を…!?
驚く私に、エングリオは楽しそうに口元を歪めた。
「奴には才能がある。埋めておくにはもったいないほどの、な」
「あなたがそこまで言うなんて…期待できるわね」
私たちの会話を聞いて気恥ずかしくなったのか、アウラーズンは赤く染まった頬を掻いて下を向いた。
「でも、なんというか随分と初な子なのね」
「リリアが無駄に図太いだけだ」
「…失礼ね」
エングリオと無駄口を叩き合っていると、下を向いていたアウラーズンが意を決したように前を向く。
頬はいまだに赤く色づいているが、その瞬間の彼の瞳に目を奪われた。
どこまでも透き通った湖の色をした青い瞳には強い意志を秘めた光を持っていて。
しかしどこか暗い影を帯びている。相反しているその2つを備える瞳に、私の心がざわめくのがわかった。
けれど…私と彼は近づいてはならないのだと、その憎悪を秘めている瞳を見た瞬間に気づいてしまった。
「力があれば何も喪わずに済んだんです」
彼は、【ワタシ】に。
「だからもっともっと…強くなりたいんです」
邪神キューデリカに大切なものを奪われたのだ、と。
キューデリカの愚かさに、足元が崩れ去る感覚に襲われた。