邪神から姫へ
人を愛していたからこそ、人が憎い。
裏切りに耐えられなかったワタシは、人を憎むことでその痛みから逃げ出したの。だからアナタ達もワタシを憎めばイイわ。絶対悪になってあげる。
さぁ、狂乱の宴を初めまショウ…?
ふと気がつくと、一筋の日の光も差し込まない暗いあの部屋に立っている。
正面へ視線を向けると、そこには私に気づかないで狂ったように笑い続ける、長い黒い髪の少女が立っている。
一度も切られたことのないその髪は床へ散らばり、瞳は黒く淀み、体は痩せこけている。
その姿はまるで死に神。きっと常人なら畏怖し、その姿を見てしまったことに恐怖するだろう。なんて醜いワタシの姿。
そこまで考えてようやく気づいた。
あぁ…また…
これは夢。
黒の記憶。まだ私がリュンゼリアではなく、キューデリカだった頃の記憶。
人を憎み、憎まれることで生きていることを理解していた醜いころのワタシ。
人を知り、人に慈しみを与えられた今の私がもっとも恐れていて、消し去りたい過去…キューデリカ。
この記憶と向かい合うと、激しい憎悪で私はワタシに戻ってしまう気がして…
向き合うことすらできない過去ー…。
気がつくと私の腕と足は何かに縛られていて、動くことができない。
そして目の前には、相変わらず暗い目をしたワタシ。
酷薄な笑みを浮かべて私の頬を、細い指でなぞる。
「さぁ…アナタもワタシを憎んで?」
その姿に似合う冷たい声色で私に問うた。
何を言うの。
答えなんて最初から決まっているのに。
「えぇ。私はワタシが憎いわ」
人を憎むワタシが私は憎い。その言葉で私の心は軋み、思わず顔をしかめた。
人のことを愛していることを自覚してしまったリュンゼリア【私】は、人を愛していることを認めないキューデリカ【ワタシ】と相容れることはない。自分で自分を否定している。
そんな私にワタシはさらに笑みを浮かべて、こう言った。
「さぁ、清々しい朝ですよ。起きてくださぁい!」
「…………は?」たっぷり10秒フリーズ。
目の前にはワタシが邪気のない顔でにこにこと笑っている。
…正直、恐怖すら感じる。キモい。
状況を理解する前に暗い部屋の中なのに突然視界が明るくなり、思わず目をぎゅっと閉じる。
光に慣れてきて再び目を開けると、見慣れた寝台の天蓋。
…朝、か…
しばらくぼーっとして、ようやく夢から覚めたことに気づく。
鼻歌の聞こえる方へ寝返りをうつと、そこには
茶色の長い髪を結い上げた少女…ミカが無駄に広い部屋のこれまた無駄に大きい窓を開けていた。
「今日は一日中晴れるそうですよ!」
私が起きたことに気づいたミカが、こちらをにこにこと笑顔を浮かべる彼女をジッと見つめて、
思わずため息を吐いた。
「…なんてタイミングで来るのよ…」
「へ?いつも通りの時間ですよ?早く起こすと姫さますぐ怒るじゃないですかぁ」
ミカが不思議そうな顔で私を見つめる。
そんなミカに敢えて悪態をついてみる。
「ホント…空気の読めない子ね」
「あぁ!また姫さまがヒドいこと言う~!」
きゃんきゃんと騒ぐミカに心が温まる感覚がした。
そうよ。私は人と歩むことを決めたのだから。
人を憎むワタシはもう必要ないから、私はワタシを憎む。
瞳を閉じてそう強く念じる。
気を抜くと、また人を憎む気持ちが爆発しそうになってしまうから。
黙ってしまった私を心配したミカが、そっと様子を窺っている。
そんなミカに気づき、私はまだ寝そべっている上半身を起こした。
「晴れるなら、今日は図書館にでも行くわ」
「…晴れなのに図書館…相変わらず引きこもりですね」
目上の私にも恐れずにイヤミを吐くミカに、くすりと笑みを浮かべた。
普通の王族なら不敬罪にあたる行為を全く恐れずに行うミカの豪快さが気に入っている。
「引きこもりで結構よ。城の外だなんて、めんどくさいだけじゃない」
ダメダメな王族ならではの一言を吐くと、寝台から足を下ろす。
「姫さま~、普通はそれ言っちゃダメですよ」
「民の現状を知るには良い機会なんでしょうけど、私はなんの権力もない養女だもの」
そう。私はこの国の王…ゲラルディア・マクス・ローンフォードの養女。
ゲラルディアにはちゃんと血の繋がった2人の息子と1人の娘がいる。
だから養女である私に権力などない。
若かりし頃のゲラルディアが、人を憎み仇なしていた私に打ち勝った後に私を連れ帰り、養女にしたのだ。
その時のことは今でも鮮明に覚えている。
激戦の後ゲラルディアに敗北した私は、彼らが剣を振り下ろし命を断たれる瞬間を待っていたが、なぜかゲラルディアが突然私の体を抱き上げた。
思ってもいない状況に全くもって理解出来ないでいる私に、ゲラルディアは豪快に笑い、
「人が憎いなら俺の下に来い。人が憎いと思う暇を与えないほどかまい倒してやる」
それに、女の子を殺める剣は持ち合わせてないんだ。
そう言っていまだに理解出来ていない私を、無理やり外の世界へと連れ出したのだ。
今考えても愚かとしか言いようのない行動。その暴挙を笑って許した当時の仲間達も全くもって愚かだと思う。
国へ帰ったゲラルディアは兼ねてから恋に落ちていた、町娘のマリーサと結婚をした。
その頃、私は先の戦で魔力が底をつき、再び魔力を蓄えるために赤子へと姿を変えた。
今更ながら私の身の振り方を考えていたゲラルディアは、その私の赤子の姿を見て、全く別の存在として養女に添える。という考えに至った。
こうして2人の結婚後私はこの世界に恐れられている邪神としての名のキューデリカを捨て、新しい名リュンゼリアと言う名を与えられ、邪神とは別の存在としてゲラルディアとマリーサの養女となった。
このことを知るのはゲラルディアとマリーサの他は数人の王の腹心…かつての仲間達だけ。
仲間達は私のことを案じているし、時々外へも連れ出してくれる。
養母となったマリーサもマリーサで、かつては私への生け贄になると決まっていたというのに、私を暖かく迎え入れて娘として可愛がった。彼女曰わく、
「今は今、昔は昔よ」
…夫婦揃って変な所が豪快なんだから…。
でも、そんな彼らだからこそ人々は心から慕うのだろう。今日のこの明るい太陽のように、暖かくなくてはならない存在。
私もそんな彼らに魅入られた1人なんでしょうね。
思わずくすりと笑みがこぼれた。
突然物思いに耽ったあげく、笑い始めた私をミカが怪訝そうな顔で見つめている。
そんな彼女に視線を向けて、口を開いた。
「やっぱり今日は中庭を散策してみましょうか」
こんなに晴れ渡り、あの夫婦のような太陽が昇っているのだから。
たまには良いかもしれない。
それが後の私も未来を変える出来事とは知らずに…。
「あ、明日は槍が降りますね…!」
「…馬鹿にするんじゃないわよ…?」
「しかも中庭って…姫さまの体力がぷっつんだからですよねー」
「そ、そんなことないわよ!」
そんな私とミカを暖かな太陽が見つめていた。
第2話!
私である姫がリュンゼリア
ワタシである邪神がキューデリカ
どちらもわたし。




