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いよいよ納税の日がやって来た。
ニイナの部屋も用意したし、大浴場も完成した。
後は本人の到着を待つばかりといった感じだ。
身内から見ると分かり易く、カナトはそわそわと落ち着きがない。
ヲウルからの厳しい視線にも全く気付く様子がなく。
「ふは、カナト様子供みたいー」
「笑いごとじゃない!」
面白がるサイと、声を顰めて叱責するヲウル。
そうこうしている間に着々と貴族たちはやって来て、納税をこなしていく。
今回は馬やワインの他に、宝石やドレスなど、前回と違う姫たちに対する献上品もあった。
そしてヨハリア・モーガン伯爵の納税の時。
傍らには黒いベールを被ったニイナと、その侍女・エイミが並ぶ。
ニイナの持ち物は思ったよりも少ない。
伯爵からニイナ献上の旨が伝えられる。
『亡き父の未亡人であるが、本人の希望で王宮に上がりたい』
厄介払いなどでなく、あくまで本人の希望、である。
伯爵の納税が終わり、サイが2人を控えの間に案内する。
納税がすべて終わってからが再会の時である。
◇
納税がすべて終了し、カナトは駆け足で控えの間に急いだ。
勢いよくドアを開けるとベールを被ったニイナが顔を上げた。
「カナトじゃ、ない・・・」
小さいが絶望の籠った声。
カナトの姿は前世とは勿論異なる。
「ニイナ・・・俺はニイナの知るカナトではないかもしれないが、カナトなんだ」
100%信じて貰えるとは、最初から考えていない。
ただ”転生”というのは神教ではよくあることだと考えられている。
「でも・・・」
「俺は儀式で確かに生贄になり、死んだ。だけど今こうして生きているのも、本当だ」
「・・・・・」
「カナト・フリュイは確かに死んだけど、俺はカナトなんだ。ニイナと過ごした10年間のこと、何でも覚えてるよ」
「本当に・・・?」
「本当だ。森でモンスター討伐した時、ニイナの魔法が初めて成功したことだって覚えてる。モンスターは黒狼だったよな」
モンスター討伐はすべて2人だけで行っていた。
特にニイナは魔法を使えることを隠していたはずなので、カナト以外に知る者はいない。
「カナト・・・?」
「そうだ、カナトだ。ニイナ、会いたかった・・・」
ニイナがカナトに走り寄り、勢いよく抱きつく。
「カナト、カナト!」
「ニイナ・・・」
柔らかな身体を抱きしめる。
ニイナはふわふわしていて、良い匂いがする。
「カナト、年下になっちゃったね」
「そうだな。ニイナは随分と綺麗になった」
睫毛を濡らし、微笑む。
そんなニイナを見てカナトはそう感想を漏らした。
「ありがとう・・・ね、大分おねえさんになっちゃったけど、今度こそ、お嫁さんにしてくれる?」
そうだった。
ニイナは超のつくブラコン。
前世から”お嫁さん”になりたがっていた。
「・・・ニイナは、俺の大事な半身だよ」
「カナト・・・」
頼むから、そんな悲しそうな顔をしないでくれ。
演技だと分かっていても騙されそうになる。
「さ、部屋に案内するよ」
ニイナをエスコートしながら、後宮へ案内する。
2階にニイナとエイミの部屋を用意してあるのだ。
「カナト様、言葉遣いがいつもより丁寧っていうか・・・キモイ?」
「サイ・・・」
後で覚えてろよ。
◇◇
部屋は元の世界でいうところのナチュラルというか、カントリー調というか。
若干アンティークな雰囲気もプラスしてある。
木製の家具を中心に、華美ではない部屋だ。
切り花を飾り、サシェを飾り、シンプルながらも可愛らしい。
「かわいい!」
ニイナとエイミがきゃっきゃと喜ぶ。
参考にしたのはニイナとカナトの昔の部屋だ。
家具はすべてカナトの手作りである。
「何かいるものがあったら何でも言って。食事は運ばせても良いし、食堂で食べても良い」
「カナトは?」
「俺は食堂」
「じゃあ食堂にするわ!エイミも一緒で良いの?」
「あぁ、一緒に食べて大丈夫だ」
食堂は2つあるが、使用人だろうが何だろうが、この王宮に一緒に食事してはならないというルールはない。
「4階に大浴場があるから、ニイナもエイミもいつでも入って良い。婦人同士共用だ。勿論部屋で湯浴みの用意をしても良い」
「楽しそうね!」
「カナト様・・・何から何まで、ありがとうございます」
「良い。今までニイナを守って来てくれてありがとう。エイミもいるものがあったら遠慮しなくて良いからな」
エイミの部屋も勿論、ニイナとお揃いで可愛く仕立て上げられている。
衣装ダンスにはそれぞれの普段着やドレス、靴も揃えているし、日々の生活に困る様なことはないだろう。
「カナト、私、普段何をしたら良いかしら?」
「何を・・・えーと・・・刺繍とか散歩とかか?婦人の趣味はよくわからないが」
「違うわ、お仕事のことよ。掃除も洗濯も何だって出来るわ。お城に住まわせてもらうのに、何もしないなんておかしいでしょう?」
「後宮の姫たちは何もしてないぞ?」
「・・・後宮の姫、たち?カナトにはそんなに沢山のお嫁さんがいるの?」
「いや、全員他国から送られて来た人質だ。そういうんじゃないんだ」
「そう、良かった。・・・手間が省けたわ」
何の手間が省けたかは聞くまい。
聞いてはいけない気がする。
「とにかく、何かしたいの」
「ニイナがしたいと思うこと、何でもして良いよ。侍女でもメイドでも、文官でも」
「じゃあ私、お料理したいわ」
「そうか。好きなときに厨房にいくと良い。シバに言えば何か仕事を貰えるようにしておく」
「ありがとう、カナト」
「後宮付きのメイドはマオとペニーという2人だ。必要なものは何でも彼女たちに言ってくれ」
「畏まりました。ありがとうございます」
エイミが丁寧に頭を下げる。
「それじゃ、荷物の整理もあるだろうから・・・夕食の時に」
「えぇ」
ニイナの額にそっとキスを落とし、カナトは退室した。
さて、行こうか。
サイを絞めに。