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死んではじめるビブライア  作者: 細川波人
序章 無限転生
1/25

0 死んで始まる

 

 ピーンポーン。


 お気楽な調子で人を呼んでチャイムが鳴る。

 ここで「はーい」などとかしこまった返答をして階段を下りはしない。来客への対応とは、常に自身のステータスと相手との勝負なのだ。


 ピーンポーン。


 急かすように鳴った二度目の音から逃げるように、こめかみに指を突き立てる。考える人や二宮金次郎のような決めポーズではないが、浅く切られた爪先が軽く頭皮に食い込むと少しだけ集中できる。


 まずはチャイムを鳴らしている相手の姿を想像するところからだ。通販や出前は節約のため最近は頼んでいない。親からの「今日行くから」の連絡もスマホにはない。仕送りなんかも事前に連絡があるのが我が家の通例。つまりは他の誰かしらの可能性が高いだろう。


 下に聞こえないように灰色の靴下でカーペットを叩く。まだ少し思考が足りていない。


 ここは親から授けられた真新しい新居で、大家はセットじゃない。消去法で考えると、残りは俺個人が必ずしも出る必要のない相手と想像できる。例、ウォーターサーバーの勧誘、宗教勧誘。


 じゃあ、ここで分岐点だ。早々に玄関に出て追い払うのか、居留守をするのかだ。


 表面的には取り繕える人見知り属性持ち。しかし、完全無視を決め込めるほどのスキルは不獲得。そして、来訪者を出迎えない理由ランキング上位二つである風呂と腹痛トイレの状態は回避している。


 しかし……。


 理由ランキング映えある三位を獲得しているオンライン対戦型ゲーム(ポーズ画面なし、一時停止無効)状態におかれている。


 ピーンポーン。


 急かすようにまた一つチャイムが下から響く。ビクリと体を震わせて一時停止。


 普段使いしている自転車はチェーンが切れて修理中。相手は在宅中と決めつけてはいないだろう。そろそろ本格的に留守を疑う頃ではある。


 来訪者不明。応答の義務皆無。現在、ゲームのアバターの体力は緊迫中。


 居留守しよ。


 ヘッドフォンで雑音遮断。よっぽどの用事があるのであれば、インターホン越しに用事でも語るだろう。


 暗い部屋の中で輝く画面へと目と意識を再ロード。リロードした弾倉がガチャリと頼もしく落ちていった。


 ヘッドフォン越しに耳をそばだてているが、続くインターホンの音はなし、声も機械音もしていない。


「居留守成成功。ふぅー、神経使った」


 ガチャ……。


「ん?」


 リロードしていたよな?


 普段よりも雑なリロード音が聞こえて残りの弾を確認する。弾倉は四十。所持弾薬に変化はない。


 ガチャガチャ……ガコン。


「いや、これゲームの音じゃないっ」


 抑えた自分の声とゲーム音に重なって聞こえてきたのは激しい金属音。ヘッドフォンからの音じゃない。鈍くそれでいて破壊を目的としたようなその音は、カーペットの裏から振動と共に音としてこの部屋に迎え入れられている。こちらの居留守を察して実力行使へと出てきたようだ。

 ヘッドフォンを取っ払って軽くなった頭を携えて、パソコンへと背を向ける。


 出るか。


 急いで存在を知らせるような足音を立てて扉を開いて階段へ。カーテンを閉めきり電気を消している一階は不気味と呼べるほどの暗さではないが、やけに鬱蒼としている。


 でも、下りよう。下りて話をつけよう。なんて文句を言ってやろうか。いや、こんなときは個人に対してではなく所属している会社にクレームをいれる方が懸命か。個人と個人のトラブルとなると、過激なケースになることが多々ある気がする。


 曲がりくねった螺旋階段と呼ぶには回転が一つしかない階段を下りきった。そこに長めの廊下が一つあって、その向こうに少ない靴の置いてある玄関がある。


 は?  


 見慣れた玄関が普段とは違って見えた。特に何かがないだとか何かが増えたとかではない。玄関らしい姿が目の前にあるわけだし、玄関の役割は確かに果たしている。扉を開いて来客を向かい入れ、扉を閉めてプライベートを確保する。そんな扉が微かに開いてそこには存在していた。


 鍵閉めてた……よね?


 自分のミスを真っ先に思い浮かべたが、廊下に面していた部屋の扉が一つ開かれることで全く別種のミスなのだと気がついた。


 黒い頭がぬっと現れて音のしたこちらを向いた。誰だ? 知人じゃない。家族じゃない。この家には俺だけしか住んでいない。一人暮らしだ。見覚えなんてない姿で、そもそも顔も判断できないような覆面姿。さらにそいつの手には玄関の明かりを跳ね返す銀色の装備品が……。


 ゾッと背筋が凍る。けれど、動きは止まらない。


「くそっ!! 強盗だ!!」


「……っ! 何やってる! インターホン鳴らして確認したんだろう!! 人がいるぞ!!」


「知るか! 顔見られたんだ! 足が付くなんてごめんだ! やるしかない!」


 やるしかない? 何言ってるんだ! 何を言っているんだよ!


 心臓が押し上げられて内側から外側へと恐怖が広がって汗として肌からこぼれた。その瞬間、真っ黒の服をした男二人組がこちらへと向かってくる。


 ヤバいヤバい!! 失敗した! 


 ここで英雄的に立ち向かう奴は漫画やアニメの世界の住人だけだ。いくら自宅警備員になったからといっても、勤務歴二ヶ月じゃ話にならない。武器を持つ相手への答えはいつだって逃亡だ。多少ものが破壊され、奪われたとしてもここは逃げるしかない。優先は命なんだ。


 塞がれた出口へは向かえない。リビングからも窓を開けば出られるだろうが、そちらも塞がっている。駆け上がれ。自室へと立て籠るんだ。


「あぁぁぁ!! 誰かぁぁ!!」


 大声を出して相手を不安にさせる作戦を取りながら二段飛ばしで階段を駆け上がる。この来客への対応としては完璧であり、唯一の生存ルートであ……。


 ずるりとスローモーションで自分のミスが静かに胸を満たした。灰色の靴下が目の前に見えた。夜空に月が上るように、靴下を履いた足が天井へと向かっていく。 


 滑……ったぁぁ!!


 片足で支えきれなくなった体が上と下とを逆にして。腰を階段の角にぶつけ痛いと思った瞬間には次の角へと背中をぶつけ。記者会見のようなフラッシュが頭に弾けて。さらにひっくり返って天井を見て、頭をぶつけて……。


 痛い痛い痛い。あー!! くっそ!!


 内側の痛みと擦れて白い肌から血が滲む痛みにもがいて一番ダメージの大きい背中に手を押し付ける。痛すぎて息が塞き止められる。


「おい! 落ちてきたぞ!」


「好都合だ。さっさと殺せ。玄関は閉めておく」


 はっ? 殺す? 今、目の前に階段から落ちてきた奴がいるのに? ここまで無力な男を殺すなんて泥棒だとしても必要な処置じゃない。そこは「大丈夫か?」からの湿布を貼って椅子に縛り付け……。


「居留守なんて使ったお前が……、そう! お前が悪いんだ。俺たちは悪くない。姿を見られなければ証拠をなくすためにお前を殺したりしなくてもよかったんだ。そう。悪くない」


「待って。私は何もしません……か、ら」


 潜在的な恐怖を持つ銀色が振り上げられる。鍵やアルミホイルが持ち上げられるぐらいなら恐怖はないが、間違いなくあれは包丁だ。肉を細かく切るためのアイテム。それがある意味では正しい用途で、人間的に見たら間違いだらけの使い道で振り下ろされる。


 っうぅ!!


 俺の腹部の内側を信じられないほどの熱で焼く。止めどない吐き気。内部の不可解な重さと、冷めていく体の表面。

 全身がひきつって逃げる意欲から、痛みから逃れる生存本能へと切り替わるが、生き残るつもりであれば逃げるしかなかった。初心者強盗集団なんてろくでもない奴しかいないのだ。殺すと決めたら、相手が死んだと確信できるまでオーバーキルを繰り返す。


 死体蹴りじゃなく、死体刺しを繰り返す。


「うっ! うぶっ! ぶっ!」


「死ね! 死ね! 死んでくれ!」


 小さな噴水のように血が飛び出る。衣服を少し盛り上がらせて、赤色に染まって、また一つ穴が増えて、今度は逆に血の勢いが弱まって。

 白い壁が赤く染まっていく。茶色い木製の床に醤油でも溢したような水溜まりが広がっていく。


 はは、血の勢いが落ち着いてきた。痛みももうないな。突き刺される衝撃はあるけど。


 ――視界が暗く狭窄する。――音も遠くて命が生命維持だけに意識を集中するが、その燃料は穴だらけの体から絶え間なく漏れ続けている。


「……おい! もういい! そいつは死んでる! 急げ! 金目のものだけだ!」


「お、おう」


 金目のもの? ないよ。そんなもの。二十歳自宅警備員なめるなよ。


「……ふっ」


 最後の息が言葉にならない悪態と血と共に吐き出された。やれやれ、散々な人生だったな。 


 ビクリと体が無意識に揺れて、視界が途切れて暗転して。朝の日差しだけで影の多い天井を、特に思い出深いとも言えないまま頭に残って世界から落ちていく。多分、ゲームの中では敗北して、リアルでは金品も盗まれている。散々すぎる。救いがない。


 もっと生きたい……。もっと、もっと、もっと。


 ――死にたくない。


 ブツッ。


 ああ、……死んだ。


 二人の男に背を押されて俺はついに死の淵を渡った。自分が死んだかなんて、経験なしには語れないのだろうが、断言できるほどの死の雰囲気がそこにはあった。

 絵に描いた人格を消ゴムで消すような痛みは消えた。体の感覚も、目蓋を開くという行為も今は存在しない。ただの形のない魂という曖昧な状態で暗闇の中に浮かんでいる。


 『有畑(ありはた)奏真(そうま) 二十歳』


 ん?


 目すらない、視界すら存在しない状態なのに、目の前に白い文字が描かれていた。墨汁を塗りつけたような真っ黒な面に、ミルクのような真っ白な文字が左から右にとリアルタイムで描かれていく。


 誰?


 姿は見えないが何かしらの存在を感じて心の中で呟いた。けれど、ただの文字は答えてくれずに、溶けるように消えた文字の上から、再び達筆の美しい字を乗せていく。


 『職業、自宅警備員』


 ……評価でもされているのか? でも引きこもりって言わないあたり結構優しい神様だったりとか。


 『なお、自宅の警備に失敗し、現在無職』


 傷口に塩を塗るな! 穴開きたてでまだ痛み残ってるから!


 今触れてほしくないデリケート問題を二重で痛めつけてくれた相手に異議を申し立てながら、何もできないままに消えゆく字だけを見つめる。意味があるかもわからない白い文字がコーヒーに沈むミルクのように消えてから、また次の文字が浮かび上がる。


 『生存意欲・高 生存率・低』


 生存率? 生存意欲? もしかしてまだ死んでないとか? じゃあ、目が見えない中で音を頼りに字を連想している感じか。実はここが病院で……それなら、不気味なこと言わないで早く治療して。


 自分の現状は理解できていなかったが、あそこまでの刺し傷で死んでいないとは思えなかった。しかし、こんな風に言われているということは、偶然お隣さんが腕の良い医者で、偶然腕利きの警察官の友人を向かえていて、俺の叫び声を聞いて駆けつけてくれたのかもしれない。


 だからまだ俺は生きていけるのかも……。


 『適性有り』  


 俺の評価の終わりと言わんばかりに描かれた白い文字。これまでの文字とは異なり、その人の人間性が垣間見れるようなものではない。淡々とデフォルメされた文字が俺の意識の真ん中に浮かぶ。今度は消えていかない。残り続けて、俺の意識に刷り込むように……。


 適性? 何の? ん? うっ、ううっ!?


 船に揺られるような、上下左右への揺れが起きる。まだ暗いのに何かが起きている。けれど、体は動かない。


 何だこれ! なんだこれ! 


 答えは決して現れない。文字が消えてついには闇だけが視界を埋め尽くした。そして、その闇の手は俺の体の内側まで侵入し、意識へと黒い染みを染み渡らせる。


 パニックになるほどのことが起きているのだがパニックなれない自分がいた。意識が消える。本当の意味で自分が死ぬ。壮絶な死の恐怖を感じられないままに自分が消える。


「待ってるから」


 今なんて……。


 声が聞こえた気がした。けれどそれさえも遠くに消えていく。

 ブクブクと消えていく。泡となって暗闇に同化しながら溶けて溶けて……。ブクブクと。ブクブクと。ただ暗い闇へ俺の意識は消えていった。


 《転生ポイント6》 《生を諦めますか?》


 ご愛読ありがとうございます!! 


 新しく書き始めました、死んではじめるビブライア。皆様に楽しんでいけるように、いろいろと勉強しながら書き続けていこうと思います。


 まだ一話で評価なんてできるか! とは思いますが、後々にでもブックマーク、高評価、リアクションが頂ければ幸いです。励みになります!

 

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