第五十話 悪魔
……どれくらい、時間が経ったのだろう。再び意識が浮かび上がる。重い瞼を持ち上げる。視界がぼやけている。輪郭が定まらない。体も、どこか現実感がない。
けれど――
「……行かないと」
口が、勝手に動いた。理由は分からない。思い出せない。それでも、胸の奥に何かだけが残っている。
――殺さなければならない。
「……悪魔を」
言葉にした瞬間、それが“正しい”と理解した。私は立ち上がる。足元がおぼつかない。それでも止まらない。どこへ向かえばいいのかも分からないはずなのに、足は迷いなく森の奥へと進んでいった。
⸻
その瞬間、頭の奥に鈍い痛みが走った。視界が、急にはっきりとする。
森を抜ける風が、やけに冷たかった。足を止め、振り返る。そこには、以前と変わらない木々が立ち並んでいる――はずだった。
「……?」
違和感に、眉をひそめる。幹が太い。枝が高い。以前見た森より、かなり違って見えた。
「……悪魔の、影響……?」
そう呟いた瞬間、頭の奥がずきりと痛んだ。一瞬、視界が揺れる。何かがずっと引っかかっている感覚。思い出せない。けれど、確実に何かを忘れている。
名前だったのか。場所だったのか。
それとも——
「……っ」
思考を進めようとした途端、痛みが強くなる。まるで、記憶そのものを縛りつけられているような……私は深く息を吸った。今は、考える必要はない。考えるべきことは、一つだけだ。
あの城。赤い霧の向こうにいる、あの悪魔。
「……今度こそ、殺す」
あの赤い霧のもとへ向かった。




