結氷
闘技場に入ると、そこには一人の女がいた。その女には翼や角などがなく、人間に見えた。
「よろしくね」
合図と同時に地面が凍りついた。一歩踏み出した瞬間、氷が顔を掠めた。上を見ると、氷柱が落下してきていた。
横に転がって避けた瞬間、足元が完全に凍りついた。踏ん張りが効かない。
「遅い」
女が腕を軽く振ったその瞬間、地面から無数の氷の棘が突き上がった。
魔力を足に回し、咄嗟に後方へ跳ぶ。だが、着地した先も既に凍っている。滑って、体勢が崩れた。
その隙を逃さず、横から氷柱が迫る。腕で防ぐ――が、衝撃で弾き飛ばされた。
私は、床に転がった。息がしにくい。視界の端で、女がゆっくり歩いてくるのが見えた。
立たなければ負ける。手を床につける。その瞬間、違和感に気付いた。
――凍っているのは、表面だけだ。氷は薄い。なら――拳を叩きつける。氷が粉々に砕け、
破片が舞い上がった。
その隙に一気に踏み込む。ムリエルの目が、僅かに見開かれた。
氷柱が落ちてくるが、構わない。拳を振り抜いた。
――勝った。そう確信した瞬間、なぜか足が動かなかった。視線を落とすと……腰から下がすでに厚い氷に飲み込まれていた。
「惜しかったね」
体が動かない。腕も氷で覆われている。魔力を上手く回せない。
《勝者――ムリエル》
淡々とアナウンスと拍手が響いた。
全身を覆っていた氷が、パキパキと音を立てて砕けていく。ようやく体が動くようになった。
「対戦ありがとう」
ムリエルは穏やかな表情で、手を差し出してきた。私はその手を握り返した。その手は、とても冷たかった。
闘技場を出ると、モラが地面に寝転がっていた。
「……二回戦目で負けた」
空を見上げたまま、ぼそりと呟く。
「私も負けちゃったな」
そう言い、私はモラの隣に座った。
しばらく沈黙が続いた。
「まぁ、ネブラのことを応援しよ!」
モラは勢いよく体を起こし、そう言った。その顔には、いつもの明るさが戻っていた。
《決勝戦の参加者は、闘技場にお入りください》
アナウンスが響いた。私達は顔を見合わせ、立ち上がり、観客席へ向かった。
闘技場には、ネブラとムリエルが立っていた。
合図と同時に、地面が凍りついた。無数の氷柱がネブラへと降り注ぐ。だがネブラは、一歩も退かなかった。
氷柱を、正確に撃ち落としていく。氷が次々と砕けていった。
だが、次の瞬間。ネブラの腰から下が凍りついた。氷が、ネブラの体を拘束する。
「頑張れネブラ……!」
モラが、小さく呟いた。
ムリエルが、静かに手をかざす。
終わる――そう思った瞬間、氷に亀裂が入った。ムリエルの目が大きく見開かれる。次の瞬間、氷が砕け散った。
「えっ――」
ムリエルが声を漏らした。
ネブラが顔を上げ、そして――低く呟いた。
「キロプテラ」
その瞬間、どこからともなく、無数のコウモリが現れた。空間を埋め尽くす群れが、一斉にムリエルへと襲いかかる。
「何が起こっ――」
言い終わる前に、ムリエルの体が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
《勝者――ネブラ》
淡々とアナウンスと拍手が響いた。
私は言葉を失っていた。前に戦った時よりも、明らかに強くなっている。ネブラは――どこまで強くなるのだろうか。
闘技場の入口へ戻ると、ネブラが一人で立っていた。
「お疲れネブラ!」
モラが声をかける。
ネブラは、わずかに眉をひそめた。
「……お前ら、弱すぎるな」
「私達が弱いんじゃなくて、ネブラが強いの!」
モラは頬を膨らませて言い返した。
私が俯いていると、モラが顔を覗き込んできた。
「大丈夫だって」
モラはそう言い、肩を軽く叩いた。
私は小さく笑った。
その時ふと、視線を感じた。観客席を見ると、ムリエルが一人座り、ネブラを見ていた。その表情は――どこか悔しそうで、寂しそうだった。
私は、無意識に観客席へ向かって歩き出していた。




