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Frange ruinam   作者: S
魂編
20/39

結氷

闘技場に入ると、そこには一人の女がいた。その女には翼や角などがなく、人間に見えた。


「よろしくね」


合図と同時に地面が凍りついた。一歩踏み出した瞬間、氷が顔を掠めた。上を見ると、氷柱が落下してきていた。


横に転がって避けた瞬間、足元が完全に凍りついた。踏ん張りが効かない。


「遅い」


女が腕を軽く振ったその瞬間、地面から無数の氷の棘が突き上がった。


魔力を足に回し、咄嗟に後方へ跳ぶ。だが、着地した先も既に凍っている。滑って、体勢が崩れた。


その隙を逃さず、横から氷柱が迫る。腕で防ぐ――が、衝撃で弾き飛ばされた。


私は、床に転がった。息がしにくい。視界の端で、女がゆっくり歩いてくるのが見えた。


立たなければ負ける。手を床につける。その瞬間、違和感に気付いた。


――凍っているのは、表面だけだ。氷は薄い。なら――拳を叩きつける。氷が粉々に砕け、

破片が舞い上がった。


その隙に一気に踏み込む。ムリエルの目が、僅かに見開かれた。


氷柱が落ちてくるが、構わない。拳を振り抜いた。


――勝った。そう確信した瞬間、なぜか足が動かなかった。視線を落とすと……腰から下がすでに厚い氷に飲み込まれていた。


「惜しかったね」


体が動かない。腕も氷で覆われている。魔力を上手く回せない。


《勝者――ムリエル》


淡々とアナウンスと拍手が響いた。


全身を覆っていた氷が、パキパキと音を立てて砕けていく。ようやく体が動くようになった。


「対戦ありがとう」


ムリエルは穏やかな表情で、手を差し出してきた。私はその手を握り返した。その手は、とても冷たかった。


闘技場を出ると、モラが地面に寝転がっていた。


「……二回戦目で負けた」


空を見上げたまま、ぼそりと呟く。


「私も負けちゃったな」


そう言い、私はモラの隣に座った。


しばらく沈黙が続いた。


「まぁ、ネブラのことを応援しよ!」


モラは勢いよく体を起こし、そう言った。その顔には、いつもの明るさが戻っていた。


《決勝戦の参加者は、闘技場にお入りください》


アナウンスが響いた。私達は顔を見合わせ、立ち上がり、観客席へ向かった。


闘技場には、ネブラとムリエルが立っていた。


合図と同時に、地面が凍りついた。無数の氷柱がネブラへと降り注ぐ。だがネブラは、一歩も退かなかった。


氷柱を、正確に撃ち落としていく。氷が次々と砕けていった。


だが、次の瞬間。ネブラの腰から下が凍りついた。氷が、ネブラの体を拘束する。


「頑張れネブラ……!」


モラが、小さく呟いた。


ムリエルが、静かに手をかざす。


終わる――そう思った瞬間、氷に亀裂が入った。ムリエルの目が大きく見開かれる。次の瞬間、氷が砕け散った。


「えっ――」


ムリエルが声を漏らした。


ネブラが顔を上げ、そして――低く呟いた。


「キロプテラ」


その瞬間、どこからともなく、無数のコウモリが現れた。空間を埋め尽くす群れが、一斉にムリエルへと襲いかかる。


「何が起こっ――」


言い終わる前に、ムリエルの体が弾き飛ばされ、地面に叩きつけられた。


《勝者――ネブラ》


淡々とアナウンスと拍手が響いた。


私は言葉を失っていた。前に戦った時よりも、明らかに強くなっている。ネブラは――どこまで強くなるのだろうか。


闘技場の入口へ戻ると、ネブラが一人で立っていた。


「お疲れネブラ!」


モラが声をかける。


ネブラは、わずかに眉をひそめた。


「……お前ら、弱すぎるな」


「私達が弱いんじゃなくて、ネブラが強いの!」


モラは頬を膨らませて言い返した。


私が俯いていると、モラが顔を覗き込んできた。


「大丈夫だって」


モラはそう言い、肩を軽く叩いた。

私は小さく笑った。


その時ふと、視線を感じた。観客席を見ると、ムリエルが一人座り、ネブラを見ていた。その表情は――どこか悔しそうで、寂しそうだった。


私は、無意識に観客席へ向かって歩き出していた。


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