異質
旧糾縄集落跡に辿り着くと、私はモラを集落から少し離れた木の下に寝かせた。
胸の奥がざわつく。ここは――安全な場所ではない。
「ダイモーンって、そんな簡単に出てくるの?」
「この御札を剥がせば、嫌でも出てくる」
ネブラは笑いながら、建物の天井に貼られた御札を指差した。
「あはは……そういえば前、やったな」
苦笑した、その瞬間、遠くで轟音が響いた。
「剥がすぞ」
御札が引き剥がされた瞬間、建物全体が軋む。
天井から土埃が落ち、柱が悲鳴のような音を立てた。
外へ出ると――そこにはダイモーンが立っていた。
「陰陽師の血と、人界の悪魔か」
その声は低く、重い。言葉が続く前に、背後から凄まじい圧力が迫る。
「伏せろ」
ネブラの声と同時に、光の奔流が頭上を掠めた。モイラの攻撃だ。地面が抉れ、土煙が舞う。
「邪魔だ」
ダイモーンの声がする。次の瞬間、放たれた光は彼の目前で弾け、霧散した。地面から滲み出た黒い影が、モイラの足元を絡め取る。
「神として脆弱だな」
影が跳ね上がり、モイラを岩壁へ叩きつけた。
「消えてもらうぞ」
ダイモーンが手をかざす。その瞬間――
「あ゛あ゛あ゛……まだ、殺したりねぇよ!」
モイラが叫び、次の瞬間、崩れ落ちた。彼女の胸元から淡い光がゆっくりと引き抜かれ、空中で霧のようにほどけ、跡形もなく消えた。
「……どういうこと?」
私が呟くと、ネブラが目を細め言った。
「「魂が、運命神のものではなかった」」
ダイモーンが近づき、口を開けた。
「そうだ。貴様ら、魂の性質は知っているな」
「肉体に宿り、意識と生命を司る……非物質のエネルギーでしょ」
「それだけではない。能力も魔力も、魂に刻まれている」
ダイモーンの瞳がこちらを見つめる。
「かつて運命神と仕合った時、未来を読まれ、決着がつかなかった。あれが本物なら――貴様らはとっくに死んでいたぞ」
「……スパティアが、違う魂を入れたってこと?」
「そうだろうな」
ネブラは小さく息を吐いた。私達は、倒れたモイラへ歩み寄った。モイラはぐったりと横たわっている。あれほど激しく戦っていたのに、今は人形のようだった。
「肉体は生きているが、魂が抜けている」
胸が締めつけられる。
「戻るの?」
「さぁな。スパティアが持っているなら奪還できるが、消滅していれば、二度と目を覚ますことはない」
冷たい現実。助かったはずなのに、何も解決していない。
「とりあえず助かった。感謝する」
ネブラはそう言ってダイモーンを見た。
「俺は今からでも貴様らを抹殺したいがな」
殺気がダイモーンから放たれる。
「殺る気か?」
ネブラが淡々と返した。
「……まぁいい。あいつが消えれば、神の均衡は崩れるからな。だが、剥がした御札の責任は取ってもらう」
「責任?」
「凶悪な神の討伐だ。協力しろ」
「なぜ我々が」
ネブラは冷静に返す。私は一歩前に出た。
「……封印を解いたのは私達だよ。協力します」
「おい」
ネブラが低く制する。
「三人いれば楽勝だろう」
ダイモーンがそう言い、笑った。
二人を安全な場所まで運び終えた、その瞬間だった。建物に貼られていた御札が、まるで役目を終えたかのように、音もなく一斉に消えた。
その瞬間、再び重圧が落ちた。地面に亀裂が走る。その裂け目から、ゆっくりと“それ”は現れた。
黒く捻じれた二本の角が、額から突き出している。肌は灰色、筋肉は異様に隆起し、瞳は赤く濁っていた。その姿は――鬼に酷似している。
「……久しぶりだな。今度こそ殺してやるダイモーン」
低く唸る声。その視線は、真っ直ぐダイモーンに向けられていた。
ダイモーンの表情が、わずかに変わる。
「残念だが、貴様はここで終わりだ鬼神」
鬼神は地を蹴り、衝撃波で瓦礫が吹き飛ぶ。ダイモーンが受け止めるが、地面が抉れるほど押し込まれる。
「ネブラ!」
「分かっている」
ネブラは後方へ跳び、空中でハルバードを顕現させた。長柄の武器に黒い霧が刃を包む。振り下ろされた一撃が、鬼神の肩を裂き、血が吹き出す。鬼神が唸り、ネブラへ拳を振るう。だがその動きが、一瞬だけ鈍る。
「今!」
私は地面を蹴った。ネブラが作った一瞬の隙、そこへ、魔力を拳に込めて叩き込む。手応えは岩を殴ったかのように硬く、腕に痺れが走る。だが、私の衝撃で鬼神の姿勢が大きく崩れた。その一瞬。
「死ね」
ダイモーンが低く呟いた瞬間、地面から這い出た影は蛇のようにうねり、鬼神を取り囲んだ。影は一斉に跳ね上がり、鬼神の身体を後方へ吹き飛ばした。
崩れ落ちる瓦礫。だが、瓦礫の中から笑い声が響く。
「舐めるなよ」
鬼神はゆらりと立ち上がる。胸や肩が抉れているはずなのに、再生していく。
「時間をかけると、再生されるな」
ネブラが低く言った。鬼神の瞳がこちらへ向く。
「全員まとめて殺してやるよ」
その瞬間、衝撃波が放たれ、私とネブラが吹き飛ばされ、地面に打ち付けられた。ダイモーンだけが、その場に踏みとどまっていた。
「もう終わりだ」
そうダイモーンが言うと、鬼神が影に包まれ、その影が圧縮していく。鬼神は絶叫とともに崩れ、形を保てなくなり消えた。
「……終わったか」
ネブラが息を吐いた。周囲を見渡すと、ダイモーンはすでに祠の奥に消えていた。
「……これからどうする?」
「我は運命神を運ぶ。お前はモラを担げ。一度我の城に戻るとしよう」
そう言うとネブラは飛んで行った。私はモラを抱え、遅れまいと空へ飛び上がった。
「やっぱりあの程度の魂だと簡単に倒されちゃうな。まぁ、収穫はあったかな」
スパティアはそう呟くと、指先で空間を裂き、そのまま立ち去った。




