王女の輿入れ
「滅びかけの国にお嫁に行くなんて絶対に嫌!」
王族が集まった晩餐の席に、第七王女の金切り声が響き渡った。
結婚が可能な年齢になった未婚の王族は二人しかいない。
年齢順で言えば、此度の縁談は第七王女が受けるべきものだ。
――私は今日も空気に徹することにした。
女でも王位継承権があるこのオーランド王国では、目立たないことこそ生き残ることだ。
事実、兄姉たちでも突出して優秀だった第二王子と第三王女はもういない。
もしも前世の記憶をもっと早く取り戻していたら、二人を助けることが出来ただろうか……。
淡い茶色の髪にアイスブルーの瞳。私と同じ色をした兄姉を。
私に与えられるのは、普段は冷えたスープと硬いパン。たぶん侍女長が、私の離宮に与えられたお金を着服しているのだ。
けれど、侍女は第一王女が選んだのだから、余計なことを訴えるべきではない。
温かい食事が食べられるのが、王族が勢揃いする月一回のこの晩餐会だけにしても、平凡に――小さな幸せに満足して生きていく。それでいいと思っていた。
私、第八王女レティシア・オーランドは前世の記憶がある。
前世の私は端的に言って仕事が出来るほうだった。そして、頼まれると断れない性格でもあった。
結果、激務の末に仕事帰りに倒れ、帰らぬ人になったのだ。
きっと誰かに何かを頼まれたら断れないに違いない。だから今世では、のんびり暮らすために、無能を装うことにしたのだ。
「だが、結婚していない王族は……」
「第八王女がいるじゃないの!」
「……」
父であるオーランド国王が、初めて私の存在に思い当たったかのように視線を向けた。
王族すべての視線が、私に向かう。
こんなふうに注目を浴びるのは側妃だった母を失ったショックで前世の記憶を取り戻してから初めてのことだ。幼くして母を亡くした王女にすら、興味を示さなかった家族たちなのに……。
誰も私に興味を示さないのをいいことに、王城の図書館の王族しか入れない禁書庫に籠もっていたから、姿が見えない王女と言われていたのだが。
私は口元を優雅に拭って微笑んだ。
「その縁談、お受けいたしますわ」
第八王女として生まれた以上、いつかどこかにお嫁入りすることになる。
――滅びかけの王国という言葉は気になったが、私は流れに任せることにした。
こうして私は、魔獣が闊歩する砂漠に接した王国レーゼに嫁ぐことになった。
* * *
長い旅路の末たどり着いたレーゼ王国。
そこには、砂交じりの乾いた風が吹いていた。
出迎えてくれたのは、武装した騎士たちと国王ライナス・レーゼ。
生まれ育ったオーランド王国は、周囲の国を吸収しながら大きくなっていった。
魔獣が闊歩する砂漠に接したレーゼ王国は、広大な領土と強い騎士団を有する。
オーランド王国が、レーゼ王国を狙わなかったのは、ひとえに存続してくれたほうが都合が良いからだ。
レーゼ王国がなくなってしまったら、大陸全土が魔獣の危険にさらされる。
――だから、この国に姫を嫁がせるのなら、本来は私のような無能な王女ではだめなのだ。優秀な王女を嫁がせて、レーゼ王国を守らなければ……。
しかし、私の持参金は多い。
戦いに明け暮れたこの国の金庫は空になりかけているのかもしれない。
それに、大国であるオーランド王国の支援――無能な王女であるという情報は得ていても、縁談を断る選択肢はなかったというわけだ。
――これは、愛のない政略結婚なのである。
武装して出迎えたということは、夫になるライナス様にとって、私は敵国から嫁いできた信用ならぬ姫なのだろう。目立たず、無能を装って生きていこうと心に刻む。
ライナス様がこちらに歩み寄ってくる。
歩くたびに、鎧が音を立てている。実に物々しいではないか。
黒髪に紫色の瞳。
冷たい表情だが恐ろしいほどの美貌だ。
「ライナス・レーゼだ。この国に来てくれたこと、誠にありがたく思っている」
「――レティシアです。どうぞよろしくお願いいたします」
ほとんどの知識は図書館で手にした。けれど、前世の知識と合わせれば何とかなることも多かった。
何もできない無能を装うにしても、お飾りの王妃である必要はある。
できれば、温かい食事にありつきたいし、作法も知らないと馬鹿にされたくもない。
――この国の格式高いお辞儀の作法は、左足を後ろに下げてから胸に手を当てて礼をする。その記述は、王城の図書館にあった。
少し古めかしいかもしれないが、国王に嫁ぐのだから、このくらい格式高いお辞儀のほうがいいはずだ。
――静寂。
響き渡るは乾いた風の音ばかり。
ざわめいていた騎士たちが黙り込んでいる。
オーランド王国の王族たちは、自国の文化を最良とし、他国に合わせない者が多い。
だから、驚いてしまったのだろうか。
「……レティシアと呼んでも良いだろうか」
「ええ、もちろんでございます。陛下」
「夫婦になるのだ。ライナスと呼んでくれ」
「ありがとうございます。二人きりの時は、ライナス様と呼ばせていただきますわ」
私は微笑みかけた。
彼は私から視線をそらした。
レーゼ王国は、我が国に魔獣との戦いの援助を申し出た。
それに対してオーランド王国は姫の一人をこの国の王妃にすることで、縁を繋げば援助すると申し出た。
どちらにしても魔獣との戦いにレーゼ王国が敗れたら、困るのは大陸全土のすべての国々なのだが……。
たぶん、父王はこの国の砂漠に眠る豊富な魔鉱石を円滑に輸入したかったのだ。
「……それでは」
「え?」
「魔獣との戦いを抜け出してきた。申し訳ないがもう戻らねばならない」
「――結婚式は」
「非礼をわびる。準備は済んでいるが、急に魔獣が活性化してしまったのだ。戻ってからにしていただきたい」
「かしこまりました」
結婚式で正式に精霊に縁を結んでもらうまで夫婦とは認められない。
つまり、しばらくの間は客人のようにレーゼ王国に滞在することになりそうだ。
無能な王女を押しつけられて良かったとばかりに、オーランド王国から私を送り届けた者たちは帰路についた。
「王城まで案内させていただきます」
「ええ、お願いね。あなたの名は?」
「執事長を務めさせていただいています。バロックとお呼びください」
「バロック、よろしくね」
「は、誠心誠意お仕えさせていただきます」
ずいぶんたくさんの人たちが出迎えてくれたと思ったが、戦いのためにライナス様と騎士たちが去ってしまえば残されたのは数人の使用人ばかり。白髪交じりの男性は、威厳がある。多分この国の名家の生まれなのだろう。
――お飾りの無能な王妃として、最低限の社交をして生きていく。私はもう一度心に誓った。
* * *
しかし、私の決意は早々に打ち破られることになる。
ほころびの始まりは、王城に着いた直後に出会った――誰にも顧みられない、幼い王弟と王妹だった。
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