本当の孤独
2026.05.23 改稿
18時になり、メイヴィスはシャロンと共に食堂へ向かう。クリスタとルーナは既に席に着いており、サイラスはまだ来ていなかった。国王と王妃は干渉しないという言葉を守り、出席しないようだ。
「あと少しで王太子殿下が到着いたします」
後から入ってきた使用人が報告し、メイヴィスは席に着く。まもなくサイラスが入室し、クリスタとルーナが立ち上がった。メイヴィスも少し遅れて全員立ち上がる。
「食べよう」
とサイラスは着席を促すものの、話すことは何もない。ただ無言で食事が進む。クリスタはサイラスに視線を送っているが、不機嫌なのかサイラスは無視だ。
(う……もうキツい)
メイヴィスはメイン前に手が止まる。咀嚼はしていても飲み込めない。引きこもり気味のメイヴィスは普段からあまり食事を取らない。一日一食、水を少しというのがほとんどだ。なぜなら腹が空かないから。
「ラングラー侯爵令嬢様? 顔色が悪いようですが、体調が良くないのでしょうか」
いち早くメイヴィスの異変に気付いたのは、正面に座っていたクリスタだった。
「申し訳ありません。私には少々量が多かったようで」
カトラリーを置き、水を煽る。
「では、もう部屋に戻って休め」
斜めから飛ぶサイラスの口調は冷たい。
「はい殿下」
逃げるように食堂を出て、メイヴィスは無意識に小部屋に戻る。
「メイヴィス様、消化促進の薬を調合してまいりました。これを飲んでからお休みください」
ドレスを脱ぎ捨てベッドに転び、楽な姿勢になると、シャロンが薬で満たされた小瓶を数個持ってきた。
「ありがとう」
一つを煽り、苦味に顔を歪める。
「申し訳ありません。お口直しをお持ちしたいのですが、無断では厨房に入れなくて……」
メイヴィスは首を横に振り、渡されたグラスの水を飲み干した。ここは侯爵邸ではないのだから、当然のことだ。いくらシャロンが妃候補の侍女とはいえ、城内での立場は最下位に等しい。
「申し訳ありません、お嬢様。力及ばず」
「いいのよ。少しでも不審な動きを見せると後が怖いからね」
城に味方が欲しいところだが、望めはしない。
「それでは、おやすみなさいませ」
「ええ、おやすみ」
シャロンが灯りを消して部屋から退出する。
小部屋はすぐに月の光で満たされ、メイヴィスは慣れた固いベッドで眠りについた。
メイヴィスの城の扉が乱暴に開けられたのは、それから少し後のことだった。
ベッドに沈んでいた体が無理やり起こされ、微睡んでいた心地よさが吹っ飛ぶ。
「……でんか?」
寝ぼけた眼で自分の体を起こした人物を見上げる。冷ややかな目をした男がメイヴィスを見下ろし、その奥に潜む侮蔑の感情に気がつく。
「体の調子は?」
だが、王太子から出てきたのは体を気遣う言葉だった。
「……? 平気です」
サイラスは眉間に皺を刻み、メイヴィスから目を逸らすと、ポンと何かを確かめるようにベッドを叩いた。そして、用件を語る。
「先ほど、お前の侍女を殺人未遂の罪で捕まえた。毒を使って王太子妃候補の殺害を企てた咎だ」
サイラスの言葉に寝ぼけ眼が覚醒し、メイヴィスは身を乗り出した。
「毒? どういうことですか、殿下」
掛布が体から落ち、下着姿が晒されるがメイヴィスはそれどころではない。
「あの侍女は様々な薬草を持ち込み、栽培していた。その中に毒草が混ざっていたため、現在調査中だ」
「そんな」
侍女のシャロンは薬学に精通しており、幼い頃からメイヴィスに合った薬を調合してくれていた。今まではメイヴィスとシャロンが何をしようと誰も構わなかったが、ここではそうはいかない。それを完全に失念していた。毒を持ち込む人間を疑うのは当然だというのに。
「念の為、全員の無事を確認している」
恐れていたことだった。しかし完全にこちらの過失だ。メイヴィスは迷わず頭を下げる。
「……侍女の不始末は私の不始末。どうか、侍女ではなく私を捕らえてください」
サイラスの様子だと、特に何かが起きたわけではないようだ。ただ毒を所持している危険人物の排除に動いているだけらしい。であれば、報いの受けるのは一人だ。
「それはできない。お前の侍女がお前に命令されてやったと証言しない限りはな」
「……」
シャロンは、何も言わないだろう。メイヴィスに命令されたと言ったところで、自分が刑を免れることはないからだ。
「何か言いたいことは?」
サイラスに尋ねられ、メイヴィスはシャロンが置いていった小瓶を取り出す。
「眠る前、シャロンが私に調合した薬です。中はただの消化促進剤ですが……服用してもなんともありませんでした」
何が使われているかなど、メイヴィスは知らない。サイラスはその小瓶を受け取り、懐にしまう。
「なるほど。これを調べてみよう」
「……」
メイヴィスはサイラスに何も返すことなく、自分の顔を覆い、頭の中の少ない知識をかき集める。
毒は薬にもなると聞いたことがある。
(シャロンは薬を作るために毒草を使っただけ。そうに決まってる)
シャロンはメイヴィスが王太子妃の椅子に興味がないことを知っている。早く城を出たがっていることも、知っている。仮に他の妃候補を毒殺したところで、メイヴィスは王太子妃にはなれない。
(出世したくて私を王太子妃にしたがっている? いいえありえない)
出世を望む人間がメイヴィスのそばにいるわけがない。さっさと辞めて違う屋敷に雇用されているだろう。
「お前の連れていた侍女に代わって、この者を置いていく。何か体調に異変があれば報告しろ」
扉の奥から出てきたのは、シャロンと比べてまだ年若い小柄な侍女だった。
「初めまして、ラングラー侯爵令嬢様。カレンと申します」
淡々とした態度と表情で、何を思っているのかは察することが難しい。
「では私はこれで失礼する」
サイラスが立ち去り、メイヴィスはカレンと残される。
「侯爵令嬢様。ご気分がすぐれないとお聞きしましたが、今はどうですか」
サイラスがいなくなり、てっきり態度が変わると思いきや、カレンはメイヴィスの前に来て跪いた。
「……」
その目を見つめ返すが、当然腹の底は読めない。メイヴィスが警戒して黙り込んでいても、カレンは気にしていないようだった。
「シャロン様が心配ですか? 大丈夫ですよ、殿下は」
「あなたは、誰の味方ですか」
カレンの言葉を遮るように質問をする。これを聞けば、多少は狼狽えると思った。顔は驚きの感情に変わったが。
「……あら。私はこの城に勤める侍女です。なので強いて言うなら、王太子殿下の味方です」
カレンの顔色は変わらない。掛布を手にしたと思えば、そっと下着姿を隠すように被せた。
「でも、今は侯爵令嬢様の味方です」
人は嘘をつく。この場面で、「私はオルセン公爵家と繋がりがあります」「パリッシュ伯爵家のスパイです」などと白状する人間はまずいないだろう。今すぐメイヴィスの息の根を止めるというなら話は別だが。
「明日からは王太子妃を目指して勉強が始まります。初日は座学、その次の日はダンスです。頑張りましょうね」
「……」
カレンの言葉を無視し、メイヴィスは掛布を被って横になる。
(この人は、本気で私が妃を目指していると思っているのかな)
噂を信じているのなら、きっとそうなのだろう。いくら否定したところで、悪い噂を立てられている張本人の言葉など、誰も信じない。
「侯爵令嬢様?」
「……ごめんなさい、少し疲れてて」
拒むように背を向け、反応するとカレンはおとなしく引き下がった。
「かしこまりました。この部屋でお休みになられますか?」
「……はい」
「それではまた明日の朝、こちらへ伺います。本日はこれで失礼致します」
カレンも退室していき、部屋は夜の静寂に包まれる。だが、吹っ飛んだ眠気は戻ってこない。
(……シャロン……)
心がざわついて、落ち着かなかった。シャロンにも非はあったかもしれないが、その行動はメイヴィスのためだ。だから、全ての咎はメイヴィスにある。だというのに、メイヴィスには自分の侍女一人すら守る力がない。
目を閉じては開き、それを繰り返す。いつのまにか月は昇り、陽光が部屋に差し込んでいた。




