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王宮入り

2026.05.22 改稿






王宮入りする当日になり、メイヴィスは侯爵家を出ていく。しかし、両親が見送りに出ることはない。メイヴィスも、挨拶はしない。あれが、父との最後の会話になるだろう。母は顔すら見せなかった。最後に見かけたのは最近だが、まともな会話をしたのはもう何年も前な気がする。数日前から支度をしていたが、荷物は大きなカバンが一つだけ。必要なものは父親が揃える決まりになっているが、この様子だと侯爵はメイヴィスに何の期待もしていないのだろう。本気で王太子妃を狙うのであれば、もっと気合を入れているはずだ。


「……お世話になりました」


馬車に乗る前に、屋敷を向いてぼそりと呟き、軽く会釈する。見送りをしてくれるものは執事長と侍女長の2人だけ。それ以外は、誰もいない。


「ありがとう、二人とも」


声をかけると、二人はメイヴィスに対して無言でお辞儀をする。おそらく、彼らなりの独断での見送り。ラングラー邸で使用人たちから悪口は言われても嫌がらせを受けなかったのは、てっきりシャロンのおかげだと思っていたが、違っていたのかもしれない。


「メイヴィス様、参りましょう」


シャロンの声を合図に、馬車に乗り込む。もう二度と、ここへ帰ってくることはないだろう。城を追い出されても、ここだけには。





メイヴィスは王宮へ行ったことがなかった。王宮へは、基本招待されないと入ることができない。マリアは何度か招かれていたが、メイヴィスが招かれることはなかった。無能が露見する前ではあったが、サイラスは最初からメイヴィスに関心を持たなかったのだ。


(所詮私は無関係だし)


自分がサイラスだったとしてもマリアを選んだだろうと思う。誰だって、自分ではなく、賢く美しいマリアを。


「到着いたしました」


御者の声と共に、馬車の扉が開かれる。出迎えは、想定通り王宮の従者がほんの数人だ。王太子妃候補を歓迎している雰囲気ではない。サイラスも当然いない。


「お世話になります」


一言だけ声をかけ、後は案内に従って部屋に入る。そこにはすでに先客がいた。


「ラングラー侯爵が娘、メイヴィスが王太子殿下にご挨拶申し上げます」


メイヴィスの姿を見て座っていたソファから立ち上がった男に、頭を下げる。


「息災だったか」


最後に会ったのがいつだったか、もうメイヴィスは覚えていない。初対面だと思っている。


「はい。おかげさまで」


オルティエ王国王太子サイラス。姉が二人いたが、どちらも他国に嫁ぎ、弟は王太子が決まってから騎士として臣下に降った。王と王妃はこの優秀な息子にたいそう期待しているらしい。であれば、メイヴィスが王宮内でも冷遇されるのは目に見えている。優秀な息子に無能な令嬢を薦める親はいない。


「殿下は、私に何をお望みですか」


王太子妃の座など一ミリも興味がないと遠回しに伝える。侯爵が捩じ込んだとは言うが、王室は能力不足を理由にメイヴィスを拒むこともできたはずだ。ルールを作ったのは王家であり、それを変えるのもまた王家であるのだから。それでもメイヴィスを受け入れたのは、何らかの役割を期待しているからと推測できる。サイラスは少し黙った後、ゆっくりと言葉を選ぶように答えた。


「何も、争いを起こさないことを」


サイラスは、メイヴィスが他の令嬢と親しくなることを望んでいない。そう聞こえた。


「承知しました」


深々と頭を下げる。元より、誰とも仲良くなるつもりはない。誰にも心を許してはいけない。自分を守るためには。


「後日顔合わせをする。また、月の末に一度、皆で食事をする。そこには必ず出席をするように。詳細は都度連絡する」

「はい。お待ちしております」


決してサイラスの顔は見ない。床だけを見つめていた。


「では、私はこれで失礼する」


頭を下げたままのメイヴィスの横を通り抜け、サイラスは部屋を出ていこうとする。すると後にはメイヴィスとシャロン、そして玄関からついてきていた侍女たち数人が残される。


「殿下、お待ちください。あちらの侍女たちの説明をして下さいませんか」


メイヴィスは、慌てて廊下に出てサイラスを呼び止めた。


「お前の世話をする侍女だ。必要だろう?」

「いいえ。私に侍女は不要です。身の回りのことは、屋敷から連れてきた私の侍女にやらせます」

「……信用していないのか?」


サイラスの声が不機嫌になる。


「いいえ。ただ、必要ないだけです。私などに人員を割くくらいなら、今まで通りに仕事をさせた方がよろしいかと」


侯爵家では、シャロンとずっと2人きりだった。ゆえに、大人数に囲まれるのはメイヴィスにとって居心地が悪いのだ。城の人間はメイヴィスの味方にはなり得ない。


「仮にも王太子妃候補が、あまりにも無防備ではないか?」


しかし、サイラスはなかなか折れない。


「ご心配には及びません。殿下にご迷惑をおかけするようなことは決してしないとお約束いたします」

「……」


まだ納得していないらしい王太子に、メイヴィスは内心中指を立てる。


「ではこうしませんか。何かあったら、人員を増やすというのは」


提案しながらも、なぜサイラスが侍女を付けたがるのか、メイヴィスにはよく理解できなかった。メイヴィスが無防備で、世話をしてもらわなかったからといってそれが何だというのか。


「わかった。ではそうしよう」


サイラスは提案に即答し、今度こそ立ち去る。侍女たちもおとなしく引き上げていき、部屋にはメイヴィスとシャロンだけが残された。


「よかったですね、お嬢様。殿下が納得してくださって」


少ない荷物に手をつけながら、シャロンが言う。


「私が何かやらかさないか、不安だったのでしょう」


先程のやり取りで、サイラスは言質をとったわけだ。


「これからどうなさるおつもりで?」

「そうね……」


噂の公爵令嬢は現在14歳。もうすぐ15になるはずだ。女性の成人は18であるので、おそらく彼女の年齢に合わせて王太子妃が決定されると思われる。つまり、メイヴィスは最低でもあと2年間は城にいる必要がある。


「妃教育が始まると思う。真面目にやる気はないけど」


妃になりたくないのに妃教育に身を入れるというのは、変な話だ。


「王宮の書庫でしたら、お屋敷より蔵書が豊富かと思われます。一度足を運んでみては?」

「そうね。暇つぶしにはなるでしょう」


侯爵邸では時間ばかりが有り余っていた。一日の大半を睡眠に費やしていたが、起き上がれる時は書庫にこもって本を読み漁っていたものだ。メイヴィスはマリアと違って講師もつけられなかったので、シャロンとそうやって文字の読み書きなどの最低限の知識を身につけた。


「では、近くの空き部屋を探しておきますね」

「ええ、お願い。この部屋は広すぎて、何だか落ち着かないの」


与えられた部屋を見渡す。流石に掃除は行き届いているが、置かれた家具はやや古いものに見える。長い間使われていなかったのだろう。寂しい部屋だった。メイヴィスからすると、部屋はもっと狭くていい。空き部屋であれば、少し掃除をして使ったところで誰も気にしないだろう。そこには体が納まる程度の、小さなベッドがあれば十分だ。


「では、私は席を外します。お嬢様は少しお休みください」


会話をしているうちに荷解きが終わったようだ。綺麗に整えられたベッドを見て、メイヴィスは頷いた。


「そうする。ありがとう」


家族とすらまともに会話をしないメイヴィスは、今のサイラスとの会話でかなり疲弊してしまった。相手は一国の王太子であるのだから、緊張しないという方がおかしい。マリアの代わりのように城へ入ってきたメイヴィスを良く思っているはずがないので、なおさらである。


「では、失礼します」


シャロンが退室し、メイヴィスは空気を入れ替えたくて窓を開ける。部屋は一階で、眺めはあまり良くない。人通りは多くないが、メイヴィスの部屋は暗く、他の場所から明らかに孤立していた。城は増築されたような形跡があり、表から見えない部分はそのままにしてあるのだ。メイヴィスは、その見えないところに押し込まれた形になるのだろう。まるで物置に追いやられたモノのように。


「……っ」


ズキ、と頭に痛みが走り、すぐに去る。転倒を防ぐために、風に煽られたカーテンを掴みながら座り込む。気絶は免れた。そのまま這うようにしてベッドに行き、横になる。いつもと違う、柔らかな感触に困惑しながら目を閉じる。耳鳴りが過ぎるのを待ち、息を吐いた。


「……大丈夫」


きっともうすぐ終わる。微睡の中、そう言い聞かせる。自分は悪い夢を見ているだけなのだと。














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