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行方

2026.05.23 改稿






今すぐに、というカレンの言葉を受けて、メイヴィスは廊下を辿って謁見の間を目指す。その道すがら呼び出しの心当たりを探すが、どれのことか絞ることは難しかった。


「……両陛下は、王太子妃候補には干渉しないと思っていました」


それは誰かの意向でも何でもなく、定められた規則だった。誰か一人に肩入れし、権力が偏ることを防ぐためだという。逆も然りで、王太子妃候補たちが王族に媚びることも許されない。


「私もそのように伺っておりました。しかし……」

「そこまでの事態を、私が引き起こしてしまったのですね」


あるいは、不干渉を文字通りに受け取ってしまった愚かさ。暗黙の了解という、世間知らずが汲み取るにはあまりにも困難な罠。


(誰もが排除を望んでいる。両陛下も、きっと)


こだわっているのはサイラスだけだろう。


(殿下に関しては、私をここに置くことでなんらかのメリットがあるのだろうけど)


そうでなければ、辞退の提案を拒否などしない。流石に最高権力者である国王がメイヴィスの追放を決めれば、サイラスも引き下がるはずだ。


「こちらです、侯爵令嬢様」


カレンが扉の袖に立ち、頭を下げる。ここからは一人で行け、という合図だ。謁見の間は入城してすぐの頃に入ったきりで、今はその時よりも気が重い。責を問われることが確定しているからだ。身に覚えがなくとも。それ以外でメイヴィスに用事があるとは思えない。


「これでお別れかもしれません」


今までありがとうございました、と声をかける。カレンは身を起こしたが、メイヴィスとは目を合わせずに謁見の間への扉を開いた。
























「ラングラー侯爵が娘、メイヴィスが国王陛下、王妃殿下にご挨拶申し上げます」


玉座に座る男女に頭を下げ、メイヴィスは挨拶する。


「面をあげよ」


促され、ほんの少しだけ両陛下の表情を拝む。

国王は眉間に皺を寄せ、厳しい視線でメイヴィスを見下ろしている。対する王妃は、何の感情も読み取れない。サイラスによく似た、冷徹な顔だった。


「ラングラー侯爵令嬢。なぜここへ呼び出されたのか、心当たりは?」


メイヴィスは悩んだ。どう答えるのが正解なのか。しかし、この手のものに正解はない。


「申し訳ありません。心当たりがあるにはあるのですが、どれのことかは分かりかねます」


正直に答えると、国王は「そうか」と眉間の皺をさらに深く刻む。


「では、我が息子サイラスが、王太子妃候補に各々装飾品を授けたことは知っているか?」


装飾品の件は、ルーナに知らされてからメイヴィス自身も避けては通れない話題だと薄々感じていた。サイラスが授けた授けていない、どちらにしても、メイヴィスには関係のある話だったからだ。


「怪我で療養していた折に、パリッシュ伯爵令嬢様からお聞きしました」


特に言い訳もせず、事実だけを述べる。


「では、その時初めてサイラスが侯爵令嬢にだけ装飾品を渡していないことを知ったと?」


何も相違なかったので、メイヴィスは頷いた。


「左様です」

「サイラスに尋ねようとは思わなかったのか?」


国王は次々と質問を投げ掛けるが、国王直々に時間をかけてくれるとは、とメイヴィスはあまり関係ないことを考えていた。こんな仕事は王がすることではない。


「王太子殿下にとって、王太子妃に相応しいのはお二人だけだと判断し、私からは何も尋ねませんでした」


さらに続けると、少しだけ王妃の表情に動きがあった気がした。


「あの装飾品は本来、王太子妃に選ばれた人間が全てを身につける決まりだ。それをサイラスは無断で分割して配った」


国王はそこで一度言葉を止め、息を吸う。


「問おう。ラングラー侯爵令嬢、そなたは本当にサイラスがそなたに渡させたという装飾品を知らないのか?」


(殿下が、私に?)


メイヴィスはてっきりサイラスから完全に存在を無視されていると考えていたが、国王の言い方からするとメイヴィスにも装飾品を渡したようである。しかしそれが届いていないのも事実で、メイヴィスからするとどうしたらよいのかわからない。ただ、事情を知らない第三者からすればメイヴィスは王家の秘宝を失くしたと思われるのだろう。


「存じ上げません」


たとえ受け取っていたとしても、メイヴィスはそれを返上していた。身につける資格がないと。


「……サイラスはその装飾品を信頼できる侍女に預け、渡してくるよう命じたという。しかしその侍女、オリビアがその後間も無く姿を消した」


一応容疑者はいるようだ。


(私が知っている侍女は、シャロンとカレンだけ。他の侍女なんて誰も知らない)


王宮入りした初日にサイラスがメイヴィスの部屋に待機させていた侍女たちはいたものの、誰の顔も覚えていない。


「侍女は現在サイラスが捜索している。そなたは自室にて待機しておくように」

「……承知しました」


とりあえず牢に閉じ込められることは避けられた。追放も、今はまだ保留。自室の軟禁だけであれば、寛大な処置だ。

だが、退がるよう命じられて退室する際も、国王夫妻の視線はメイヴィスに鋭く向けられたままだった。





















廊下に出たものの、カレンの姿はなかった。仕方ないので、言われたまま自室に向かう。その道すがら侍女たちの会話が聞こえてきたので、メイヴィスは足を止めて息を潜めた。ちょうど昼食の支度をしているらしい。


「ラングラー侯爵令嬢様が国王陛下に呼び出されたらしいわよ」


人間は生来、噂をせずにはいられない生き物らしい。しかし、忙しなく動き回る足音はしているので仕事はしているようだ。


「ラングラー侯爵令嬢様……私はまだお見かけしていませんが、皆さんはあるんですか?」


新入り侍女もいる。


「ああ、あなたは知らないわよね。ラングラー侯爵令嬢様は侍女をそばに置かないから、私たちもお見かけしたことはないの」

「それらしい人を見た子はいるみたいだけど、本人かどうかはわからないって」

「では、国王陛下はなぜ侯爵令嬢様を?」

「それがね」


やや侍女の声が小さくなるが、全然抑える気はなさそうだ。


「どうやら、王太子殿下が侯爵令嬢様にお渡しした王家の秘宝を失くしたらしいのよ」

「ええっ!? 王家の秘宝を……」

「元々正式に王太子妃になった令嬢が身につける装飾品なのだけど、殿下が御三方のために分割して授けたって」

「それで済めばよかったんだけどねえ。確か、ラングラー侯爵令嬢様に装飾品を持っていくよう命じられたのはオリビアだったわよね?」

「そうそう。でもなぜか姿を消して行方不明なのよ」

「では、オリビアさんが盗んだのですか?」

「可能性はあるわね。そんな子には見えなかったけど」

「殿下はなぜご自分で直接渡されなかったのでしょうか?」

「それね、誰もが思うわよね。この国の初代女王陛下の話は知ってる?」

「ええと、確か大層な男性嫌いだったとか」

「そうよ。結婚もせず、養子も迎えず、後継に遠縁の親戚、それも女性を指名するほどのね。元々装飾品は初代女王陛下の物だったの。そして、たとえ王族であろうと男性がその装飾品に触れることを禁じた。本当かどうかわからないけど、触れると災いをもたらすってね。その代わり、女性であれば侍女でも子どもでも触ることができた」

「なるほど、だから殿下は侍女に持って行かせたのですね」

「ラングラー侯爵令嬢様の侍女はカレンだったんだから、そのままカレンに渡しておけばよかったのよ」

「カレンさんですか」

「元々カレンは殿下の世話をしていたの。それが、ラングラー侯爵令嬢様の侍女が毒殺未遂で捕まって、その代わりに殿下はカレンを派遣したんだけど」

「あの子は口が堅いから、何聞いても答えてくれないのよね」

「殿下の命令だから他言できないって言われたわ」


カレンが自分に忠誠心がないことは、メイヴィスとてわかっていた。当然だ、互いによく知らない主人と従者。カレンは最初からサイラスの味方だと断言していた。しかし、それゆえにどこまでがカレンの独断なのか、どこまでサイラスに命令されているのか、全く想像がつかない。


「……では、今の時点ではオリビアさんは怪しいですが、ラングラー侯爵令嬢様が装飾品を失くしてしまった可能性もあるということなんですね」

「オリビアがそのまま盗んだとは考えにくいけどね。追われる身になるのは決まりきってるし、そんな無謀なことを考えそうな子でもなかった」

「しかし、そんな装飾品をおいそれと失くすものでしょうか」

「さあね。何にせよ見つからないと王太子妃は立てられないから国王陛下も真っ青のはずだわ」

「見つかるといいですねえ」


そこまで聞いて、メイヴィスはその場から立ち去った。


(侍女のオリビア。彼女を見つけないと、私はシャロンもろともおさらば、と)


単独なのか唆されたのか、とにかく手掛かりが欲しい。装飾品さえ見つかれば、あとはどうでもいいのだ。


「……あ」


ふと窓の外を見ると、中庭でサイラスとクリスタが談笑していた。そこに緊張感はなく、穏やかな空気が流れている。別の世界のように。


(殿下は、行方不明の侍女や装飾品について、あまり興味はないみたい)


地道に探すより、メイヴィスに罪を被せた方が楽というのはあるだろう。


(結局、自分の身を守れるのは自分だけだから)


もっと立場の弱いシャロンを守るのも、自分しかいない。


「……」


メイヴィスは、ケープの中に隠した侍女の服を握りしめた。
























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