第四十六話 未来予知
応接間にあったもう一つの扉の先には、真っ白な空間があった。床も壁も天井も、全てが白一色で支配された空間。家の中にこんな奇妙な空間があるのは驚きだ。ずっとこんな場所にいたら、方向感覚もおかしくなってくるだろうな。
族長はそんな真っ白な空間に踏み入れると、その中央……いや、真っ白すぎて中央かどうかは分からないけど、とにかく、中央らしき場所まで進んだ。そこで、わたしたちに向かって手招きをする。
シャルもそこへ同行しようとするが……召使に止められた。どうやら、招かれたのはわたしとお姉ちゃんだけらしい。
大人しく、族長の呼びかけに応じた。わたしたちは白い地面を踏みしめ、族長のもとへと向かう。ほんとに方向感覚も距離感も分からなくなって、気付いた時には目の前に族長がいた。
「初めてここを訪れた者は、皆、同じような顔をする」
「だろうね。そんな感じする」
わたしもお姉ちゃんも、今は困惑混じりの表情。館の外は鬱蒼とした森の中だという内と外との差も、なにかしらは影響しているだろう。
ここは……そもそもなんの部屋なんだ。こんな真っ白な空間がただの寝室だ、っていうのも無理がある。わざわざわたしたちを連れてきたくらいなんだから……力を使うための部屋?
「何、安心しろ。取って食おうというわけではない」
わたしたちの態度から、警戒していると思われたのだろう。族長はそう弁明した。
「そりゃぁ分かってるよ? ただ、なんの部屋なのか気になっただけ」
「儀式を行う場所だ。この部屋ならば邪魔も入らないし、気も散らない。未来を視るのにはもってこいの部屋だろう?」
「なるほど。これだけなにもないほうが集中しやすいと」
その感覚はいまいちよく分からない。確かに汚すぎる部屋では集中できないけど、ここまでなにもないとかえって集中できなくなる。もう少し、普通の部屋のほうが集中はできるんだけど。わたしの場合はね。
「で、気になってたんだけど。わたしの力を使うったって、具体的にはどうすればいいの? 魔法じゃないんでしょ?」
族長にそう質問した。
さっきも言っていた。族長の未来を視る力とやらは、どうやら『魔法』ではないらしい。確かに、魔法でそんな芸当ができるはずもない。世界に干渉して事象を書き換えたところで、その先の未来を知ることなんてできるはずがないからだ。
その力とやらは、族長の『個人的な』能力なのだと。魔法に由来することのない、特殊な力なのだと。超能力とか特殊能力、みたいなものなのか……だとすると、わたしはどうすればいいんだろう。
当然のことながら、わたしにはそんな力はない。魔力の量なら他の人には負けないだろうけど、魔法由来の力でない以上、その魔力が役に立つとも思えない。
「うむ。この力は、魔法ではない」
族長は再度否定した。魔法ではない、と。
「名称がないと不便だろう? 故に、我々はこの力を、便宜上こう呼んでいる。『魔術』とな」
「魔術……?」
それは……魔法とどう違うんだろう。名前は似ている。
「魔法とはなんであるか。それは知っているだろう、アニュエ」
「もちろん。精霊の力を借りて世界を書き換える技……それが何か?」
この世界では、そういうことになっている。魔力と言霊、つまり言葉としての詠唱を用いて、精霊の力を借り、世界を改変する力。
「そうだ。そして、才能さえあれば、魔法は誰にでも使うことができる。性能の良し悪しとは別にな」
確かにそうだ。魔法というのは、才能さえあれば基本的には誰にでも使えるもの。ケルティのように、才能が全くなくて使える例はあるけど、幼少期から訓練していればまず全く使えないだなんてことは起きにくい。
だが、その言い方だと、魔術はそうでないように聞こえる。才能云々ではなく、使える人間が限られている、みたいな。
「魔術は違うって?」
「うむ。魔術はこの集落に住まう人間……その中でも限られた者にしか使えん」
「遺伝……ってこと?」
「いや。正確に言えば、我らに流れる『血』の力だ」
うん……? それってつまり、遺伝ってことじゃないの?
「……どういうこと?」
言っていることがよく分からず、わたしは思わず聞き返してしまった。そうして返ってきた言葉は、思わず耳を疑うようなものだった。
「『悪魔』、という名を知っているか?」
「……っ?」
思わず、顔が引きつってしまった。そんなはずはないと思い込んでいた言葉が、族長の口から放たれたからだ。
「ほう。まさか知っているはずはないと思っていたが……不思議な奴だ。まさかその名も知っていたとは」
「わたしが聞きたい。どうして、悪魔の名前がここで……」
悪魔、というのは、わたしの前世【オルタスフィア】で遥か昔に存在していたと言われる種族だ。個体数が少なく、両手で数えられるほどしかいなかったって言われてるけど……それでも、彼ら悪魔は人々から恐れられていた。
その理由は、悪魔たちがそれぞれ持つ、魔法とは異なる特殊な力だ。文献もあまり残されていなかったけど、その力のせいで、一時は世界が滅びる寸前までいったらしい。
……ただ、それはあくまで【オルタスフィア】での話。ここ、【ネヴェルカナン】の話じゃない。
「話せば長くなる。故に、今は簡潔に話そう。魔術とは、悪魔と呼ばれる者たちが使う固有の術。我々は、その悪魔の血を引いた『魔女』だ」
「悪魔の血を……引いた……つまり、子孫ってこと?」
「そうなるな」
驚きの事実だ。悪魔と呼ばれる存在がこの世界にいたことも驚きだけど、何より、集落の人間がその末裔? 魔女だって?
となると、この女の未来を視る力ってのは、その魔術で……そうか。たぶんだけど、この集落を隠してるこの力も、誰かしらの魔術によるものなのだろう。そう考えると、わたしが見つけられなかったことにも納得がいく。
連鎖的に、色んな謎が解けてきた。この集落の人間が悪魔の血を引いているというのなら、それはわたしたちにも言えるはず。となると、お姉ちゃんがここを見つけられたのは、同じ悪魔の血を引いていたからか?
わたしが違和感とやらに気付けなかったのは、わたしに流れる血が、お姉ちゃんよりも薄いから……そう考えることもできる。
「アニュエ。魔女とか魔術とか……何か知ってるの?」
ずっとなにも話さなかったお姉ちゃんが、ここでようやく口を開いた。あまりにも話についていけないもんだから、痺れを切らしたんだろう。
「……少しだけ。わたしも、詳しくは知らないよ」
「少しでも、知っていることが異常なのだがな。この集落の者以外に、悪魔の名を知る者はいないはずだ」
そう言って、族長はキッとわたしを睨んだ。
「お前は……何者だ?」
「何者、って言われてもね」
実は違う世界で生きていたけれど転生しました、だなんてとてもじゃないが言えないだろう。なにされるか分からん。
「わたしはアニュエ・バース。それ以上でも、それ以下でもないよ」
と、今はそれだけ言っておいた。 それ以上突っ込んでくる様子はなく、族長はそこで引き下がった。わたしの正体なんて、今は、そんなに大事なことじゃない。だからだろうね。
「……まあ、あまり時間もない。長話もなんだ、早速始めるとしよう」
話に区切りがついたところで、族長がそう切り出した。そもそもの本題として、わたしたちの目的は『未来を視てもらう』こと。そして、お母さんの行方を知ることだ。ここで悪魔だなんだと話し合うことじゃない。
「で、わたしはなにをすれば?」
「お前たちにも悪魔の血は流れている。魔術は使えずとも、力は宿っているはずだ」
力は宿っているはず、ねぇ……そう言われても、自分じゃちっとも分からない。今まで魔法以外の力なんて使ったことないし。
「……自分じゃ分からないけど?」
「構わん。全て私がやろう」
そう言って、族長がわたしの胸に手を添えてきた。丁度、心臓の辺りだろう。
すると、どうしたことか。体の底から、感じたことのないような力が溢れてきて……それが、徐々に消えていく感覚がした。
(……これは)
族長風に言えば、これが悪魔の血を引いた者の力、というやつか。場合によっては、この力で『魔術』と呼ばれる特殊な力が使えるみたいだけど……それはまた別の話だ。
「どうなの?」
「ふむ。想像以上だ。ますますお前の正体が気になってきたな」
「はいはい……」
想像以上らしい。それならそれで、わたしたちとしては嬉しいことなんだけど。なんか、変に目を付けられてるな、わたし。
しかし……ずっと力を吸い取られてるからか、ちょっと気分が悪くなってきた。なんというか、血が流れ出ていってる感じ。気を抜いたら意識飛んじまいそうだ。
……まだか? まだなのか?
随分と力は抜けてきたけど、まだ足りないのか? これ以上やられると、さすがのわたしでも……。
「……よし。これで一度、試してみるとしよう」
限界の少し手前。少し手前くらいで、吸い取られる感覚がなくなった。もう少しやられていたら、ほんとにやばかった。
族長は……見た目は、そんなに変わってない。けど、なんとなく、纏うオーラが違っているように見えた。
「それで、いけんの……?」
「やってみなければ分からん。何せ、初めてのことでな」
わたしから離れると、族長は手を組み集中を始めた。未来を視るって言うだけあって、目の部分がぼんやりと光っていた。視えてんのかな、未来。
それから暫くして……族長は、ひときわ大きく目を見開いた。
「……捉えた」
さて。結果はいかに。




