第四十五話 契約
「おかしなこと言うね、族長さん」
わたしは族長の提案を笑った。永く生きて力が衰えた、というのはよくある話だ。それを補助するために道具を使う、というのもよくある話。
だけど、わたしと族長の未来を視る力とやらには、なんの互換性もない。その力が魔法だと言うのならまだしも、どうやらそうでもないみたいだし。
「私もそう思う。他者からの力の供給でこの力が使えたことなど、一度たりともなかったからな」
族長は小さく笑みをこぼしながら、そう言った。
「だが……お前からは妙な力を感じる。『その器には不相応な力』を、な」
まるで全てを見透かしているかのように。事情はなにも知らないはずなのに、そう言う。
この器に……アニュエ・バースとしての肉体には相応しくない力。それはきっと、『剣聖ちゃん』としてのアニュエ・ストランダーの記憶と、力。力の殆どは失われていたけれど、それでも、記憶があったおかげで尋常ではない速度で強くなっている。
確かに、それは『不相応な力』だろう。この世界に本来存在するべきではないものなのかもしれない。
そう考えると、試してみる価値もなくはない、と思うようになる。可能性は低くても、ゼロではない気がする。
「無論、私とて強制するわけではない。正直、それで未来が視える可能性は、限りなく低い」
「だけど、視える可能性もある、ってことね」
族長が頷いた。
唯一の懸念は……信用も信頼もできないような相手に、一時的とはいえわたしの力を与えることだ。未来を視る力があって、それが衰えているという仮定で話してはいるが、それが嘘だとすれば大問題。こいつがわたしたちの敵なら、敵に力を与えてしまうことになる。
「どうする、我らが同胞よ。選ぶのはお前たちだ」
「そう言われてもなぁ……」
他に手掛かりはない。こいつがもっと信用できるような相手だったならよかったんだけど、なにせ、今日初めて会った相手だし……。
……それに、『赤の集落』がなんなのかも、いまだによく分かってない。その辺りがはっきりするまでは、心を許さないほうがいいだろう。
「……あの、一つだけ聞いていいですか?」
わたしがそんな風に悩んでいると、隣で、お姉ちゃんが小さく手をあげた。
「なんだ」
「リネル様は、何故……そこまでしてくれるのでしょうか?」
「何故、とな」
理由だ。わたしも気になっていた。そもそも、なんでそこまで協力的なのかって。
「はっきり言って、私たちは余所者です。そこまで協力する義理もないはず。だから、気になるんです」
「ふむ、そうだな……」
族長は悩む素振りを見せた。答えに迷っている、というよりは、なんと伝えれば良いか、それを悩んでいるように見えた。
「……気付いているとは思うが」
「はい」
「私は、お前たちがここに来ることを知っていた。不明瞭ではあるが、未来を視たからだ」
気付いている。さっきの族長の発言からして、そうではないかと思ってた。
「……続きがある。その未来にはな」
「続き?」
族長は言った。わたしたちが来て、そのさらに後の未来も視たのか。
足を組み換え、族長は続けた。
「確かに視えたのだ。我らの危機に助力する、お前たちの姿がな」
思わず、お姉ちゃんと顔を見合わせた。
わたしたちが……この集落を助けるってことか? だから、ここで恩を売っておこうって考えか。
ふぅん……理由としては合理的ではある。わたしたちがこの集落を助けるって言うなら、ここで突っ返しても自分たちが後悔するだけ。わたしだって、助ける気が起きないかもしれないし。
ただ、それだってやっぱり、族長に未来を視る力があるっていう『前提』があっての話。どうなんだろうな、これ。
「集落の危機って、具体的にはどんな?」
「分からん。だが、そこには我々とお前たち、そして、何か『強大な存在』がいた。恐らくは、外界からやってきた外敵であろう」
「それって、いつ頃の話ですか……?」
「それも分からん。視えた未来が、必ずしも連続したものであるとは限らんのでな」
要するに、なにも分からんってことか。困ったな。一番困るやつだ、それ。
ここは一旦……お姉ちゃんと話し合うべきか? わたしの独断で決めてしまうのもあれだし。
お姉ちゃんの方を見ると、お姉ちゃんも、わたしの方を見ていた。同じ考えみたいだ。わたしはそのまま小さく頷くと、視線をお姉ちゃんから族長の方へと移した。
「一度、外で話し合ってくる。族長さんのこと、まだ信用しきれてるわけじゃないからね」
「ちょっ、リネル様になんてことを……!」
「構わん。至極当然な話だろう。だが、急げよ。未来が視えたところで、間に合わなければ意味がないのだからな」
「分かってる」
そう言って、お姉ちゃんと二人で館を出た。集落から出はしないが、人の少ないところに移動して、二人で相談した方が良さそうだと判断したからだ。
幸い、森の中にあるだけあって、人気の少ない場所は存分にあった。その中から薄暗い茂みを選び、わたしとお姉ちゃんは身を潜めた。
「ここなら、誰も来ないでしょ。たぶん」
「多分、ね」
初めて来る場所だから勝手が分からない。が、たぶん来ないだろう。別に、人に見つかったら死んでしまうってほど重要な話でもないしね。
「さて、と……お姉ちゃんはどう思う?」
「リネル様のこと?」
「うん。信用していいのか、ってね」
お姉ちゃんは俯いた。難しい問題だ。相手は初めて会う人間で、加えて得体の知れない存在。本来なら、信じるほうが難しい。なにをされるか分かったもんじゃないから。
ただ、今回はそういう『相手の正体』っていう条件は除外して。ただ単にあれが味方なのか敵なのか。わたしの力を多少なりとも預けたところで危険はないのか。そういう部分で、『安全』か『危険』かという問題で、信じられるかどうかを決めていきたい。
利害が一致する、という点で言えば信用できる。まあそれも、未来が視えるっていうのが、ほんとの話だっていうのが大前提だけど。わたしたちはお母さんの手掛かりが掴めるかもしれなくて、あいつはわたしたちに恩を売れるから、来たるべき時に協力を仰ぐことができる。利害は、一致してる。
問題はだな……ほんとにあれがわたしたちの敵じゃないのかってところ。敵に進んで力を与えるほど、わたしもバカじゃない。
……まあ、あと確かなのは、シャルは少なくとも敵じゃないってとこだな。あれだけバカだから、敵ならとうにボロを出してるだろう。中立か、あるいは敵だけど単なるバカなのか。
やがて、俯いていたお姉ちゃんが顔を上げた。答えが出たみたいだ。
「……私は、信じていいと思う」
答えは……わたしが想像していたより、はっきりとしたものだった。お姉ちゃんのことだから、もっと曖昧で優柔不断な答えが出るものかと思っていたけれど、そうじゃない。しかも、信用していいと思う、か。
「どうして?」
聞くと、お姉ちゃんは首を横に振った。
「でも、何となくだけど……あの人は、悪い人じゃない気がするの」
「それは……勘、ってやつ?」
今度は、縦に振る。
勘、か。確かに、状況によって勘ってのは強い情報源になり得る。ただ、それだけで信用するのも怖い話だ。
ただ……集落を見つけたっていう前例もある。お姉ちゃんの内にあったっていう違和感。それと、今回の直感。お姉ちゃんには、この集落のことに関して、わたしにはないなにかがある。
……どうするべきか。お姉ちゃんを信じて族長を信じたいところだけど、そう簡単に割り切れるかな。
「アニュエ」
迷っていると、お姉ちゃんが肩に手を添えてきた。じっと、わたしの目を見つめてくる。
「多分、これを逃したらお母さんには会えないと思う。後悔すると思うの」
「それは分かってる。わたしたちにはもう手がない。それは分かってるの」
分かってはいるけど……ほんとにこうするのが正解かどうかが分からない。わたしが力を与えたことで、身近な誰かが死んでしまう可能性だってあるんだ。そんなのは嫌だ。
お姉ちゃんはわたしの目を見つめたまま、にこりと微笑んだ。いま……笑う状況だった?
「私ね。アニュエなら……何が起きても、きっと解決してくれる。そう思ってるの」
買いかぶりだ。前世でのわたしならともかく、この世界でのわたしにそれほどの力はない。それだけの力があれば、村だって守れていた。
「学園での騒ぎのこと? あれは……たまたまだよ。たまたま、わたしがそれを知ってただけ」
「でも、アニュエなら何とかなる。私、本気でそう思ってるんだ」
嘘じゃ、ない。お姉ちゃんの目は真剣だった。本気でそう思ってる。わたしのどこを見てそう思ったのかは分からないけど、わたしならなんとかなるって思ってる。
なんとか……なるのかな。
仮にわたしが族長に協力したとして、力の半分ほどを一時的に削がれたとする。族長が敵だった場合、その力を得て、わたしたちを襲うだろう。
その他に、集落には向こう側の人間が多数。それら全てを消耗した状態で相手取れるかと言われたら、微妙なところ。
「いや……族長の話が嘘でもほんとでも、もう、頼るしかないのか……」
族長が敵だったら、全力で叩きのめす。そうしないと、わたしたちにはもう道が残されていない。やれるか、じゃなくて、やらないと。なにかあったら、わたしが全員倒せばいいんだ。お姉ちゃんも、ケルティも、ジョセフも、バッツァのみんなも守って。
握り締めた拳に、不思議と力がこもった。そう。わたしたちは前に進むしかないんだ。お母さんのことを知るんだろ、探すんだろ。だったら、ここでうじうじ悩んでる時間だってもったいない。
「お姉ちゃん」
「うん?」
優しい声で、お姉ちゃんが聞き返した。
「族長さんたち、信じてみよう。もし敵なら……わたしがその場で叩き潰す」
「その時は、私も手伝うからね」
背中をポンと叩かれ、笑う。よし、そうと決まれば……あとは、族長の指示に従うだけだ。
館に戻ると、族長は変わらずにそこにいた。シャルとあの召使も一緒の場所に。待たされてたのか、可哀想なシャル。
「話は纏まったようだな」
「うん」
わたしはツカツカと族長の前まで歩き、そして、剣を鞘ごと引っこ抜くと、地面に向かってその剣先を叩き付けた。
——カァン、という甲高い音が響き渡り、若干二名、苦しそうに耳を押さえている。そのまま、告げた。
「わたしの力でいいなら、貸してあげる。その代わり、なにがなんでもお母さんの行き先を視てもらう。対価として、わたしたちはこの集落の危機に必ず駆け付ける」
そして、一呼吸、置き。
「これは契約だよ、族長さん」
そう宣言すると、族長は一人で笑い始めた。くっくっくと、悪役のしそうな悪い笑い方。
「いいだろう、契約成立だ。ラタニアのもとへは、必ず、私が導いてやろう」
族長はそう言って立ち上がり、応接間から繋がる、わたしたちが通ってきていない扉に近付く。
「こちらへ来い。時間を無駄にはしたくないだろう」
わたしたちは、言われるがまま、族長の消えた扉に向かった。




