第四十四話 赤の集落
『……お待たせ』
声の主、シャルの声が聞こえなくなってから程なくして、再び森の中に声が響いた。
「お帰り、シャルちゃん。どうだった?」
お姉ちゃんがそう問いかけると、沈黙。そして、その後に、先ほどまで何もなかったはずの空間に、歪みのような、裂け目のようなものが現れた。
なるほど……これが『入り口』か。カマをかけただけだったけど、まさか、ほんとにここに集落があったなんてね。
しかし、わざわざ入り口を開いたってことは、つまり、集落の偉い人から、わたしたちを招き入れて良しという許可が下りたということだ。
『入って。中で族長が待ってる』
「族長……?」
集落の長ってことか……何はともあれ、お偉いさんからの許可が下りたんだ。これで集落に入っても文句は言われまい。
「やったね、アニュエ」
「うん。お姉ちゃんのおかげだよ」
「アニュエが戦ってくれたから、だよ」
まあ、確かに。お姉ちゃんがいなければ集落に辿り着けなかったし、わたしがいなければこうも簡単に、ゴーレムを突破することもできなかっただろう。二人の功績、ということで、ハイタッチをした。
あまり喜んでいないように思われるかもしれないけど、そうでもない。『赤の集落探し』にはなんの手掛かりもなかった。見つけ出すのにどれだけ時間がかかるのか、そもそも集落が見つかるのか、何も分からない状況だったんだ。
それを、見つけることができた。やったことは集落を見つけただけに過ぎないけど、わたしたたにとっては、大きな一歩なんだ。
(この先に……お母さんのほんとの故郷がある……)
ごくりと生唾を飲んだ。なんとなく、緊張したからだ。お母さん関連のこととなると、どうしても緊張してしまう。それは仕方ない。
お姉ちゃんを見ると、お姉ちゃんも顔が強張っていた。この先に何が待ち受けているのかも分からないんだ。無理もない。
そうしてうだうだと入るのを躊躇していると、シャルが突然声をかけてくる。
『……入らないの?』
「心の準備してたの。入るってば」
お姉ちゃんと二人、目を合わせて頷き、同時に空間の歪みへと足を踏み入れた。
一瞬俯いてしまいそうな目眩。その後に、そいつは現れた。
「……これは……」
「集落、だね……」
現れたのは、わたしたちが想像していたよりもそれっぽい集落。隠れ里のようにも見える。木々の合間を縫うように家が建てられているが、辺りに人の姿は見えない。
こんなものを隠していたのか……確かに、光や風を使って透明化する魔法もあるにはあるけれど、これだけの規模の集落を丸々隠すなんて話は聞いたことがない。
それに、隠したところで、それは『視覚的に』見えなくなっただけ。そこにあるって事実は変わらない。何十年と隠し通せるようなものじゃないはずだ。
その辺りの話も気になるけど……先に聞くべきはお母さんのことだ。族長とやらが待っているし、この集落のことはついで程度に聞けばいいだろう。
「ねえ」
不意に、声がした。シャルの声だ。さっきまでは森の中に響いていたような声が、今は真後ろから聞こえた。
「驚くのも無理はないけど、早く進んでよ。族長が待ってるの」
「君は……シャルちゃん?」
振り返ると、そこにはまだ幼い少女が一人。歳も、わたしとそう離れてはいないだろう。大地を連想させる茶色い髪と、わたしよりほんの少し高い背。それから……
……くっ!
「ロリ巨乳めっ……」
「誰がロリ巨乳か」
格差社会だ……格差社会みを感じる……。
……と、まあ、悪ふざけはこの程度にしておこう。ここに来たのは、こいつをいじるためではない。
「で、族長ってのはこの先?」
「そう。失礼のないように。特にあんた」
と、わたしに指を向ける。失礼な。わたしにだってそれ相応の対応ってもんはできる。してないだけで。する必要がないとも言う。
シャルはわたしたちを先導するために前に出た。そして、前へ進むように首でわたしたちに促すと、すたすたと進んでいってしまった。
「取り敢えず……付いていってみよう、お姉ちゃん。族長とやらに会えば、お母さんのことを知ってるかもしれない」
「うん。そうだね」
わたしたちは、シャルの後に付いて歩いた。
族長とやらがいるというのは、集落を少し進んだ先にある大きな館だった。これもまた木々に隠れて大っぴらにはなっていなかったが、魔法で簡単に隠せるほどでもない。
シャルがその扉を叩く。彼女が名乗るよりも前に、扉は開いた。
「シャルテ。そしてお客人よ。入りなさい。リネル様がお待ちです」
現れたのは、召使のような格好をした長身の女。その、リネル様、ってのが族長の名前か。こいつは差し詰め、その側近ってところか。
わたしたちの前で、シャルがこちらを向いて頷いた。従え、ということだろう。わたしたちも大人しく、その館に入ることにした。
中を案内してくれたのは、入れと言った長身の女。玄関から続く廊下を抜け、その一番奥にある部屋。女が応接間だというその部屋に、わたしたちは通された。
部屋の中には……女が一人。族長というくらいだから、ヨボヨボでしわしわのおばあちゃんを想像していたが、違った。まだそれほど老けているようにも見えない。二〇代から三〇代くらい……お母さんと同じくらいだ、と言われても納得できてしまう。
この女が……『赤の集落』の族長? それとも、この女もただの側近か?
少なくとも、後ろの女と同じ召使いではないだろう。格好があまりにも違いすぎる。この女のそれは、国のお偉いさんが着ていそうな、ピチッとした赤い服。威厳がある、と言われれば否定はできない。
「……あんたが族長?」
「んなっ……!?」
そう問うと、シャルが隣でギョッとした顔をした。そして、すぐにわたしの後頭部を押さえつけてくる。
「も、申し訳ございません、リネル様っ! すぐにこの者を追い出しますのでっ……」
「構わん。そのまま続けさせろ」
「……は、はい……」
族長の許可が下りたことで、シャルは渋々、わたしの頭から手を離した。
……寛容なお方だことだ。王様なんかにやったら即刻斬首だろうな。
「妹が失礼しました、族長、リネル様」
お姉ちゃんは、丁寧に頭を下げる。ただ、警戒心を露わにしているのか、敵意は剥き出しだ。まだ、こいつが敵か味方かは分からないからね。それが正しい。
「わたしはアニュエ。こっちは姉のオリビア」
わたしは一歩前に出て、名乗りを上げた。バッツァに来たときのように。
「単刀直入に聞く。わたしたちの顔に見覚えは?」
「……ふむ」
族長は顎に手をやって、わざとらしく、考える風な仕草を取った。しかし、何か言いたげだ。
「永らく、外界との関係を絶ってきたのでな。『無い』、と断じたいところだが……」
族長は一人納得したように、ウンウンと頷いている。
「そうか。何故私が、見知らぬ者どもをここへ招き入れるのかと思っていたが……『奴』の娘か」
奴の娘、という単語を聞いて、わたしとお姉ちゃんは顔を見合わせた。普通、わたしたちの顔に見覚えがなければ……いや、わたしたちの顔に重ね合わせられる人物がいなければ、そんな言葉は出てこないだろう。
「心当たりあり、ってことでいい?」
「あれは、一〇と数年前だったか。今のお前たちによく似た者が、ここを訪ねてきた。いや、『帰ってきた』というべきか」
そして、ゆっくりと、族長は口を開いた。
「……ラタニア・オッグフィールド、と言えば、お前たちの欲する答えになるのだろうな」
発されたのは、確かに、わたしたちのお母さんの名前。間違いない。この族長はお母さんのことを知っていて、そして、ここは。
「じゃあ、やっぱりここが……」
「お母さんの、生まれ故郷……」
今、初めて確証を得た。この場所が、お母さんの手紙に書いてあった『赤の集落』であり、そして、お母さんの生まれ故郷なんだ。
そしてこいつは……お母さんのことを知ってる。当時の族長ではなかったにしろ、少なくとも、お母さんとわたしたちを重ねられるほどには、お母さんのことを知っている。
「ラタニア・オッグフィールド……『人堕ちの洗礼』を受けて尚、その強大な力で外界に影響を及ぼした者、か。確かに、ここは奴の生まれ故郷だ」
「『人堕ちの洗礼』……?」
聞き覚えのない単語に、お姉ちゃんが首を傾げる。わたしも、聞いたことがない。
聞いたことはないが、『洗礼』というくらいだ。恐らく、お母さんの全身にあったという酷い火傷に関係しているんだろう。そのことも、後で詳しく聞くとしよう。今聞きたいのは、そのことじゃない。
「わたしたちがここに来たのは、お母さんのことを知るため。『赤の集落』ってのが何なのかを知るため」
「何故だ? 何故それを知りたいと願う?」
今度は族長が問いかけてきた、当然の疑問だ。普通に暮らしてる分には、お母さんの生まれ故郷のことなんて、知りたいと思わなかったかもしれない。
わたしたちの事情は、少し特殊だ。どこか一部分を隠しても、上手く伝わらない。伝わるはずがない。ならば、包み隠さずに伝える他ない。
お姉ちゃんには……話しづらいだろう。お姉ちゃんはあの時、あの場所にいたわけではなかったし、お母さんと直接対峙したわけでもない。正直、まだ疑い半分、ってところだと思う。
だから、わたしが言わないと。
「わたしたちの故郷は、お母さんに滅ぼされた」
「っ……!?」
驚きの声を上げたのは族長……ではなく、後ろでわたしたちの話を聞いていたシャルだった。まだ何も話していなかったから、驚くのも無理はないか。わたしは構わずに、続けた。
「でも、お母さんが理由も無しにそんなことをするとは思えない。だから、その理由を知るために旅をしてる」
「それで、ここに辿り着いた、と」
その問いには、首を縦に振った。
その言葉を聞いて、族長は何か一人でぶつぶつと呟いている。
「そうか……お前たちの内に流れる、我々の血が導き寄せたか。なるほど」
我々の血? それは、赤の集落と呼ばれることに関係しているのか?
それに、導き寄せたってのは……ここに来るときに感じた、あの違和感のことだろうか。
分からないことばかりだ。この赤の集落自体が何なのかも、まだいまいちよく分かっちゃいないわけだし。
「欲を言えば、お母さんの足取りが知りたい。何の手掛かりもないの。ここにいる可能性もあったんだけど……」
「ここにはいない。だが、足取りを知りたいと言うのなら、方法がないわけでもない」
「あるのっ!?」
驚いた。あまりの驚きで、ここ最近で一番大きな声が出たかもしれない。
ここにいないというの残念だけど、今まで手掛かりも何もなかったお母さんの足取りが、分かるかもしれない。どうやるかは分からないが、それだけでここに来た価値があるってもんだ。ほら、お姉ちゃんも驚いた顔してる。
だけど、引っかかるのは……ないわけでもないってとこか。
「……何か、条件でも?」
「何、別に臓物を差し出せなどと言うつもりはない。条件というよりは、お前たちの運次第だ」
「運……?」
行っている意味がよく分からない。最初は何か条件でもあるのかと思ったが、そうじゃないらしい。
と、そこで、またもシャルが声を上げた。
「……まさか、リネル様……」
シャルは、それが何か知っているらしい。様子を見る限り、後ろの召使の女もだ。
そして、族長が告げたのは、到底信じられないようなことだった。前世で剣聖であったわたしなら、尚更。
「私は……少し先の未来を視ることができてな。お前たちの来訪も、それで知ったのだ」
「未来を……視る……?」
未来を視る魔法……だって? なんだ、それ。そんな魔法……あるはずがない。
魔法ってのは、マナを使ってエーテルを書き換え、事象を変化させる技だ。未来を視ることなんて、絶対にできない。事象の変化もクソも関係ないじゃないか、そんなの。
……そうか、それでか。さっきのこいつの言い方、なにか引っかかっていたんだ。
『そうか。何故私が、見知らぬ者どもをここへ招き入れるのかと思っていたが……『奴』の娘か』
まるで、自分の意思で招き入れたのではないかのような言い方。未来を視て、そこで未来の自分がわたしたちを招き入れていたから、ここに招き入れた。そういうことか。
「……そんな魔法、聞いたことないけど」
「当然だ。これは魔法ではない。私個人の能力だ」
「個人の能力……?」
ますます意味が分からない。魔法以外の個人的な能力ってなんだ。【ネヴェルカナン】は勿論、【オルタスフィア】でもそんなもの聞いたことがない。
いや、唯一聞いたことがあるとすれば、【オルタスフィア】で遥か昔に滅びたって言われてる、『悪魔』……悪魔は、それぞれが凄まじい力を持っていたらしい。それくらいしか覚えがない。
まさか、この女が悪魔だとでも? 馬鹿馬鹿しい。それはあくまで【オルタスフィア】の話であって、【ネヴェルカナン】の話じゃない。こっちの本でも、『悪魔』なんて記述は見たことがないわけだし。
考えていても仕方がないか。後ろの二人の反応を見るに、嘘じゃないんだろう。ほんとに未来が視えるものだと、一旦は仮定しておこう。
「……まあ、それは分かった。未来が視えるって前提は理解する。でも、それとわたしたちの運になんの関係が?」
「私も、永く生きすぎてな。力が衰えてしまったのだ」
「衰えた?」
「ああ。望んだ未来を視ることは叶わず、視える未来には靄がかかり明瞭としない。最近は、視えることさえ少なくなってしまった」
永く生きすぎてって……そんなに歳食ってるようには見えないけど。いちいちよく分からん話をするやつだな。
「……要は、お母さんがどこにいるか、その未来が運良く視えるか次第、ってことですか?」
「それもある。だが、先程から少し、試してみたいことがあってな」
「試してみたいこと?」
首を傾げるわたしたちに、族長は、こう言った。
「アニュエ、と言ったな。お前の力を使って、未来が視えるかどうか、試してみたい」




