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シンメトリーの翼 〜天帝異聞奇譚〜  作者: 長月京子
後日譚

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華美(かび)の祭典 4

 天帝の加護が失われた澄明な夜空。ドンっと地響きのような轟音があった。深い藍に染められた大空に、艶やかに火花が咲く。その大輪の華美が合図となったように、祭湖の水面から金色の炎が飛び出した。美しい黄金の炎を(まと)った鳳凰が、舞を披露するかのように優雅に上空を飾る。


 美しい光景に魅入っていると、ドンドンと打ち上がる轟音が連続した。

 舞い踊るように飛ぶ鳳凰を飾るように、いくつもの大輪の華が咲く。


 光が幾重にも弾けて膨張し、地上へ迫るように近づいては失われる。

 湖上には鮮やかな光に飾られた船が、遊覧のために数えきれないほど浮かんでいた。


 けれど、その湖上の光景が色あせるほど、上空を飾る華美は止むことなく美しく世界を花開かせる。光が弾けては、はらはらと流れ、また新たな光が生まれる。


 はじめは轟音にすくんだ身体も、繰り返される打ち上げによって震えるような衝撃に慣れたのか、心地のよい振動に変わっていた。

 鳳凰が湖面を撫でるように、緩やかに羽ばたいている。


「すごく綺麗」


 天帝のために設えられた座からは、全てが惜しみなく臨める。朱桜(すおう)の感動が闇呪(あんじゅ)にも伝わって来た。

 華美の祭典は、結局延期を必要とせず開催できた。鳳凰の力を最大限に利用して、白虹(はっこう)は想像以上に事をうまく運んだようだった。


至鳳(しほう)凰璃(おうり)も綺麗。すごく頑張ったのが伝わってくる」


 ひらりひらりと舞うように飛ぶ鳳凰の輝きに、闇呪もじっと目を凝らす。

 無駄のない計算された美しい動き。一朝一夕で完成するような舞ではないだろう。鳳凰がこの祭典のために、いかに励んだのかが闇呪にもわかった。


 幼い二人には厳しい試練だったかもしれないが、闇呪は鳳凰を豊かな世の象徴にしたくはない。恵まれた世界でしか歓迎されないような、飾りのような存在となることは避けたい。

 自分や朱桜と同じように、黒麒麟が心得ているように、鳳凰にも世界に貢献できる存在として成長してほしいのだ。


 いつまでも無邪気でいてほしいと思う気持ちと共に、彼らが立派に活躍する未来も夢見てしまう。

 闇呪は夜空を染める光を仰ぎながら、ふっと心が緩むのを感じた。


「――鳳凰が未熟なのは、私のせいではないかと思っていた」

「え?」


 驚いたような声を聞いて、闇呪は視線を夜空から朱桜に移す。上空で弾ける華美の光に照らされた彼女の顔が、じっとこちらを見ている。


「私の未熟さを映しているのではないかと、少しそう思っていた」


「陛下! 陛下は未熟じゃありません!」


 朱桜が抗議するように闇呪の袖をつかむ。闇呪は笑ってみせた。


「ああ、今日鳳凰を見てそうではないと思ったよ。彼らは私に関係なくたくましく立派になっていくんだろうなと……、それに」


 闇呪は袖を掴んでいる朱桜の手に掌を重ねた。


「鳳凰が私の朱桜への想いから成っているのなら、何かが欠けている筈がない」


「陛下……」


 弾けるような光に照らされていても、朱桜の顔が紅潮するのがわかる。闇呪はそっと彼女の小さな肩を引き寄せた。


 湖面を飾る何艘もの鮮やかな灯りと、鳳凰の纏う黄金(こがね)の炎。大空で弾ける華美の光。

 眩い光景の中で、二人の影は仲睦まじく、いつまでも寄り添っていた。






 人々に夢のような光景をもたらした祭典の翌日、雪は碧国(へきこく)の翡翠宮に戻っていた。

 華美の祭典を伴侶である翡翠(ひすい)と共に楽しんでほしいという朱桜(すおう)の配慮で、雪は久しぶりに翡翠とゆっくり時を過ごしている。


 天地界が豊かさを取り戻した今、翡翠の放浪癖も収まるかと思っていたが、どうやら見通しが甘かったようだ。彼の異界への好奇心は旺盛で、最近はあちらの世界で黒麒麟と親睦を深めているようである。


 以前なら独りで翡翠の帰りを待ちくたびれる日々だったが、今は雪も翡翠宮で過ごすことが少ない。金域(こんいき)の光輪の御殿で朱桜の傍に仕えているため、必要以上に翡翠の放浪癖を憂慮するようなこともなくなっていた。


「そういえばさ」


 翡翠は内殿の居室で榻牀(ながいす)に横になって寛ぎながら雪を見た。卓に饅頭を用意して茶を入れると、むくりと起き上がって手を伸ばす。


「最近兄上の様子がおかしいんだよね」


 翡翠と云う愛称がふさわしい、美しい碧眼が可笑しそうに歪む。雪も翡翠の向かいに掛けた。


碧宇(へきう)の王子が、ですか?」


「そう。僕の勘だけど、あれは絶対に好きな女性ができたね」


「あの碧宇の王子にですか? まさか」


 碧宇は碧国の第一王子で後継者でもあるが、今まで妃を迎えるという話が出たことがない。どこか人たらしなところのある英明な王子だが、碧宇自身が誰かに恋焦がれるようなことは想像できなかった。


 雪も翡翠も彼が妃を娶ることを面倒くさいと言い放っていたのを知っている。一国の後継者としてはあるまじき暴言に近い。


 そもそも豪胆な気性の碧宇が、繊細な女性の気持ちを組むことなどできるのだろうか。

 それが雪の抱く素直な印象である。


「ちょっと探りを入れてみようかと思っているんだけど」


「それは余計なお世話ではないでしょうか?」


「でもさ、気になるんだよね」


 翡翠から最近の碧宇の不審さを聞いていると、ふいにバサリと羽音がした。雪がはっと振りむく前に、聞きなれた無邪気な声が居室に響く。


「昨夜の華美の祭典はどうだった?」


 一瞬で本性から人型に変幻を遂げて、鳳凰が雪に飛びついてくる。祭典の役割を立派に努め、美しく厳かだった輝く面影からは、想像もできないほど幼く愛くるしい。


黄王(おおきみ)と主上が、すっごく褒めてくれた!」

「うん。立派だったって」


 二人は顔を輝かせて報告してくれる。


「たしかに僕もすごく感動したな」


 鳳凰の突然の来訪には慣れてしまったのか、翡翠は動じることもなく彼らに素直に感想を述べる。鳳凰はすぐに翡翠に群がる。


「本当? 俺達綺麗だった?」

「うん。すごく綺麗だった」


「立派だった?」

「うん」


 翡翠の肯定に、鳳凰は満足したように手を取り合って笑っている。雪も心から二人に賛辞を贈った。


「今まで見た中で、一番立派に努めを果たされたと思います。私は大兄(にいさま)から二人の様子も伺っていましたし。本当にとても感動しました」


 至鳳(しほう)凰璃(おうり)のつぶらな瞳がきらきらと喜びに輝く。

 二人は「やった」と喜び、高ぶった気持ちのままに、ばさりと本性に変幻してしまう。


 雪があっと思う間もなく、褒められた喜びで昂じた感情がぼうっと炎を生んだ。


 翡翠宮の一角で、もう何度目からわからない小火(ぼや)が起きた。



 華美の祭典 おしまい


この物語にお付き合いいただき、本当にありがとうございました。


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