悲しい最強
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主を倒し終えた後のボスフロアで、ダンジョン攻略の道中で手に入れた収穫物を広げる。ランタンに火をともし中央に備え付けると、きらびやかな黄金の反射が目に入ってきた。向かい手から、唾を飲み込むような音が聞こえる。
ここは、四人のライト・パーティ編成が攻略の最低必要人数とされる中級ダンジョンだが、今トレジャーを前に座っているのはシューノとキナコの二人だけだ。単純に稼ぎの効率は二倍になるが、そのぶんだけ危険も多い少人数編成である。キナコの興奮はひとしおだった。
「すっごいすっごい! すっごいのはもとから分かってたけど、シューノってほんっとすごいんだね! 敵のヘイト一身に受けながらダメージゼロとか、それなんてチートなのよ!?」
「人聞きが悪いな」シューノは苦笑して言った。「俺のは技だよ。神経や体力も使うし、それなりのリスクも払ってる」
「オレのは『技術』だ人間には未知の部分があるッ!」
キナコは唸った。
「くぅ~かっこいいな! あたしもいつか、『ペインキラー』みたいな超一流ヒラになって、そんなセリフ言うんだ!」
「……」
そんなこと言ってないけどな、とは水を挿さない。いつものことだ。
なにもなかったかのように話を続ける。
「『ペインキラー』?」
「そ、知らない? ヒーラー界のキミみたいなもんでさ、伝説だよ。ダメージを受けても、システムがフィードバックさせる前に回復しちゃうから、痛みがない。HPバーが動かない。だから『ペインキラー』。それで――」
「それで、《wonder land》内最大のPKKギルドのマスター」
シューノはキナコの言葉を引き継いでいった。
「なんだ、知ってるの」
「『ペインキラー』って呼び名は知らなかったけど、その話を聞いてピンときた。懐かしいな。俺たちは彼女をこうよんでいたんだ、『死体起こし(デッドレイズ)』」
「もしかして」キナコは目を輝かせて言った。「その口ぶり、ペインキラーと知り合いだったりする?」
「知り合いか……一応、そうなるかな」
「えー! やっぱりすごいなシューノは!」キナコは子どものように眼を輝かせていた。「ねぇねぇ、だったらあたしにも会わせてよ、ペインキラー!」
「ああ、それはできないな……」
えーなんでー!? と食い下がるキナコに、シューノは苦笑しつつ言った。
「知り合いは知り合いでも、正確に言えば俺と彼女は敵同士なんだ。それも、俺にとっては最も相性の悪い、最悪の敵」
「無敵の『黒騎士』が、ずいぶんらしくないことを言うんだね」
キナコは声を落として、少し真面目な顔で聞いた。
「相性が悪いってどういうことなのかな。キミがさっき払っているって言ってた『リスク』に関係あるの?」
「うん、鋭い」
シューノはコートについた埃を払いながら、立ち上がった。左手にレーザー刃のついた短剣。右手に自身の身長ほどもある大剣を顕現。《二天一流》の構えをしてみせる。
「いい機会だから教えておこう。俺のメインの戦闘方法は、左手のコレ、《防剣タクティカルタントー》で敵の攻撃を《捌き(パリィ)》し続けて、隙を生んで、右手の大剣で一刀両断するっていうスタイルだ。いろいろ試して俺に最適だと思った型だけど、大きな穴もある。防御が左手の小太刀頼みなんだよな。片手で大剣が振れるように、俺のビルドは防御を無視して筋力に特化してる。だから一撃でも捌きそこなえば、それで紙屑みたいに俺のHPは消し飛ぶ」
「……いつも死と隣合わせ」キナコが小さな声で言った。「それがキミの払っているリスク、っていうこと」
「そう。そんな綱渡りみたいな状態だから、持久戦に弱いんだ。集中力が切れたら、ビギナーだって簡単にとどめを刺せる」
シューノは武装を解いて、どっかりと座った。
「どう? 手の内を知ったら、そんなにチートでもないだろ?」
冗談っぽく言って向かい側のキナコの表情を窺うと、彼女はなぜか沈痛な表情をしている。
「キナコ?」
「悲しすぎるよ……そんなビルド」
言うなり、キナコはシューノに向かって飛び込んできた。ランタンが倒れて転がる。辺りがすっ、と暗くなった。
突然のことに動転していると、キナコが顔を上げた。至近距離で眼と眼が合う。吸い込まれそうな、濡れた瞳。
「ごめん」
肉感的な唇が動いた。
「突然、びっくりしたよね。なんでだろ……ゲームの中だと、大胆になっちゃって、わたし……」
「いや、大丈夫、だけどさ」
思わず眼を逸らしてしまう。心臓が破裂しそうだ。さすがに、不意打ちすぎた。
「シューノの強さは、寂しいよ」
キナコはぽつりとこぼした。
「身を削って自分一人でなんでもできるようにする、なんてさ。頼りないかもしれないけど、もっと周りを、あたしを信用してよ。人と繋がれるから、オンライン・ゲームなんでしょ。人と繋がりたいから、オンラインゲームやってるんでしょ」
「……」
背中に回された腕の力が強くなった。
「え、偉そうに言ってるけど、わたしが現実だとそうなの。みんなといると怖いから、隙を作らないようにしてるの。一人でなんでもできるように振る舞ってるの。でも、それだと寂しいからこの世界にいるの……」
シューノは伏し目がちに聞いた。
「……自分に似てるから、見ていられない?」
「ううん、ずっと見ていたい」
ふふっ、とキナコは笑った。
「そうだ。なんだかんだ理由をつけても、結局それなんだ。ねぇシューノ」
震える声でキナコは言った。
「わたし、ずっと見てたんだよ……」
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