聖女の降臨2 水と油の共闘
しかしだからこそ、あるいは彼女の側近中の側近よりも彼女を知っている。
「あなた……」
柊野は躊躇なく路地裏から体をさらけ出す。取り出したのはAGIに大幅な補正のかかる一丁のナイフだ。敵だったからこそ嫌になるくらい知っている。いくら撃たれても大丈夫だ、彼女がそばにいてくれるなら。
「……と、あのビルまでいったら流石にヒール範囲外だよな」
「そうですね、視界から外れてしまえば距離に関係なく魔法はかけられませんし、マンションのなかまで狙撃手を追う場合を考えれば、少々危険かと」
「うん……となると……不躾な質問なんだけど、アンタを抱いていいかな?」
「な!」
なぜか凜花がまずまっさきに反応した。
「急になに言ってるの柊野君! トチ狂ったの!?」
そんな凜花とは対照的に、顔色を変えることなく思案していた《ペインキラー》は、
「構いませんが……重いですよ、わたくし」
真顔でそう聞いてきた。たしかにその体つきは華奢とは言えないし、小柄な方とも言えないが……。
「こう見えて結構、STRには自信あるんだ。楽勝さ」
「一応マナーとして否定しておくといいですよ。わたくしは、構いませんが」
笑顔が逆に怖かった。慌てて話題を変える。
「けど、いいのか? 一緒に来るってことは、俺に命を預けてもらうってことだ。どうして見ず知らずの男をそんなに信用できる?」
「それはお互い様ですわ。あなたがわたくしを信じてくれるなら、わたくしもそれに応えます。それだけのこと」
くす、と《ペインキラー》は微笑した。
「わざわざ確認してくださるなんて、お優しいんですのね」
「……途中で駄々をこねられても困るんだ。心中するのが御免なだけだよ」
「ふふ、そういうことにしておきましょう」
「どうぞ」と言って《ペインキラー》は柊野に身を寄せた。口にナイフをくわえ、抱き上げる。予想通り、重量はそこまで問題にならない範囲に収まっている。軽くはないが。
「――行くッ!」
ふとももの筋肉を爆発させて、全力疾走を開始する。直後に銃弾が眉間を捉えるが、気持ちの悪いことになんともない。胸の中のお姫様が小さく親指を突き出していた。
全く回避も防御もいらない戦闘がこんなに楽だとは! 柊野は心のなかで快声をあげた。個人として持つには異常とも言える攻撃力の代わりに、常に死と隣合わせの防衛戦を強いられる柊野にとってそれは、翼を得たに等しかった。真正面から飛来する五十口径のアンチ・マテリアル・ライフルの弾丸が腹部に大穴を開けるが、痛みすら感じない。着弾と同時、寸毫違わぬ正確さでヒールが作用するのだ。無敵になった気分、いや――いままさに自分は無敵なのだ。《wonder land》のどんな敵をもってこようが、俺達を倒すことはできないし、倒せないものもない。神と悪魔の共闘という本来ありえない状態が生み出した、これはまさにチート状態だ。
駆け抜けながら柊野は、わずかに防御に割り振っていたフィジカルボーナスすら全て攻撃に振り替えた。STRとAGIが増し、ここにきて脚力がブーストされる。
もはや有機体には成し得ない、全ての景色を線状に縮める疾走。
これなら――と柊野は笑う。地を蹴ってジャンプし、ビルの壁面に取り付く。胸元から聞こえる抗議の声を無視し、鉄筋をへし折る威力で壁を蹴りだし、自らを弾丸と化す。林立するビルを足場に、縦横無尽に飛び交うその姿はもう肉眼では見えない。捉えられるのは、柊野に追随する黒い曳光だけだ。
「いました!」
マンションの外階段を大急ぎで駆け下りていた狙撃手の姿を捉える。やはり、敵も相当な手練れだった。照準を合わせられないとみるや、銃をショットガンに持ち替え、弾丸を散布する。高速で移動していることが仇となり、方向転換もかけられず散弾の塊の中に突っ込んでしまうが――そのまま無傷ですりぬける。
勢いそのままに、呆然とした表情で固まる射手のわきを疾走すれば――。
「……お見事」
その間抜けな表情を変える暇すら与えられず、狙撃手の喉元は柊野のナイフによって切り裂かれている。まるでかまいたちに襲われでもしたかのように。
だが、その傷すらも一瞬の内に癒えてしまう。
「なっ……!?」
「大丈夫です。痛みは与えました。しばらく眼を覚ますことはないでしょう」
カン、と高い音を立てて《ペインキラー》は鉄製の外階段へと着地する。足場を回復するなり、彼女は思い切り柊野の頬を張った。久しぶりの熱い痛みが、顔を中心にして広がる。
「……」
「なぜぶたれたのかは、わかりますか?」
「納得出来ない。こんな状況でこいつを生かしておいてどうする? 一度人を殺したことがある人間は、もう手遅れだ」
《ペインキラー》は柊野の眼をまっすぐに見据えて言う。
「どうするのかといった問題ではなく、これが正義だから行うのです。人は現状に甘んじて生きるのではなく、理想のために生きねばなりません」
「ご高説を垂れてくれるよ……!」
やはり、相変わらずだと柊野は思った。こいつとは決定的にソリが合わない。
背を向けて一人階段を降り始めた柊野に、彼女は続ける。
「それに――人は変われる。それは誰よりもあなたが分かっていることではないですか」
「……アンタに俺の何がわかる。会ったばかりで」
「全てを知っていますわ」
思わず柊野は振り向いた。《ペインキラー》は冗談を言っているわけではないようだ。真剣な表情でこちらを見ている。
「今は英雄、《黒騎士》シューノ。そう名乗っているそうですね。しかし、かつてPKとして全ワールドを震撼させていたあなたは、こう呼ばれていた――」
汗がにじむ。
彼女は最初からお見通しだったのだ。
「お久しぶりですね、《不思議の国の最大恐怖》(ジャバウォック)」
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