おまけ☆跡取り息子の初恋
ヒロインの産んだ双子の一人の跡取り息子と婚約者のメイドの彼女の出会いのお話です。
俺は、生まれてこのかた母親に抱いてもらったことがない。顔だって写真でしか見たことがない。
親父も、仕事でロスに行っていて、数年に一度しか、この屋敷には戻って来ない。
世間じゃ俺を、世界有数のコングロマリットの御曹司とか言ってるが、親父はむこ養子で俺の財産の管理人にすぎない。俺が生まれながらの当主だ。
この家のたった一人の跡取りだった母親は、俺を産むとすぐ、俺を棄ててヨーロッパのどっかに行っちまった。この家に跡取りを与えたから、もう義務は果たしたってとこか…。身勝手な女だ。
執事が母親の部屋をそのまんまにしてある。俺は小さい頃、そこに入り込んで、母親を思った。
シーツにも枕にも母親の匂いなんか残ってやしないのに、匂いをかいだり、母親の使いかけの香水瓶の匂いをかいだりしてた。写真立てには、ふわふわの長い髪。等身大のアンティークドールみたいな少女がピアノの前に立ってる写真。白黒だが、セピア色に変色しちまってる。
大きくなったら、こんな女の子に結婚を申し込もう。そして、一生、俺のそばにいてもらうんだ。そしたら俺は、自分を棄てた母親を恋しがって、毎日泣いたりしなくなるだろう…そう、思ってた。
やさしくて、ふわふわの長い髪。美人で上品でピアノの上手な深窓の令嬢…そんな理想が俺にはあった。成長するにつれて、自分を棄てた母親を嫌悪するようになっても。
だから、あんなメイドなんかなんとも思っちゃいない!全然、俺の理想とはちがいすぎる!だいいち、凶暴すぎるだろ。怒ると主人の俺を裏拳で張ったおす。そんなメイド、聞いたことがねえ!
四月。
精華学院の中等部の入学式目前の俺は、少々いら立っていた。
両親がいないことなんか、なんとも思っちゃいないのに、入学式とか運動会とか…親が学校に来る行事があるときだけは、すごく面白くねえ。
そんな時は、執事やメイドに当り散らしてた。
俺の部屋の前の廊下を新参者のメイドが、モップでみがいてた。俺は、廊下に唾を吐いた。そして…
「ほら、ここが汚れてんだろ!きれいにしとけよ!」って言った。
次の瞬間には、俺は廊下に膝をついてうずくまってた。息が出来ない。なにが起こったんだか理解できなかった。
「やっていいことと悪いことがあんだろがっ!馬鹿ガキが!謝れ、この野郎!」
メイドの裏拳が、みぞおちに入って倒された俺…。倒れてる俺の襟首つかんで怒鳴ってるメイド…。悪夢だ。
言っとくが、俺は中等部とはいえ、かなりの大柄で腕っぷしも強い。
初等部では極真空手の全日本ジュニア空手道選手権で、準優勝した。
決勝で空手の神様の大山倍達のひ孫相手に互角に闘い、防具もなしで大人相手に練習してて、打たれなれてるこの俺がこんな簡単に倒されるなんて…ありえねえ。
しかも、年が上とはいえ相手はメイド…女だ。
俺は息が整うのを待って、やっと言った。
「お…まえらの仕事だろ。誰に給料もらってると思って…」
言い終わらないうちに、ぶん殴られた。目から火花が散った。鉄アレイかなんかで、ぶん殴られたのかと思ったぜ。なんだよ!この破壊力。この女…ただもんじゃねえ。
「謝れって言ってんだよ!ええっ!ぼっちゃま、もう一発行くか?」
「す…すみませんでし…た。」
「今回は手加減しといたけど、今度やったら、半殺しにするからな!おぼえとけ!」
「は…はい!」
これで手加減しといただと…?確かに、殴ったのは左手だった。
と…とにかく、主人の俺を殴るなんて、あのメイド…許せねえ!メイドは俺に頭下げるのが仕事だろうが!あのメイド、狂ってやがるぜ。クビにするのは、簡単だが、もっと面白いことがある。
俺は、執事に言ってあの新参のメイドを俺の小間使いにした。あのメイドをひざまずかせて、俺の靴でも磨かせて、身の程を思い知らせてやるつもりだ。
...*...*...*
「今日から、ぼっちゃま付きの小間使いになりました。よろしくお見知りおきを。」
クックック…。来たか。執事によく行儀作法を教えこんどけと言っといたからな。これからは、オレ様を主人と敬うようになってるだろうぜ。
俺は回転椅子を回して後ろを向いた。
なんだ?俺んちのメイド服って、こんなデザインだったか?いや、こんなデザインだ。
黒いサージのロングワンピースに肩にフリルのある白いエプロンに、白いヘッドドレス。正統派のわりと地味なデザインなんだが、まぶしくて…直視できねえ。
いろいろ嫌味を言ってやろうとしてたのに…。おとなしく頭さげてるメイドに対して
「ああ、よろしく…頼むぜ。」って言うのが精一杯だ。
動悸もするし…一体…オレは…どうしちまったんだ?相手は憎たらしいあのメイドじゃねえか…。早速、靴磨かせんじゃなかったのかよ。
「い…今のところ用はないから、下がってよし。」
「はい。」
ふう…。なんでこんなに汗かいてんだよ。こんなはずじゃなかった!クッソーーーっ!明日っからこき使ってやるぜ!
...*...*...*...*
あの凶暴なメイドを小間使いにしたオレは、しょうこりもなく、嫌がらせを繰り返してた。あいつはいつもいつも、オレを脅してるわけじゃねえ。
普段は、メイドらしくオレに頭下げてる。
「オレの靴磨いとけって言っただろうが。まだなのかよ!」
「そんなの聞いてませんよ。朝のうちに言っといていただかないと。」
「オレは言ったはずだ!今すぐやれよ!」
「ぼっちゃま。あたし、今、厨房から、ぼっちゃまの夕食取りに来いって、言われてて忙しいから、後でやります。」
「おまえは、オレ付きの小間使いなんだから、オレの命令を最優先しろよ。」
「だけど、お料理冷めちまうし。」
「今すぐ、靴磨けっていってんだろ!早く、磨けよ!このドブス!」
「…今、なんて言った?」
女中の目つきが変わった。ゾクゾクするぜ。オレは怖いものみたさで、ついこう言っちまった。
「ドブスって言ったが、聞こえなかったのかよ?」
「あたしを怒らせて、一体なにが楽しいんだよ?夕飯とりに行ってくるから、ちょっと待てって言ってんだろ!馬鹿ガキ!」
バタン!
あのメイド…怒るとこが見たい。そんで、俺は殴られない程度に、難癖つけたり、ドブスってケンカ売ったりする。
実際、ブスにドブスっては、言えない。あいつは…なんだか、とってもきれいだ。
肩で切りそろえた、まっすぐな黒い髪。いつも伏し目がちな大きな瞳は、怒ると、まっすぐに俺を見返してくる。
あの女は中学しか出てないのに、嫌がらせで、俺の宿題を手伝えって、高等部の数学の問題をやらせた。
そしたら、基礎解析の難問をあっさり解きやがった。
部屋の中はいつもピカピカだし、難癖つけるにも、苦労するぜ。
*****
ある日、葬式に行けと執事に言われた。
「ったく、めんどくせえ。なんで、元うちで雇ってた庭師のジイさんが死んだからって、俺がわざわざ行かなきゃならねえんだよ?」
「ぼっちゃま、先々代から勤めていた男でございます。どうかこの家の主人として、出席していただきたく、切にお願い申し上げます。」
「行かねえつったら、行かねえ。」
俺が行かねえつってんのに、執事が、いつになくしつこい。一体何なんだ?面白くねえな。
「ぼっちゃま、執事さんが、あんなに言ってるんだから、大事な方なんじゃないですか?お行きになったらどうです?」
「生意気だぞ!メイドが口出すことじゃねえ!てめえは、オレの宿題やっとけつったのやったのか?」
メイドの瞳がキラリと光った。
「執事さん、ぼっちゃまは私が説得しますから。車を玄関に回しててください。」
「だ…だが」
「いいから、早く。ぼっちゃまの数珠とか香典とか用意しといてくださいな。」
メイドがあんまり、きっぱり言うんで、古株の執事が、気圧されて、部屋を出てった。
「なんだよ、オレを説得だと?笑わせんな。行かねえつったら行かねえんだよ!」
「説得?そんななまぬるいことすると思ってんのか?この馬鹿ガキが!さっさと制服に着替えて仕度しろって言ってんだよ!一分以内にな。」
「てめえは、メイドのくせに誰に口きいて…。」
ヒュッと空気を切る音がして、オレの顔のすぐ脇に、メイドの拳が入った。
「一分以内だ。」
「は…はい!」
結局、オレは大慌てで制服に着替えて、元庭師のジイさんの葬式に行く事になった。
****
小雨降るなか、鎌倉くんだりまで行って焼香した。
親戚はろくにいないようで、寂しい式だった。
一緒に来た執事が涙を流してて、全然悲しくねえオレは居心地悪かった。
小雨が降ってるのに、執事が鎌倉の屋敷に寄るってきかねえ。
このジイさんも、古くからいるから、なんか思い出があんだろ。めんどくせえが、つきあうことにした。
オレの屋敷は、母親の趣味でスペイン風で明るく、風が吹き抜ける。だが、この古ぼけた日本家屋は、陰気くさく、もはや文化財だ。しかし、あの庭師が引退してからも勝手に世話してた日本庭園は苔むして、いい感じになってた。
紫陽花の株が、たくさん花をつけていて、きれいだった。
「お嬢様は…いえ、奥様は、ここでよく遊んでいらっしゃいました。」
「なに感傷的になってんだよ?うっとうしい。あの女の話なんて聞きたくねえんだよ。」
「ぼっちゃま。奥様からのお手紙が、また来てましたが、今度もまた未開封のまま、送り返すのですか?」
「当たり前だ。いちいち確認するな。もういいだろ。帰ろうぜ。」
「はい。」
帰りかけるオレの耳に、子供の声が聞こえてきた。
「おじいさまが、もうあなたと一緒にあそんじゃだめって。だから、今日でお別れなの。でも、大きくなったら、私、あなたのお嫁さんになる。そしたら、また一緒にいれるでしょう?」
「ああ。」
「約束よ。指切りして。」
振り返っても、紫陽花が雨に濡れてるだけだ。……一体、なんだよ。薄気味悪いぜ。
***
俺が部屋に帰ると、メイドはソファで、眠り込んでた。
俺が「下がってよし」って言うまで、使用人部屋に帰るなと言っといたからな。
ここんとこ、眠る間もないほど、こき使ったから無理もねえ。
無防備な寝顔を見てたら、この女の側にいて、いつも守ってやりたい。
なぜかそんなふうに思った。
おかしい!俺は何考えてるんだ?こんな憎たらしいメイドを、守りたいとか正気じゃねえぜ。
この女は守られる必要なんかねえ。中等部で一番腕っぷしの強い俺だってかなわねえのに。
俺はなにを、とち狂ってんだ?
とにかくなんか、かけるものねえのか?毛布とかよ…。
俺はベッドから毛布はがして、メイドにかけた。
そのまま俺はベッドで寝たが寝つかれねえ。急いで部屋を出て、ゲストルームで寝た。欲望の高まりを抑えられなくなりそうだったからだ。
****
「ん……ふぅ、ぅむ……」
俺の舌を味わうように、ゆっくりといやらしく絡めてくるメイドの舌使いに、俺は思わず声を漏らした。
メイドの濃厚なキスに息が出来ず、俺は苦しくなる。息つぎをして、自分から求める。理性がとぶ。
俺は、恍惚として、メイドの首筋に、唇をはわせ、柔らかな胸の膨らみをゆっくりと揉んだ。メイドは嫌がらず、俺に身を任せている。
「俺のこと…好きなのかよ?だから…俺にこんなこと…?」
…*...*...*...*...*
「ぼっちゃま、ぼっちゃま!起きて下さい。遅刻しますよ!」
「う…ん。やめろ…そんなことされたら…もう…。」
「ったく、早く起きろって言ってんだろ!この馬鹿ガキ!お・き・ろーーーっ!」
メイドが俺の耳元で怒鳴ったんで、俺は強制的に目覚めさせられた。しかし、目を開けると近い。俺を抱き起こそうとして、メイドが肩をつかんでるからだ。
俺は、つい夢の続きでメイドを抱きよせて、ベッドに引っ張りこんじまった。そのとたん…また火花がちったぜ。
顔面に、激怒したメイドの鉄拳をくらった。
痛えのなんのって、鉄パイプで殴られたんじゃねえかと思うくらいだ。
「セクハラだぞ!エロガキがあーーっ!今度やったら、半殺しにするからな!早く起きて、仕度しろーーーっ!」
「わ…わざとじゃ…ない!寝ぼけたんだ!ほんとに、わざとじゃない!」
「わざとじゃなくても、今度やったら、その場でボコボコにするからな!おぼえとけ!とにかく、早く仕度しろ!一分以内にな!」
「は…はい!」
クッソーーーッ!なんで、いつもこうなるんだよ!こんな凶暴なメイド…俺は大っ嫌いだーーーっ!!
おしまい。後日って思ったのに、するする書けちゃいました。ぼっちゃん、ドM疑惑だな。