第二十九話 陰険なる――《てんよう》
赤髪少年に向けられた一言。
それには、温和と緊張の走る空間で、後者が優位に立つ気味悪さがあった。
男性の仕草からは、演技臭さが香る『模倣っぽさ』は漂わず、むしろ自然体であるという確固たる確信を思わせた。
まさかそんなことが…
「え?」
チャコールローブを掴む少年の手は、驚き眼が見開かれると同時に開放された。
ローブから手を離した反動で、初等生集団は雪崩のように後ろに倒れて行った。その様子は、さながらドミノ倒しのようである。
「重い…」
エルフィナはヴァルドを抱えながら、少年の体重に対して嫌な顔を示した。
男子の体重を女子が支えているこの状況。普通では滅多に見れない光景だ。
無意識に、鞄の中のスマホに手が伸びた。
思わず写真に収めたくなってしまったのだ。
「…どういうことですの」
セレニアのシリアスな声色に、向けるべき意識を取り戻した。
状況を整理しよう。
第一に、アルディウス公爵…いや、今は『アルディウスさん』とでも言った方がいいだろうか。
そのアルディウスさんが、自身の息子に対して『誰だ?』という反応を示した。さっきまで、あんなに仲睦まじい親子の姿を見せてくれていたというのに。
第二に、口調が変だということ。
先程までの彼は感情が昂ぶった場合を除き、常に堅い口調だった。古きを重んじる、彼の人間性が垣間見える程に。
ここから判断するに、彼は『元の彼』とは別人と言っていいだろう。
「どういうことって…そりゃあ――」
腕組みを作り、天を見上げた彼。
その瞳には、健康に不可欠な直射日光が移ろっていた。
耳を塞ぎたくなる男性の言葉尻の溜めが、次に続くであろう言葉を想起させてしまう。
太陽を直接視認すると、目が痛むと聞いたことがある。…平気なのかな?
僕も試そうとしたが、目に悪影響を及ぼすと危ないので、辞めておくことにした。
僕のスキルは目を使うわけだし、あんまり負担かけないようにしないと…
「俺がこの餓鬼のこと――いや、お前らなんて知らねぇってことだ」
僕たちを順に見回し、眼に銀髪青年を焼き付けたところで、無慈悲な語気の荒さが強まった。
…はっきりと明言されてしまった。喫茶店で話した内容も、忘れてしまったということだろう。
家族との関係性や家庭の雰囲気など、彼は僕に貴重な時間を割いて話してくれた。
火焔魔法を教えるくれるとも言ってくれた。
僕はその思いに応えたいと願った。
だが――
「…?なんだよ。そんな悔しそうな顔して」
――現実の無情さは、何度認識しても予想を上回ってくる。
努力する暇すら与えずに、僕の成長の機会を奪っていく。
視界だけでは認識し切れない『現実』という事象を、脳に映した。
心に沸き立つ憎しみを放出する。
現実…なんと強欲――なんと傲慢――なんと――意地汚い。
「会ったことすらない奴に、いきなり裾を掴まれてるんだぞ?しかも、俺のローブで綱引きし出す次第だ。当然…『お前は誰だ?』って聞くだろうよ」
眉間に皺を寄せ、少年が掴んだことで付いたローブの皺を、手で払い除けた男性。
赤髪少年が、今にも泡を吹いて倒れそうに唇を震わせていた。
男性の至極真っ当な意見に、何も言い返せなくなってしまう。
「人によっては、乱暴に振り払ってここから逃げ出すと思うぞ。その点、俺は言葉だけに留めた。行動には移さなかった。俺の言動は、あんたらを配慮した結果の産物だ。
なんなら、褒められるべきことだと思うが?」
寄せ合った彼の両眉の一翼は、訝しみの感情に衝き動かされるがまま、山なりに浮かされた。
その表情からは、以前の彼にはなかった青臭さがあった。
“あんたら”…か。分かってはいるものの、いざ言葉にされると大分堪えるな。
「本当に、この子のことを覚えていないのですか?」
赤髪少年の背中を、ポンッ――と優しく叩いた。
涙を浮かべる少年の、不安がる眼に一滴の安堵が入り混じった。
納得出来ない僕は、確証が得られるまで念を押すことに決めた。
父親が息子を忘れるなんて…あって良いはずがないんだ。
きっと…きっと、何かの間違いだ。
「あぁ。何度も言ってるだろ。なんでこいつの肩に、東部領の紋様が刻まれているのかも謎だ」
少年の肩に、男性の人差し指が向けられた。
ヴァルドの肩を凝視した。
炎炎と焼き尽くさんとするオーラを纏う紋様。そこには、領主の勇ましさを感じ取れた。
そうか…アルディウスさんの記憶の中の、『ヴァルドが貴族である』という事実さえも消え去っているのか。
「…あなたの妻の名前も――」
喉の震えが、いつも以上に言葉の送球を遅らせた。
――『エルシア=ヴァルクレイ』という奥さんの名前すら、彼の思い出から消え去っている可能性は高い。
認めたくない。だが知ろうとしなければ、いつまで経っても『今の僕』から抜け出すことは叶わない。
『ゼイル=レグナード』の飛躍は、現状を保つことでは作用しないのだ。
現状維持は、後退の一途を辿る。
進むことでしか、決意を固めた意味は成さない。
なら――聞くしかないのだ。
「妻?結婚は二十歳に成ってからだ。学生の俺に、そんな大層な式典は挙げられない。もしそんなことをしようものなら――」
左薬指にはめられた指輪に気付かない彼は、矛盾した発言を、息をするように自然に吐き出していた。その辻褄の合わなさには、不思議と違和感がなかった。
この場には――只々気色悪さが座っていた。
学生…?本気で言ってるのか?
異変を取り巻く彼の発言を思い返した。
彼の様子が変だったのは、『異質な魔力の霧散』の後。セレニアが毒牙に犯されたことが判明してから、すぐのことだった。
彼は『生徒会長』やら『部活動報告』やら、学生特有のワードを振り回していた。
声のトーンも、『公爵』とは乖離した、若々しい声調だった。
…今の彼が学生だとしたら――発言に筋が通ってしまう。
フィクション小説でしか見たことがない現象に、胸中の呻きが限界に達しそうになった。
「――違憲状態になるだろうな」
手に握られた紙袋からメロンパンを取り出し、一齧り――また一齧りと、黙々と食べ始めた彼。
その場面から、『家族思い』としての彼は『公爵』になってから身に付いたものなのだと悟った。
なんで今食べてるんだ…?
男性の手に収まるメロンパンは、『アルディウス公爵』が家族の為に買ったものだ。間違っても『アルディウスさん』の為の甘味じゃない。
怒りの行き先を失った拳を、内なる僕に沈めた。
「と言うか――」
モゴモゴと口を動かし、僕らから何か聞き出そうとしている様子。
空気の読めない彼の行動を見ていると、憤怒を通し越した疲れが表面化してきた。
アルディウス公爵の学生時代って、こんなに腹立たしいクソガキだったんだな…
『父親』としての彼を見た後だと、幻滅でしかない。
『生意気小僧』がそのまま大きくなったような彼を、見ていられなくなった僕。その内、彼と目を合わせたくないと思うようになった。
「俺たち初対面だよな?なのに、なんでお前らは俺と親しげそうに話すんだ?俺を知ってるのか?」
白レンガに、優雅な足取りが響き渡った――
「ええ。存じ上げておりますわ」
黒青髪の少女が、愚かなひよっこに教えを諭す先生となった。
初等生集団の長の登場だ。
「東部領領主――アルディウス=ヴァルクレイ公爵陛下。それがあなた様の地位ですのよ」
淡い金色の瞳が、彼のあるべき振る舞いを導くように、『公爵』の容姿を映し出した。
これ以上、ヴァルドを傷つけさせたくない。
アルディウスさんには、早くアルディウス公爵に戻って欲しいところだ。
「公爵?俺がか?…いや、あるはずがないだろ。
俺が領主を担うだなんて…そんな馬鹿げた話があるかよ」
口元にザラメの粉を付けた男性が、少女の言葉に食事の中断を催した。
憧れを脳裏に巡らせるような顔をした彼。
察するに、アルディウスさんの夢は『公爵になること』であるようだ。
「…つまり、アルディウス公爵陛下――じゃなかった。…アルディウスさんは――」
僕・セリアさん・セレニア・ヴァルドの四人の前で、勇気の一歩を踏み出した青年が現れた。
金髪青年が、空気に一太刀の区切りを与えた。
彼は躍動的溢れる装飾品を煌めかさながら、話をまとめ出した。
「――何処かの学校に属している学生だということですね?」
真っ直ぐ伸びた左手と右手で直角を作った彼は、親指だけを内に寄せ、左右五本の指を折り畳んだ。この場に、一人握手会が開催された。
状況を理解した青年は、億劫なその一言をなんとか発語したようだ。
「あぁそうだ。初めから、そのつもりでお前らに話しかけたからな」
ようやく甘味を食べ終えた彼は、喉仏が上下した後に意識を会話に戻した。
「分かりました。では、質問を変えます」
金髪青年が、パンッ――と両手を合わせ、場の空気を切り替えた。
「焔獣館ヴァルクレイアはご存知ですか?」
チャコールローブの影から、値踏みの視線が放たれた。
予想よりも、赤黒い魔力が漏れ出ている。
公爵時代よりも周りの目が見えていないのか、フードを浅く被っているのだ。
恐らく、それが原因なのだろう。
「勿論。あれは、代々ヴァルクレイ家に伝わる、由緒正しき屋敷。そして――俺の誇りだ」
彼が語っているうちに、張り詰める警戒心が解けていくのを感じ取った。
右手を胸に当て、一時的に荒々しい声音が柔らかくなっている。
…やっぱりそうなのか。
焔獣館ヴァルクレイアは――推測通り、ヴァルクレイ家の屋敷だと判明した。
僕の名推理(笑)は笑い事でないと分かり、少し自信が付いた。
「左様でごさいますか」
未だアルディウス公爵への敬意を省き切れない青年は、丁寧さを捨てることなく貫き通した。
万が一にでも『不敬罪』に当たるのを恐れているようだ。
「私たちはこれから、あの屋敷にお邪魔しようと考えています」
黒髪少女が、僕より一回り小さい体で目的を吐露した。
彼女は一行の心を再び一つにする目論見を、態度に物語った。
そうだった…僕たちの今の目的地は、あの屋敷。喫茶店での一幕が終わって、アルディウス公爵が提案したから、旅は始まったんだ。
「え?今から来るのか?ちょ、ちょっと待て!当主の許可もなしに来るのは、法に触れかねないぞ!」
両手を突き出し必死に『拒否』を投げてくる男性は、心底嫌そうに首を振った。
『法に触れかねない』という強いワードで、僕らを足止めしたいらしい。
「多分、それについては大丈夫だよ。さっきもう許可が出たようなものだし」
赤髪少年が眼液を親指――人差し指で拭い取り、赤髪公爵の発言を掘り返した。
確かにアルディウス公爵は「今から行く場所はあそこだ」と言って、『焔獣館ヴァルクレイア』を指した。そこから判断するに、当主の許可は既に下りていると考えて良さそうだ。
「そんなこと、有り得ない!お祖父様が、そう簡単に許可を出すわけがないだろ!それに――」
男性が顔を俯かせ、グシャ――という音と共に、紙袋が縮こまった。
「お前らは、ヴァルクレイ家当主様の顔も知らないはずだ!あの方は、顔見知りですらない相手に、『敷地通過の承諾』を出す程、考えなしのお方ではない!」
三白眼の怒り眼が、赤黒い魔力の発散と同時刻に勢いを増していった。
話を聞くに、アルディウスさんの認識では、祖父=ヴァルクレイ家当主ということなのだろう。
だが、それは『アルディウス=ヴァルクレイ』が学生である時の話。
今となっては、アルディウス公爵が当主である方が自然であると、僕は思う。
『公爵』の立場を下りた祖父が、継続して当主を担っているのは考えにくいからだ。
「まったく…これに懲りたら、当主様を貶すような真似は二度とするなよ」
長時間労働に駆り出された社畜の如く、学生には似つかない溜息を深くついた彼。
彼の会話の節々からは、祖父を慕っていることが滲み出ていた。
「アルディウス様…いや、アルディウスさん。当主様からの許可についてですが、私は問題ないと考えておりますわ」
敬称を渋々変更した少女が、男性の怒りを治める妙案を思い付いた様子で、赤髪少年の背後を取った。
『学生自認状態』の赤髪男性には、『様』を付けない方が適切であると考えたようだ。
「何故そう言える?」
「…あなたには到底理解出来ない話ですが――まぁ良いでしょう」
男性が『アルディウス公爵』でない不都合さを顔に浮かべた彼女は、思案内容を説明し出した。
「まず、あなたは現在の当主様ですの。ですから、屋敷の執事や従者たちに詰め寄られても、『アルディウス=ヴァルクレイ』さんの顔が利きますわ」
赤髪少年の後ろからひょこっと顔を覗かせた彼女は、赤髪男性を安心させる言葉を投げかけている。
アルディウス公爵が現当主であるという僕の推理は、的を得ていたようだ。
胸の高揚が全身に循環した。立て続けに推理が当たる現状に、嬉しさが込み上げてきた。
「そして今、あなたの自認が『学生』である問題。これについては――」
「この生意気坊主が経緯を説明してくれるかしら」
少女は少年の両肩をがっちり掴み、彼を思いっ切り前へ送り出した。
ヴァルドの後ろに立ったのは、この為の布石だったらしい。
「ちょ…待てぃ!!そのあだ名は悪意しか感じないぞ!」
あだ名とは正反対の転用をし始めた少女に対し、少年は肩を掴む手を振り払いながら、憤りを嘔吐した。
「何を言いますの。客観的事実に基づいた、正当な評価ですわ」
「…じゃあ俺は、『高飛車令嬢』って呼んでやろ〜これで御相子だな〜」
「…後で覚えているかしら」
何度も目にしたヴァルセレ喧嘩が勃発した。
互いの未熟さを突かんとする一進一退の攻防は、相変わらず子供じみている。しかし、いざ自分に向けられたら…と思うと、悪寒が止まらなくなる。
「“自認”というのは引っかかるが、お前らが屋敷に入っても問題ないなら、俺から特に文句はない」
少女の説得は、男性に承諾をもたらす結果を叩き出した。
よかった…アルディウスさんも納得してくれたみたいだし、これで心置きなく屋敷に向かえるな。
「ただし――当主様の機嫌を損ねさせたり、俺がお咎めを食らうようなことがあれば――」
僕の安堵も束の間、またもや不安を誘う接続語が耳穴に届いた。
なんだ…何を言い出すんだ?
「お前らを、『懲罰対象者』として報告させてもらう。…いいな?」
…『落下事案記録』の話に出てきたワードと同じだ。つまり、アルディウスさんにとって『許可なく敷居を跨ぐこと』は相当罪深いことなのだろう。
いやまぁ、誰だってそうか。僕だって、他人が勝手に家に入ってきたら――即、通報してるだろうし。
「…分かりました。肝に命じておきます」
右手をお腹に添え、執事のように丁寧な所作で『理解の合図』を送った。
確か…リオン君はこんな仕草をしていた気がする。
屋敷の説明をしてくれた金髪青年の姿を思い出しながら、左足も後退させた。
そんな僕を見て、リオン君はなんだかご満悦な様子。
「では、行きましょうか」
金髪青年の先導により、一行の進行の再来が訪れた。
ようやく目的地まで進める…ここまで長かったな。
喫茶店から退店した後の怒涛の展開に滅入りながらも、疲れた身体をなんとか奮い立たせた。
僕たちの陣形は少し変わった。
初等生集団の後ろに、僕とリオン君とセリアさんが居るのは変わらない。
ただ、アルディウスさんの位置は――「この子を見てあげて下さい」と言って、ヴァルドの隣にした。
あくまで観察対象は『ヴァルド』であるという体裁を保ちながらも、アルディウスさんを監視できる陣を敷いた。
学生状態の彼が、いつ何をしだすか分かったもんじゃない。不安の種は、なるべく摘んでおきたい。
暫く歩いたところで、甘い香りが立ち込めてきた。匂いの出どころを探った結果――
「――マカロン」
生唾を促進させる芳醇な空気に、黒青髪の少女との初対面の記憶が蘇ってきた。
「セレニアはここで買ったのか?」
前を歩く少女の左肩に少し触れ、左隣のマカロン屋に顔を向けさせた。
「そうですわ。美味しそうだったものですから、つい買ってしまいまして」
笑みが綻びる口元を上品に手で隠した彼女。そのお嬢様らしい所作からは、幼少期からの厳しい躾が伺えた。
「…確かに美味そうだな」
多種多様なマカロンが陳列された対面冷蔵ショーケースを、視界全体に映した。
セレニアが買っていたのであろう
・いちご
・キャラメル
・ショコラ
・バニラ
のマカロンは人気なようで、もう売り切れてしまっていた。
「天陽マカロン…?」
赤々しいコーティングが施された円形サンドを見つけた。値札を見ると、『3ルクス』と書かれてあった。
…高くね?メロンパンより高いじゃん。
「これって何ですか?」
緑色の瞳をした茶髪店員を見ながら、ガラスフィルム越しに、売れ残りの哀れなマカロンを指さした。
きっと、この値段設定だから売れないんだろうな…
『天陽マカロン』に、需要の波が押し寄せる――そんな訪れを祈った。
「こちらは今も私たちの曇の遥か上で光り輝いている、『天陽様』を参考にさせて頂いた商品です」
茶髪の女性店員が胸を反らせ、自信満々に語り出した。
…結構思い入れのあるマカロンなのかな?
あるいは、制作者とか?
だがそんなことより、もっと気になることを言ってた気がする。
「太陽じゃ駄目なんですか?」
太陽を天陽に置き換えて説明しようとする彼女に、当たり前の疑問をぶつけた。
何を言い出すんだ…この人。太陽を『天陽』という言葉で代用しようとしてるのか?
もしや過激思想の持ち主なんじゃ…
「『太陽』って何ですか?仰っている意味が分からなくて」
「…いや、だから――僕たちが住んでいるこの星って、ある恒星を中心に回っているじゃないですか」
左人差し指を空に指し、太陽を象った。その疑似太陽の周りを、右人差し指でぐるぐると周回させた。
その恒星が太陽ということなのだが…話がどうも噛み合わない。
「天陽様を中心に…?フフッ」
小馬鹿にするような声音に、僅かにイラッと来た。
「信仰が行き過ぎると、常識も変わってくるみたいですね笑」
歯を隠すように添えられた店員の手を見ていると、突然――思わぬ発音が彼女の口から出現した。
信仰…?なんで急にそんなこと言い出すんだ?
「ゼイルって、《天陽教》の信者だったの?」
黒髪少女が驚きを全面に表現しながら、僕の顔を覗き込んできた。彼女の茶色の瞳には、状況について行けない銀髪青年が映っていた。
「まっさかぁ!僕は生まれたときから無宗派だったから違――」
「いやいや…」と首と手で否定した。
そのとき、幼少期の記憶の断片が舞い込む。
「Domina Nephilia hodie tam pulchra est quam umquam...」
白と金を基調に統一された縦長の屋内で、修道服のような服装に身を包んだ人々が多数。
彼らは会衆席に腰を下ろし、主祭壇に佇む二人に祈りを捧げていた。
「Dominus Valerion aeque, si non magis, ingeniosus et peritus est...」
聖歌隊席に座っている聖職者が、銀髪の男性を見上げながら、尊敬の眼差しを蕩けさせていた。
「Vostro duorum auxilio, Regnum Valdiae certe tutum et securum erit.」
会衆席の後ろ側に座る僕の隣には、茶色に近い金髪の男性が一人。彼は肩に腕を回し、僕に同意を求めていた。
「その様子――天陽教ではなくとも、かつては何処かの宗派に属していたのかしら?」
少女の声色に、意識が覚醒した。
黒青髪の少女が、過去断片の回廊に捕らえられ、暫く微動だにしなかった僕を心配してくれた。
「…分からない。記憶が曖昧だから」
どうして僕の記憶は、こんなにも不明瞭なんだ…?
普通なら覚えているはずの思い出が、僕には抜け落ちている――かと思えば、急に流れ込んで来たりする。まるで――『誰かに管理されている』みたいに。
「私はゼイルがスピってても、別に気にしないから安心してね」
黒髪少女がトントンッ――と僕の肩に触れてくれた。その茶色の瞳は、安心感の一言に尽きる。
「スピッてるって…めっちゃ久し振りに聞いたわ、それ。て言うか、全然スピってねぇよ!!」
とは言え――啓示を信じる類の輩だと思われても困るので、全身全霊で否認させてもらった。
「店員さん」
女性の緑眼に、真実を追求しようと目を細めた紅蓮の瞳を転写した。
「あなたの言葉からは、この星は『天陽』という恒星を中心に回っていないということが伺えます。
でしたら、天陽が沈んでいく原理にどういった説明を付けるのですか?」
天陽マカロンを指さし、ガラス越しに円形サンドの周りをなぞった。
本来であれば、『太陽』という言葉を使いたいが、それでは通じなさそうだ。故に、仕方なく『天陽』を使わせてもらった。些か不本意ではあるが…
「簡単ですよ。この星は動いていない――」
「ん?」
動いてないって…そんなこと――でも、嘘でもないでもないとしたら――
この世界の真相に、また一歩近づく予感が走った。
「――天陽様が直々に動いてくださっているのです」
天動説を思わせる言い方に、この世界の狂気じみた陰謀を悟った。
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