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現代異種族百合SS集  作者: 川木


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6/6

悪い子SS

『ケンタウルス』


「まぁた喧嘩したの? もー、ほら、こっちきて」

「ん…」


 隣の家の志摩ちゃんは私の呼び掛けに拗ねたように唇を尖らせながら近寄ってくる。縁側に座って手当てをしてあげるこの関係も、もう何年だろうか。

 志摩ちゃんが小学生の時からだから六年くらい? 志摩ちゃんはこの辺りでは珍しいケンタウルス種の女の子。小学生の時から私とそんなに身長が変わらなかったけど、今では私より頭ひとつ以上大きくて、頭を撫でてあげるのも腕を目一杯のばさないといけないくらいだ。


「はい、おしまい。昔みたいに大きい怪我はしなくなったけど、また顔に傷つけて……もう高校生なんだから、喧嘩しないようにできないの?」

「真樹姉には関係ないだろ」

「関係ないわけないでしょ。心配してるんだから」

「……」

「もちろんね、志摩ちゃんから喧嘩を吹っかけてるなんて思わないわ。前に言ってたものね」


 志摩ちゃんは小学生の時から大人顔負けの体格のせいで小生意気な子供たちに絡まれることが多く、それらを勝気な志摩ちゃんは全部返り討ちにした。そうしているうちに強い人が居ると言う噂が広がり、他所の学校からも喧嘩をしにくるようになったそうだ。

 お隣とはいえ6つ年が離れている私は学校が同じになったことはなく、直接喧嘩をしている場面に会えれば文句を言ったり止めることもできるだろうけど、なかなかそう言うわけにもいかない。


「でも志摩ちゃんは足も速いんだから、変な人にからまれても逃げちゃえばいいじゃない。女の子の顔を殴るような子に関わるべきじゃないわ」


 あんまりこういうことは言うべきじゃないかもだけど、そもそも高校生にもなって喧嘩をふっかけてまわって誰が強いとか、相当ちょっとおかしな子だ。変なことに巻き込まれないように距離をおいたほうがいい。


「そんなことしたら、腰抜けだと思われるだろうが」

「いいじゃない。そんな人にどう思われたって。面子なんてそんなに大事?」

「真樹姉にはわかんないだろうけど、こんなかすり傷ならお釣りがでるくらいには大事なんだよ」

「もー、お姉ちゃんがこんなに心配してるのに。可愛くないなぁ」


 可愛さ余って憎さ百倍とは言うけど、何処か上から目線の憎たらしい感じに鼻をならしてそんなガキ大将みたいなことを言われてしまって、つい私も憎まれ口を返してしまう。


 今までにも何度か言ったことの繰り返しだし、聞いてくれないだろうなと思いつつも言わずにはいられないくらい心配していると言うのに、この子ときたら。

 中学生の時にもスカートはくようになったんだからとか、もうちょっと女の子らしくとか、色々お小言めいたことを言ってしまっている。それでも懲りずに、怪我をしたら素直にこうして私のところに来てくれるんだから、嫌われてはいないと思うんだけど。


「……ふん。どうせ可愛くねーよ」

「ああ、もう、拗ねないの。うそうそ。ごめんね。志摩ちゃんは可愛い可愛い女の子だよ」


 と考えていると、志摩ちゃんは私の言葉にショックを受けたのかぎゅっと眉をよせて私を睨んでから、そっぽを向いてしまった。

 そんな可愛い志摩ちゃんの態度に、私は苦笑しながら半ば抱き着くように寄り添って志摩ちゃんの頭をわしわし撫でて慰める。


 自分はすぐに悪態をつく癖に、ちょっとこちらがちくちく言葉を言うと拗ねちゃうんだから。こんなに大きな体をして、まったく本当に可愛い妹分だ。


「別に、そんな無理してフォローしなくていいけど」

「もう、嘘ついてるって言いたいの? 可愛い妹分でなきゃ、こんなに面倒見てないよ。ほら、手当も終わったしお茶でも飲もう。桜餅買ってるから」


 むくれっ面を直さない志摩ちゃんの手を引いて、私は縁側に座布団をひいて志摩ちゃんを招く。志摩ちゃんが大人しく座ったのを確認してからお茶の用意だ。

 喧嘩をしていない日でも寄ってくれることが多いので、基本的に志摩ちゃん向けにお茶請を用意しているのだ。


「お待たせ」


 志摩ちゃんの為の座布団は長さのあるちょっとしたお昼寝ができそうなマットになる。そこにおさまるようにちょこんと座って足を外に投げ出しているのが何とも言えず可愛らしい。

 こんなに大きくて力が強くても、足先は細いのが種族特性とわかっていても可愛いんだよね。子供の頃からあんまり変わってない感じで。


「ん。いただきます」

「どうぞ。私もいただきます」


 素直に挨拶をしてから、お茶を飲んでから桜餅に手を伸ばす志摩ちゃん。桜餅を食べて耳をぴくっとさせて喜んで食べてくれているようだ。

 私も一口。季節もので久しぶりだからか、とても美味しく感じる。つぶつぶした食感、桜の葉っぱのしょっぱさが甘さを引き立てている。


「志摩ちゃん、まだ高校生活はじまったばかりなんだし、さすがに学校中に志摩ちゃんが喧嘩番長なんて知られてないでしょ? 今度こそ喧嘩しないで、お友達つくるんだよ」

「け、喧嘩番長とか、ダサい呼び方すんなって前も言っただろ」

「そのダサい呼び方が似合う生き方をしないでって言ってるんだけど」


 この呼び方をダサいと思う感性があってなんで喧嘩をうけちゃうのか、謎すぎる。私の前では本当に、可愛い女の子なんだけどなぁ。

 喧嘩をうっている人もどういうつもりなんだか。とはいえ、一人二人の話じゃないんだろうし、志摩ちゃん側に代わってもらわないと喧嘩生活は終わらないだろう。今までも散々注意してきた。

 でももう高校生。喧嘩をうってくる人の先輩とかはもう社会人の可能性がある。それはもうチンピラとかヤクザとかそう言う感じなので、とても危険。さすがに本気で足を洗って欲しい。


「志摩ちゃんは、どうやったら喧嘩するのやめてくれる?」

「そう言われても。私だってしたくてしてるわけじゃない」


 真面目に質問したので、志摩ちゃんもどこか気まずそうに頭をかきながらもちゃんと答えてくれたけど、まあそうだよね。それは疑ってない。

 どうしたら逃げてもいい、逃げて面子がつぶれてもいいと思うか。他にもっと大事なものがあればいいのかな?


「うーん。だったら、どうしたら逃げてもいいって思えるかな。他にもっと……たとえばボクシングとか空手とか、ちゃんと習ってる人は素人に手を出すのはご法度。喧嘩をうられても買わないのがむしろ誇り高いよね? 簡単に喧嘩する格闘家なんて信用されないよね?」

「……まあ、それはそうだろうけど」


 うんうん。喧嘩をうけないことがすなわちダサいわけじゃない。うけないという信念があれば例え一方的に殴られたのだとしても格好いいというものだ。そこは志摩ちゃんとも意見が一致してよかった。よし、ここから攻めよう。


「例えば格闘じゃなくてもスポーツをはじめるとか、ちょうど入学してすぐだし、部活にはいるのもいいと思うんだよね。」

「……部活ねぇ」

「なにか思い付いた? なにか好きなものある? 志摩ちゃんは漫画とか、お菓子とか好きだし、文化部でもいいと思うんだよね。文化部の人に喧嘩で勝つなんてって感じだし、そもそも部活動にはいってたら部に面倒かけたくないからって喧嘩の断り文句にもなると思うし」

「まあ、確かに、喧嘩売ってくるやつで部活とかしてるようなやつはいねぇけど」


 腕をくんで考えるようなそぶりになった志摩ちゃんに、思わず食い気味に思いつくままの利点を述べてしまう。言ってから押しつけがましかったかな? とちょっと焦ったけど、どうやら志摩ちゃんも思うところがないではないのか、すんなり相槌をうってくれた。

 これは、かなりの好感触では? もっと他にも、何か喧嘩しない理由。格闘技も部活動も、人のつながりの話だ。集団に属すればそこのルールや正義がある。他に、もっと個人的なつながりとか?


「だよね? 他にも、恋人、まではいかなくても好きな人とかできたらまた意識も変わるんじゃないかな。恋愛には興味はないの?」

「……」


 これもまたナイスアイディア。恋人ができたらその人が同じような喧嘩三昧な生活を送ってるんじゃない限り、その人を巻き込まないようにするだろうし、その人に嫌われたくないから喧嘩はやめようってなるよね?

 と思っての提案だったのだけど、これにはだんまりを返されてしまった。と言っても、これはいつもの呆れたような無視とはちょっと違う。なにやらもの言いたげと言うか?


「あれ、どういう反応? は! もしかして、好きな人はもういるとか? え、もしかしてもしかして、喧嘩売ってくる相手の中にいるとか??」

「んなわけあるか。喧嘩売ってくるやつなんてどいつも考えなしの迷惑なやつらだってーの」


 だとしたら喧嘩をするのもむしろ恋故なのでは? だったらこれ無理にとめられないじゃん! と思ったらそんなことはないらしい。恥ずかしがってるとかじゃなくてガチめに嫌そうな顔で否定された。


「そうなの? じゃあ喧嘩しないほうがよくない? 日常的に喧嘩してる人って少数派だし、男女関係なく、正当な理由なく喧嘩ばっかりしてる人って怖いって距離おかれちゃうよ?」

「そんな軟弱なやつ、好きにならねーよ」

「え、なに、ほんとにちゃんと好きな人いるんじゃない。もー、可愛いー。ねぇ、どんな人なの?」


 具体的な相手がいるんじゃなくて、恋愛に興味があるってことなのかと思ったら、ふんっと鼻をならして明らかに特定の誰かを指した言い方をされてついテンションがあがってしまった。

 この聞き方うざかったのでは? せっかくいい感じの話の流れだったのに照れて邪険にされて終わってしまう。


「……ぇ」


 と思ったら真っ赤な顔で視線をそらしながらも普通に言ってくれた! 全然聞こえないけど! 志摩ちゃんも女子として恋バナしたかったってことか!

 このノリで正解だったとわかったので、私はさっと志摩ちゃんに近寄って肩を組むようにして顔をよせた。


「声ちっさーい。ほらほら、耳かすから、私にだけ聞こえるように教えてって」

「……真樹姉」

「うんうん、誰にも言わないから教えて」

「じゃなくて……真樹姉のことが、好きなんだけど」

「え? え!??」


 この至近距離でも私の耳にぎりぎり届くくらいの声量でボソリと名前を呼ばれたので、最初は普通に言うために背中を押してほしいだけかと思って促したら、呆れたような声になってとんでもないことを言われてしまった。

 私? 志摩ちゃんの恋する相手が私? そんなことある?? 驚愕しかなくてまじまじと志摩ちゃんの顔を見る私に、志摩ちゃんは拗ねたようにまた唇を尖らせた。


「んだよ。そんな驚かなくてもいいだろ」


 いやいやいや驚くよ。年も離れてるし妹分としかみてなかったとか、そういうの全部おいといたとして、私のこと好きなのに喧嘩やめてって言っても無視して心配かけまくってたってことでしょ? おかしいよね?


「じゃあなんで喧嘩してるの? 志摩ちゃんが好きな私がこんなに何度も喧嘩はやめてっていってきたのに」

「言い方……普通に売られるからだけど」

「えー、いや、私、しょっちゅう喧嘩してる女の子とは付き合えないよ。だって恋人が喧嘩ばっかりしてたら毎日心配になっちゃうし」

「……だったら、喧嘩やめたら付き合ってくれんのかよ」

「うーん……」


 普通に素で物凄く無粋と言うか、まるで第三者が客観的に恋愛感情を利用するかのような指摘をしてしまう私に、志摩ちゃんはジト目になりながらもそんなことを言ってくる。どうせできないんだろうと言いたげだ。まあ、実際志摩ちゃんのことは全然恋愛対象として意識してなかったし、そんな風に見られている自覚もなく、付き合う気なんて全くなかった。とはいえ、じゃあ他に付き合いたい相手がいるのか、恋人候補やそう言った相手がいるのか? 当然いませんけど?

 志摩ちゃんより6才年上としてお姉さんぶってはいるものの、私もいまだ学生の身。一応就職先は決まっているけど、回りにはまだまだ就活生も多いし、卒論に向けて油断している場合じゃない。今までも学生生活が楽しくて恋をする隙間はなかったし、今もそんな相手はいないし、片思いの経験すらない。就職してもしばらくはそんな気持ちの余裕はないだろう。

 ならとりあえず、志摩ちゃんが更正するまでは恋人として付き合ってもいいのでは?


 すぐに答えずに腕を組み、小首をかしげて考え込む私に志摩ちゃんは期待の目を向けてくる。そんなとても喧嘩番長に見えない可愛らしい姿に苦笑する。やっぱり志摩ちゃんはどう見ても可愛い女の子だ。私が気づいていなかったけど恋する乙女でもあったのだ。

 そんな志摩ちゃんがもっと可愛くなろうとしている。喧嘩で怪我をしないですむ道を選ぼうとしている。なら、その背中をおしてあげるのが姉貴分と言うものだろうか。うん、そうだね。少なくとも断る理由はない。

 私は考え込むのをやめて、そっと志摩ちゃんの手をとってその目を覗き込みながら気持ちを伝えることにした。


「いままで気づかなくてごめんね。志摩ちゃんのことは恋愛対象とは見てなかったんだけど……志摩ちゃんがそれで喧嘩をやめてくれるなら、いいよ。付き合おっか」

「……とりあえず適当に恋人ってことにしてそれらしく相手しておけばいいとか思ってるだろ」


 私の提案に志摩ちゃんは尻尾だけぶんぶんふって私の手を握り返しながらも、ジト目でまたそんな可愛くないことを言う。仮にも志摩ちゃんの告白を受け入れてるのに。


「いや、まあ、そうだけど。じゃあ断ってもいいの?」

「…………やだ」


 幼い頃から変わらない拗ねた顔で、変わらない駄々をこねる志摩ちゃんはどう見ても可愛い子供だ。バカにするつもりではなく口角があがってしまう。

 私は志摩ちゃんが答えやすいよう正面から顔を見るのをやめて肩をよせて、とんとんと握った手を志摩ちゃんの太ももの上でバウンドさせるようにして宥める。


「ほらほら、私と喧嘩でたつ面子、どっちが上なの?」

「…………」

「こればっかりはだんまりで流されないからね」

「……これで付き合うとか喧嘩やめるとか、ダサくねぇか?」

「ダサいねぇ。でもダサくてもそうしてくれるくらい私のこと好きでいてくれるなら、嬉しいけどね」


 志摩ちゃんは勇気を出して私を呼んでくれたとは思うけど、全然話の流れでだったし、好きとも付き合ってほしいともちゃんと告白として言われたわけじゃない。

 その上、あんなに頑なに喧嘩から逃げるとか、みたいにグズってたのに付き合えるとなると手のひらを返す。ダサいかダサくないかなら、ダサいんだろうね。

 でも、なんでもそうでしょ。一生懸命に何かをするって言うのは同じ立場の人以外から見たら汗臭く泥臭くダサく見えちゃうものだ。でもそれは見方を変えたら格好いいになるんだよ。


「……付き合う」

「うん! いい子いい子!」


 なーんてね。難しく考えることなんかない。志摩ちゃんみたいな可愛い子に告白されて何も不都合がないんだから、とりあえずOKしてみればいい。

 志摩ちゃんも私が好きなら流れでもなんでもとりあえず付き合えばいい。付き合ってみていい方向にいくならそれでいいんだ。

 やっぱり喧嘩やめられないない、やめるほどの価値が私にないって言うなら別れればいい。恋人になるならないなんて、結婚じゃあるまいし深刻に考えることはない。

 

 と言うわけで、私に可愛い幼なじみな恋人ができた。

 これから志摩ちゃんがよりよい人生を送れるよう、応援してるよ!


ーーーーー


「やだやだやだぁ。別れたくないよぉ」

「だから、別れないって何回も言ってるだろ。いい加減酒癖悪いの自覚しろって」


 縋りついてくる真樹を抱き上げ、私の背中に強引に乗せる。胴体にすり寄るようにして抱き着いてきた真樹は私の首筋に顔をうめてきてくすぐったいけどいつものことだ。ぽんぽんとなだめながら歩き出す。


「すんすん。うぇーん。志摩ちゃんんん。私と結婚してくれなきゃやーだー!」

「はいはい。するから」


 なんでもないように肯定しながらも、少しばかりの気恥ずかしさが胸を焦がす。酔っ払いのたわごとだ。わかっているけど、少なくともそうしてもいいと思うくらいに私のことを思ってくれているのは間違いないのだ。もう何度も言われていても、嬉しくならないわけがない。


 真樹姉、じゃなくて、真樹と付き合いだしたのは私が高校一年生の時だ。と言ってもその時の私はどうしようもないやつで、そんな私の更生の為にと言う感じで真樹は全然本気ではなかったけれど。

 だけどいつからだろう。これと言う決定的なものはなかったと思うけど、いつの間にか真樹も私のことを好きになってくれていて、高校三年生の夏、キスをした。あの時本当に恋人になったのだと思う。あの時から真樹姉と呼ぶことはやめた。正確には、真樹からそうするように言われたんだけど。

 あれからそれなりに時間がたって、私は大学生になった。真樹は立派な社会人で、当たり前だけど年の差を実感するばかりだった。そんな私を真樹は大学生になったなら、美味しい外食先の一つも知ってたほうがいいよね。と食事に誘ってきた。


 それはいいのだけど、そこでお酒をのんだ真樹はとんでもない泣き上戸でめそめそして自虐をはじめ、何故か一切そんな話はしていないのに別れたくないと泣き出した。そんなことがこれですでに三回目だ。


「真樹、もうすぐ家につくぞ」

「うーん。帰りたくない」

「そんなこと言っても、家族も待ってるだろ」

「志摩ちゃんと一緒がいいー」

「はぁ……あと四年もないから、待ってろって。馬鹿姉」


 私だって一緒に暮らしたい。結婚だってしたい。というか今すぐしたいし多分私の方がずっとしたい。そうすれば真樹との関係を不安に思うことはなくなるだろうし、そもそもずっと前から真樹とずっと一緒にいたいのだと思っているのだから。


 真樹のことを恋愛感情として好きになったのはいつだったか。今となってはわからない。ただずっと昔から好きで、一番大好きだった。

 優しいお隣のお姉ちゃん。小学一年生にして二桁はありそうなほど大きな体にからかわれたり上級生にからまれたりしていた。そんな私を優しく慰めて、いじめっ子と言っても私より小さいのだから正々堂々言い返してやれと言われ、勢い余って蹴り飛ばしてしまって先生に叱られた私を、お姉ちゃんは頑張ったね、よくできましたと褒めてくれた。

 それがすごく嬉しくて誇らしくて、また褒められたくて喧嘩をかいまくっていたら同じ学校のやんちゃな人が何故か舎弟のようにふるまって私を持ち上げたりしてどんどん話が大きくなっていき、今思い出しても引き際を見誤ってとんでもないことになっていた。

 正直、真樹のせいであんなことになっていたのだと言いたい気持ちもなくはないのだけど、真紀のおかげで喧嘩から抜け出せたし、何より今は私だけの恋人になってくれているので文句は言えない。


 真樹の家に届けるといつも悪いねと言われてしまう。非常に居心地が悪い。子供の時は気にしてなかったけど、普通にめちゃ広い庭があって家も大きいしうちとは釣り合ってないと思う。でも真樹がなんと話しているかはともかく、少なくともこの悪酔いの醜態を見たうえで普通に接してくれているので、受け入れてもらえていると思う。


「はぁ……」


 自分の家に帰る。一人暮らししたい気持ちもあるけど、真樹と一番近いのがここだし、大学も通える範囲だ。無理に散財する必要はないし、うちの親からも就職して出る時にお金を出してあげるからと言われているので我慢している。

 ベッドに入って目を閉じると、真樹の姿が浮かんでくる。結婚したいと言ってくれるの、すごく嬉しい。でもさすがにそう言うわけにはいかない。法律的にはできても、私はまだ学生だ。お互いに学生ならまだしも、社会人の真樹と結婚して対等な関係が築けるとは思えない。

 それに、どれだけ真樹が本気で言ってくれているのか。酔ってのことだ。嘘ではないだろうけど、真樹の周りの人が結婚して結婚願望があるから、ちょうど恋人がいるから結婚したい。程度の可能性は全然あると思う。

 私とだから今すぐ結婚したいのだと思ってくれていると確信を持てるほど自信はない。


「……」


 それでも、結婚したいと思ってくれている。かつて、恋人になりたいと思っているのは私だけだった。それでもなってもいいと言ってくれたのに甘えた。そして今は、結婚したいとまで言ってくれているのだ。ならそれで十分だ。

 例え酔っ払ってでもそう言ってくれて、別れたくないなんて可愛いことを言ってくれる恋人を、これ以上放置していいのか。ほんの少しでも不安に思っているなら安心させるべきだ。

 まだ学生なのにとか、先走りすぎだと思われないかとか、必死すぎて格好悪いんじゃないかとか、そんな風に感じてしまうけれど、そんなのは結局自己保身だ。そんなのより、真樹が大事だ。

 そう、あの時に決めたんじゃないか。


「……よし」


 私は心の中で決意を固めた。


 そして翌日。真樹が夕食を誘ってくれるのはいつも金曜日なので、土曜日はお休みだ。なのでお昼過ぎの時間に約束をして会うことにした。


「お待たせー」


 相変わらず、昨夜の醜態なんてなかったかのような爽やかな真樹の態度に苦笑する。会社の飲み会では最初の歓迎会以降絶対に飲まないよう厳命されているらしくて、どんなことをしでかしたのか心配な一方、問題ない社会人生活を送れているのにほっとしてしまう。


「今日は珍しく積極的なお誘いだったねぇ。何かお目当てでもあるの?」

「ああ、買いたいものがあって」


 今日、指輪を買いに行くつもりだ。真樹にはまだ気恥ずかしくて話していない。私は真樹を連れてよく行くこ商業施設の中でも普段あまり見ない高級アクセサリーの区域に向かう。

 あんまり値段が高いので冷やかしにもちょっと、と言うか体が大きいので万が一ぶつかっても危ないし敬遠していたけれど、こうして一つ一つまじまじと見るとそこそこお手頃な価格のものもある。と言っても数万なのだけど。一番目につくものが数十万なのでそのようなものばかりかと。


「あー、これ可愛い。最近はこう言うコラボ系増えてるみたいね。これなんて懐かし~」

「ああ、なんか昔流行ってたやつな」


 並んで商品を見ていくと、真樹はそう言ってひとつを指差した。特になにも言わずに見てくれて助かるけど、さすがにキャラ物は恋人としてのペアリングには向かないだろう。さらっと流してもらおう。と思ったら何やらジト目を向けられた。


「……昔、とか言う必要なくないかな?」

「私らが小学生とかなら十分昔だろ? 10年前とかなんだし」

「それはそうだけどー。と言うか珍しいね。普段あんまりアクセサリー見ないのに」

「ああ、まあ……そうだけど、なんつーか……」


 10年一昔と言う言葉もあるのだから、昔と言っていいだろう。何をそんなに言い方ひとつで気にしてるのか、と思いながらもどうやら真樹も私との年の差を気にしているらしい。

 と言っても私もばりばり気にしてるのでフォローの言葉はでてこない。どうするか、と迷う間もなく真樹は機嫌を治してそう尋ねてきた。

 さすがにこんな場所であまり恥ずかしいことは言えない。当たり障りない程度に説明しよう。


「ペアリングとか、あってもいいかなって」

「えっ、ほんとに? いいの?」

「私から言ってんだから、いいも悪いもないだろ」

「そうだけどー、付き合って間もない頃に可愛いワンピース見つけたとき、お揃いにしよって言ったら恥ずかしいからやだって言ったじゃん。だからお揃いは嫌なのかと」

「……そんなこと言ったっけ?」

「言った」


 むぅと分かりやすく膨れっ面を向けられた。可愛いけど気まずい。もう何年も前のこととは言え、それは私の言い方が悪かっただろう。


「悪かったよ。でも多分それはそのワンピースが私には似合わなくて恥ずかしいって話だから。お揃いが駄目なわけじゃなくて……まあ、私が悪かった。ごめんなさい」

「なるほどね。いいよ。素直に謝れて偉いね」


 よしよしと頭を撫でられた。一瞬喜んでしまったけれど、前にいる店員さんに微笑ましそうに見られたのでさりげなく距離をとってやめさせる。


「いいから。ほら、どう言うのがいいか選ぼう。私はこう言うのよくわからないから、真樹の好みでいいし」

「じゃあ、幾つか選ぶから、その中から志摩ちゃんが選んでね」

「あー、うん」


 と言うことで選んだ。冷やかしじゃないとわかったからかとても真剣に選ぶ真樹は可愛くて、今回ほどの覚悟じゃなくても普通のお揃いはもっと早く提案したらよかったなと反省した。

 支払い時にはちょっともめかけた。私が奢りたかったのだけど、プレゼントしたいからと言うも真樹もしたいからと言われて拒否できず、店員さんの前であまり揉めるのも格好悪いのでいったん真樹にはらってもらって半分だした。

 実質割り勘みたいなもので微妙だけど、目的はそこではないの今回は我慢する。正直バイトもしてないからお年玉貯金おろしてきたやつだし。


 プレゼントだからと、お互いにお互いの分を持つ形で所持してお茶をする。喫茶店でプレゼントしようとする真樹をなだめてなんとか真樹の家に行くことにする。

 私の方でもどっちでもよかったけど、真樹の方が家が大きいから部屋の前を通って会話きかれるとかはないし。


「ふふ……志摩ちゃんは可愛いねぇ」

「な、なんだよ、急に」


 真樹の部屋に入ってどのタイミングで切り出すか、とそわそわしていると真樹はにこやかに微笑みながらソファに隣り合って座った。ちなみに真樹の部屋は私がゆっくり座れるようにと普通ならリビングに置くような大きなL字形のソファを置いてくれている。私の部屋は広さ的にとても置けないので申し訳ないくらいだ。


「あら、恋人に可愛いって思うのは普通でしょ?」

「……まあ、なんだ、それより、プレゼント、さっそくだけど」


 それぞれに持っているのでなんだか格好がつかないけれど、荷物から一つ取り出して真樹に向く。


「あー、と、真樹の指に私がつけたいから、開けるだけあけてもらっていいか?」


 例えばプロポーズのイメージだと自分でかぽっとケースをあけているけれど、プレゼント包装がされているのを自分で開けるのはおかしい気がしたのでいったん差し出す。それに真樹はくすっと笑って受け取る。


「ありがとう。……うん。ふふふ。自分で選んでいても、なんだかすごくドキドキしちゃうわね。じゃあ開けるわね」

「ああ、うん」


 真樹の言葉に私の緊張はさらにあがってしまってそっけない返事になってしまうが、真樹はそんな私を見てさらにくすくす笑っている。子ども扱いされたくないと思いながら、されても文句を言えない態度をついついとってしまう自分が恥ずかしい。


「はい、じゃあ、お願いね」

「ああ……真樹」


 頭をかいて気恥ずかしさを誤魔化す私を真樹は優しく受け止めてくれて、そっと開けた指輪ケースを私に向けている。それを受け取り、そっと指輪を右手で取り出す。わかっていても緊張で指先が軽く震える。それでも自分を鼓舞するように一呼吸してから、真樹をまっすぐに見て左手の平を差し出す。


「うん……」


 真樹はどこかうっとりしたように左手を差し出してきた。真樹の手は細くて華奢だ。二回りくらい違っていて、強く握れば壊してしまいそうだ。だと言うのに、真樹はいつだって私の前にいて導いてくれた。真樹がいなかったら、いったいどんな人生を送っていただろう。

 まだ18の小娘で世間的にまだまだ子供なのかもしれない。それでも、真樹のいない人生なんて考えられないと自信をもって言える。


「真樹……今回の指輪はまだ、全然、婚約指輪って言えるような立派なものじゃないけど。でも、いつかの予約には変わりないから。この指、私から以外の指輪をつけるなよ」

「え……」


 だからまっすぐにそう言えた。恥ずかしさよりも、真樹を失うほうが嫌だ。お揃いの件ですれ違いがあったこともはっきりしたので、しっかり気持ちを伝える必要性を実感したのもある。

 だから驚きで目を瞬きさせ、いつになく反応の薄い真樹の手を離さないようしっかり握り、そっと薬指に指輪をはめる。角度も調整して一つ頷いてから、真樹の顔を再び見る。


「真樹、わかっているだろうけど、好きだ。世界で一番私が真樹を好きな自信がある。まだ子供で頼りないと思ってるだろうけど、結婚もしたい。というかするから、そのつもりでいてほしい」

「……うん、ぅん」

「え、あ、ま、真樹?」


 真樹は私の言葉に一瞬ぽかんとしてから、くしゃりと顔をゆがめて俯き気味になって泣き出してしまった。慌てて右手でなだめるように真樹の肩を撫でながら名前を呼ぶけど、それ以上に何を言っていいのかわからない。


「どうした? 私、変なこと言っちゃったか?」

「ち、違うの。ごめんね。ただ、嬉しくて……」

「そうなの、か?」

「うん……志摩ちゃんが私のこと好きって、もちろん伝わってたよ。突然雨がふったらどこでも迎えに来てくれて、いつでも背中にのせてくれて……私は志摩ちゃんのこと頼りにしてるよ。私の為に喧嘩をやめてくれて、私と一緒の大学にって一生懸命勉強もしてくれて、いつだって優しくてまっすぐな志摩ちゃんのこと、私も大好きだよ」

「そ、それはよかった」


 うれし泣きと言う言葉がぴんとこなくて疑問形になってしまう私に、真樹はそんな説明をしてくれる。気恥ずかしいけれど、私の気持ちは伝わっていたのだ。そこは誤解されていなかったようで一安心だ。

 少しばかりほっとする私に、真樹は涙をぬぐって私に微笑みかけた。その笑顔は透き通るように綺麗で、憧れで手の届かないお姉さんだった時と変わらない。


「うん……でも、ちゃんと言葉で言ってもらったことはないから。だから、どのくらい本気なのかなって、わからなかったから。私も……結婚したいよ。両思いだね」


 そんな人が、私に素面で結婚を約束してくれるのだ。今、間違いなく私の手が届く場所にいてくれているのだ。嬉しくてたまらなくて、胸がドキドキして、同時にひどく申し訳ない。

 自分なりに一生懸命好意を表してはいた。みっともないくらい縋りついていた。だけどどうしても素直に言葉にするのが気恥ずかしくて、照れているのを可愛いと頭を撫でられるのも心地よくて、甘えていた。

 恋人だからこそ、こう言ったことだけでも対等に、しっかり伝えなけらばならなかったのに。



「ちゃんと言わなくてごめんな。私の背中には真樹しか乗せないから」

「うん、ありがとう」


 私の言葉に真樹はおかしそうに笑った。ケンタウロスとしては伴侶になる相手に言うほぼほぼプロポーズみたいな言葉なのだけど、もしかしてあまり伝わらないのだろうか。

 だとしたらもっと何を言えばいいだろう。好きだとも結婚したいとも伝えた。これ以上何を? もっと具体的にどこが好きかとか?


「ふふ、私こそごめんなさい。子供みたいに泣いちゃって。志摩ちゃんが一生懸命に思ってくれているのは伝わってはいたの。本当だからね。でも、子ども扱いするわけじゃないけど、どうしても、どうしてそんなに好きでいてくれるのかわからないから」

「……」


 

 どこが好きなのか、具体的に指摘するのは難しいことじゃない。恥ずかしいから言わないだけで、いつだって真樹に対して、今の好き。ますます好きになる。みたいに感じている。

 だけどそれでいいのだろうか。言葉を尽くすのはもちろん必要だろうけど、言葉だけでいいのだろうか。子ども扱いするわけじゃないと言ってくれたけど、子ども扱いされても仕方ない態度だったのだ。

 思えば、キスだってあの時以来していない。真樹がどこまで許してくれるのかわからなくて、いいムードとかよくわからないけどなんか恥ずかしいし、デートはあってもあんまり恋人らしいいちゃいちゃみたいなのはしてこなかった。

 それもまた、真樹からしたら子供みたいな、ままごとみたいな恋人ごっこに見えたのではないだろうか。本気で私が真樹を好きで、心の底から求めているのだと伝えるのに、言葉だけでも足りないんじゃないだろうか。


「真樹、ちょっと今から出かけないか?」

「え? 今から? どこに行くの?」

「ああ、その……お互い実家だろ? だから、気を遣わなくていい場所で、私がどれだけ真樹を思ってるのかちゃんと伝えようかと思って」

「? ……え? あっと、あの、ごめんね。私、察しが悪くて。その……どこに行くか、はっきり教えてもらってもいい? 準備とかも、あるかもだし」


 私の説明に真樹は首を傾げてから、ゆっくりと目じりを赤くして目を泳がせて何かに気づいたような態度になりながら、私に顔を寄せて小さい声でそう確認してきた。

 気づいていそうな気もするけど、確かに私の説明も曖昧だった。さすがに堂々と言うのは恥ずかしすぎたのだけど、いや、私のこういうところが駄目だったのだ。

 私は真樹の耳元に顔を寄せて、さすがに聞こえるはずがないとわかりつつも扉の方を見ながら小声でだけどはっきりと伝えることにした。


「ラブホ」

「……し、志摩ちゃん……そ、そういうの、したいの?」

「したい。ずっとしたかった。でも真樹がどう思ってるかわからないから遠慮してた。それが駄目だったんだよな。でも私ももう18だし、遠慮してたせいで真樹に伝わってなかったなら、もう我慢したくないから」


 真樹のことが好きで、そう言う意味で好きだった。ちゃんと恋人になれてからは特に、ずっと意識してたに決まってる。でもお互い実家だしなかなか難しかった。本当はラブホについて利用方法も場所も調べてた。

 私の直球な言葉に、真樹は耳まで真っ赤になった。だけど嫌がるではなく、口角をあげるような何か言いたげなような微妙な感じにもにょらせている。何その表情。可愛すぎるな。


「ずっとって……えっち。悪い子だね」

「いい子ぶっていて真樹を泣かせるくらいなら、悪い子でいい。まだそんな気がないっていうなら、我慢するけど」

「んん……その、ちょっとだけ、準備するから。ていうか、志摩ちゃんもいるよね? 待ち合わせ、しよっか?」

「ん、わかった」



 そうして私たちはこの日、今まで伝えきれなかった思いのすべてを色んな形で伝えあった。










『透明人間』


「ちょっと、さっき取った商品、お会計してませんよね?」

「え……? わ、私に言ってる?」

「手、掴んでますよね? ……いや、手ですよね? え、本人ですよね?」


 うちは祖父母の代から続く総菜屋だ。唐揚げ弁当が一番人気だけどそれ以外もどれも美味しくて私も大好きだ。だから小学生の時からしょっちゅうお手伝いをしている。

 そんなうちの店で、この一か月毎日おにぎりがひとつ数が合わない。という事件が起こった。学生や社会人と幅広い客層だけど、調べたところ夕方のピークより前、学生が放課後寄り道するのがひと段落する頃だと言うのがわかった。

 店主のおばあちゃんは夕方で学生ならお金がなくてお腹を減らしてるのかもしれないし、と同情的だったけど、それならそれで対応すればいいだけだ。どんな事情でしているかわからないのに許していたら、お金を出して買ってくれている他のお客さんにも失礼な話だ。


 ということで私は毎日見張りを続け、ついに決定的瞬間を目撃。その人が出て行くであろう瞬間に声をかけて扉を押した腕をつかんだ。つかんだけど、言いながら不安になってしまう。

 なんせ相手は姿が見えないのだ。複数人いて別人ってことないよね?


「ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ」

「え、あ、はい。えっと、とりあえずこっち来てもらっていいですか? 話を聞きますので」


 一瞬不安になったけど、間違いはなかったようでその人はすぅっと姿をあらわして泣きながら謝罪を始めた。その様子に私の方が悪いことをしてしまった気になって、背中をなでてなだめながら裏につれていくことにした。


 そうして話を聞いた結果、彼女は私の二つ下の中学一年生の透明人間だった。透明人間と言う種がいるのは知識としては知っていたけど、見たことなかった。見えなかったけど、一時的に擬態するような何かがある他の種族なのかと。そっちも見たことはないんだけど、透明人間はそもそも数が少ないらしいし。

 ちなみに泣き出したところで姿が見えたと言ったけど、正確に言うと服とか身に着けているものだけだ。体は基本的にずっと見えないらしい。声が可愛らしいから消えていても話せば女の子とわかるけど、なんというか、どこを見て話せばいいのかちょっと困惑する。


 彼女、明子ちゃんが言うには両親は透明人間ではないのに、曽祖父の血がでたのか透明人間として生まれてしまったらしい。育てるのも非常に大変で、両親に疎まれて弟が生まれてからは特に、いないものとして扱われているらしい。

 学費など必要なものはお願いすれば払ってくれるし、朝食と夕食は家族のついでに用意してくれるけれど、中学にあがって給食がなくなったのにお弁当は用意してもらえなくて、どうしてもお腹が減って帰り道のうちのお店で魔がさしてしまったそうだ。

 それがあんまりに美味しくて、ついつい万引きを重ねてしまったと言うのが理由だった。


「そうなの……」


 おばあちゃんが心配していた通りの相手で、私はなんと声をかけていいのかわからなくてそんな相槌をうつしかできなかった。

 おばあちゃんはああ言っていたけど、お腹を減らしていると言ってもまさかそんな家庭環境とまで想像していなかった。とくにうちは、お腹いっぱいと言ってもまだでてくるような家だから。親が子供に食べさせないで平気でいるなんて考えたこともなかった。


「はい。すみませんでした。その、すぐには無理ですけど、お年玉をもらえたら返しにきます」


 お年玉なんて、今はまだ五月だ。つまり、お小遣いはもらっていないということ。そしてこれまでにもらったお年玉は親が援助してくれない分、なにかしらに使わざるをえなかったのだろう。胸がいたくなる。

 私よりも年下の女の子がお腹を空かしているのに、それを責めてなんになるというのか。だから私は腹をくくることにした。


「そんなの、待ってられないわ」

「え、あ……そ、そう、ですよね。あの……じゃあ、その、親にお願いして」

「いえ、親に言う必要はないわ」

「え?」

「うちで働いてみない? 中学生だから正式には雇えないだろうけど、手伝い程度なら大丈夫よ。お金は払えないけど、ご飯だけならお腹いっぱい食べさせてあげれるわ」


 本当はおばあちゃんに相談してから決めるべきだろうけど、でもそろそろちゃんとバイトを雇おうかと検討していたくらいだ。手があって困ることはないだろう。

 無理だと言われたなら手伝いだけしてもらって、ご飯代は私のお小遣いからひいてもらってもいい。お手伝いした分余分にもらえる分があるから十分だ。


「え……え? な、なんでそんな」

「言ったでしょ。待ってられないだけ。それに、働く大変さがわかれば万引きしようって気も起きないでしょうから。それだけよ」


 優しく言うこともできただろうけど、それじゃあ遠慮してしまうかもしれない。親御さんに許可をとろうとして、話をややこしくされても困る。あくまで万引きの罰として始めてもらったほうが、心情的にも状況的にも受け入れやすいだろう。

 それに、まるきり嘘と言うわけじゃない。明子ちゃんの状況は確かに同情すべきものだけど、だからって万引きは犯罪だ。何日も食べてなくて思わず食べてしまったけどお金がなくてその場で自首した、とかなら情状酌量の余地があるけれど、毎日のように繰り返しているのだ。

 まだ小学校をでたばかりの明子ちゃんには難しかったかもしれないけど、お年玉をくれる親族や先生や役所なんかに相談して援助をうけるとか、そういう手順もあるはずだ。した上で駄目だったならともかく、それをすっとばしているんだから、明子ちゃんにも非はある。


「……」

「うちで働く? もちろん、親に何か言われない時間帯だけで十分だけど」

「……はい、お願いします」


 明子ちゃんは震える声で応えてくれた。顔が見えないから、どんな感情なのかよくわからない。だけど、きっと悪いものじゃあないだろう。そう思えた。

 こうして私に可愛い後輩ができた。


―――――――


 私は透明人間として生まれた。どうしてなのかわからない。もう死んでしまった曽祖父の血をひいていると理屈ではわかっても、もう親族の誰も透明人間の扱い方を知らないし、誰も透明人間としての振る舞いを教えてくれる人はいなかった。

 赤ん坊の透明人間はひどく扱いにくいだろう。私にもわかる。同じ透明人間なら相手の姿を視覚以外で見ることができるらしいけど、そんな感覚すら私にはわからない。


 私のせいでお母さんとお父さんはいつも喧嘩していた。でも私が10歳になる頃に生まれた弟で何もかも変わった。二人は私に最低限しか話しかけなくなって、弟を中心に家は周りだした。弟は悪くない。だけどただ悲しかった。生活のことはお願いすればお金はだしてくれた。だけど二人から私に積極的に何かを言ってくることはなかった。

 中学生になってもお小遣いはあの時から変わらない300円。親にお願いしてそっけなくされるのが辛くて、文房具などの消耗品を自分で買うとすぐになくなってしまう額だ。

 ましてお昼ご飯を用意するお金なんてないに等しかった。中学では給食がないのだと、お腹が減るのだと親に言うことすらできなくなっていて、私は自分が世界で一番可哀そうな子だと思っていて、だから万引きをしても仕方ないのだと自分に言い訳をした。


 中学校の近くにあるお弁当屋さんの存在には気づいていたけど、よく知らなかった。だけどお腹がへって、いい匂いがして、引き寄せられるように私はお店に入っていた。

 お店の番をしているのはおばあさん一人で、他にお客さんもいなくて、魔が差した。それまで盗ろうなんて考えたこともなかったのに、一度やってしまえば抵抗はなくなった。

 むしろ私を誰も見てくれないのだと言う被害者のような意識になっていて、気づかないほうが悪いのだとすら考えていた。透明人間として何ができるのか自分でもわかっていなかったけれど、気が付いたら意識すれば身に着けているものを消すことすらできた。

 もう誰も私を見つけることなんてできない。私はこの世界に存在していないも同然なんだ。なんて馬鹿な思考にすらなっていた。


 そんな私を、学先輩だけが見つけてくれた。


 学先輩は私の話を聞いてくれて、その上で悪いことだと指摘して、働くことを示してくれた。

 学先輩がいなければ、私はきっとあのまま人生の落後者になっていっただろう。珍しい透明人間なのを生かしてどんどん悪いことをして、いつか犯罪者として捕まっていたのは間違いない。

 私を正しい道に導いてくれる。私を見てくれる。そんな学先輩は私にとって光で、神様みたいなもので、なにより大切な人で、他の誰にも渡したくない人だった。


「まーなぶせーんぱいっ」

「ひゃっ……もう、驚かせないでって、いつも言ってるでしょ」

「えへへ、ごめんなさい」


 家への帰り道、学先輩を見つけた私は犬のようにすぐさま駆け寄って飛びつくようにして抱き着いた。学先輩はそれに小さな声をあげてから振り向いて、私の頬を軽くひっぱった。

 それに謝罪しながら離れると、学先輩は自然に私の手をとって歩き出す。そうされるだけで、私はいつでも救われるような幸せな心地になる。


「学先輩、もうすぐ卒業ですね……」

「ん? そうね。就職先もなんとか決まったとは言え、不安だわ」

「寂しいです。もう一年、いやせめて二年留年しません?」

「すでにしてるかのような言い方やめてもらえる? だいたい一緒に住んでるのに寂しい?」

「それとこれとは別です」


 学先輩と私は、一緒に住んでいる。いわゆる同棲だ。学先輩が高校生になりそう言った相手ができそうだったので告白して、押して押して交際にもっていった。働かせてもらっている都合上、外堀を埋めるのは容易だったし、学先輩がどういうものが好きで、どうしてほしいかずっと見ていればわかる。私はできる限り学先輩の望む恋人として振舞えているはずだ。

 学先輩も私を好いてくれているのを感じるし、学先輩を恋人として十分満足させているつもりだ。それでも時々、どうしようもないほど申し訳なくなる。私なんかに捕まって、私なんかと恋人になって、私なんかに一生付きまとわれるなんて。今でこそ、まともな人生を送っているけど一時は勝手な考えで道を踏み外そうとした人間だ。所詮は何かあればそうしてしまう人間と言うことだ。そしてそんな後ろ暗いところがなかったとして、私は透明人間だ。感情や気持ちをどれだけ伝えられているだろうか。その気になれば服さえ見えなくすることができる。目に見えない存在を愛することは普通とは違う苦労があるだろう。他ならぬ私からでは、想像しかできない。


 それでも、私は学先輩のいない人生なんて考えられないし、手放す気はない。もし万が一、学先輩が私を好きでなくなったとして、どんな手を使ってでも私から離れられないようにして見せる。そんな風に考えている時点で異常なのだろうとわかってはいるけれど、きっとこれは生涯治ることはないだろう。


「明子ちゃんがそう言うならそうなのかもだけど。じゃあ、帰ったらいいものあげるわ」

「いいもの、ですか?」

「ええ。泣いて喜んでくれるかもしれないわ。……いえ、ちょっと言い過ぎたかもしれないけど」

「えー、なんだかわかりませんけど、学先輩がくれるものならなんでも嬉しいので言いすぎじゃないですよ。鼻をかんだゴミでも嬉しいですよ」

「最後のいる? 感動的な部分で終わらせなさいよ」


 なんて言っている学先輩だけど、私がちゃかさずに言うとおも過ぎてちょっと引いちゃうのはわかっている。学先輩にはこのくらいがいいのだ。まあ、私自身も本音は伝えたいけど気恥ずかしさもあるから、というのもあるけど。

 それはそれとして、調子に乗って大きなこと言ってからすぐに撤回しちゃうところ可愛いなぁ。好き。学先輩の一挙手一投足、全言動が好き。全部語録として残しておきたいくらいだ。

 そんな先輩からのプレゼント。なんだろう。じゃあ、ということは何かしら私の寂しさを和らげてくれるものということだ。ぬいぐるみとか、お仕事で疲れて構えない日もそれでってことかな。


 想像に胸を膨らませながらも家に帰ると、学先輩はどこかもったいぶるようにしてお茶の準備をしてくれた。夕食の準備には少し早いけれど、お茶をするには遅い時間で、いつにない展開にさすがに期待でわくわくしてしまう。特に大きな荷物は持っていなかったけれど、なんだろう。


「んん。ごほん。えー、明子ちゃん」

「はい、なんでしょう」


 お茶でじっくりと唇をしめらせてから、珍しいくらい言いにくそうにしながら学先輩は小さな紙袋を出しながら私を呼んだ。こういうのであんまり予想するのは無粋だけど、アクセサリーっぽい?

 学先輩は頬を赤くしながら小さなケースをとりだして、片手で私の頬を撫でてから私を上目遣いに見つめてくる。学先輩の、こういうところが好き。


 私の顔なんてどこにあるか見えないのに。優しく頬に触れて確認してまでまっすぐにちゃんと顔を見てくれるところ。私に触れるのに躊躇わないでいてくれるところ。見えないことを気にしないんじゃなくて、見えない上で真摯に向き合ってくれるところ。そう言うところが、好きでたまらない。

 はー、好き好き。本気でプレゼントが鼻かんだティッシュだったとしても三日は飾るくらい好き。なんなら切った髪とか爪なら一生保存する。


「最後に確認しておくけど、大学卒業したらほんとにうちのお弁当屋で働くのよね? 全然まだ家族も現役だし、無理に誰かが継ぐ必要もないし、恩にきて無理してもらう必要ないけど」

「え? あ、はい。全然無理してませんし、働きたいです。というかそのつもりで大学も選んでますし、今更すぎません?」


 食品衛生管理者もとっくにとってるし、大学で経営学学んでるのもお弁当屋をやっていくためだ。継いだ以上潰すなんてもってのほか。繁盛させたい。思い入れもあるし、ずっとあの店に存在していてほしいし、外堀を埋める気持ちがゼロとは言わないけど、万が一、縁起でもないけど学先輩の存在がこの世界から消えたとして就職先を変える気はない。


 すでに高校時代から何度もされた今更の確認に首をかしげつつ答えると、学先輩はにこっと微笑んだ。それだけで何度も確認されちゃって私の意志を軽んじられている、というちょっと不愉快に感じる感情はどこかに消える。



「うん。ありがとう。じゃあ、ってわけじゃないんだけど、明子ちゃん、来年か再来年か、明子ちゃんが学生のうちに結婚しましょう」

「……へ?」


 あり得ない角度の話題変更に頭がついていかなくて間抜けな声をだしてしまう私に、学先輩は私の頬から手を離してケースを開いた。小さなケースの中にはシンプルな指輪が二つはまっている。


「明子ちゃんのいいタイミングでいいし。勝手なこと言ってるかなとは思うけど、就職先が決まっているなら就職活動がない分時間的余裕があるし、二人とも就職して落ち着いてからだとなかなかタイミング難しいし、明子ちゃんが学生のうちがいいかなと思うんだけど」

「……私と、結婚するってことですか?」


 なにか言い訳のようにつらつらと説明されたけれど、あまり頭にはいってこない。いやだって、プロポーズされた、んだよね? え? そんなことある? 夢?


「もちろん。ふふ、他の人と結婚するわけないでしょ」

「……」


 それはその通り。今の流れで、文脈で、私と学先輩が結婚する以外のわけがない。わけがないけど、結婚を? 私と、学先輩が?

 頭が真っ白になる。すごく、嬉しい。一生一緒にいたいのだから、当然結婚だって私の人生の予定にはいっていた。でもそれはいつか学先輩に私からお願いするもので、まさかこんなに早く、あっさりと言えるほど普通に学先輩から言ってくれるなんて想定外だ。

 嬉しい。嬉しすぎて、申し訳なさで、どうすればいいのかわからない。結婚するつもりだった。でもいざそれが現実に見えてくると、本当に学先輩の人生をそこまで束縛していいのか、私なんかが、学先輩にそこまで思ってもらえる価値なんかないのに。


「あの、明子ちゃん?」

「ごめ……ごめんなさい、学先輩。ごめんなさい」


 自分の感情を制御できなくて、止め止めなく目から涙がでてきて学先輩の顔が見えなくなってしまう。涙は顎から落ちて私から離れた瞬間にその姿をあらわしてしまう。

 そんな私に戸惑ったような学先輩の声がかけられる。


「私……学先輩と、結婚したいです」

「え、あ、うん……? うん、よ、よかったー。なんか、断られるのかと一瞬びっくりしちゃった。うれし泣き? ほらほら、そんなに泣かないで」


 そう言って学先輩は優しく私の顔を拭いてくれる。その手つきはどこまでも優しくて、壊れ物を扱うように柔らかい。その手を、振り払うことなんてできない。例えそれが学先輩のことを思えば正しいのだとしても。

 私から別れるなんて選択肢はない。だからこれも、言質をとるためでしかない。


「学先輩。私なんかで、本当に、いいんですか? 私、学先輩がいない人生なんて考えられなくて、絶対手放したくなくて、学先輩の外堀を埋めて、学先輩が嫌だって言っても別れる気なんてなくて、学先輩の人生全部束縛しちゃう価値なんてない、どうしようもない人間なんです。それでも、後悔しませんか?」


 学先輩の手をとってこんな確認をするのも、あとからやっぱりやめたって言われないようにでしかない。もしこれで別れるって言われても、別れる気なんてさらさらない。

 そう自分でわかっているのに、ただ学先輩の手をぎゅっと握って拒絶されないように心から祈るこの胸の苦しさは、なんなんだろう。


「……馬鹿ね。明子ちゃんがどうしようもないなんて、わかってるよ。大丈夫」

「学先輩……」


 私の心を救うように、学先輩はそう言って指輪をいったん置いてから空いた手で私の頭を撫でてそう包み込むように言ってくれた。学先輩が触れてくれるから適度に伸ばした髪。

 私にしか見えない髪は先輩が触れてくれた時だけ存在している気にさえなる。いや、髪だけじゃない。私と言う存在全てが、学先輩がいなければないも同然だ。


 私は学先輩にとって理想の恋人であれるよう、好きになってもらえるよう頑張ってきた。嘘をついてきたわけではないけど、意識して振舞ってきたのは事実だ。だけどそんな私の張りぼても、どうしようもないところも全部わかってるって言ってくれた。

 見栄を見透かされたような気恥ずかしさもあるけれど、それ以上に学先輩を裏切ることすら私にはできないのだというのはどこか救いの様でもあった。私ごときに学先輩をたばかることはできないし、私なんかのことは、全部学先輩にはお見通しなのだ。


「というか、私だってどうしようもない人間よ。完璧な人なんていないし、だからこそ、一緒にいる意味があるの。そうでしょ? だから自分を卑下しないで。私は他でもない明子ちゃんと結婚したいんだから」

「……はい。はいっ。私も、学先輩と結婚したいです」

「うん。結婚しよう」


 学先輩の自己認識はともかく、私は学先輩のその気持ちに、その言葉に、これ以上無粋な確認をするのはやめることにした。だって、私だって本心では結婚したいのだから。学先輩が私のことを全部わかった上で言ってくれているなら、それ以上望むことなんてない。

 今度は純粋な喜びで涙を流してしまう私に、学先輩は優しくまた頬をなでるようにぬぐってから、指輪をとってそう言った。


「これはそれまでの約束、ね」

「はい」


 そして私の手を取って、一本一本指をなでてから私の左手の薬指に指輪をはめてくれた。私はそのお礼にもならないけど、もう一つの指輪をとって学先輩の指にはめる。

 お揃いの指輪。今まで手にアクセサリーをつけると宙にういて見えるだろうし、なんとなく好きじゃなかった。でももうそれも終わりだ。これからは一生指輪をつけていこう。私が学先輩のもので、学先輩が私のという証なのだから。

 もう迷わない。私は一生、学先輩を離さない。





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ケンタウロスで志摩…シマウマ柄を想像してしまいましたw 真樹が程良くポンコツなのが可愛いですね だからこそ志摩がしっかり者へ成長したんだなぁ 奥手解禁後酔った真樹がナニを口走るのかきいてみたいw 透…
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