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現代異種族百合SS集  作者: 川木


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5/5

ツンデレSS

『狐』


「柑奈、週末空いてる?」

「なに? 要件を先に言いなさい。それ次第よ」


 お昼を食べながら柑奈は私をちらっとだけ見て冷たくそう返した。綺麗な金の髪を耳にかけるその姿は、うどんを食べているだけなのにどこか気品のある美しさがある。

 そんな柑奈の見た目が好きなので、突き放すような言い方ですら、はぁ、美人とうっとりしてしまう私もどうかと思うのだけど。


「またツンツンしてー。可愛いんだから」

「きも……」

「きもいはさすがにやめよっか。はいはい。要件ね。普通に一緒に過ごそうってこと。デートデート」

「は? なんで私が萌黄とデートしなくちゃいけないのよ」

「えー、めっちゃ文句言うじゃん。用があるならいいけど。こないだ履いてた靴、だいぶ使い古し感出てきたって言ってたし、私も新しい靴欲しいなって思ってるんだけど」

「……まあ、そういうことならいいけど」

「じゃあそう言うことで、決まりね」


 ということで、デートが決まった。今までも何度も一緒にお出かけしているし、少なくともこの大学内で柑奈の一番仲のいい相手は私、という自負はある。だと言うのにこのガードの高さは気位の高さか。めんどくさいと思わなくもないけど、こういうつんとしたとこも、ツリ目の雰囲気に合っていて好きだけどね。


 笑顔でそう締めくくった私に、柑奈はやや拗ねたように唇をきゅっと結んだ可愛い顔で人睨みしてきたけど、それ以上文句は言わなかった。


「遅いわよ」

「ごめんごめん。さ、行こっか」


 そして週末。約束の時間の2分前に到着すると、こういうことはきっちりしている柑奈は先に待っていて文句を言ってくるけど、まあいつものことだし遅刻してるわけじゃないのでスルーするして、柑奈の手を取って歩き出す。

 それ以上文句はないようなので、そのまま買い物に繰り出す。


 午後集合なので買い物をしつつ喫茶店でゆっくりしたりと、まあ正直普通に遊ぶのとそんなに変わらない休日を過ごす。今日はデートなので、メインはここから。というこで私は柑奈を家に誘う。

 大学に入ってから始めた一人暮らし、最初は実家の良さを実感することもあったけど、気楽さと自由という意味では替えがない。まして柑奈みたいな可愛い子を連れ込めるのだから一人暮らしって最高。ちなみに柑奈も独り暮らしなので、気軽に誘えるのも最高。


「さ、飲んで飲んで」

「……もてなしをしようというその心意気はよいのだけど、酔わせて何か、企んでるんじゃないでしょうね?」

「えー、企んでるなんて心外だなぁ。私の目を見て。悪いこと考えてるように見える?」

「見えるわ」

「あははは」


 晩御飯兼宅飲みという名目なので、チャチャッと用意した味濃い目の夕食に柑奈の好きなお酒を用意している。家に来てもらう前から、お互い一人暮らし同士一緒に夕食をとるのは珍しくないくらいだったので、柑奈の好きなものは一通り把握している。


 どんどん飲んでとすすめると、疑うようにジト目を向けられてしまったので適当に誤魔化す。もちろん、下心がありますからね。

 そしてじっくりたっぷり食事を楽しんで、ほどほどに酔っぱらった柑奈に今日はもう泊っていきなよと促す。これまたジト目になった柑奈だったけど、これから家に帰るのが億劫なのは事実であり、前回文句を言われたことを改善してきちんと柑奈専用お泊りセットを用意しているのもあって了承してくれた。


 片づけて順番にお風呂に入り、さて日付も変わりましたしそろそろと柑奈をベッドにいれてから、私も中に入る。


「……ちょっと。何を入ってきているのよ」

「え? 私のベッドだし」

「横に布団を出したのはなんなのよ」

「もちろん私用だよ。柑奈にはちゃんとしたベッドで寝てほしいからね」

「話が通じないわね」


 柑奈は私の意図をわかっているのだろう頬をやや染めながらも、だけどつれない様子でそう言い捨てて私に背中を向けるように転がった。じりっと近づいて背中から抱きしめようとすると、もふっとした柑奈の尻尾がお腹を叩いてくる。

 柑奈の尻尾はもふもふだ。狐種独特の丸みのある形が本当に綺麗で、さっきも頭をさげて乾かしてケアするのを手伝わせてもらったくらいに触り心地がいい。


 獣系の種族は尻尾を触られるのを嫌がる。特に柑奈のようなプライドの高いタイプは勝手に触ろうものなら手がでてくるくらいなので、それだけで心を開かれているようで嬉しい。

 嬉しいけど、それはそれとして今はそれじゃない。ふわふわもいいけどもちもちの玉のお肌に触れたい。


「柑奈ー、いいでしょ?」

「気安く触らないでちょうだい」

「まあまあ、そうツンツンしないで」

「もうっ。一回寝たくらいで、恋人面しないでちょうだい。さっさと出なさい」


 柑奈の肩を撫でながらそう言うと、うっとうしそうに手を払ってから起き上がった柑奈は私をずいと押してベッドから落とそうとしてくる。

 前回、先週末のこと。バイト先で嫌なことがあった柑奈は今夜と同じように私の家で宅のみした結果かなり酔っていて、色々あって一線を越えた。なので今日もぜひともお願いしたいのだけど、どうやらそう言う気分じゃないらしい。

 うーん、難しい。前回も割と終始ツンツンしていて、その割にやめたら怒られたので、今回もそんな感じかと思ったけど本気で今日は気分じゃない感じなのかな?


「そう言うつもりじゃないけど、生理なの?」

「死にたいの? 遺言を書く時間くらいは待ってあげるわよ」

「ごめんて……いや、でもさー、柑奈みたいな可愛い女の子と一緒にいて、そんな気にならないわけないじゃん? そんな嫌だった? なかったことにしたい感じ?」

「……別に、そう言うわけじゃ……ともかく、そんななぁなぁで抱けるほど、私は安い女じゃないんだから」


 先週のは気の迷いで、本当に迷惑。私のことはそんな対象じゃない。とはっきり拒絶されるなら仕方ない。と思ってしょんぼりしながら聞いてみたのだけど、柑奈は一瞬眉尻をさげて顔を真っ赤にしてから、どこか気まずげに顔をそらしつつ顎をあげてつんとした声でそう言ってまたベッドに入ってしまった。


「なあなあっていうか、うーん……柑奈ちゃーん?」

「……」


 期待を持たせるような言い方をした柑奈は、何を言おうか迷いながらとりあえず声をかける私にちらっとだけ振り向いた。耳をぴくぴくさせながら、布団の中で尻尾が動いているのがわかる。

 何かを待っているようだ。なんて、さすがにわからないほど鈍感じゃない。むしろツンツンした柑奈と付き合うには察知力が結構必要だからね。わざと気づいてないふりして距離をつめるのも仲良くなるのに必要なのでそう振舞ってるけどさ。


 柑奈が言ったのは一回寝ただけで恋人ではない、なぁなぁで抱かせない。つまり、ちゃんと告白して恋人になればいいよ。という意味だろう。私がポジティブすぎる解釈をしているわけじゃないはずだ。

 正直に言おう。最初から柑奈のことは狙っていた。というか、狐種が結構好きなタイプなんだよね。タイプで種族をあげると種族差別って思う人もいるだろうから大きな声では言えないけど、やっぱ種族ごとに特徴ってあるしね。


 狐種はまっすぐな毛質で綺麗な金の毛が多くて、尻尾が大きいからか綺麗な毛並みを自慢に思っている子が多い。だから手入れもしっかりしていて見た目も綺麗で、自信があるから簡単に触らせてもらえないのもあってより、触らせてもらえるのは精神的にも満足感があって気持ちよくて癒される。

 私が今まで知っている人だけなのかもだけど、どの狐種の子もツリ目がちでややきつめの顔立ちをしていて、プライド高めのはっきり物を言う子が多かった。そう言うはきはき系美人がなんだかんだ言いながらも私を受け入れてくれるのは何とも言えない充足感がある。


 そして実際、柑奈とも友人として関係を重ねるごとに、やっぱりタイプ。好き。という思いが膨らんでいったし、見た目も声もしゃべり方も好み。ジト目も可愛い。ちょっと毒舌が過ぎた時はちらっと私の様子を見ながら耳を少し伏せてしまうところとかめちゃくちゃ可愛い。全部許しちゃうし、なんでもしてあげたくなってしまう。

 だから、恋人になるのがなしなわけではない。


 でもなぁ……高校の時付き合った狐種の子とは結局別れちゃったんだよね。すごく可愛くて好きだったんだけど、もう私のへらへらした態度には堪忍袋の緒が切れたとか言ってフラれた。

 そのちょっと古風な物言いも好きだったんだけど、どうせ狐種ならだれでもいいんでしょ。とか続けられたのをとっさに否定できなかったのが決定打になってしまったんだよね。

 だからちょっと、そう思わせちゃった私が悪いし、自分でもその傾向が否定できないのもあるけど、でも、だからってフラれるのって結構しんどい。私なりに大好きだったし、ずーっと一緒なんて無邪気に考えていたのもあって、メンタル落ち込んだりもした。


 なので正直、恋人になるのに二の足を踏んでしまう気持ちがある。なぁなぁでこのままセフレとして柑奈と仲良くやっていけたら最高だったのだけど。


「……」


 何を言えばいいかと黙ってしまった私に、柑奈はまたぷいっと顔をそむけてしまった。耳を動かして私の言葉を待っている後ろ頭を見て、抱きしめたいと思った。


 告白したら柑奈と恋人になれるだろう。でも恐い。フラれてしまったら、もう二度と恋に積極的にはなれないだろう。そうなれば柑奈みたいなタイプと仲良くなることなんてできないから、結果として二度と恋ができないのと同じことだ。

 恋人になれなかった今日まで、柑奈の一番親しい相手として過ごしただけで十分楽しかったし満たされていた。


 でも、決断しないといけない。もしここで踏み出さなかったら? 恋人はと断ったら? きっと柑奈は私をセフレどころかただの友達にもしてくれないだろう。なんとかなあなあにできたとして不信感は残る。

 私を恋人候補として見てくれることは二度とないだろう。そうなったら、きっと、私以外の誰かと仲良くなって、私以外の誰かと恋人になるんだ。

 それは、嫌だ。柑奈を抱きしめるのも、キスするのも、膝枕されながら柔らかな尻尾に頬ずりするのも私だけがいい。


 私は布団の中でずりずり近づいて、柑奈をそっと抱きしめた。後頭部に顔をうずめると、同じものをつかっているのにいい匂いがして、本当に好きなんだなと自分でも思う。

 だったら手放さないよう努力しないといけない。今度こそ、失敗しないように。そう思うのに、勇気がでてこない。


「あのね……私、柑奈が思うよりずっと、重い女だよ。フラれたらきっともう二度と恋なんてできないくらい……」


 あげく、こんな情けない予防線がでてきてしまう。フラれたくないから、告白できない。


「馬鹿ね……。そんなのは別に、悪いことではないでしょう。この私をフるような人がいれば、私は間違いなくその人を殺すわよ」


 柑奈は振り返らないまま、柔らかく優しい声音でとんでもないことを言い出した。慰めてくれているのはわかるけど、私、殺されるんですか? いや、付き合えたらフるつもりはないけど。


「こんな、肝心な時にびびっちゃう人間に告白されても……嬉しいと思う?」

「別に、それは人それぞれでしょう。一定以上仲がよい相手なら……そんなの、とっくにわかっていると思うわ。少なくとも私は、萌黄が臆病で変に真面目なやつだって知っているわ」


 体が熱くなる。自分の弱さを知られていた羞恥心と、その上で受け入れてくれていた喜びと、言葉で言い表せない気持ちがない交ぜになって、私はぎゅっと柑奈を抱きしめた。

 柑奈は、私が思っていたより重くて、私が思っていたより私のことを知ってくれていて、私が思っていたよりずっと……私のこと、好きでいてくれているみたいだ。


「うん……あのね、柑奈。私、柑奈のこと好きだよ。恋人になって、ずっと一緒にいてほしい」

「ええ。いいわよ」

「……それだけ? もっと、私も好きくらいは言ってくれてもいいんじゃない?」


 あまりにシンプルでそっけない返答に力を緩めると、柑奈はぐるりと振り向いた。むぎゅっと体がぶつかる。

 背中から抱き着く分には素直な恋のときめきがあるけど、正面からくっつくとお互いの柔らかい部分同士が押し合うようにぶつかって下心的なドキドキが湧き出てしまう。


 おまけに柑奈の金色の瞳が至近距離で私に向けられている。先日キスをした時も、柑奈は先に目を閉じたからこんな距離で向こうから来られると緊張すらしてしまう。


「言って欲しいのかしら?」

「うん。言って欲しい」

「……ふふ。仕方ないわね」


 どこかからかうような響きに、だけどまだどこか信じきれない弱い心が、私に素直にそうおねだりをさせた。

 柑奈は私の答えに一瞬意外そうに眉をあげてから、そっと私の頬に触れた。距離をはかるようにしながら顔を寄せて私の鼻と鼻をくっつけた。


 柑奈の鼻先は少しひんやりしていた。その目から視線を動かせない私に、柑奈はゆっくりと呼吸をしながら口を開く。


「……好きよ、萌黄。あなたこそ、私から離れられると思うんじゃないわよ。萌黄の一生はもう、私のものよ」

「……うん。大事にしてね」


 とても重い言葉だ。私のずっと一緒と意味は同じでも、受ける印象は違う。柑奈の言葉だともう、プロポーズしたくらい重い。しかもめちゃくちゃ束縛しそう。

 でも柑奈がそれだけ私を思ってくれていたということだ。ここまで言ってくれるなら、そう簡単にフられる心配もないだろうし、素直に嬉しいと感じられた。多分、自分で重いと言いながら、自覚以上に重かったのだ。だから柑奈の言葉が嬉しい。


「柑奈、ありがとう。愛してるよ」


 私は嬉しすぎてなんだか泣きそうなくらいなのを誤魔化すように、柑奈にそっとキスをした。


――――――――


 萌黄は変わった人だった。私は基本的に愛想がよくない。別に積極的に親しい友人をつくりたいと思っていないし、生活に問題ない程度、同級生として当たり障りない知人がいれば十分だった。子供の時から友達をつくるのが苦手だった。

 そんな私に、萌黄はするりと近づいてきた。最初は警戒した。私は見目がいいので親しくないのに好感を持たれることもたまにあったけれど、えてしてそう言う人はやたらと距離が近くなれなれしく、やたら押しつけがましく逆切れしてくることがあったから。

 だけど萌黄はそうではなかった。軽く拒否してもくらいついてくる図々しさはありつつも、こちらが本気で嫌がる手前で引いてくれる察しの良さがあり、パーソナルスペースを超えてこない距離感をわきまえていた。

 それでいて私がどれだけ連れない態度をとっても、決して不快そうな態度はださずいつも機嫌よさそうにしていた。それが演技の可能性も疑いはしたけれど、すぐにその疑惑はとけた。

 私も萌黄と一緒にいることが気楽に感じるようになり、今までより長い時間を一緒に過ごす相手になっても、萌黄は化けの皮がはがれることもなく、黙って一緒にいるだけでもふとした時に私をみてニコニコしていて、なんだかくすぐったいような気にはなっても不快ではなかった。


 深い人付き合いをサボっていた私は友人との距離感と言うのを測りかねていて、時に強い言葉で言いすぎてしまうこともあった。口に出してから、今のは傷つけたのではないかと思っても、萌黄はいつも微笑んでいた。

 軽薄な笑み。へらへらして感情を隠している。なんて風に露悪的に見ることもできたけれど、一緒の時間をすごすほどそうではないとわかっていった。


 萌黄は時に私から踏み込んでも、そっと距離をとるくらい慎重で、私よりも臆病だと感じることさえあった。


 あの日、バイトで嫌なことがあった。萌黄と出会う前であれば、私は家に籠って一人沈んでいただろう。だけど萌黄に心許していた私は、萌黄の誘いに乗って彼女の家で一緒にお酒を飲んで愚痴を言った。

 愚痴を人に言うなんて、聞いている方も疲れるし、非生産的で意味のない行為だと思っていた。だけど口に出してみて、萌黄にうんうん大変だったねと慰められると、思いのほか私の心は軽くなっていった。

 この時、萌黄になら私は心をさらけ出せると思った。そうしたいと思ったことはなかったのに、そうすれば今までよりもっと生きやすくて、今までよりずっと幸福な人生を送れると感じた。


 お酒の力も借りて、萌黄を誘惑すると面白いくらいすんなりと釣れた。萌黄にそんなつもりがなかったら恥をかいてしまうので直接的な言葉は言わなかった。少し肌を見せてマーキングとして体を摺り寄せて、尻尾を触らせてあげただけなのに。


 と、そこまでは全て私の思う通りだったのだけど、翌朝目が覚めてからが少し違った。萌黄ははっきりと私に告白をしなかった。明らかに距離感を変えて私の手を握ったりと恋人のようにふるまっているくせに、言葉はまるで友人のままだった。

 確かに私も濁して誘惑したけれど、あんなことをしておいてお互いの気持ちなんて明白なのに。だと言うのに肝心なことを言わないまま、萌黄は再び私とベッドを共にしようとしてきた。


 さすがにそれは受け入れられない。だからと突き放しつつも、ちゃんと告白するよう促したところ、萌黄は予想外に力なくいつになく自信のない態度で、あげく告白してもいいのかと聞いてきた。


 私の気持ちだってわかっているだろうに。珍しく素直に弱気なところを見せてくれている。そう思うときゅんとしてしまう。可愛い。まだそんな魅力を隠していたのか。

 そう思ってついついにやけてしまう顔を見られたくなくて、振り返らないまま促すと、萌黄はついに私をぎゅっと抱きしめながら告白を口に出した。


「うん……あのね、柑奈。私、柑奈のこと好きだよ。恋人になって、ずっと一緒にいてほしい」

「ええ。いいわよ」


 ふわっと心の中で花が咲いたような喜びだった。萌黄の気持ちはわかっていたし、今日のこの会話で思っていた以上に私に対して真剣なのだと痛いくらいに伝わってきていたのに、直接口にされただけでこんなにも嬉しいなんて。これが恋の喜びというものなのだろうか。


「……それだけ? もっと、私も好きくらいは言ってくれてもいいんじゃない?」


 そうして喜びを噛みしめていると、萌黄からはやや不満そうな声が返ってきた。その可愛らしい声についに我慢できなくて、萌黄の顔が見たくて私は振り向いた。

 それほど広くないベッドで無理に回ったので、ぎゅっと体が押し合うような密着度だ。おさまらないドキドキが、けれど萌黄のドキドキもよく伝わってきて、より幸福な気持ちになる。


「言って欲しいのかしら?」

「うん。言って欲しい」

「……ふふ。仕方ないわね」


 胸いっぱいの幸せに、どこかのんびりした気持ちにすらなってからかうように萌黄に尋ねると、まるで子供のように素直に頷かれた。

 その可愛さに一瞬驚いてから、もはや隠す気も起きないくらいに愛情があふれてきてしまう。素直に言葉に出すのは気恥ずかしさがあった。だけどもう、そんなのを飛び越えたような心地よさがあって、私はそっと鼻をくっつけた。

 幼い頃に両親とした頃は同じような温度だったそれは、萌黄の熱いくらいの鼻先の温度に少しの驚きと、恋のトキメキを感じながら口を開く。


「好きよ、萌黄。あなたこそ、私から離れられると思うんじゃないわよ。萌黄の一生はもう、私のものよ」

「……うん。大事にしてね」


 こんなにも素直な言葉が、私の口から出るなんて。そして何より、こんな感情が私の中からでてくるなんて。萌黄に出会うまで知らなかった。


「柑奈、ありがとう。愛してるよ」


 萌黄は私の告白にその目を潤ませて泣きそうくしゃりと笑って、そう言って私に口づけた。


 私も愛している。そう、今ならちゃんと言えそうだったのに、私の唇はそれを紡ぐことなく一晩が過ぎて行った。


 そうして翌日。萌黄はまたニコニコしたいつもの明るい表情なのはいいとして、晴れて恋人になったからかあからさまにいつもより距離が近かった。というか、ことあるごとに顔を寄せて頬にキスをしたり腰を抱き寄せたりしてくる。


「柑奈ー、今日も泊まっていかない? ていうかなんなら住んでもいいし」

「お断りするわ」

「えー、なんでなんでー? 私のこと愛してないのー?」

「……普通に、いきなり準備できてないもの。いくら洗濯してるからって何日も同じものを着たくないわ」


 昼食後、リビングのソファに隣り合って座ると萌黄は私にしなだれかかるようにしながらそんな可愛いおねだりをしてきたけれど、さすがにそんなわけにはいかない

 昨日は泊りになるかもと事前に考えていたけど、連泊の準備はできていないし、さすがに住むとなると簡単にはいかない。四六時中一緒というのはよさそうにも感じられるけれど、気を張ってしまう部分もあるかもしれない。喧嘩になった時の為の距離感も必要だ。しっかりとした下準備が重要だ。


 だから断るのが当然なのだけど、それはそれとして、今愛してると伝えるチャンスだったのだろうか。

 いやでもこんなノリで伝えるほど私の思いは軽くはない。だけど朝からずるずる伝えられないままだし、時間をおいてしまった今改めて自分から言い出せる気がしない。


「うーん、残念。あ、でもでも、これからお泊り増えるだろうし、色々必要なものとかあるだろうし、買い物行かない?」

「そうね、それは必要ね」

「うん」


 別に、好きとはきちんと伝えているのだし、恋人になったのは間違いない。だから慌てて愛していると言わなくても問題ないと言えばないのだけど……私としても、それをちゃんと言葉で伝えておきたいという気持ちもある。

 昨夜は萌黄が私が思う以上に不安になっていたし、向こうから言ってくれたのに言わないのも不義理なようだし。私だけ言っていないのも、なんだか負けたような気もするし。


 とタイミングをうかがうのだけど、買い物に外出してしまうと余計に言える機会はない。人前ではさすがに萌黄も控えているし。


「柑奈、夕ご飯はどうする? うちで食べてから帰る?」

「そうね……いえ。なし崩しに泊まるとなっても困るから、どこかで食べて行きましょう。うちまで送ってちょうだい」

「え、送っていいの?」

「当然でしょう。恋人なのだから」

「やったー」


 以前、家まで送るよーなどと言われた時はまだそこまで親しくなかったので、別に何か悪用されると思っていたわけではないけれど、なんとなく家を知られたくなくて拒否した。

 それを覚えているからか驚きつつも喜ばれてしまった。この提案には私のテリトリーという優位な状況であれば思惑通りに事が運ぶのではないかというもくろみあってのことなので、少々気まずい。


「……」

「どうかした? いやに静かね」


 そして予定通り夕食をとって私の家つき、玄関前で入りたいアピールもされたので問題なく招いたのだけど、リビングのソファに座らせたところ何故か妙に落ち着かなさそうにしている。


「いや~なかなか立派なお家なので、なんかちょっと、うちに住もうとか軽く言っちゃったの恥ずかしいなって」

「別にそんなことはないと思うけれど」


 私の部屋も普通の一人暮らし用なので、多少の違いはあれど二人で住むには少々手狭なことには変わりないし。そんなことはどうでもいい。


「萌黄、足を開いて、そのまま。じっとしているのよ」

「え? うん」


 私はやや緊張しながら座る萌黄に近寄って声をかける。元々二人掛けなのでその隣に座るだろうと思っている萌黄に注意しながら、そっと私は萌黄の膝の間にお尻をすべりこませるようにして座った。そして自分の尻尾を前にもってきて、そっと自分で自分の尻尾を抱える。

 自分で言うのもなんだけど手触りがよくて一日の終わりでもふわふわしていて、触れられる尻尾側の心地よさもあって落ち着く。子供っぽいとは自覚しながらも、緊張するとついこうしてしまう。


「柑奈……愛してるよ」


 こうして座れば距離が近くてそれらしい言いやすい雰囲気でありながら、顔を見ないで済むので過度に緊張せずに済むのではないか。という目論見あってのことなのだけど、私が口を開く前に萌黄は私を抱きしめてそう囁いてきた。

 耳の毛先が萌黄の吐息で揺れて、ぞわぞわするほど甘い声に私はぎゅっと自分の尻尾を抱きしめるけど、さらに私を萌黄が抱きしめにかかるからますます密着してしまって落ち着くどころかドキドキと鼓動がとまらない。


「っ……ふー……私も、その……あ、愛してる、わ」


 萌黄は急かすでもなく、私の耳に頬ずりするようにして私の反応を待ってくれているようだったので、私はなんとか呼吸をして自分を落ち着かせて、それでも全然落ち着かないまま、私は絞り出すようにそう応えた。

 言えた。という安堵感と、言ってしまったという羞恥心。愛してると言われて嬉しかったけれど、いざ自分の口から出すととても大げさな言葉にも聞こえてしまう。いえもちろん、事実として愛しているけれど。だけど照れくさくていたたまれない気になってしまう。


「ありがとう、柑奈。ね、今日、泊まっていっていいよね?」

「え? いえ、よくないけれど」

「え?? え? なんで?」


 ついもじもじしてしまう私に、何故か萌黄は当然私が受け入れるだろうと言うノリでそう質問して、普通に断っただけなのにめちゃくちゃ不思議そうにして私の顔を覗き込もうとしてくる。

 最初から今日は泊まらないと言って家に戻ってきて、お茶でもと言ってあげただけなのに、どうして泊り前提になっているのか私の方が不思議だ。

 振り向いてその顔を見ると、なにやら情けないくらいに眉尻をさげている。そんな可愛い顔をされても。私の部屋はいきなり恋人を招けるほど用意ができていない。というか誰かを泊める想定をしていないので、萌黄の着替えの用意や予備の寝具なんかもなにもない。


「なんでと言われても……ベッドも着替えもないもの」

「えー……ソファでいいし、最悪ちゃんと帰るから、このままシャワーを浴びるまではいてもいい?」

「……」


 甘えた声でそう言われて、否、と言えるほど私の中の萌黄への愛情は浅くはなかった。

 そうしてなし崩し的にまた夜を共に過ごしてしまった。そんなことを何度も繰り返して、私の何一つ想定通りにはいかない萌黄との関係が、だけどどこまでも心地よいのだと何度も思い知らされるとはこの時はまだ知らないのだった。









『悪魔』


「だったら別れる?」


 そう軽く私の恋人のバーティアは言った。

 高校入学してすぐに告白されて浮かれて付き合った相手、にフラれてやっぱよく知った相手と恋人になるべきだったと愚痴った流れで中学からの付き合いのバーティアとなんとなく恋人になった。

 今みたいな軽い調子で、半目で特に熱のないどうでもいい話題と同じノリで「だったら私と付き合う?」と言われたのだ。


 そうして恋人になって、夏が過ぎて秋が過ぎて冬が来ようとしている中、私の部屋にてバーティアから軽く別れを切り出されたのがここまでの流れだ。


「いや、なんで?」

「……美玖莉が今言ったんでしょう。友達の時とあんまり変わらないって。それって、付き合ってる意味がないってことでしょ」

「あーごめん。そう言うつもりで言ってなくて」


 以前のすぐにフラれてしまった相手は全然知らない相手で、恋人らしく手をつないでデートを何度かして楽しかったけど、まだお互いのことそれほどよく知らないなって時にキスを求められて拒んだらフラれてしまった。

 そこからのバーティアだからか、バーティアと恋人になったものの、手をつないだりあーんくらいはするけど友達感覚で遊んでいた時とそんなに変わらない雰囲気が続いている。


 気楽で楽しいけど、めっちゃ仲良しな友達と変わらないなーと感じてしまうのも仕方ないだろう。

 でも別に嫌なわけじゃない。恋人になっても、いまだによく恋愛関係というか、恋愛感情がどんな感じかよくわかってない。バーティアとはもう数か月付き合っているけど、特にキスしたくなったりとかないし、いい雰囲気というのもピンと来ないままだ。


「でも、バーティア的には別れたいってことなら話は変わるけど……」

「別に、そんなことは言ってないわ」

「そう? なら私としては別れる必要ないけど。でももしバーティアに好きな人とかできたら言ってね」

「……言ったらどうするつもり?」

「え?」


 どうするつもりって、別に私とバーティアはなんとなくそこにいて条件があったから恋人になっただけで、恋愛感情で好き合っているわけじゃないんだから、他に好きな人ができたなら別れる。という意味でしかない。改めて言っただけでお互いわかっている不文律だろうと思っていた。

 だけど、どうするつもりかと聞いたバーティアの声はどこか固かった。だから驚いてその顔をまじまじと見た。


「……」


 バーティアは私を睨んでいる。先ほどのジト目なんて目じゃないくらい、眉尻をあげてはっきり睨んでいる。

 バーティアは悪魔種で、白目の部分が黒い赤い目をしている。闇の中で輝く宝石みたいな、どこか作り物染みた綺麗な目だ。それが今、いつになく感情を込めて私を見て、どこか不思議な気分になってドキッとしてしまった。


 バーティアはあまり感情的にならない。いつもフラットな態度だ。それ自体は別に種族特性ではないだろうけど、そもそも悪魔と天使だけは他の種族とちょっと違う。

 人種の一つとされてはいるし、恋人になったり結婚することもできるけど、神様が直接つくられているので繁殖する本能みたいなのがないらしく、基本的に他の種族より恋愛に淡泊な印象がある。

 だからバーティアが私に恋人を提案したのも、あくまで高校生らしい青春の一部というか、そう言うノリだと認識していた。


 だけど、ちょっと待とう。私がいつでも別れると言う意味の発言をしたことで、こんなに睨んでくるって、もしかして話が変わるのでは?


「もしかしてなんだけど……バーティアって私のこと恋愛的に好きなの?」

「質問に質問で返すのは、マナーがいいとは言えないわよ」


 バーティアは恋人になってからもどこか連れない態度を崩さない。手をつなぐのも、あーんをするのも私からだった。

 だからまさか、私にほんとに気があるのではなんて一度も考えなかった。


 だけど今の質問に対しても、馬鹿にしたり呆れたような表情にはならなかった。もしかして、本当に?

 ちょっと待って。ちょっと待って。……いや、別にだとしても駄目ってことはないけど。前の恋人も恋愛感情持ってのことじゃない。でもだからこそ、前回のことを反省しての二人目の恋人だ。あの時にちゃんと真面目に告白されていたとして、断っただろうか? フラれるの結構なダメージだから、すぐにがっかりされないように知った相手と付き合うのがいいと思ったわけだし、結局は付き合っただろう。

 実際、すぐにフラれることはなく、むしろここまでバーティアは私に歩調を合わせるようにして恋人ごっこみたいなペースで付き合ってくれていた。


 そうか、バーティアが積極的じゃなかったのも、私が愚痴ったからこそ遠慮してくれていたのかもしれない。その態度から私が勝手に本気と思わない距離感だったから、余計にお互いの気持ちがすれ違ってしまったのだろう。

 だったらここは真面目に考えないといけない。今までバーティアの気持ちを軽んじてしまっていたのだ。


「えっと、ごめん。ちょっとよく考えるからちょっと待ってもらっていい?」

「……いいわ」

「ありがと。先にケーキ食べようね」


 今日うちに来てもらったのも、私がつくったシフォンケーキを食べてもらう為だ。お菓子作りは趣味だけど、自分で全部食べてたら太ってしまう。家族にも振舞うけれど、恋人のバーティアにもばんばん食べてもらっている。

 まあ趣味なんて言うほどちゃんとしたものじゃなくて、割と適当だけど。軽量さえちゃんとしていればだいたい何でも美味しいし、喜んで食べてもらえるのが楽しい。


 というわけでちょっとおやつの時間には早いけど、昨日のうちにつくっておいたシフォンケーキをお出しすることにする。シフォンケーキは簡単で美味しくて、金属型が結構高かったのでその元をとるためにもよくつくっている。

 事前にカットまでしておいたシフォンケーキをお皿にのせて、クリームチーズとヨーグルトを混ぜたソースをかけて、ジャムをちょっとのせて完成。ミルクティをいれてお盆にのせて部屋に運ぶ。


「お待たせー」

「いいえ。今日も美味しそうね」

「ありがと。ささ。いっぱい食べてね」


 机に並べるのを見て、先ほどまでと打って変わって柔らかな表情になって微笑むバーティア。その顔を見ると私も嬉しくなる。いただきますと挨拶をしてから一緒にいただきつつ、バーティアのことを考える。

 バーティアはただ食べているだけなのにどこか上品な手つきで、そうして食べてもらうとまるで私のつくったお菓子が高級品みたいに見えて誇らしくなる。そして自画自賛だけど美味しいなほんとに。


 さて、今後のお付き合いについて、だ。

 バーティアと私の種族には差がある。悪魔は分類上は同じ人種とはいえ、かなり特殊な形態だ。でも長命種の中では300歳くらいでそんなに差がない方だし、恋愛関係になるのに障害があるわけではない。


 バーティアは種族特徴として見た目は、目の白目部分い赤目、頭の両サイドに渦巻き状の角があり、背中には小さな羽が生えている。この羽が面白くて、天使と悪魔だけは体に直接くっついてなくて普通に服を着た上に見えない何かでつながっているように空中に浮いている。そんな状態なのに触らせてもらうと感触があるらしい。

 そんな悪魔独特の特徴があるけど、私としてはもう見慣れているしどれも可愛い特徴だと思う。白目が黒くて黒目部分が赤いのなんて、普通の目と違いすぎて宝石みたいでじっと見ると吸い込まれそうな美しさがある。

 そんな特徴を除くと、とても美人だ。いやある意味これも種族特徴と言えるのかもだけど、天使は可愛さを、悪魔は美しさを極めたような見た目をしている。バーティアも当然その例にもれず、とても美人だ。同じ年代に見える肉体年齢のはずだけど、そう見えないくらい大人っぽい色気がある。


 そんなわけで見た目は普通に魅力的だと思う。中身も友人関係が続いているだけあって、普通に気が合うし一緒にいて楽しい。もし高校入学前に告白されたなら迷わずオーケーしていただろう。

 でも一回フラれたことで私の中に恐怖が生まれた。そんな軽い気持ちで付き合って、またフラれてしまったら、なんて弱気がでていた。ましてバーティアと別れたら一番仲のいい友達がいなくなることを思うと、恐いまである。でも今、すでに付き合ってここまでそれなりに長くやってきた。

 となると、少なくともバーティア相手にすぐフラれるかもと恐れる必要はない。この前提条件があるのだから、あのタイミングでちゃんと告白されていても受けていただろう。


 で、えーっと、つまり? 別に何の問題もないということだ。じゃあ何が問題か。もうわかっているだろうけど、私がバーティアに全然その気がないことを改めて伝えてしまった上に、好きな人ができたら別れるアピールして不機嫌にしてしまった。

 好きな人ができたらどうするのか、と聞かれているのは、私がバーティアの気持ちを知った上でどうするのか、という質問だ。


「……バーティア、どうかな? 今回はジャムを自分でつくってみたんだけど」

「あら、そうなのね。大ぶりな果実だと思ったけれど、ジャムまでつくるなんて。どんどん本格的になるわね」

「ジャムって案外簡単だよ。大量に砂糖つかうのが恐くてついつい甘さ控えめにしちゃうけど」

「ええ、上品な甘さで美味しいわ」


 そう言いながらバーティアは目を細めて本当に美味しそうに微笑んでくれた。バーティアは基本的に素直じゃないと言うか、あまりストレートに褒めてくれない。でも作ったお菓子についてはいつもまっすぐに褒めて喜んでくれる。

 その笑顔はいつもの大人っぽいバーティアと違って、可愛らしいもので胸の中があたたかくなる。嬉しくってほっこりしてしまう。恋人になってから家に招いてこうして食べてもらうことが増えた。バーティアが喜んでくれると思うと、もうひと手間かけるのが苦ではないというものだ。


 バーティアとの恋人関係は、私にとって悪いものではない。むしろ心地いいものだ。無理をしない距離感。恋人ごっこ感覚とはいえ、デートらしいデートを青春の一ページとして楽しんでいた。バーティアだからこそ、この楽しい恋人関係なんだろうとはわかっている。

 そんなバーティアを大事に思っていたし、だからこその発言でもあった。でもほかでもないバーティアが私を好きだと言うなら……応えたい。バーティアを悲しませたくない。今みたいなバーティアの笑顔をもっと見ていたい。私の手でなくても笑っているなら構わないけれど、私のせいで泣いてしまうかもしれないというなら、そんなことはしたくない。

 うん、そうだね。深く考えてこなかっただけで、私の中でもう答えはでていたんだ。


「あのさ、バーティア。さっきの話だけど、バーティアが私のこと好きなら、私はそれに応えたいと思うよ。まだ恋愛的な意味ってよく分かってないけど、バーティアのこともっと笑顔にできたら、私も嬉しいから」

「! そっ……そ、そうなの。別に、私があなたを好きなんて全然言ってないけれど」


 だから穏やかな気持ちで私はそうまっすぐに伝えたところ、バーティアは目を見開いて頬を紅潮させ、とても嬉しそうに表情をほころばせた。その花が咲いたかのような笑顔に思わずドキッとしてしまったと言うのに、バーティアはすぐに目をそらして唇を尖らせるようにしてそんな嘘を言う。

 いや、厳密には確かに直接好きとは言われていないし嘘ではないのだけど。さすがに気が付くよ? 別に私鈍感系主人公じゃないからね?


「それはそうだね。じゃあバーティアが私以外の人を好きな場合は……」


 その場合は、ちゃんと別れるし応援するよ。なんて言ってやろうかと思った。だけど私が途中まで口にした段階で、バーティアは真剣な顔で睨むように私を見てくるからやめた。

 どこか必死ささえある、拗ねたような顔。そんな顔を見せられて、違うなと思ったからだ。イラっとしたからって、わざと傷つくかもしれないことを言うのは違う。

 そもそもバーティアの気持ちを今まで無下にしてきたのは私だ。それに、笑顔がいいと思っていたばかりなのに悲しませてどうするのか。とはいえ、嘘を言っても仕方ない。ここは素直に話そう。


「バーティアがもし他の人を好きになったなら、そうだねぇ。バーティアにふさわしい人か確認して、もし私と付き合うより幸せになれそうなら別れるよ。でもそうじゃなかったら、私と付き合った方が幸せだって思えるようにして諦めさせるよ」

「……そう」


 バーティアは何故かますます顔を赤らめて顔をそらしてしまった。いい反応なのかどうかよくわからないけど、まあ流れ的に悪い意味じゃなさそうだ。

 というか、そっけない。私のこと好きなくせに。でもバーティアは前から私のこと好きだったのにそれを出さなかったんだから、よっぽど恥ずかしがり屋なんだろうなぁ。


「それじゃ、質問に答えたんだし、バーティアも答えてよ。私のこと好きなの?」

「は? そ、そんな約束してないわよ」

「えー」

「……当然でしょう。そもそも美玖莉は私のことを好きでも何でもないくせに、私からだけ聞き出そうなんて図々しいわよ」


 その言い方、普通に私のこと好きだよね? 私なりに誠意をもって話したつもりなんだけどまだ足りなかったか、という気持ちと共に、何か段々そう言う態度も可愛く思えてきた。

 拗ねたようにまた唇をつきだしたバーティアの顔を見ていると、妙に胸がざわつくと言うか、唇が気になると言うか……。


「うーん、じゃあ、別の提案していい?」

「……なによ?」


 私は腕をくんでちょっと考えて、バーティアも落ち着いたのか表情を戻して残りのおやつを食べてお茶を飲んで一息ついたのを見計らって口を開く。

 バーティアはなにやらまたジト目になりながらも私を見つめ返してくる。自分で言いだそうとしてあれだけど、ちょっと気恥ずかしくなって頬をかきながら伝える。


「あのさ、キスしてみない?」

「……は? え? なに、何言ってるのよ。り、理由を説明しなさいよ」


 めちゃくちゃ動揺している。こんなバーティア初めて見たけど、目をまん丸にして年下みたいなあどけない可愛さがある。こうまで動揺されると、私の照れくささも軽減されると言うものだ。

 とはいえ、キスしたい理由って、したい以外にないでしょ。いや、後付けでいいならキスしたら私にも恋愛感情がピンと来るかも、とかひねり出せはないけど。


「いやー、キスしたい理由なんて、説明するものじゃないでしょ」

「なによ、それは……だいたい、春にはキスをしたくなくて別れたんでしょう?」

「うん。でも、バーティアとはしてみたくなったと言うか……もちろん、バーティアが嫌なら無理にとは言わないけど」

「……馬鹿、嫌とは言っていないでしょう」

「ふふ。ごめん。バーティア、可愛いなって思って」


 拗ねたようなバーティアの声音の可愛さに思わず笑ってしまい睨まれてしまったので、謝罪しながら私はお尻をあげて四つん這いでバーティアの隣に移動する。

 ぐいっと肩がぶつかりそうな距離に座りなおした私に、バーティアは真っ赤な、どこかこわばった顔で私を見ている。

 怖い顔、ってからかおうかと思ったけどやめた。だって、そんな表情なのに無性に可愛く見えて仕方ないから。


 そっと頬に触れると、バーティアは瞬きをしてから、ぎゅっと眉間にしわが寄るくらい強く目を閉じた。怒られそうな子供がするみたいな表情に私は笑ってしまいながら、そっと顔を寄せた。

 別に余裕があるわけでもない。自分から言い出してなんだけど、バーティアにこれからキスをするのだと思うと心臓がばくばくして指先が震えそうだ。だけどこんな可愛いバーティアを前にして、震えている場合じゃないから。


「ん……」


 唇をあわせる。ただそれだけのはずなのに。柔らかさ、熱と言った単純な感覚だけでは説明できない心地よさ。そして同時に心臓が痛いくらいドキドキして気持ちが高ぶってくる。

 手をつなぐよりも距離がずっと近くて、そう簡単に誰にでもできる行為ではない。だけど実際にしてみて余計にそう感じる。これは、本当に特別な相手としかできない。

 というか、特別な相手だからこんなにも気持ちいいんだと思う。なんだろうこれは。何と表現すればいいんだろう。


「……バーティア」

「ん……」


 そっと唇を離して、殆ど無意識に閉じていた目を開ける。バーティアはまだ真っ赤なまま身を固くして小さく震えていたけど、ゆっくりと目をあけた。

 その目はうるんでいて、黒い宝石が浮かび上がるような美しさで、だけど目じりにたまった涙は透明なのが不思議なくらい綺麗だ。

 普段は少しだけど私より背が高くて大人っぽいバーティアが、小さな子供みたいに黙って私を見ている。


 さっきまでだって、バーティアは美人だったし可愛いと思っていた。だけど今、キスをしただけで何もかも変わってしまったように感じる。

 今まで以上に、バーティアがきらきらして見える。こんなにも可愛くて、愛おしさがあふれてくるような人だったなんて、気づかなかった。私の目は節穴だったのかもしれない。


 恋愛感情がわからない、なんてとぼけたことを言っていた私だけど、こんな風に胸が熱くなってまでまだそんなことを言うつもりはない。きっと、これが恋なんだろう。気づいてなかっただけで、前からそうだったに違いない。


「バーティア、私、バーティアのこと好き。好きだったみたい」

「……そう」


 私の告白に、バーティアははっとしたように目をぱちくりさせてから、少しだけ口をひらいてそんな簡素な相槌をうった。びっくりしすぎて言葉が出ないのかな? そもそもキスの提案も突然だったし、まだついてこれてないのかも。

 私はそっとバーティアの頬を撫でて手をさげて、膝の上においているバーティアの両手を持ち上げて軽く握る。


「ごめんね、気づくのが遅れて。待たせたよね。今日からは今までよりもっとちゃんとした恋人になろうね」

「……別に、謝ることはないわ。そう言うのは、個人差もあることだし」

「そう? よかった。というのも本当なんだけど……あの、そろそろバーティアの口からも好きってちゃんと聞きたいんだけど」



 もとはと言えば私が悪いんだってことはわかってるし、多少バーティアに怒られたり責められるのも仕方ないかなって思う。だからジト目で睨まれて冷たい態度をとられてもスルーしたけど、さすがにね? さすがに告白したんだからちゃんと返事をくれてもよくない?

 私だって結構どぎまぎしてるし、バーティアの気持ちわかっているとはいえ、言葉でほしいよ?


 できるだけ柔らかく伝わるように小首をかしげてそうお願いすると、バーティアはまだ赤い頬のまま視線を泳がせた。


「……か、勝手に私が美玖莉を好きな前提で話を進めないでほしいのだけど」

「えー、ここまできて? バーティアは好きでもない相手にキスさせるわけ?」

「そんなわけないでしょう」


 あまりの往生際の悪さに呆れてしまう私に、バーティアはきまり悪そうにしながらも拗ねたような顔になった。とはいえ、文句を言いたいのは私の方だ。

 手を握って逃げられないようにしたまま、顔を寄せる。バーティアはそれに背中をそらすようにして距離をとろうとしながら、逃げられずに私と目を合わせたことでポッと愛らしく照れた顔になった。


「だったら私のこと好きでしょ? なんで言ってくれないの? 悪魔は嘘つきなの?」

「し、失礼ね。悪魔は嘘をつかないわ。ただ神につくられた私たちは嘘をつけないの」

「そうなんだ。初耳」


 私の問いかけにバーティアはすごいことを言い出した。悪魔と天使が特殊なのは知っていたけど、人数も多くないし詳細なことは知らなかった。物理的に嘘をつけないのって、現代では不便そう。

 思わず驚きで追及を緩めてしまう私に、バーティアはどこか気まずそうに視線をそらした。


「まあ、あまり知られたいことではないもの。ただ……悪魔は、その、あまり素直になるのに抵抗があると言うか、嘘はつけないけれど、種族として人を騙すのを生業としていたところがあるから……」

「えー……」


 現代では悪魔も天使も種族の一つとされているけれど、大昔は天の使いであり特別な存在だった。今も特別は特別だけど、あくまで役職的な特別さを種族として有しているだけで、存在そのものを神聖視しているわけじゃない。

 特殊な力や立ち位置なだけで、心は同じようにあってこの世界に生きる人の一人でしかない。

 私の想像できないくらい大昔、おとぎ話で語られるような昔は、悪魔と天使は神様から特別な使命を与えられて今よりずっと特別なたくさんの力を持っていたらしい。その頃、悪魔は忌避される存在だったそうだ。

 でも当たり前だけどバーティアは別にそんな大昔を生きてきたわけではないけど。でも種族特性として、どうしても苦手な共通点があったりとかは珍しくもないし、本人がそう言うならそう言うものなのだろう。


「素直になれない特性があるなら多少は仕方ないけど……でも、嘘がつけないのと違って、絶対言えないわけじゃないでしょ? 好きな食べ物とか言えるじゃん」

「それはそうだけど……大事なことほど、言いにくいのよ」

「ふーん?」


 言ってほしいけど、私への感情は大事だから言いにくいと言うなら仕方ないかなとも思ってしまう。私ってちょろいな。

 もじもじとしながら私を上目遣いで見てくるバーティアの可愛さを見ているとまんざらでもなくなってしまったので、私はバーティアの手を握ったまま肩どころか側面がべっとりくっつくくらいに身を寄せる。


「わかったよ。でも、いつかは言ってね」

「……わ、悪いとは思っているのよ」


 頬をくっつけそうな距離で微笑みながらお願いすると、バーティアはちょっと頬をそめて気まずそうに視線を泳がせながらそう言った。謝るの珍しい。かわいい。


「でも……言葉以外は、バーティアからお願いしてもいい?」

「言葉以外?」

「もちろん、行動でってこと」


 小首をかしげたバーティアに、私はその唇をつんとつついて伝える。その意味がわかったのか、きょとんとしてからまた赤くなった。


「わ、私からしろってこと?」

「しろ、なんて言ってないよ。してほしいってだけ」


 言葉に出せないなら、行動で示してほしい。今までだって恋人らしい行為は私からしてばかりだった。

 今日の言動やここまでの態度、表情。バーティアの好意は感じているし、キスまでしたのだから確信を持っている。でもさすがにじゃあこれで十分とは言えない。

 焦ることはないのだし、今日の今日じゃあバーティアも心の準備ができてないかなとも思うけど……でも、なかなかキスする雰囲気ってなくない?

 今日まで結構長く恋人だったのにまったくなかったし、こんなに恥ずかしがり屋なバーティアが通常状態で自分からキスをしてくれると思えないし。


「……」

「……」

「……わ、わかったわよ。わかったから、そんなに見ないでちょうだい」


 なのでじっと見つめて待ってみたところ、沈黙に耐えかねたのか、バーティアはそう言って私を睨んできた。

 睨んでくる場面ではないのだけど、段々そんな顔も可愛くなってきているので仕方ない。


「わかった、目を閉じるね」


 なので私は肩をくっつけるのをやめて、バーティアに向かって顔が正面を向くよう角度調整をしてから目を閉じた。


「……」


 閉じてから気づいたけど、これかなり恥ずかしいな。私今、キス待ちの顔してるんだ。どんな顔? 変な感じじゃないかな?

 バーティアの反応が見えないと冷静でいられなくて、心臓がばくばくして緊張してくる。なんかじわじわ変な汗がでてきてしまう。


「……」

「……」

「……、あの、バーティア?」


 肩や頬に触れられるとかのバーティアの動きがないまましばし待たされ、脇汗が一滴滑り落ちたのでさすがにまだかな? と焦れてしまってバーティアを呼びながら私は片目を開けた。

 バーティアは私に向き直る形に姿勢を変えてはいたけど、両手を中途半端にあげた状態だ。表情なんて真っ赤な顔になって困惑したように口まで半端にあけて、困ったように眉尻をさげてお目目ぐるぐる混乱状態なのが丸わかりだ。

 こんなに絵に描いたように動揺することあるんだ。可愛すぎて笑い出してしまいそうなのをこらえながら、私は両眼を開けてバーティアの肩をたたく。


「もういいよ、バーティア。ごめんね、無理させて」

「え、いや、べつに、無理なんて」

「うんうん、バーティアが恥ずかしがり屋さんなのはよくわかったし、そう言うところも可愛くて好きだからさ。私、いくらでも待つから。バーティアのペースでゆっくり行こうね」

「っ、馬鹿にしないでっ」


 私としては優しさでそう言ってなだめたのに、バーティアはきっと眉をつりあげてさまよっていた手で私の両肩を掴むとぐっと背後のベッドに押し付けた。そのまま頭突きでもされそうな勢いで顔が近づいてきて、鼻先がぶつかりそうな距離でとまった。

 バーティアの顔は相変わらず赤いままだけど、これはさすがに怒っての赤さだよね? また私、何か言っちゃいました?


「あの、ごめんね、バーティア。私また無神経なこと言っちゃったかな」

「ええ、これ以上ないほどデリカシーのない発言をしたわ。まるで私が臆病でどうしようもない意気地なしかのような、ね」

「全然そんなこと言ってないしさすがに言いがかりだよ」


 恥ずかしがり屋さんって言ったのを曲解しすぎでは? 変な副音声つけないでほしい。もはや幻聴だよそれは。


「いいえ、言ったも同然よ。なによ、余裕ぶって。私の方が、ずっとずっと前から好きだったのに。今日気づいたばかりのくせに。いっつもいい加減で、無駄に行動力だけあって、無神経なくせに優しさばかり持ち合わせて、ほんと、美玖莉といるとイライラしてばかりだわ」


 もしかして、褒めてる……? いやかなり微妙だけど。というか前からどころか、ずっとずっと前から? 全然気づかなかった。それは無神経判定も仕方ない。


「えっと、好きでいてくれてありがとう。気づかなくてごめん」

「気安くキスを強請って無防備な顔して、私が、キスでとまらなかったらどうするつもりなのよ。馬鹿」

「え、えーっと……」


 キスでとまらないって、それはつまり、舌をつかうようなディープなやつをするとか、なんならもっとえっちなことをってことだよね? あの、それはさすがに、困りますね。あと一時間もしたら親も帰ってくるし。

 いや、前の時のキスは無理って言うのと違って、そう言う目で見られてるんだって思っても、意外とまんざらでもない気持ちなので私もバーティアにガチ恋なのはもう間違いないのだけど。

 でも心の準備とか物理的な準備もできてないし。あとさすがの私も、本格的に今日からお付き合いってなってその日にそれは早すぎるかなっていうか。


「ごめん、考えなしでした。一旦、キスのお願いはなかったことにしてください」

「……わかれば、いいのよ。……くっ。今の、余計なことまで言った気がするわ。忘れてちょうだい」

「まあ……あの、それは無理かも。嬉しかったし」

「……馬鹿」


 誠心誠意謝罪すると、バーティアも頭に上った血をおちつけてくれたのか、顔を離して掴んでいた肩も離してくれた。そして恥ずかしそうに片手で顔を隠すようにしてしまった。

 勢いでめちゃくちゃ素直に告白してくれたもんね。キスなくても十分すぎる告白だった。衝撃的発言でびっくりもしたけど、落ち着いてきたら普通にめちゃくちゃ嬉しい。

 なのだけどバーティア的には失言くらいに思っているのか、悪態をついて黙ってしまった。


「あのさ、バーティア、私の部屋、鍵ないからさ。だから今度、バーティアの部屋にお泊りさせてよ。いい?」

「……それ、意味わかってて言ってるんでしょうね?」

「わかってない方がよかった? まあ、準備期間もいるし、あ、ちょっと先だけどクリスマスとかどう? ロマンチックでよくない?」

「………………うん」


 私の問いかけにバーティアはとうとう両手で顔を隠してしまいながら、小さな声で頷いてくれた。

 誰がどう見ても恥ずかしがり屋さんだし、可愛すぎるのだけど、これを言ったらまた怒られるんだろうなぁと思った私は別の言葉に置き換えることにした。


「バーティアはツンデレさんだね、可愛いよ」

「あなたはほんとにもう……少しは黙っていられないのかしら?」

「えー、これも駄目なの? じゃあ、これで」


 指の隙間からジト目を向けてきたバーティアに言葉の難しさを感じながら、私は笑顔でバーティアを抱きしめて行動で気持ちを伝えることにした。


「好きだよ、バーティア。これからもよろしくね」

「……」


 私の好意にバーティアはぎゅっと抱きしめ返してくれることで応えてくれた。



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― 新着の感想 ―
2本とも良かったです!ツンデレ可愛い ツンしちゃう理由もちゃんとあって それぞれクセのある相方に振り回されているのねw 狐ちゃんのしっぽ触ってみたいですね
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