17話:ティアルの村
「交易って……本気ですか?」
『もちろん。共存共栄、三方良し、Win-Winという言葉があってだな。侵略だとか今時古いぜ?』
「半分何言っているか分かりませんが……ガルさんは変わっていますね」
『そうかもなあ』
揺れる視界の先には、石で出来た壁が見えてきた。壁には門があり、固く閉ざされている。
「あれが……ティアルの村です」
『こうして近くで見ると結構大きい村だな』
そう。俺はアストラエに頼んで、岩窟からほど近いこのティアルとかいう名前の村に来ていた。
来ていたというのは語弊があるな。俺は、新しく作れるようになったとあるアイテムに憑依しているのだ。
守りの護石というアイテムで、設置すると周囲のモンスターの防御力を微増させるという微妙な性能なのだが……石製という判定なせいなのかどうかは分からないが、憑依可能オブジェクトであるらしく、特殊効果としてこうして意識を移せるのだ。それを山賊のドロップ品であるピアスにはめ込み、アストラエに渡したのだ。俺自体は勿論岩窟内にいるが、意識と視点だけをそのピアスに移している。ちなみになぜか喋れる。理屈は謎だ。
勿論、意識しかないので、彼女に何かがあっても守る事は出来ないのだが……それについては別の存在に任せていた。
「がるがる!」
アストラエを守るように側を歩いているのは、二体の狼――ハイランドウルフだ。
実は、あの最初のハイランド・ウルフの群れを撃退してしばらく経った後……なぜか突然岩窟内にハイランドウルフの群れが現れたのだ。しかも敵対せずこちらの指示も聞いてくれる、いわば召喚したモンスターと同じ扱いだ。
フラン曰く、極まれに、倒したモンスターがダンジョン内で自然湧きする事があるらしい。ただし、自然湧きするかどうかは運次第であり、更に一度しかその判定はないそうだ。俺はどうやら運良くハイランドウルフの群れをゲットしたらしい。そもそも、モンスターはダンジョンに自ら飛び込んで来る事は滅多にないそうで、なぜこの岩窟にそれほどの大量のモンスターが押し寄せたのか謎だそうだ。
まあ、魔力にもなるし、こうして低確率ながらも戦力が増やせる可能性があるので、ありがたい。
このハイランドウルフも、レベル1の割にそこそこ強そうな雰囲気があって、試しにこうして護衛に付けてみたのだ。なお、俺がペンダントに憑依状態でも指示を飛ばせるので、実質俺の分身みたいなもんだ。乗り移って動かせたら一番楽なんだが、そうはいかないらしい。
最初はアンデッドインプ達を護衛にしようと提案したのだが、アストラエの引き攣った笑みを見て、ハイランドウルフに変えたのだった。やっぱり聖女的にはアンデッドよりもモフモフのが良いらしい。
アンデッドインプだって良く見れば可愛いのに……。
「ガルさんの感性にはついていけません……ねえスコル」
そう言ってアストラエが、耳が垂れているハイランドウルフの頭を撫でた。どうやらもう名前まで付けたらしい。
それを見た、顔に傷のあるハイランドウルフがアストラエへとすり寄ってくる。
「はいはい、ハティも撫でてあげますね」
「がる~」
群れのボスであるはずのそのハイランドウルフ――ハティも嬉しそうにアストラエに懐いていた。流石は聖女。扱いが上手いな
そんなこんなで、ついに村の門へと辿り着いた。
門の上に立つ、ボーガンを持った青年が驚いたような表情を浮かべながら、アストラエへと声を張り上げた。
「あ、あんた! 生きていたのか!? それにそのモンスターは……」
「はい。連れの者は死んでしまいましたが……代わりにこの子達が守ってくれています」
「……嘘だろ。この荒野に追放されて生きているなんて」
「実は大事な話があって参りました。中に入れて欲しいのですが」
「それは出来ない。我らは盟約によって守られている。追放されたあんたを村に入れるのはそれを破る行為だ」
「これを――見せてもでしょうか?」
そう言ってアストラエがとあるペンダントを掲げた――それは山賊の頭領であったカイルが身に付けていたものだ。繊細な装飾と青い宝石が埋まっており、貴重な物だということが分かる。なぜかアストラエは、俺が村へ行く意図を伝えると、それとカイルの持っていた短剣を持っていった方が良いと主張したのだ。
「そ、それは……!」
「貴方達が恐れる山賊達は――私が討伐しました。ですからもう安心してください。これがその証拠となるでしょう」
そう言って、アストラエが腰に差していたカイルの短剣を抜いた。
「――ちょっと待っててくれ!!」
青年が門の上から姿を消した。
『どういうことだ、アストラエ』
「すみません。手柄を取るような真似をして。ですが、そうでもしないとおそらく話を聞いてくれなかったでしょう」
『いやそれは構わないんだが……』
「この村は、山賊達に脅されていたのです。食料や水、金品を常に要求されていたとか。そしてこの村を庇護しているはずの王国の兵士達も山賊達を見て見ぬ振りをしていました。おそらく賄賂を貰っていたのでしょう」
『なるほど……だから山賊の頭領を倒したという証拠を見せる為にペンダントと短剣を持っていったのか』
「その通りです。おそらくここの村長と会う事になるでしょう。そこから先は……任せましたよ、ガルさん」
『なるほどなるほど。大体理解したよ』
うん、話してて思ったけど、やはりアストラエちゃんは有能だ。とっさに村の悩みの種である山賊達を討伐したと伝える事で、既に有利な立場を築き上げてしまっている。交渉をするにしてもこちらに利する状況に傾きつつある。
うっし。決めた。外相はアストラエにやってもらおう。実はフランにやってもらおうという計画もあったのだが……ポンコツだし、魔王を外に出すのはちょっと不安だしね。
すると、門がゆっくりと開いていく。
「聖女アストラエ様……山賊達を討伐したというのは本当ですか?」
門から現れたのは、さっきの門の上に立っていた青年とはまた別の青年だった。短い青髪にすらりと高い背、理知的な光が見える瞳。こいつが、なんとかく村長っぽいな。
「ええ。これが証拠です」
「……申し遅れました、私はこのティアルの村の代表を務めているノクラです。先日は大変失礼いたしました。詳しい話をお聞きしたいので、私の家に来ていただきませんか? 歓迎いたします」
そう言って、その青年――ノクラがアストラエを村の中へと招き入れた。
「この子達もよろしいですか? 私に忠実なのでこの子達から皆さんを襲うことは決してありません」
そう言ってアストラエがスコルとハティを撫でた。
「構いません。あの凶暴で有名なハイランドウルフを懐かせるとは……なるほど、貴女はやはり本物の聖女のようですね」
「ありがとうございます」
こうして、無事アストラエはティアルの村に入る事が出来たのだった。
さて、交渉となると、いよいよ俺の出番だ。
この村については、フランは全てガルに任せると言ってそのあと寝ました。