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EP-02/世界、飛び越えるともだち



 ★☆★☆★☆★☆



「あのさ」

「なんだよ」


「本当に、一緒にいかなくていい?」

「だぁぁもう、何回目だよそれ聞くの!? へーきだって言ってるだろへーきへーきへーき! あのさあ、ぼくが誰だかわかってる? 魔族研究者にして悪魔崇拝者、稀有にして異端なる混沌属性魔法使い――リルミリア・メタモロンドさまだぞ! そんじょそこらの相手、野盗団だの帰化魔物だのが襲い掛かってきたところで、ちょちょいのちょいだぞちょいちょいちょいっ!」


「そうだよね。そうなんだろう。大天使とだって戦えたくらいだもんな。でもさ、やっぱり、心配で。僕にとって――リルは、何かと怖がりで、我慢しがちな妹だから」

「…………っ」


「ねえ、リル。口うるさいって思うかもだけど、最後だし、聞いておいて欲しい」

「――――なんだよ」


「ごはんはちゃんと食べること」

「……は?」


「魔力が濃いものばっかりじゃなく、バランスよく栄養を考えて。休める時はきっちり休む。知らない人にはついていかない。利用する施設はきちんとギルドの保証印があるところで。本とかネットで知っていても、実際に現地で体験したら違ったなんてことは山ほどある。そういうことをわかるために、人付き合いは愛想良く。機嫌が悪そうなしかめっ面や、相手の顔を下から覗き込むみたいに睨むクセ、ちょっとは直していかないと、痛い目見ちゃうかもだからね。ああ、そうそう。面倒だからって髪を洗うのを横着するのも、どうにかするんだよ。困った時には、一人で抱え込まないで、誰かに相談するように」


「う、うう、うるっせーよ急に! にいちゃんじゃなくてかあちゃんかっての! 第一、そんなたくさんわーわー言われても忘れるっての!」

「そっか。じゃあ、うん、一番大事なことを」


「お、わかってるじゃん、そういうのでいいんだよそういうので! さあ来い、これだけ覚えとけば安全な、一人旅のヒケツ!」

「疲れたり、休みたくなったら、いつだって帰っておいで」

「っ、」


「ゼーノ村は、僕の家は、あの部屋は――これからずっと、いつまでも君の居場所だ。だから、安心していってらっしゃい。アレン・ティカラニアは、勇者の末裔なんかの前に、リルミリア・メタモロンドの家族だよ」

「――――――――ぃ、」

「うん」

「――――いってきます、おにいちゃん。いっぱい、いっぱい……ぼくのこと、ありがとう」


 事前の決心など、儚いもので。

 遠ざかり、離れていく背中を見ていたら、次から次に涙が出た。

 心細いのとも、寂しさとも違う、なんだかわけのわからない、抱えきれない、多くのものがつまりすぎた気持ちが溢れて、溢れて、拭っても拭っても駄目だった。 


「―――――――は、ぁ」


 立ち尽くしていた街の外れ、吹き付ける風が目に染みる。

 泣くだけ泣いたら、今度はなんだか、むずがゆい。


 ひきこもり続け、画面の向こうに見るだけだった世界。

 十四歳で、はじめて、解き放たれた視界。

 深く息を吸い込むと、身震いした。


 不思議な気分だ。

 背に羽でも生えたような。

 頭に角でも生えたような。


 “誰に気兼ねなく、今から何をしてもいい”ということの、身が縮こまる不安と、浮足立つ昂揚。

 ――ああ。

 なんて素敵に、混沌な気持ち。


「…………あれ」


 そんなふうに、遠くを見ていたリルミリアは、気付く。

 荒野の道、砂塵を巻き上げて走る、魔導馬車。何かに追われている様子。


「……はは、こりゃあ、なんて」


 おあつらえ向きに、出来過ぎた道標だと苦笑する。

 あそこにおわすは間違いなく面倒事で、自分の人生と関わりの無い騒動で、首を突っ込めばどうなるかわからない問題であって、


「転がり出しに、うってつけな!」


 スーツケースを、蹴倒した。

 それは地面に倒れる前に、その側面からも車輪が出て、本来の底面の車輪と取っ手が引っ込むと同時に、新しく“上”になった面に、新しい取っ手が伸びてくる。


「よっ!」


 スーツケースに飛び乗り、現れた取っ手――操縦桿を掴んだと同時、リルミリアの髪が輝き始める。

 外出用に、旅立ちの為に――

 ――貯蔵魔力量を減らす代わりに自然回復量と燃費を引き上げ、研究用から実践用に大幅モデルチェンジした、腰ほどまでのロングヘアが。


「さぁて、そんじゃあ――精々、積極的に、何もかもを楽しもうっ!」


 接触による魔力接続。

 自作旅行用万能鞄箒【アースコメット】を駆り、輝く髪を風に棚引かせながら、リルミリア・メタモロンドは疾走していく。


 旅の始まり、最初の一歩、誰かみたいにお節介な、ピンチへの介入まであと一分強。

 操縦桿の中心にあるホルダーにスマホを収めると、一瞬ホームの画面が映った。

 だから、力が湧いてくる。


「見ててくれよな。ぼくの、はじめてのともだち」


 夕焼けのアウラルバ山頂。

 白雪の髪をした少女と、頬をくっつけて笑っている――骨の冠、闇の衣、金紗の髪、黒血の瞳の魔族。

 その、トモダチ記念自撮り写真が、あんまりに、あんまりなもので。


「――――それにしても。やっぱ魔王にゃ見えないよ、ヴィングラウド」


 心からの愛情と、親近感を篭めて、人間の少女が笑った。



 ★☆★☆★☆★☆



「ご機嫌麗しゅう、666代魔王ヴィングラウド陛下」

「汝こそ、今日は一段と仮面が怪しいではないか、四天王の長にして我が親愛なる右腕、百妖元帥ズモカッタ。ついに来たな、待ちに待ったこの時が!」


「ええ、本日こそは約束されし黙示録の日――復活・凱旋・人間界絶望計画再始動の、アカウント復活日でございます」

「で、で、どうだった?」


「先程、登録されていたアドレスに、マジッター本社、アカウント管理部、賢者ギルド第七席イータ・ディマインシー女史からのメールが届いたこと、確認してございます」

「お、おおおおおっ!」


「さっそく、思い出させていこうではないですか、人類に。侵略される恐怖を――鳥籠の中に捕らわれている屈辱を!」

「(なんかよく聞き取れないがとにかく響きだけでかっこいい言葉)!」


「ですがその前に」

「む?」


 遥かな時と空間の彼方に潜む、禍々しき悪の巣窟。

 骨の冠と闇の衣を纏った、幼さの片鱗を残す少女が、幻夢魔城ガランアギト最深部、玉座にて眉を潜める。


「どうぞ、こちらをご確認ください」


 大スクリーンに映し出されるのは、お馴染みマジッター画面。

 そこに映し出されているアカウントは、しかし、戻ってきたであろう666代魔王ヴィングラウドのアカウントではなく――



【なんかでっかいけどめっちゃ弱かったのやっつけたら、驚かれて感謝された。なにこれ。むしろこのおっちゃんとかお付きの魔法使いたちがグイグイ来過ぎてこわい。泣きそう。  旅するりるみー@元・勇者アレン】



 ――そんな呟きと、五百年前に製造されたものの起動までに途方もない時間がかかるとわかり人間界にヤケクソ投棄された、通常の魔法を一切受け付けない合成魔物決戦兵器【ギガスコーピオケンタウロくん】が、暴走への備えで弱点設定された混沌属性魔法を受け、ひっくり返って倒されている画像であった。


 未知の魔物、それも明らかにヤバさ極まる大物を撃退した、陰気さと美しさが絶妙にミックスされた少女とくれば、注目が集まらないわけがない。


 伸びる伸びる、リプラス(返信)も、ブレイブ(いいね)も、ぐんぐんばんばん伸びていく。……その向こうにいる、おそらくはここまでのことになると思っていなかったに違いない、本人の困惑が見えそうな速度で。


「……ふっ。あやつめ、さっそくやっておるではないか。さすがは余の友、混沌の使徒だ」


 優しく、喜ばしそうに、温かい眼差しでその様子を眺めるヴィングラウド。

 ――しかし、


「魔王様」


 ズモカッタは、そこにあえて水を差す。

 喜びを台無しにするのではなく、冷静になりますようにと、願いを篭めて。


 当然だ。とびきりイイ顔をしながら、しかし。ヴィングラウドは念願の凍結解除がされたアカウントから、早速ギルドに登録したリルミリア(りるみー)のアカウントの、その発言を開き直し、スムーズにタッチパネルを叩き。

 今少し、もう一秒(ワンタッチ)で、“こんなもの”を送ろうとしていたのだから。


【@braver_alen_315 これは凄いな、人気者ではないか! 驚いたぞ、人間界ではこの程度の魔物を倒すだけで大人気になれるとは! ところで知っておる? 余とかって、実は、先代魔王ヒネったことにあるのだが? ねえこのリプ欄見ておるみんな、圧倒的にこっちのほうがパなくなくなくない? 666代魔王ヴィングラウド】


クソリプ(それ)をやったら、負けです」


 愛情極まって逆に捻じれたか、ちょうど魔族研究者なリルミリアが【勇者アレン名義】でアカウントを作り、【崇拝対象を貶めるニセ魔王に噛み付きながら、徐々に気になり始め、気付けば好きな相手にちょっかいを出すようなかんじになっていた】のと同じことをやろうとしていたのか――


 ――違う。それであれば、まだ今少し、マシだった。こっちはもっと、ヤバかった。

 魔王は笑顔のまま、そっと立ち上がり、


「――――ぅ、」


 魔界の次元の狭間から遥か、人間界にまで届きそうな声で、

 心の限り、叫んでいた。


「うじゃうじゃうじゃうじゃアメーバスライムみたいに寄っていってるのではないわにわか共ッ! 勇者アレンは、りるみーは、余が一番のトモダチなんですぅ~ッ! おまえら、その子に直接煽ってもらったことあんのぉ~~~~ッ!?!?」


 がんばれ、おさえろ、666代魔王ヴィングラウド!

 推してた相手が急にメジャーになった複雑な気分を乗り越えろ、古参ファン!


 道を誤りそうになった時、新しいものと古いものが交じり合う、混沌こそが未来を作っていくことを思い出して!


「決めた! 今まさに決めました、聞いてズモカッタ!」

「聞きましょうとも、666代魔王ヴィングラウド陛下」


「余ね、急いで人間界征服して、あの子、見守るから! りるみーの冒険を全力サポート、旅のパーティとか隅々まで精査、悪い虫やら絶対くっつけんようにするから! モカPも応援して! 余とりるみーのこれからを!」


「了解、四天王的にかしこまりましてございます。では早速、我等魔族が人間界で満足に活動出来るよう、新たな作戦を練るといたしましょうか」

「サッコーーーーーーーーイ!」


 種族が別でも、立場が別でも、住む世界さえ異なっていても。

 ほんのちょっとの偶然で、たとえ勇者と魔王でも――繋がって、大切な、友達同士になったりしたりする。


 これもまた、どこにでもある奇妙と不可思議、愉快痛快合縁奇縁。

 要するに。

 人間界も魔界も、本日、混沌的に通常運転なのだった。


「待っておれよ人間界! 恐れおののけ全人類! 666代魔王ヴィングラウド、必ずやそちらの世界でも、ばっちり君臨してみせるからなーーーーッ!」


 ――光あらば影が生まれ、悪が笑わば善芽吹く。

 これは、天地創生以来果てしなく続く秩序と混沌の戦いを描いた、聖魔拮抗の物語である!



【完】


 

ここまでお読みくださり、ありがとうございました!

【魔王さまにクソリプ飛ばすのやめてください!】、これにて第一部完ッ!

必ずやパワーアップして戻ってまいりますので、ぜひ魔王様セカンドシーズンの成就に向け、ブックマーク・ポイント・評価などをお願いいたします! 作者の力と魔王様の魔力が充填されます!

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