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3-06/魔王様、好きなことで、支配する



 ――人からの好かれ方が、わからない。

 魔王からのそんな告白に、


「ははあ、成程。そういうことでしたか」


 抱えた疑問に合点がいったと頷く忠臣。


「普段の陛下、あの魔王に相応しき傍若無人・尊大至極な在り方は、征服者・侵略者としての、スタンダードに魔族らしい振舞い。皇位継承の尊き血筋に生まれ、膨大な魔の澱を秘める黒血眼(こっけつがん)に映るのは、虐げられ、苛まれ、弄ばれる下等生物でありながら、地上から魔族を排斥した憎々しき天の寵愛者である、人類。それを急に――“今から愛されるよう振る舞え”と言われても、頭の整理がつきませんか」


「…………ポ、」

「はい?」

「ポポーラ師とかは、違うぞ…………」


 一個人、特定人物。

 自らの眼と心とで向き合い、【価値があるぞ】と感じた誰か。


 それならまだしも――何も知らないわからない、しかもそれまで蔑んでいた不特定多数に向けての“友好”を向けるというのが、“魔王”にとって、さて、どれほど困難か。


「わ、わ、わかっとるのだ、余とて、当然。方向性がちょいと変わったとて、使命も目的も何も曲がってなどおらぬ。必ずや人間界、否、現代に於いて“人間”界などという業腹な名前で呼ばれる地を、魔族の住める場所とする! それが666番目に玉座へ腰掛けた余の、偽らざる願望であると!」


「今まさに魔王様は床で寝てて(このアリサマで)絶賛玉座空いてますが」

「慣用句だから!!!! クソリプより時にマジレスみたいなののほうがヤバいから!!!!」


 こういう一言に過剰に燃えるのが魔王である。

 巻き巻きしていたカーペットから魔力を爆発させてスポンと脱出(はっしゃ)、戻るべき席に戻り、腕を組みフンスと鼻息、


「…………わかっておるん、じゃけども。い、い、いざやろうと思ったら、なんか、頭も口も動かない……」


 つまり、これが、原因だ。

 “人間に好かれる”という挑戦への不慣れさ、魔王としての責任感、緊張感、“うまくやらないと”という余計な気負いがこう、合成魔術みたいになって、彼女が本来備えている、スピード感(もちあじ)を殺しまくる。百妖元帥お墨付きの、“普段の良さ”が異次元に消える。


「ど、どう、どうしようズモカッタ……余、人間が、どうすれば“魔王を好きになる”なんていうありえないことが起こるのかまったく全然ちっともわからん……。どんなに考えても、ユーザーにコミットするソリューションがアウトプット出来ないんじゃあ……」


 見よ、このかつて魔王と勇者の最終決戦で使われた神々の封印アイテムでも掲げられたかと思わんばかりの弱体振り。


 現世を侵略するつもりだったのに気がつけば毒されていたのはすっかり逆、覚えたてのIT(イシキ・タカイ)言語を使わずには自我境界線(キャラクター)を保てないほど疲弊した666代魔王ヴィングラウドは、既に、最初の橋を越えてちょっと戦ってレベルが12くらいになった勇者パーティにも負けそうな具合にまで調子を崩していた。


「ふぐうぅ……ほむふぅうううう……っ! やはり、やはり余は、人類程度も籠絡できない、太陽の下に馴染めない、魔界(イナカ)ものなのだ……! ささっと淫魔(サキュバス)の方々とかに、この席と使命を託したほうがイイんじゃないのって気分が湧いて湧いてノンストッピングぅ……っ!」


 そんな、そんじょそこらの四天王であれば【あれ? これクーデターやっちゃわね?】と思いつく有様を見ながら、しかし、


「――遥か、遥か、昔ロング・ロング・アゴー


 やはり。

 この男は、格が違った。


「伝説の中の伝説、歴史の彼方の星、今日には殆どの情報が残っていない、“初代”魔王陛下は――このように語ったと、伝えられています」

「――――え、」


 玉座の上で俯いた顔が上がる。

 ヴィングラウドが息を呑み、その一言を待つ。


 果たして、

 忠臣の口から、紡がれし(しるべ)とは――



「≪好きなことで、支配する≫」



 ……真なる、言葉。

 本当の“格言”には、心を揺るがし、命を沸かせる、力がある。


「“やりかたは、ひとつじゃない。これだけが正解だなどと言うことはなく、魔王それぞれあってよく、自分を曲げる必要も、やりたくないことを我慢だって、しなくていい。何故ならば”」

「――――」


「“何故ならば――【魔王】とは。この世で最も身勝手で、最も自分本位で、最も欲望に忠実で――だからこそ万民が惹かれ、憧れ、生きるということの希望を示す、太陽無き魔界に於ける、人間界のそれに勝れど劣らぬ輝きたらんとする存在であるからだ”。――我が一族に伝わる古文書には、初代魔王様が残した解釈について、そのように記されておりました」

「余は」


 立ち上がった、彼女は。

 腕を高く。

 指を伸ばし。


 その先へ、

 どこまでも、

 突き抜けるように、


 示して、

 言う。


「今、ようやく、目覚めた気がするよ」

「おはようございます、我が主、666代魔王ヴィングラウド陛下。目覚めの一杯は如何なさいますか」

「そうさな」


 ――『くひゃ』。

 その笑いは、弱気でも、媚でもなく、ただ、邪悪。

 それを見た人間の、胃の腑が竦み、消滅するような――魔の凝縮。


「喉が渇いた。瑞々しく麗しき、人間共の鮮血の如き悲鳴を、この魔王は所望する。――つまりだ」


 天を射抜かんと伸ばされた指が、真っ直ぐに降りる。

 玉座の間の先、扉の向こう、あの場所(・・・・)を指している。


「魔王城第四スタジオ、ゲーム実況撮影ルームを用意せよ!」

「はっ。このズモカッタ、一命を賭しまして。仰せの通りに、魔王陛下」


 迷妄を抜け、馴れ合いへの疑問を突破し、こうして、魔王の魂に火が付いた。

 これまでで最大規模、最も多くの脅威が集った人間界絶望計画が――今、その幕を開ける!



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