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2-03/魔王様、その傍らには忠臣あり



 ★☆★☆★☆★☆



「おはようございます、魔王様」


 ――叩きつけられるその寸前、背後から、手首を掴む柔らかな指。


「本日も月のように美しく、御前に傅くことこそ至上の幸福。ただ、残念なことに――御機嫌麗しく、とはいかないようで」


 取り返しのつかない行動を制止したのは、誰あろう。勿論この人、百妖元帥ズモカッタ。

 魔王城最上階にある玉座の間から最下層の独房にまで届く叫びを聴きつけ、集合時間より早く駆け付けたのだ。


「出過ぎた行動をお許しください。ですが、よろしければ今一度お考え直しを。貴女の力で思い切りそれを――魔界中から取り寄せた最上級の材料で創り上げた至高の呪具を床にぶつけようものなら、幻夢魔城ガランアギトとはいえひとたまりもありませんからね」


 その忠告を聞きつけたのか、ゆっくりと、その腕が下がっていく。

 高まっていた膨大な魔力が、鎮静の兆しを見せる。


「しかし、まったく穏やかではない。何事ですこの惨状は。誰にも秘密にしている素振りで何事か企んでいたのは知ってはいましたが……魔王様が注文した密林(つうはん)の荷物を受け取っていたのは私なので……昨夜まではあんなにも、うきうきそわそわしていたではないですか。それがこんな突然の心変わり、一体どうして、」

「……………………もん」

「え?」

「い゛ら゛ん゛も゛ん゛ッ゛! さ゛い゛き゛ょ゛う゛し゛ゃ゛な゛い゛ウ゛ィ゛ン゛テ゛モ゛ン゛い゛ら゛ん゛も゛ん゛!!!!」


 俯いたまま、敵を射抜く槍のように指を差す。

 そして、ズモカッタは見る。


 彼女の心を砕きしモノ。

 卑劣にも、忠臣の到着を待たずして先手を討った、人類の放ちし強烈な一撃――

 ――その、クソリプを。



【@666vin かっこいっすねヴィンデモンwwwwww でもこういうことって出来ます?かねwwwwwwww  ドワーフですけど質問ある?】



 メッセージと共に添付されていたもの。

 それは――無敵の超破壊兵器(魔王設定上)たるヴィンデモンすらも、霞まざるを得ない、驚愕の光景。



 どこにでもいそうなひょろい男が、何の変哲もない剣一本で、連なる山脈を纏めて真っ二つにし、海を割り、雲の先の星すらも断っている、衝撃の画像だった。



「わけわかんない……ちょっとすぐ受け入れらんない……」


 見た目は、ありふれた【てつのつるぎ】。初級冒険者の主力から上級勇者の急場凌ぎなど、誰でも使えて長らく愛されるロングセラー商品。

 だが、性能はそれこそ光の神が鋳造した神剣、初代魔王が手を焼いた伝説の武器に迫っている。しかも、その担い手は一目でわかるそんじょそこらの馬の骨で、着ているシャツにはクソダサフォントで【レベル3 あそびにん】と書いてある。


 そのシャツこそは教会や王城の冒険者窓口でタダでもらえる、着用すると自分のレベルと職業が自動的に浮かび上がる代物だ。

 あまりにも御無体なデザインな為、大体部屋着となるか一度も袖を通さないまま売っぱらわれて一ランク防御力の高い“かわのふく”を買う金の足しにされる。


 つまり、逃げ場はない。言い訳はきかない。

【武器はアレだが本当はそれを振っている奴がドエラい大物】などということもなく、レベル3のあそびにんがヘラヘラと適当に振るうだけで、山を斬り、海を割り、雲を絶つ力を持っているのだった――あの、何の変哲も無さそうな、魔王ヴィングラウドの眼力を持ってしても本質を見破れぬ、底知れぬ聖剣は。


「ずるい……人間ずるい……こんなん持っとって隠しとるなんて、だったら神魔大戦の時にも使えばよかったのに、本当性格悪い……」


 こんなものを見せられては、もう、自身を恥じるしかなかった。

(設定を)作った本人だからこそわかってしまう――グレートスーパーヴィンデモンは、あの剣を前にすれば、屑鉄になるしかないのだと。


 ……だが。

 それが事実であるとしても。

 割り切れぬ、やり切れぬ思いが――彼女が、この一週間、考えに考え、篭めに篭めた愛情が、情熱が、どれだけ見苦しかろうとも、受け入れられない拒絶となって溢れ出す。


「ヴィンデモンは……雑魚なんかじゃない……余の……余の、ムテキの相棒なんだもん……」


 ひっく、ひっく、とすすり上げる声。

 誰もがどう慰めていいかわからず、時間が解決してくれることを待つしかないと結論すること必至の、本物の悲哀、落胆。


 ――だが。

 彼こそは、百妖元帥ズモカッタ。

 魔界一の賢智を持つ、魔王の右腕である。


「魔王様。666代魔王、ヴィングラウド陛下」

「……………………」

「その、リヴァイアサンの棲む海の底より深き悲しみ。いかに忠臣であろうとも、理解できるなどとは口が裂けても言えません」

「……………………」

「故に。このズモカッタが、今の貴女様に言えることは、ひとつしかないでしょう」


 すすり泣く声は止まない。

 かつて無敵を信じた相棒を握り締める手には、今や、晴らしても晴らしても消えてくれない、疑いが混じってしまっている。


 それでも彼は告げるのだ。

 魔王は、折れないと、信じているから。

 何度打ちのめされようと、絶望を諦めないのが、自身の信じた、主だから。


 その背を見下ろし。

 ズモカッタは、言う。


「これどう見てもCGです」


 すすり泣く声が止まり、模型を持つ手の強張りが解け、それからゆっくり振り向いて、


「余のわかる言葉で言って?」


 ずび、と魔王は鼻水を啜った。



 ★☆★☆★☆★☆



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