4日目 (1)
起きているのか気を失っているのかもわからない。そんな時間が五時間ほど続き、諦めて起きることにした。
他の三人は一応眠っているのか、動く気配はない。金子はソファーで横になり、松本とナベはテーブルに顔を伏せている。ボクも同じように寝ようと努力しても無駄だった。時折意識が飛んでいたと思うけれど、頭の中は混乱し続けていた。
セバタが殺されたとき、ボクたちは彼の部屋を見張っていた。それなのに彼は殺され、右脚を切断された。全く気付かなかったし、余裕を持ってそんなことをしてしまえるエーツーが恐ろしい。それ以上に、どうやってあの部屋へ入り、脱出したのか。それが最も不思議だった。
四人で捜索した結果、セバタの部屋には誰もいなかった。となればどこかに出入りできるルートがあるはずなのに、ボクたちはそれを見つけられなかった。まるで幽霊の仕業のように、セバタの部屋には人の入った形跡なんてなかった。金子が持ち込んだ包丁は、テーブルの上に置かれたままだった。護身用にとセバタが求めたそれも、何の役にも立たなかったようだ。また、金子が持ち込んだ夜食はなくなっていた。セバタが食べたのだと信じたい。
セバタの死因について。おそらくは、ピストルで胸を撃たれたことが原因のようだ。これまでとは異なり、刃物で胸を刺されたわけではなかった。素人が見ても、セバタの胸に残った傷跡から判断できた。
昨晩、午後八時頃、セバタが部屋へひきこもったときのこと。松本が一緒に部屋へ入り、その直後に金子が食事を運んでいった。二人は生きているセバタを目撃し、会話だってしたそうだ。また、金子が部屋へ入る際、ボクたちもセバタの姿を目撃している。少なくとも、あのときはまだ生きていた。となると、彼が殺されたのは午後八時過ぎから十時までの間。ボクと金子が部屋から出ようとするエーツーを目撃したのが十時だった。
結局、秘密のルートを発見することはできず、ボクたちは集まって休むことになった。ナベは混乱と怒りで平常心を失っていたし、金子は酷くまいっていた。松本は無気力になったのか、ほとんど口も開かなかった。全員の中に、敗北の二文字が浮かんでいた。
このままでは、ボクたちはエーツーに殺される。彼は一人ずつ殺し、残るは四人。精神的にも肉体的にも追いつめられ、そうなるのも時間の問題に思えてしまう。こうなったら、気持ちが切れる前に脱出しなくてはならない。全員の携帯電話を仕舞った箱は壊すことができず、外部への連絡手段すらない。麻郎は非常事態に備えていなかったのか、彼の部屋にも役に立ちそうなものはなかった。
それにしても、どうしてエーツーは遺体の一部を切断したのか。麻郎を除く三人は、それぞれ右腕、左腕、右脚を切断されている。この流れだと、次の被害者は左脚を切断されるのか。麻郎は元々四肢がないから除外すると、被害者は体の一部を切断されるのが共通している。
その目的はわからないけれど、エーツーが意図的に行っていることだけは確かだ。人間の四肢を切断するなんて容易じゃないし、普通はやりたくない。セバタの胸をピストルで撃つという簡単な手段をとった犯人の真理としては違和感があった。そういえば、セバタが撃たれたときの音は聞こえなかった。サイレンサーか何かで音を消していたのかもしれない。そんなものは映画やドラマでしか見たことはないから、実際にどれくらい音を消せるのかわからない。
ピストルを使ったことを考えると、エーツーはセバタの部屋に入らずに犯行に及んだのではないかと思えた。自動的に発砲する仕掛けをセットしておき、時間になるのを待つ。おそらく、技術的には可能だ。ただ、その場合は証拠をどうやって隠滅したのかが問題だ。ボクがあの部屋でセバタの遺体を発見したとき、それらしきものはなかった。あからさまに機械がセットされていれば、一目見てわかったはずだ。
壁や天井に小さな穴をあけ、そこから銃身だけを射し込む手はあると思う。例えば、セバタがベッドで横になっている瞬間を狙い、天井裏から撃てばいい。カギの掛かった部屋に入る必要はないし、証拠も残らない。ただ、それではセバタの右脚を切断することができない。それも機械仕掛けで行った、というのはさすがに無理がある。さっきの自動発砲装置と同じ思考をぐるぐるすることになるだけだ。
結局のところ、エーツーの犯行の目的も、その方法もわからないままだ。こうして一人で建物の中を歩き回るのも、本当は危ないのかもしれない。エーツーが近くにいたなら、ボクはあっという間に殺されてしまう。でも、なんだかそれはないような気がした。これだけ油断しているというのに、ボクは殺される気がしなかった。たぶん、心が麻痺して恐怖という感情を失っているんだと思う。
ヤマケン、テルテル、セバタ。三人の遺体をもう一度観察することだってできた。それぞれの切断された部位の切り口だって見られた。すでに腐り始めていても、確かに切断されていることを確認できた。
その中で、どこか腑に落ちない点がある。それが何なのか自分でもわからない。でも、違和感がある気がしている。三人は殺され、手脚を切断された。それが理解できないのは当然としても、三人の遺体を眺めていたら奇妙な感覚に包まれた。腕や脚は確かに人のものなのに、作り物のような、人工的な意志を感じたのだ。この感覚の正体を見逃さぬよう、心に留めておこうと思う。
一階の浴室、脱衣所を出ると、すぐに異変に気付いた。フロアにいる者の数が少ないように感じたのだ。ソファーで寝ているのは金子、テーブルに伏せているのは松本。頭髪で区別できる。となると、ここにいないのはナベということになる。
彼がいなくなったことを疑問に感じつつ、慌てはしなかった。それは自分の感情が麻痺しているからで、彼のことを心配してやる余裕もなかった。自室でシャワーでも浴びているのだろうか、その程度に感じていた。
それでも、二階の部屋の扉が開くのが見え、すぐに疑問が沸いてきた。中から出てきたのがナベで、開いたのはボクの部屋の扉だったからだ。ボクと目が合っても慌てることなく、むしろ手招きされたくらいだ。用があるならそっちから来いよと思いつつ、気の弱いボクは二階へと足を運んだ。
「何してたんですか?」
「KJさんに用があったんです。姿が見えないし、部屋にいるのかと」
勝手に部屋に入ったことを悪びれる様子もない。それどころか、もう一度部屋へ入っていく。お前も来いと言われている気がして、律儀についていってやった。
「何の用ですか?」
「服を脱いで欲しいんです」
―――逃げ出していいだろうか。
突然、ボクの感情が眠りから覚めた。もの凄いレベルで身の危険を感じ、今すぐこの場から走り去りたくなる。
「そういうことじゃありません。確かめたいことがあるんです」
「・・服を脱いで、何を確かめるんです?」
「言えません。あなたが犯人かもしれないので」
「―――は?」
ナベの表情を見る限り、彼がふざけていないことはわかる。それでも言っている意味はわからないし、どうして急にそんなことを言い出すのかも理解不能だ。
「急いで下さい。これを確かめないと、あなたを信用していいかすらわからない」
「信用してくれていいですよ。脱ぎたくはないですが」
「それではダメなんです。あることを確認しないと、KJさんと話すこともできなくなる。さぁ、早く」
こんなにも真剣に服を脱げと言われたことはなかった。言ったことだってないと思う。せめて、もう少しロマンチックに言うべきだ。
「いいから」
「本気で言ってます?」
「本気です。信用できないなら私が先に脱ぎますよ」
「いやいや、結構です」
なんだかもう、どうでもよくなってきた。ナベの目的が何かわからないけれど、服を脱いでやれば満足らしい。別に減るもんじゃないし、相手は男だ。・・いや、男の方がマズい気もする。
諦めてシャツを脱ぎ、腰のベルトを緩める。ナベの様子を伺っても、これだけじゃ満足しない顔をしていた。仕方がないから、そのまま綿パンを一気に下げた。
「もっと見たいですか?」
「・・いえ。大丈夫です」
ボクの股間の辺りを凝視している。それがもう恐ろしくて、さすがに後悔し始めた。こんなことなら、感情を失ったままの方がよかった。
「履いていいですか?」
「どうぞ。もうわかりました」
どこか悲しげな顔で言うナベが不気味だった。ボクを脱がせておいて不満げな顔をするなんて。
「何を確認してたんですか?」
急いでベルトを締め、ナベから一歩離れておく。
「それは言えないんですが、次に殺されるのが誰なのかわかりました」
「自分で何言っているかわかってますか?」
「易々と殺させる気はないんですけどね。少なくとも、狙われているのが誰かは確定しました」
ハッキリと言われると、自分がバカなのかと思ってしまう。ナベは何かに確信を持っている。ただ、狙われるのが誰なのかわかったと言われても、ボクにとってはヒントにすらならなかった。
「万が一私が殺されたら、KJさんが一人で解決して下さい。最後のお願いです」
「ちゃんと説明して下さい。ナベさんには何がわかっているんですか?」
「犯人です。それと、この事件の真相も」
言葉が出ないというのはこういうことか。
ナベに尋ねたいことは山ほどあるし、ふざけるなと叫びたい。怒濤の情報量に、頭の処理能力が追いつかなかった。
「これからケリをつけにいきます。うまくいけば、ここから出られるかもしれない」
「犯人は誰なんです? 何をする気ですか?」
ボクの問いに返事はなかった。ナベは穏やかに微笑んだまま、ゆっくりと首を振る。それが死を悟っているように見えてこっちが不安になった。ナベはもうすぐいなくなる。無意識にそれを理解した。
「無事に帰ってきたら説明します。これが麻郎氏の計画なら、私の願いだって叶えてもらえるかもしれないし」
ナベは勝手に話を終わらせた。ボクに背を向け、一人で部屋を出ていこうとする。
「ナベさん!」
ナベは歩みを止めようとはしない。こっちから追い掛け、扉に手をかけた彼を無理やり引き止める。
「ナベさんの願いって何なんですか?」
肩を思い切り引く。二人でよろけながら、再び向かい合った。
「それだけでも教えて下さい」
「私の願いですか」
無表情でナベが言い、天井を見上げた。
「私の願いはね、ひだ―――」
最後まで聞き取ることができなかった。突然脳が揺れ、視界がひっくり返る感覚。自分が何かで殴られたことを知り、そこで思考は中断された。




