4日目 (2)
KJ氏には申し訳ないが、これしか方法はない。彼よりも先にこの事件を解決する。それが、私に残された最後の手段なのだから。そしてこれは、彼を守ることにも繋がる。
扉を閉め、一階を見下ろす。ソファーで横になっている金子が見え、テーブルで眠っていた松本は―――こちらを見上げていた。私の考えなどお見通しだと言わんばかりの顔で。悔しさで笑ってしまいそうになりながら階段を下りる。
「どこか、別の部屋へ」
「キッチンはいかがでしょうか?」
「では」
松本を待たずに歩き出し、キッチンへと向かう。金子の持ち場であり、この数日間の私たちを支えてくれた場所だ。
「これから私が何を言うのか、松本さんはもうわかっているんですよね?」
「何のことでしょうか」
二人ともキッチンへ入り、松本は扉のすぐ側で立ち止まった。まるで通せんぼをされているような気分になった。
「あなたが全て仕組んだんですか?」
自分の考えが間違っていないという自信がある。動機も理由もわからないが、この屋敷の中で何が起きていたのか、起きている(・・・・・)のかは説明できる。
「最後にKJ氏を殺せば完成ですよね」
「ナベ様、私にはあなたが何をおっしゃっているのか理解できません」
「まぁ、立場上そう言うしかありませんよね。―――順番に説明しますよ。あなたにとっては退屈かもしれませんが」
話が長くならざるをえない。壁際の椅子に腰掛けることにした。少し間を置いてから、松本も離れた位置に腰掛けた。
「まず、この屋敷の中で四人が殺された。ヤマケン、テルテル、麻郎氏、セバタ。そのうちの三人は腕や脚を切断されている。そして建物は閉ざされ、脱出することもできない。ただし、エーツーはここからの脱出ルートを発見し、それを利用して犯行を重ねている。これが事件の全容です」
「私もそう認識しております」
「ですが、これはあくまで上辺の見解です。誰かがそう見せ掛けている、というのが私の考えです」
松本は顔色ひとつ変えなかった。彼のポーカーフェイスを知っているだけに、特に驚きはしない。
「失踪したエーツー氏が次々と殺している。でも、本当にそうなんでしょうか。彼らを殺すことができた人物は他にいないのか。それを考えると、おのずと犯人が浮かび上がる」
物語に出てくる探偵になった気分だった。彼らは、こんなにも気持ちよく話していたのか。
「まず、ヤマケン氏を殺すことは誰にでも可能だった。彼が犯人を部屋に入れたのだから、推理しても無駄。次のテルテル氏、これが最も難しい。現場の部屋はカギが掛かり、中には殺されたテルテル氏しかいなかった。誰がどうやって彼を殺したのかと考えると、秘密の抜け道を突き止めたエーツー氏が、となる」
「その通りではございませんか? 彼以外、誰にも不可能に思えます」
「本当にそうでしょうか。この建物について精通している者なら、密室であるテルテル氏の部屋に侵入し、脱出することは可能なんです」
「精通している者というのは?」
「今はまだ限定しないでおきます」
そう、次からが犯人を特定する材料となるのだから。
「三人目は麻郎氏。屋敷の主である彼が殺されるという大事件が起きます。そのせいで、私を含めKJ氏もセバタ氏も混乱してしまった。
まず、彼が亡くなった原因を考えましょう。麻郎氏は浴室で殺害され、遺体を燃やされていました。彼とあなたが浴室へ入り、あなただけが出てきた。麻郎氏が亡くなるまでの間、着替えを持ち込んだあなた以外、誰もあそこへは入っていない。少なくとも、私たちが見ていた扉からはね」
「ですからそれも、どこかに身を潜めているエーツーがやったのでは?」
松本はあくまでしらを切るつもりらしい。そんなことをしても無駄なのに。
「でも、あの場所には抜け道などなかった。確かに鏡の裏には空洞がありました。ですがそれだけ。そこからどこかに繋がるわけでもない。それに、あそこには何かが充満していた。私とKJ氏が不調になった原因ですね。それもカムフラージュにすぎません」
「―――犯人はそこを利用した。そう見せ掛けるためだと?」
「そう。いかにも隠し部屋があったと思わせる。実際には何の意味もないのに」
自ら罠に引っ掛かり、ぶっ倒れたことは忘れることにしよう。
「そう考えると、麻郎氏を殺害できたのは誰か。彼の側にいたのは一人しかいないんですよ」
「・・私だと言いたいのですね」
「えぇ。麻郎氏と共に風呂場へ入る。それは普段からなんでしょう。麻郎氏は何も疑うことなく殺されてしまったんです。そして遺体を燃やされた」
「何のために? なぜ私が麻郎様を殺さなくてはならないのでしょうか」
「そんなこと知りません。恨みでもあったのか、彼の地位を奪うためか。ご自身に訊いてみて下さいよ」
ここまできても、松本は他人事のような顔をしている。自分が彼らを殺害しておいて、さらにまだ続けるつもりだろうに。
「火元は用意しておいたんでしょうね。あの場所で急に燃やそうと思ってもできませんから。麻郎氏を燃やしたのは、彼には手足がないからだ。遺体に特徴を持たすために燃やした。そしてあの鏡の前に遺体を残すことで、秘密の抜け道がそこに隠されていると誘導することにもなる」
「勘違いだとしても、あなたの発言を許すことはできませんよ」
そんなことを言われても、負け惜しみにしか感じない。事件の全体を眺めてみれば、犯行が可能だったのは松本しかいないのだ。
「最後の四人目。セバタ氏を殺した方法もシンプルだ。彼が部屋にひきこもると言い、二階の部屋へ戻った。そのときにあなたも一緒に入っている。ですが、あのときにセバタ氏を殺害したのはあなたではない。実際、あなたが部屋から出た後にもセバタ氏は姿を見せているのだから」
「その後で金子が入っています。つまりあなたは、金子がセバタ様を殺害したと言いたいのですね?」
「そう。彼女もあなたの協力者だったわけです。そして今、その事実を隠している。あなたを恐れているのか、最初から協力するつもりだったのか」
紅一点の金子も犯人の仲間だった。麻郎、松本、金子の三人が招待する側。彼らのうちの二人が手を組んでいたとしても何ら不思議ではない。
「セバタ氏の右脚を切断したのは、金子氏が持っていった包丁です。あのとき、セバタは護身用のつもりで包丁を持ってきてもらった。だが、実際にはそれが自らの遺体を切り刻む道具となったのです」
松本は何も言い返さない。それこそが、私の意見が正解だという証でもある。
実際、こう考えれば松本たちには犯行が可能なのだ。テルテルの部屋へ侵入した方法だけはわからないが、それは麻郎がひた隠しにしてきた秘密なのだろう。推理に憶測が入り込むことは日常茶飯事ではないか。
「ここまでの推理に問題はありますか?」
「一点だけ。KJ様と金子が目撃したという、部屋の中から出ようとした人物の正体は誰ですか?」
「セバタ氏の部屋から、ですよね。私たちは直接見ていません。それに、金子氏はあなたの協力者で、セバタ氏を殺害した張本人です。彼女の証言は無視します。となるとKJ氏だけが残りますが、彼の勘違いでしょう。疲れて幻覚を見ただけです」
「そんな理屈が通用するとでも?」
松本の偉そうな態度に腹が立つ。犯罪者のくせに、こちらの弱点を突くことだけは忘れない。
「もしかすると、麻郎氏の隠している秘密に関係しているのかも。自動で扉が開くとか、風の影響かもしれない。まぁ、そんなことはたいした問題ではないでしょう」
「全く・・。その程度の根拠で犯罪者にされては困ります」
「違うと言いたいんですか」
「はい。まず、私が麻郎様に危害を加えるはずがありません」
『―――それに、私はセバタさんを殺してなんていません』
突然扉が開き、金子が姿を現した。ソファーで眠っていたと思っていたが、会話が聞こえてしまったのか。
「私が部屋を出るとき、セバタさんは確かに生きていました」
「証拠は?」
「ありません」
金子が素早く口を開く。
「でもそれは、私が犯人だという説も同じですよね。仮説としては正しそうに聞こえますが、なにひとつ証拠はありません」
「他の人には不可能だった。ならばあなたが犯人だということになる」
「エーツーさんが犯人だという可能性を捨てるのはなぜですか? こうしている間にも、彼は私たちを狙っているかもしれない。あなたは見なかったんでしょうけど、私はこの目で見たんです。セバタさんの部屋の扉が開いて、誰かが出てこようとしているのを」
金子がこれほどまでムキになる姿を初めて見た気がする。自分が疑われたことが不満なのか、松本を庇いたいのか。
「KJさんはどこに?」
突然、金子がそんなことを訊く。
「さぁ。自分の部屋にいるんじゃないですかね」
「―――何かしたんですか?」
親の仇を見るかのような金子の視線だった。KJとの間に何かあったのか、やけに親密になっている。最後のターゲットに取り入る作戦だろうか。
「ナベ様は私が犯人だと推理して、どうされたいんですか?」
「願いを叶えて下さい。この事件の真相を暴いたんですから」
まぁ、麻郎亡き今、そんなことは不可能だろうが。
「できかねます。事実とは掛け離れておりますから」
「それなら! ・・誰がどうやって四人を殺したんだ」
自分の感情を抑えることができなかった。同じ建物にいた者が次々と殺され、ここまで犯人を突き止めることができなかった。ようやく松本たちに辿り着いたというのに、証拠がないから認められないという。建物からも出られず、これでは何も打つ手がない。
「私にもわかりません。感情的にならず、ここから出る方法を探しましょう」
『もう、その必要はない』
どこかで聞いたことのある声だった。松本と金子も酷く驚いた顔をして、あたりを見渡している。キッチンの中には三人以外誰もいない。それなのに、確かに声が聞こえた。金子の背後にある扉が音を立てる。ゆっくりとスライドし始め、それは向こう側に誰かがいるということ。まだ姿は見えない。隠れている誰かが姿を現すはず。
その直後、全身で衝撃を感じた。
それが何だったのか、気付くまで時間を要した。体を支え切れなくなり、膝から崩れ落ちる。腹部に温かさが広がっていく。無意識に両手で触れると、生温い液体が手に付いた。
―――あぁ、そういうことか。
ようやく理解できた。撃たれたのだ。扉の向こう側にいる誰かに。
体が床に倒れ込み、視界に入るはキッチンの様子だけ。松本や金子がどんな表情をしているのかわからなかった。
「金子くん!」
松本の興奮した声が届く。バタバタと走り出す音が聞こえ、床から振動を感じた。
「早く!」
どうせもう助からない。松本たちがどうなろうと知ったことじゃないが、彼らが犯人でないことは残念だった。完全に推理が間違っていたことになる。呼吸するのが難しくなってきた。勝手に涙がこぼれ、全身の感覚がなくなっていく。
それでも―――。
それでも最後に、自分を殺した者の顔くらい見ておきたい。どうやって顔を上げればいいのかもわからないが、とにかく必死だった。瀕死の状態で歯を食いしばり、床に爪を立ててでも顔を動かす。
少しずつ扉の辺りが見えるようになってきた。あと少し、犯人の顔だけでも―――。
『ご苦労だったな』
頭上から降り掛かるその声が、記憶の中の人物と一致した。それがあまりに予想外で、体が敗北を悟った。顔を見なくてもわかる。自分を撃った男が誰なのか。
そして、瞬時に全てが繋がった。天才だと素直に認めてしまう。彼らを殺し、腕や脚を切断した理由も。信じられないほどの情報量に頭がパンクしかける。笑ってしまいたいのに、もう、その力もなかった。
その人物がすぐ側にいるのがわかる。とどめをさすように拳銃が金属音を立てるのも聞こえる。KJ氏は、この真実に辿り着けるだろうか。彼への謝罪として、どうか、それだけを祈る。
再び背中に衝撃を受け、死が目前に迫る。殺された彼らもこんな想いをしていたのか。
残されたKJ氏が私たちの仇をとってくれることを願っているうちに、完全に、意識が飛んだ。




