第29話「解放」
地下17階。
とてもじゃないが、まともに歩けない。
俺は四つん這いになったままダンジョンを進んでいた。
【癒しの魔石:怪我が回復する】が必要だ。
このままでは最下層に行けないだろう。
ついに警戒の魔石は手に入れることができなかった。
こうなったら運ゲーだ。怪物に会わないよう祈りながら進むしかない。
傷ついた体をひきずりながら進んでいると、だんだん意識が朦朧としてきた。
やばいかもしれない。
ずるずると進み曲がり角を曲がると、少し先に宝箱が見えた。
俺はごくりと唾を飲んだ。
あれが癒しの魔石なら、まだチャンスはある。
が、それ以外のものだったら、俺はもうダメだ。
これ以上、体を動かせる自信がない。
息も絶え絶え宝箱へ進む。
そして、祈りながら宝箱を開けたのだった。
「……まじかよ」
ガツンと後ろから殴られたような気がした。
魔石じゃない。
つまり回復はもうできないということだ。
魔石しか体を癒す方法はないんだから。
ぐらっと視界が歪んだ。
そのまま床に倒れる。
冷たい感触がする。この下のどこかに、マモンはいるのだろうか。
ああ、とうとう運に見放されたようだ。
どうしてこの重要な場面で、こんなアイテムを――。
俺はハッとして、意識を少しだけ取り戻した。
これ、ひょっとして。
使えるんじゃないか?
そうだ。俺は何のためにここにいる?
決まってる。マモンに会う為だ。
俺は自分の中に眠る気持ちを信じて、宝箱に入っていたお宝を手に取るのだった。
【解放のアレクサンドライト(No014)】
1.この宝石の所有者はあらゆる欲望が百倍になる。コントロールはできない。
2.所有者は持っている日数×1年分の寿命が縮む。
それに手を触れた瞬間、自分の中に熱いものが込み上げてきた。
――来た。
――――来た!
「ファイアァァァァァァ!」
俺は立ち上がった。
俺は今、燃えている!
「今行くぞ! マモン!」
痛みをこらえ、足を一歩踏み出すのだった。
そのまま進み、ついに地下18階に降りた。
進む。
再び魔石を手に入れる。
進む。
地下19階に降りる。
進む。
拾った魔石を使い、怪物を撃退する。
進む。
そして――俺はついに地下20階、ダンジョンの最下層に到達したのだった。
「ついにここまで来た」
白黒のチェス盤のような床。柱のある壁。白い天井。
ここはあの広間を思い出す内装だった。
マモン! どこだ?
と声を出したい気持ちをぐっと抑える。
声に反応して怪物が来てしまうからだ。
でも、どこにいるんだろうか。
ダンジョンマスターの部屋には、ここから入れないはずだ。
『ジュンイチ』
と声がした。頭の中に直接聞こえてくる。
アヴィの声だ。
『ジュンイチ、最下層についたんですね。お姉ちゃんはそこにいます。あの迷宮の奥に隠れてしまっているのです』
迷宮?
『そうです。レアお宝を取られないように設置したあの大迷宮です』
まじかよ。
なんでそんなところに。
『お姉ちゃんはあーなると、とにかく誰にも会おうとしないのです。昔からそーなのです』
俺は左右に目をやった。
右側に迷宮の入り口がある。
ご丁寧に「レアアイテムはここです」と看板が設置されていた。
『ジュンイチなら迷宮を覚えてますよね。……あ、人間が来ました。それじゃあこれで』
アヴィの声はそれきり止まってしまった。
俺は迷宮の入り口の前に立ち、そして。
――座り込んだ。
「ダメだ。アヴィ。俺はこの迷宮の中身を覚えてないんだ」
燃えるような活力も、今や残り火のように弱々しくなってしまった。
この迷宮は絶対に攻略できない。
そういう風に作ったんだから。
「もう俺はマモンに会えないのか」
そう言った瞬間に、脳裏にマモンの笑顔が浮かんだ。
それからポロっと涙がこぼれたのを感じた。
これはきっと、解放のアレクサンドライトのせいだ。
そのせいに決まってる。
「マモン」
まるで走馬燈のように、出会った日のことが頭に浮かんできた。
勝手に俺の部屋をダンジョンにして、しかもダンジョンを大きくするのを手伝えと言ってきやがった。
それからたしか――。
「あっ」
――待てよ。
その時である。
俺の脳髄に、稲妻のような衝撃があったのだった――。




