最終話「強欲」
どうして今まで忘れていたんだろう。
そういえばまともな値で売れなかったから、そのまま持っていたんだった。
「これでマモンに会えるぞ」
俺は迷宮へ進み、突き当りに立った。
左右に通路が延びている。間違えた道を選べば死ぬ。
この迷宮には、そんな分かれ道が無数にあるのだ。
――ここからは時間が勝負だ。
俺はポケットに手を突っ込み、地下1階で拾ったあのお宝を取り出した。
【運命のダイス(No002)】
1.六面のダイス。六択以内なら、一番良いものを選んでくれる。
2.ただしダイスの使用者は3分後に死ぬ。
「1から3なら左。4から6なら右だ! 行け!」
【2】が表示される。
俺はダイスを拾い上げ、左へ進んだ。
走る。地雷で傷ついた体が痛む。それがなくたって、もう10時間以上歩き続けてきているのだ。
満身創痍である。
それでも走る。マモンに会うために。
また分かれ道。今度は三叉路だ。
ダイスを振る。直進する。
白黒の迷宮を進んでゆく。
ダイスを振り、走り、またダイスを振り、走る。
頑張れ、俺。
走れ! 走れ!
走れ!
そして――。
ついに、俺は最後の部屋へ辿りついた。
六つ並んだ黒檀色の分厚い扉がある。
どれも同じで区別はつかない。
このうち四つはお宝が眠っているはずだ。そして二つは外れの扉。
一つの扉を明けたら、もう他の扉は開かない。
その部屋へ入り、そのままダンジョンをクリアするだけだ。
マモンはどこにいるのだろうか。
「左から1から6だ。教えてくれ、運命のダイス」
俺はダイスを振ろうとして、ふと不安になった。
あのお宝の存在である。
【現世への扉】
1.壁に設置して使用する。
2.その扉の先に行くと、自分の夢や目標を見つけることができる。
3.扉は地球上の陸地のどこかに繋がっている。
4.扉を使って戻ることはできない。
5.扉は一度使用すると五分後に壊れる。
ダイスはまさか、このお宝のありかを示したりしないだろうか。
「ええい! 悩んでる時間はない! とう!」
【5】が表示される。
俺はダイスを拾わず、その扉に近づき、勢いよく開いたのだった――。
「マモン!」
「…………ジュンイチ?」
あぁ、マモンがいる!
マモンは腫れぼったい目をしたまま膝を抱えて、何もない部屋のすみに座っていた。
「なんでここにジュンイチがいるの?」
不思議そうに俺を見上げている。
「時間がないから、よく聞け、マモン」
「……?」
「一回しか言わないからな」
「はぃ」
「怒ってごめん! 俺は本当は自分の部屋なんてどうでもよかったんだ。俺はこれからもお前と――」
チュンチュン。
と音がした。
「え?」
どこだ、ここ。
眩しい。
目を擦りながら立ち上がる。
「あれ、ここって」
窓から外を見下ろす。庭が見える。
「うちじゃん」
俺は自宅2階の廊下、つまり自分の部屋の正面に立っていた。
窓の外から鳥の鳴き声が聞こえる。
朝だ。
なんでこんな所に寝ていたんだろう。
頭をぼりぼりとかきながら何があったか思い出す。
するとダンジョンのことを思い出した。
「あれ」
まさか夢だったのか?
いや、そんなわけがない。俺は戻ってきたんだ、ここに。
だって家の中なのに、靴を履いているし。
悪魔のダンジョンのルールを思い出す。
5.死ぬとその直前の記憶が消去され、入口に戻っている。肉体は突入時にリセットされる。
そうか。
俺は死んで、ダンジョン入り口、つまり最初にダンジョンに入ったこの扉の前に戻ってきたんだ。
マモンに会えたことまでは覚えてる。
でもそのあとのことが思い出せない。
記憶が消えてしまったらしい。
「せっかく会えたのに」
俺はマモンに気持ちを伝えることができたのだろうか。
どちらにしても、俺はもう八カ月間ダンジョンに入ることはできない。
ため息をつきながら俺は靴を脱ぎ、それから自分の部屋の扉を開けた。
「ん?」
これは――。
「ジュンイチ、おかえり」
マモンが恥ずかしそうにして立っていた。
その隣でアヴィが顔を隠しながら指の隙間から覗くように俺を見ていた。
俺の部屋は、再びダンジョンと化していたのだった。
「ここって」
「ジュンイチ、これだよ」
マモンが胸元の谷間から何かを取り出した。
それは鍵だった。
次にメモ用紙のようなものを見せられる。
【ダンジョンマスターのマスターキー(No36)】
1.扉に差し込んで使う。(鍵穴がなくても使用可)
2.ダンジョンマスターの部屋と浅倉純一の部屋を融合することができる。
「マスターキー?」
「うん。これとセットだったんだよ。プレゼント」
「そうだったのか」
俺は早とちりして怒ってしまったらしい。
「でも、リタイアしたからダンジョンに入れなかったんじゃなかったっけ?」
「ここはジュンイチの部屋でもあるから、この部屋だけは入ってこれるみたい」
「そっか」
ほっと息を吐いた。
「ジュンイチ、ごめんね」
「ん?」
マモンは少し下を向いて、申し訳なさそうな顔をしていた。
「せっかく溜めたポイント、相談せずに使っちゃった」
「いいんだ。また溜めればいいんだから」
「うん」
マモンがニコっと微笑んだ。
久々に笑顔を見た気がする。
「それより、アヴィはなぜさっきから顔を隠したまま俺を見てるんだ」
「だって、恥ずかしいです。キャー」
なんか興奮している。
「ジュンイチがまさかあんな台詞を言うなんて」
「あ、あんな台詞?」
「ね、お姉ちゃん」
「う、うん」
何なんだ。
マモンもモジモジしながら顔を赤らめてるし。
一体、俺は何を?
解放のアレクサンドライトのせいで、あの時の俺はちょっと普通じゃなかった。
まさかとんでもないことを言ってしまったんじゃ……。
「ジュンイチ、また一緒にダンジョンおっきくしようね」
「お、おう」
まあいいか。
こうして元に戻れたことだし。
「ベルフェゴールは?」
「寝てますよ」
「またかい」
アヴィが指さした方を見ると、ベッドの上で丸まっているのが見えた。
「ジュンイチ、おかえり~。すうすう」
寝ながら会話をしている。器用なやつだ。
ダンジョンのポイントがなくなってしまった今、このグウダラ悪魔の力が必要と考えていた。どうやらポイントがなくなっても、連携は解除されないらしい。
とりあえず一安心だ。
「ジュンイチ、次はどうするの~?」
「ふっ。大丈夫だ。作戦は考えてある」
「おーすごいです」
マモンとアヴィがパチパチと手を叩いている。
いつもの風景だ。
「頑張ろうね、ジュンイチ!」
「うん」
マモンが笑っている。
とびきりの笑顔で。
「また溜まるかなぁ~」
「あぁ、大丈夫さ」
人の欲は果てしない。きっと、人間とはそういう生き物なのだ。
だって、こんな俺でさえ、あんなに熱くなったり、怒ったり、そして、ちょっとだけ小さな夢ができたんだから。
きっと運命のダイスはそれで、あのお宝ではなく、マモンを選んでくれたのだ。
「じゃあ1000ポイントに向けて、レッツゴー♪」
マモンの声に合わせて俺とアヴィは「おー!」と手を上げた。
そしてまた、楽しいダンジョンライフが始まるのだった。
(了)
短い物語でしたが、ここまでお読みになってくださり、誠にありがとうございました。




