13話 「×英国紳士 ○馬糞」
十億円の懸賞金の掛かった“キンジョウ”をみんなで捕まえよう大作戦から既に一週間以上が経過していた。
捕まえることが目的だったのに対して、良はその事も忘れて“キンジョウ”を殺してしまった。
しかし、人類の脅威となり得る対象を排除したと言う事実に代わりはなく、報酬は一億円も出た。
四人で分けても二千五百万円。
高校生が手にしていい額ではない。
そして、何に使えばいいのかも分からない。
とりあえずは銀行に預けておけばいいかとも思ったが、一千万円しか保証してくれないとどこかで聞いたことがあった。
なので、口座を二個作って一千万円ずつ入れて、残りの五百万は自分の引き出しの奥底に隠しておくことにした。
この一週間、何をしていたのかと聞かれると、これといって何もしていない。
何かすることはないのか、八崎に聞いてみたが、上からの指令はないとのこと。
だったら、自分から魔界に行って利益を持って帰ってくればいいと言ったが、無断で魔界には行ってはいけないのだと言う。
それは今、自分の中に元魔王がいる事と決して無関係ではないだろう。
作戦が失敗に終わり、シャーロットの元に彩音を抱きかかえながら戻ろうとした時、唐突におっさんが目の前に現れた。
そして、何も言わずにそのおっさんは「俺の娘に何しやがった!」と言いながらボコボコに良を殴り飛ばした。
そう。上下黒のジャージを着て、サンダルを履いたおっさんが彩音の実の父親であり、霊類の頂点に君臨する霊王だった。
その人によれば、自分の中には前魔王の魔力が存在しており、その力は実に強大なものらしい。
加えて、その力を使い続ければ、その魔力に押しつぶされて己を失い、前魔王が復活する。
つまりは、魔法を使用するなと忠告しに、そのおっさんはわざわざ出向いたのだ。
「もしお前が前魔王の力に飲まれたなら、俺がお前を殺すからな」
最後におっさんはそういい残して去っていった。
そんな事、あのおっさんにできるのかと思ったが、後に八崎に聞いた話によると、おっさんは人間だった頃に前魔王を倒した張本人らしい。
「うーん……実際のところ、どーなんだろ?」
自分の中にいる何かが元魔王だというのは分かった。
だが、それに飲まれるというのはよく分からない。
あの時だって、瞬時のその力を理解した以外には自分の中で変わった事と言えば、傷が元通りになったのと、瞳が青に変色したことだけだ。
それ以外は何も変わらない自分のままだったはずだ。
「使わない方がいいのかなー……?」
「使っても特に問題ないのでは? だって、あなたにはそれ以外に取り得なんてものがなさそうですし。それよりも、なんで毎日この部室に来るのですか?」
良が今いるのは書道部の部室だった。
彼は書道をしているシャーロットの目の前に椅子を置いて、背もたれの部分に両腕を乗せて、その上に頭を乗せている。
シャーロットの集中している姿をじっと見て、時間を潰していた。
字の汚い八崎とは違って、書道部の部員だけあって、綺麗な字を書くものだと感心する。
「そーいえば、使用人たちは?」
今頃になって気が付いたが、部室の隅にいつも並んで立っていた女子生徒たちがいない。
まあ、逃げ出したくなる気持ちはわからなくもない。
「変わって一人だけになっただけで、ちゃんといますから。二人きりだからと言って如何わしい事は考えないことね」
釘を刺されては何もできない。というか最初から如何わしいことをする気はない。
なのになんで、目の前の金髪美少女は人を蔑むような目で見るのか。
自分はこれでも、英国紳士なのだからやめてもらいたい。
「英国紳士だったら、女性の下着の色を口に出したりしませんわ」
彼女の言い分は正しいので、これ以上、人を蔑むような目で見ているという話題には触れないようにする。
「こんなに書いて、賞かなんかに出すの?」
「……もうすぐ文化祭ですわ」
もうそんな季節か。どおりで学ランを着ないと朝は寒いわけだ。残暑は何処へ。
夏の暑さに少々の寂しさは感じても、恋しくはない。むしろ清々するくらいだった。
「一人で準備とかすんの? 他に部員は? 先輩とか」
「部員は私だけです。私が入部したら、皆さん辞めていきました」
あんなに使用人引き連れていたら、当たり前と言えば当たり前のことなのか。
それにしても彼女に対して冷たいような気もする。
「お前もいろいろと大変なんだな」
「あなたにお嬢様の何が分かると言うのですか!?」
後ろから急に人の声が聞こえ、振り返ってみる。
そこには普通の女子高生がいたのだが、その手に握られているものは普通ではない。
良は両手を上げて降伏する意思を示した。
長い髪を首元で二つ結びをして、それを前に流している女子高生は手に銃を握って、銃口を良の頭に向けている。
「どっから……現れたの……?」
「ずっと隠れてあなたを観察していました。ずっとお嬢様をその下劣で卑猥な目で嘗め回すように見ているあなたのどこが英国紳士だと言うのですか!? あなたは馬のフン! 馬糞です! お嬢様の近くにいてはその匂いがお嬢様にうつってしまう! だから、私が排除すべき存在です!」
「エリー! 学校で銃を出すのはやめてください!」
銃を向けている女子生徒は「エリー」と呼ばれたが、良には日本人にしか見えない。ニックネームがエリーというだけなのだろう。
エリーはシャーロットの言葉には逆らえないようですぐに銃を下ろして、スカートの中に隠した。
「ですがお嬢様! こんな馬糞と一緒にいるべきではないと私は思います。お嬢様にふさわしい方は他にも――――」
「そうやって……! そうやって……あなたは中学の時に私の友人を奪ってきたの。だから、高校からは使用人を変えてってお父様に頼んだのに……なんで、また戻ってきたの? もう――――私の前から消えてくださらない?」
なんとも気まずい空気になってきた。
目の前の女子高生は目に涙を浮かばせている。
後ろを振り返ってシャーロットの表情を見ようとしたが伏せていて、分からない。
「お嬢様……すみませんでした」
頭を深々と下げて、目元を制服の袖で拭きながら部室を出て行った。
「……追わなくていいの?」
良の尋ねかけには彼女は答えず、半紙を変えてただ黙々と字を書き始める。
このまま泣きながら出て行った女子高生を放っていてはいけないような気がするので、良はそっと席を立ち上がって部室の外に出た。
どこに行ったかも分からないし、彼女とは今日あったばかりで行きそうなところも知らない。
部室の前で困り果てていると、後ろから鼻をすする声が聞こえた。
振り返ってみると、部室のドアのすぐ横に座り込んだ、通称エリーを見つけた。
彼女の方は鋭い目つきで睨みつけてくる。
「早く戻りなさいよ、馬糞」
彼女の中での呼び名は馬糞に定着してしまったらしい。
「その馬糞がお嬢様に近づいてもいいのかよ? さっきは散々言ってたのに」
「イヤだけど……お嬢様の気持ちを分かってなかった自分が一番イヤなの! そんな事思ってたなんて知らなかった……」
良は頭を掻いて困った素振りを見せる。どうしたものか、と。
「あー……お前まだシャーロットの事何も分かってねえよ」
「あなたにだけは言われたくない!」
急に立ち上がって、物凄い形相で良を見上げる。
ここまでの反応は予想外だが、そう言われて怒られることだけは予想の内だ。
「そう。俺もわかんねえ。わかんないんだったら、その気持ちを本人から聞けばいいんだ」
「え……?」
シャーロットは多分、思っている以上に優しい。
二百万円を奪った時だって、動揺させるためだけにキスしたわけではなく、魔力の回復も兼ねていたのだと思う。
彼女だって、本心であんな言葉を吐いた訳ではないはずだ。
「俺が本心聞き出してやるから、お前はここでシャーロットの言葉聞いてろ」
「な、なによ! 偉そうに……」
良から目を逸らして、また廊下に彼女は座り込む。
すると、彼女は鞄の中からタブレット端末とイヤホンを取り出して、画面に映し出された映像を見始める。
「さっさと聞き出してきてよ! それと、私はちゃんと消えたって言っといてよね!」
「……それって全ての教室に仕掛けられてるとか?」
映し出されていたのは部室で一人、書道に励むシャーロットの姿。つまり、盗撮。
「当たり前じゃない! いつどんな時でもお嬢様をお守りできるように、ちゃんとお嬢様の行動を把握してないと!」
使用人ではなく、もはやストーカーなのでは、と言う言葉は今は飲み込んでおくことにする。
部室に戻ると、彼女の見ていた映像どおり、黙々と字を書き続けている金髪少女がいた。
「使用人、見つからんかったわ」
「そう」
ぽつりと呟く彼女の前にある椅子に座って、先ほどまでと同じ体勢で彼女の字を書く姿をじっと見る。
あの使用人に本心を聞き出すと言ったはいいが、その方法は考えていなかった。
ストレートにお前の本心を聞かせてくれ、とか言っても多分彼女は答えない。
(まずは適当に話してみるか……)
「なんで書道始めたの?」
「……こんな姿で書道やってるのがおかしいのかしら?」
「いや、まあ、それもあるけど……」
彼女は小さなため息を吐いて、筆を硯に置いた。
「こんな姿だからこそ、日本人らしいことをしようと思ったの。少しは私を見る周りの目が変わると思って、始めた。けれど、変わらなかった」
彼女は自分をあざ笑うかのような笑みを浮かべた。
「私自身が問題だった。周りの人との間に壁を作っている私自身が変わる必要があった。中学でも友人ができなかったのも、本当は使用人のせいなんかじゃないことくらい私も分かってた。でも、認めたくなかった。だから、全部エリーのせいにしようとしたの」
「……このまま変わらないままでいいのかよ?」
彼女は首を横に振って、否定する。
「変わりたい……だって、一人は寂しいもの……」
彼女は涙を零した。
彼女が一人、部室で書道をしている背中が寂しそうに見えたのは錯覚などではなかった。
「シャーロット!」
その声が聞こえるのと同時に部室の扉が開き、目に涙を浮かばせながら、エリーは走ってシャーロットの元までやってくる。
そのままの勢いでこちらも涙を浮かべている金髪少女に抱きついた。
「シャーロットは一人じゃないです! 私がいます! ずっと隣にいますからぁ!」
シャーロットの頭の中で小学校と中学校の頃の記憶が思い出される。
小学校の時の昼休み。一人でいた彼女の元にいつも笑顔で現れて、隣に座ってくれた少女。
「シャーロット! お話しましょ!」
そう言って、二人は仲良く話したり、花を摘みに行ったりした。それはまさしく友人だった。
しかし、中学校の時の昼休み。一人でいた彼女の元に笑顔で現れて、隣に座ってくれていた少女。
「“お嬢様”! 何かお話しませんか?」
その呼び方だけで少女は友人ではなく、使用人になった。
たった一人の友人がいなくなって、心に大きな穴が空いたような気がした。
「エリー……もう二度と、私の事をお嬢様だなんて呼ばないで……名前で呼んで……?」
「勿論です……!」
彼女が名前に拘っていた理由が漸く分かった。
涙を流しながら抱き合う女子高生と一緒の教室にいる自分が場違いな気がしてならない。
そっと部室から出て行こうと席を立ち、動き出したその時、エリーが声を上げた。
「私、書道部に入ります! だから……あんたも入りなさいよ、馬糞!」
「馬糞じゃねえよ。瀬口良だ」
「ふーん、ツカサって言うの。私は満島恵梨。よろしく」
握手を求めて来た手を拒む理由もなく、手に取ると、視界が反転し、背中が地面に叩きつけられると同時に天井を向いていた。
「シャーロットに何かしたら、私が殺すから! 覚悟しといてよね!」
「やれやれ」としか言いようがなかった。
その日の放課後。
バスケ部に所属していた女子高生は最近転校してきて、同部活に所属している桜彩音に別れを告げ、学校を出た。
段々と日が落ちるのが早くなってきて、もう既に彼女が部活を終えて帰宅する時間には街灯も点いて、空は真っ暗になっていた。
(あーうー! この時間の電車に乗りたいけど間に合わないよぉ!)
諦めて一本後の電車にしようと彼女が走るのを止めたとき、どこからかその声は聞こえた。
『おいで』
「きゃっ!」
驚いて声を上げる彼女は足を止めて、後ろを振り返る。街灯に照らされた場所には誰もいない。
だが、照らされていない暗い場所には何かがいるかもしれない。
急に怖くなって、駅の方へと走り出そうとした。その瞬間、足が何かに掴まれた感覚を覚え、そのまま、足を引っ張られて、倒れこんだ彼女は街灯の届かない暗がりに引き摺られながら連れて行かれた。
怪物のような大きな目玉がギロリと動くのが見えた時、彼女は声を上げようと大きく口を開けた。
その口から声が発せられる前に、塞がれて、もう成す術がないと涙を浮かべる。
恐怖で気を失いかける直前に彼女は怪物とは別の人影をその目で捉えていた。




