第72話 生きている弟の仇討ち
【建安二十五年|成都】
父と関羽が再会した日。漢中王府の大広間には、誰も近づけなかった。
父は上座に立っていた。関羽は、その前へ膝をついていた。
俺。諸葛亮。龐統。法正。張飛。趙雲。主要な人物だけが、少し離れた場所から見守っている。
◆
父は関羽の顔を見たまま、しばらく何も言わなかった。
生きている。弟が生きて戻ってきた。その事実を確かめるように。
「雲長」
父が呼んだ。
「兄者」
関羽が顔を上げる。
次の瞬間。父は関羽へ駆け寄った。両腕で抱き締める。
「生きていた」
声が震えていた。
「本当に、生きて戻った」
「ご心配をおかけしました」
「馬鹿者」
父は関羽の肩を強く掴んだ。
「なぜ、あれほど奥まで進んだ!」
「申し訳ありません」
「なぜ早く退かなかった!」
「申し訳ありません」
「なぜ——」
父の声が途切れる。
怒っている。泣いている。喜んでいる。複数の感情が、同時に溢れていた。
能力画面を開く。
【劉備】
関羽生還への安堵 100
関羽への怒り 76
呉への怒り 100
自責 88
王としての屈辱 94
復讐衝動 87
心理状態 整理不能
感情が、絡まりすぎている。父自身にも、何に怒っているのか分かっていない。
十三年、この視界を見てきて、「整理不能」は初めてである。数字は、いつも整理されている。整理できないというのは、たぶん、数字が出せないという意味だ。
関羽が生きている。ならば仇討ちは必要ない。理屈では、そうなる。
しかし、父の怒りは関羽の死だけを原因としていなかった。
荊州を奪われた。弟を包囲された。呉に出し抜かれた。漢中王となった直後に、天下へ弱みを見せた。自分が漢中で勝っている間に、関羽を一人にした。
全てが、混ざっている。
十二年、俺は原因を一つずつ消してきた。そして、原因が六つある感情には、六つ消さないと届かない。
今日、消えたのは、いちばん大きい一つだけである。
◆
父は関羽から手を離した。
「雲長」
「はい」
「傷が癒えたら、軍を整えよ」
広間の空気が変わった。
「孫権へ使者を送る」
父の声から、涙が消える。王の声になった。
「荊州を返すよう求める」
「兄者」
「拒めば、討つ」
関羽は頭を下げたまま、答えなかった。
張飛が立ち上がる。
「当然だ!」
拳を握る。
「江東の鼠どもめ! 雲長を追い詰め、我らの地を奪った!」
「翼徳」
関羽が呼んだ。
「何だ」
「座れ」
張飛の目が大きくなる。
「なぜだ」
「私は、呉討伐に反対する」
広間が、静まり返った。
父が関羽を見る。
「雲長」
「荊州を失った責任は、私にあります」
「呉が卑劣な策を」
「策を見抜けず、退く時期を誤ったのは私です」
「お前は勝っていた!」
「だからこそ退けませんでした」
関羽は正面から父を見た。
「呉軍が動く兆候は、殿下から何度も伝えられていた」
「雲長」
「糜芳と士仁を恐怖で縛り、報告を隠させたのも私です」
張飛が口を開きかける。関羽は続けた。
「呉へ責任がないとは申しません」
声は強い。
「しかし、私の失敗を隠すために戦を起こしてはなりません」
父の顔が固まった。
関羽が、自分へ反対している。しかも、自らの失敗を認めた上で。以前の関羽なら、考えられない。
そして、この人がこう言えるのは、去年、報告書に全部書いたからである。
書いた人は、二度目から、口で言える。
「呉が荊州を奪ったことは事実だ」
父が言う。
「はい」
「我らの兵を殺した」
「はい」
「それを許せと?」
「許す必要はありません」
関羽は答えた。
「許さずとも、戦わぬことはできます」
魯粛から学んだ言葉かもしれない。国と国の関係は、感情だけで決めない。
三年前、この人は敵国の重臣に「あなたも同じです」と言われて、黙った。そして今日、その人の言葉で、兄を止めている。
死者は、こういう形で、まだ働く。
◆
父の視線が俺へ向いた。
「阿斗」
「はい」
「これは、お前が雲長へ言わせているのか」
胸が痛んだ。
「違います」
「お前は、以前から呉との戦を止めようとしていた」
「はい」
「雲長を救ったのも、呉と和するためか」
「叔父上を救いたかったからです」
「国のために必要だからではないのか」
「国に必要です」
俺は答えた。
「ですが、それだけでは、ありません」
「では、何だ」
「家族だからです」
父の眉が動く。
「父上が、叔父上を弟として大切にするように」
俺も関羽を叔父として大切に思っている。
「だからこそ、叔父上の命を戦争の理由に使わないでください」
「命を使う?」
「叔父上は生きています」
父の顔が赤くなる。
「生きていても、傷つけられた!」
「では、叔父上が戦わないでほしいと言っても、戦うのですか」
広間が静まる。父は関羽を見る。関羽は目を逸らさない。
「兄者」
「何だ」
「私のために戦うと申されるなら」
関羽は言った。
「私の願いを聞いてください」
父の手が震えた。
仇討ちとは、死者の願いを勝手に決める行為である。
そして、この人は生きている。だから、願いを本人が言える。
それが、十二年かけて手に入れた、いちばん実用的な成果だった。
「今、呉へ攻めれば」
関羽は続ける。
「魏が喜びます」
荊州を失った蜀。荊州を得た呉。既に互いに傷ついている。ここで全面戦争を始めれば、北の魏だけが力を蓄える。
「ならば、地を奪われたままにせよと?」
父が問う。
「交渉してください」
「孫権が返さなければ」
「今は国を整えるべきです」
「いつまで待つ」
「勝てる条件が整うまで」
関羽は、勝利を否定していない。永遠に荊州を諦めるとも言っていない。今、怒りだけで戦うことを止めようとしている。
父は上座へ戻った。
「皆、下がれ」
「父上」
「一人にしてくれ」
声は疲れていた。
俺たちは礼をして退出した。関羽だけが、その場へ残ろうとする。父が言った。
「雲長もだ」
関羽の顔が傷ついた。それでも頭を下げ、広間を出た。
「孤独な玉座」という特性は、まだ表示されていない。
そして、この日、たぶん、生えた。
◆
扉が閉まる。張飛が関羽へ詰め寄った。
「なぜ兄者へ逆らった!」
「逆らっておらぬ」
「呉を討つなと言ったではないか!」
「兄者を死なせたくない」
張飛が止まった。関羽は俺を見た。
「殿下は申された」
父が呉へ向かえば、今度は父が帰ってこない。
「私は生きて戻った」
関羽の声は低かった。
「そのために、兵が死んだ。城を失った。旗も降ろした」
張飛は何も言えない。
「その私が、兄者へ死地へ行けとは言えぬ」
関羽救出プロジェクトは。関羽一人を救っただけでは、なかった。
救援を受け。撤退し。敗北を記録した経験が。父を止める言葉へ変わっていた。
十二年前、俺はこの人を「制度の敵」だと思っていた。そして今、この人が、いちばん重い制度になっている。
生きて、失敗した人だけが持てる権威である。
だが、劉備の能力画面は変わらない。
呉討伐意思 72% 変化なし
関羽の言葉は届いた。しかし、怒りを消すには足りなかった。
◆
「父上の怒りを、分ける必要があります」
俺は言った。諸葛亮が頷く。
「何に怒っておられるかを、主公ご自身が理解しなければなりません」
龐統が言う。
「怒りの分析などしている間に、呉は荊州を固めます」
法正が咳をしながら笑った。
「士元殿は、まだ攻めるおつもりですか」
「勝てるなら」
「今は勝てません」
法正が即答する。龐統の目が細くなる。
「珍しい。孝直殿が戦を止めるとは」
「私は復讐を嫌っておりませぬ」
法正は平然と言った。
「勝てない復讐を嫌っているだけです」
相変わらずである。しかし、その顔色は悪かった。
【法正】
身体疲労 91
発熱 中等度
咳 持続
食欲 低下
休養意思 3
予測重大危機 西暦二二〇年
残り時間 短縮中
父を止められる可能性が最も高い男が。別の死へ近づいていた。
十二年前、俺はこの人の年表に丸を描いた。「病は、どうやって変える」と思ったからだ。
そして、去年、俺は龐統の四角を守った。兜である。
病に、兜はない。
◆
成都へ戻って、三日目。俺は、糜竺のところへ行った。弟の異動の件である。
糜芳は、成都の商業調達部門にいる。三か月の引き継ぎを終えて、先月、着いた。
「殿下」
糜竺は、深く頭を下げた。
「弟の件、忝のうございます」
「仕事です」
「……」
「そして、あの人は、まだ働いています」
「はい」
「それが、いちばん大事です」
糜竺は、しばらく黙っていた。そして、こう言った。
「殿下」
「はい」
「一人、お会いいただけませぬか」
部屋の奥に、女性が座っていた。四十を過ぎているだろうか。地味な衣。そして、姿勢が良い。
俺は、その顔を知っていた。十二年、毎日のように見ていた。葬儀の場にいた。評定の隅にいた。成都へ移ったときも、いた。
そして、一度も、話したことがなかった。
「……糜夫人」
「はい」
初めて、返事をされた。
俺は、その場に立ったまま、動けなかった。
十二年である。十二年、俺は簿を書いてきた。《名のない者》に、八十人以上。侍女の名。医官の名。粥を炊く老女の名。殴られた兵の名。そして、赤壁の降兵の名も。
この人の名を、俺は書いていない。一度も、書いていない。
理由は、簡単だった。この人が、何も言わなかったからだ。
そして、俺は十二年、「言ってこない人がいる」ことを制度で解こうとしてきた。
目の前にいる人には、一度も声をかけなかった。
「夫人」
「はい」
「なぜ、いままで、何も仰らなかったのですか」
糜夫人は、しばらく黙っていた。そして、初めて、口を開いた。
「……私は、徐州で、兄が差し出した者にございます」
「……」
「差し出された者は、口をききませぬ」
十二年である。十二年、この人はそう思って、この城にいた。
「夫人」
「はい」
「お名前を、教えていただけますか」
「……要りませぬ」
「いります」
「殿下」
糜夫人は、静かに言った。
「私の名を書けば、弟の名も、書かねばなりませぬ」
俺は、そこで、この人が十二年、何を恐れていたかを理解した。
この人は、弟が裏切ると思っていたのだ。そして、そのとき、自分の名が「裏切り者の姉」として残ることを、知っていた。
だから、名乗らなかった。十二年、である。
そして、この人は毎日、俺が簿を書いているのを見ていた。名前を書く子供を、である。
恐ろしかっただろう。
俺は、答えた。
「書きます」
「……」
「弟君は、裏切りませんでした」
「辞めると、書いただけです」
糜夫人の手が、震えた。そして、この人は、顔を伏せた。長いこと、伏せていた。
やがて、顔を上げた。そして、言った。
小さな声だった。俺以外には、聞こえなかったと思う。
俺は、頷いた。そして、聞いた。
「書いても、よろしいですか」
糜夫人は、少し笑った。十二年で、初めて見た顔だった。そして、こう言った。
「……お好きに」
「では、書きません」
「え」
「覚えておきます」
糜夫人は、しばらく俺を見ていた。そして、深く、頭を下げた。
八年前、孫夫人は「書いてはなりません」と言った。そして今日、この人は「お好きに」と言った。
許可を得てから、書かない。それが、俺がこの十二年で覚えた、いちばん贅沢な選択だった。
◆
その夜、俺は木簡を出した。
《名のない者》——八十三人。
そこへ書こうとして、手を止めた。
書かない。そして、忘れない。
俺は、別の木簡を出した。十二年前、母の名を書いた木簡である。そこには、諸葛亮と二人で書いた、歪んだ一文字がある。
俺は、その隣に、何も書かなかった。代わりに、指で、なぞった。
三人になった。甘夫人。孫夫人。そして、糜夫人。
三人とも、名を知っている。三人とも、どこにも書いていない。
書かないという記録の仕方を、俺は三人から教わった。そして、教えたのは、三人とも女性である。
この時代の史書に、いちばん載らない人たちだった。
〈あとがき〉
第五部開幕。「生きている弟の仇討ち」という矛盾から始まります。
「私のために戦うと申されるなら、私の願いを聞いてください」——仇討ちとは死者の願いを勝手に決める行為で、この人は生きている。十二年かけて手に入れた、いちばん実用的な成果でした。
そして糜夫人。十二年、名乗らなかった理由が「弟が裏切ったとき、裏切り者の姉として残るから」でした。名前を書く子供を、毎日、見ていた人です。
次回、法正を休ませます。処刑命令を出して。




