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転生したら劉禅だったので、諸葛亮に有給休暇を取らせます~MBA持ちの阿斗、関羽の孤立・張飛のパワハラ・孔明の過労死を組織改革で止める~  作者: 東雲 諒杏
第四部 関羽を死なせるな

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72/72

第71話 関羽、生還


関羽が俺の前へ戻ってきたのは。


麦城を出てから三日後だった。


以前より痩せていた。


鎧は傷だらけ。


髭も乱れている。


左腕には包帯。


馬から降りる動きにも、わずかな遅れがある。


それでも。


生きている。


関平も。


周倉も。


趙雲も。


糜芳も。


士仁も。


全員、立っていた。


俺は走った。


十二歳になっている。


もう赤子ではない。


それでも、関羽の衣へしがみついた。


「叔父上」


関羽の身体が固まる。


「殿下」


「帰りましたね」


「約束した」


声が震えていた。


「約束は、守った」


「はい」


関羽の手が、俺の頭へ置かれる。


大きな手だった。


長坂坡の後。


初めて会った頃と同じ。


だが、その手は今。


少し震えていた。


俺は関羽の能力画面を開いた。


【関羽 字・雲長】


生命状態

生存


身体疲労 100

精神疲労 100


統率 96

武力 100

知略 82

政務 69


報告能力 28 → 46

外交   38 → 52

組織適応 14 → 33

権限委譲 19 → 41


新規特性


【旗より人を選ぶ】

領土・名誉・勝利より、部下の生還を優先できる。


【救援を受けた軍神】

他者からの支援を弱さと見なさない。


喪失


荊州主要拠点

多数の兵

軍神としての無敗神話


獲得


生存

後継者

失敗の記録

撤退の経験


失ったものは大きい。


荊州。


兵。


名声。


それでも、得たものもある。


生きているからこそ得られるもの。


関羽は俺から離れると。


糜芳と士仁の前へ立った。


二人は緊張している。


関羽は長い間、何も言わなかった。


「子方」


「はっ」


「お前は、兵糧の不足を隠した」


「はい」


「倉庫の火災も」


「はい」


「私は、お前を斬ると申した」


糜芳の顔が強張る。


「はい」


「そのため、お前はさらに隠した」


関羽は目を閉じた。


「私にも責任がある」


周囲が静まり返った。


関羽が。


自分の責任を認めた。


「私が、報告すれば怒られると思わせた」


糜芳の目に涙が浮かぶ。


「将軍」


「全てを許すとは言わぬ」


関羽らしい。


「お前の過ちは残す」


「はい」


「私の過ちも残せ」


馬良を見る。


「週報に書け」


「承知しました」


「長くなります」


「必要なことは書け」


関羽が、自分から長い報告を求めた。


次に士仁。


「お前は公安を捨てた」


「はい」


「私の命令を待たずに」


「はい」


「だが、部下を連れて帰った」


士仁が顔を上げる。


「城は失ったが、兵は残った」


関羽は静かに言った。


「今は、それでよい」


士仁はその場へ膝をついた。


泣いていた。


恐怖だけで従っていた部下が。


初めて、認められた。


【関羽周辺組織】


糜芳離反危険度 0%

士仁離反危険度 0%


関羽への本音報告率

31% → 68%


恐怖依存

大幅低下


関羽は、そのまま俺の前へ膝をついた。


周囲がどよめく。


「叔父上」


「殿下」


「立ってください」


「立てぬ」


関羽は頭を下げた。


「荊州を失った」


「はい」


「多くの兵を死なせた」


「はい」


「兄者より預かった地を、守れなかった」


言い訳をしない。


呉が卑怯だった。


魏軍が多かった。


洪水で道が壊れた。


糜芳と士仁が弱かった。


何も言わない。


「処罰を」


関羽が言った。


「私には決められません」


「殿下が、この計画を指揮した」


「最終的には父上が決めます」


俺は関羽を見る。


「ですが、私の評価は伝えます」


関羽が顔を上げる。


「作戦目的は、途中まで達成しました」


漢中方面への魏軍増援を分散。


于禁軍を破った。


樊城を圧迫。


曹操軍へ大きな損害。


だが。


作戦を拡大しすぎた。


兵站の余裕を失った。


呉の危機感を高めた。


撤退判断も遅れた。


「失敗です」


俺は言った。


関羽の目が、わずかに揺れる。


「しかし」


俺は続ける。


「帰還命令へ従いました」


撤退条件を受け入れた。


捕虜を選別した。


軍旗を下ろした。


糜芳と士仁の判断を認めた。


「救出作戦は成功です」


「荊州を失ってもか」


「土地は、取り戻せます」


俺は答えた。


「死んだ叔父上は、取り戻せません」


関羽は何も言わなかった。


俺は、畳まれた軍旗を見た。


「旗は」


関平が差し出す。


関羽は受け取らなかった。


「殿下へ預ける」


「私に?」


「次に掲げるに値する戦を、殿下が決めよ」


重い。


物理的にも。


意味としても。


俺は旗を受け取った。


すぐには掲げない。


畳んだまま、張松の人材台帳と魯粛の国境協定の隣へ置く。


失敗を隠さない。


敗北の証拠を燃やさない。


次の人間が学べるよう、残す。


視界に大きな表示が現れた。


【関羽救出プロジェクト完了】


主要目標


関羽生存    達成

関平生存    達成

周倉生存    達成

荊州軍主力救出 部分達成

民間人避難   部分達成

糜芳離反回避  達成

士仁離反回避  達成

呉との全面戦争 現時点で回避


代償


荊州主要領土喪失

戦死者多数

呉との信頼低下

関羽の軍権停止見込み

劉備の怒り上昇


歴史変動率

11.8% → 29.4%


未来情報信頼度

88.2% → 70.6%


歴史が大きく変わった。


俺の知る未来は、三割近く崩れた。


関羽は二一九年に死ななかった。


関平も。


周倉も。


糜芳と士仁は裏切らなかった。


白衣渡江は奇襲として失敗した。


それでも荊州は失った。


完全な勝利ではない。


完全な敗北でもない。


最後に、関羽が作った報告書が人材台帳へ登録された。


【荊州最終報告】


作成者

関羽


表題


《荊州、異常あり。されど、兵はまだ立っている》


主要な教訓


・勝利後ほど撤退条件を守る

・補給責任者を恐怖で動かさない

・城より兵と民を優先する

・同盟国の利益を軽視しない

・指揮官不在時の権限を事前に分ける

・救援を受けることを恥としない


関羽自身の言葉である。


軍神が、敗北を記録した。


それは、樊城の勝利より価値のあるものになるかもしれない。


俺たちが関羽の帰還を喜んでいた頃。


漢中から、父の使者が到着した。


父は漢中王へ推戴された。


曹操に対抗し。


益州と漢中を支配する王になった。


本来なら、祝うべき知らせである。


しかし、使者の顔は硬かった。


劉備からの書状。


封を開く。


文字が乱れていた。


《阿斗へ》


《雲長が生きて帰ったこと、これ以上の喜びはない》


最初の一文で、胸が温かくなる。


続き。


《だが、孫権は我が弟の地を奪った》


《雲長を包囲し、殺そうとした》


《糜芳と士仁が城を捨てたことで、荊州は失われた》


父は、現場の全てを知らない。


書状の遅れ。


噂。


感情。


複数の情報が混ざっている。


《この屈辱を、そのままにすることはできぬ》


嫌な予感がした。


最後。


《漢中の戦を終え次第、全軍を整える》


《孫権へ、荊州を返すよう求める》


《拒めば、呉を討つ》


視界が赤く染まる。


【新規重大危機】


劉備


心理状態


関羽生還への安堵 100

荊州喪失への怒り 96

弟を傷つけられた怒り 100

王としての自尊心 94

復讐衝動 87


呉討伐意思

72%


予測される未来


夷陵の戦い

発生可能性 高


関羽は生きた。


だから、父は関羽の仇討ちをする必要がない。


そう思っていた。


甘かった。


父が怒っているのは、関羽の死だけではない。


弟を追い詰めたこと。


土地を奪ったこと。


約束を破られたと感じたこと。


漢中王となった直後に、面子を潰されたこと。


複数の感情が重なっている。


「兄者は、呉を討つと?」


関羽が書状を読む。


顔が険しくなる。


「止めなければなりません」


俺が言うと、関羽は驚いた。


「荊州を奪われたのだぞ」


「分かっています」


「兵も死んだ」


「分かっています」


「子敬との約束も、呂蒙は破った」


「奇襲を仕掛けたことは事実です」


「ならば、なぜ止める」


俺は関羽を見た。


「叔父上を救ったのは、呉と戦うためではありません」


関羽が黙る。


「父上が呉へ攻めれば」


俺は視界の奥に、まだ起きていない炎を見た。


夷陵。


連なる陣営。


森。


乾いた風。


若い陸遜。


父の大軍を焼く炎。


「今度は、父上が帰ってこなくなります」


関羽の顔から色が消えた。


次に戦う相手は、魏でも呉でもない。


怒りに動かされようとしている父だった。


関羽救出プロジェクトは終わった。


そして。


劉備を止める戦いが、始まった。



    ◆



その夜、俺は箱を開けた。


十二年分の簿である。


成都から、三十日かけて運んできた。


俺は、その底から、いちばん古い一枚を出した。


——死亡年表(しぼうねんぴょう)である。


十二年前、二歳のときに書き始めた。


字が歪んでいる。


墨が滲んでいる。


そして、丸が並んでいる。


二〇九——母。丸。


二一二——張松(ちょうしょう)。丸。


二一四——龐統(ほうとう)。四角。


二一七——魯粛(ろしゅく)。丸。


二一九——関羽(かんう)。丸。


——


俺は、その五行目を、長いこと見ていた。



    ◆



——十年前である。


建安(けんあん)十五年。


公安(こうあん)の評定で、荊州を誰が守るかが決まった日だ。


あのとき、俺は三つだった。


そして、こう言った。


「ひとりは、だめ」


「まもれる」


「まもれるから、ひとりに、なる」


——誰も、代案を出せなかった。


その夜、俺は死亡年表を出して、二一九の横に関羽(かんう)の名を書いた。


そして、記号を描こうとして——手が止まった。


龐統(ほうとう)には、四角を描けた。


危険度を下げる手が、あったからだ。


——関羽(かんう)には。


代案が、なかった。


荊州に置かないという選択肢が、なかった。


この人の性格を変える方法が、なかった。


そして——この人は、俺に助けを求めない。


……


俺は、丸を描いた。


線が、歪んだ。


そして、こう書いた。


《あと、九年ある》


《九年で、この丸を四角に変える》


——


九年が、過ぎた。


そして、去年、俺はまだ丸を描き換えられなかった。



    ◆



俺は、筆を取った。


そして、小刀(こがたな)で、丸を削った。


——竹の表面が、白く毛羽立った。


汚い削り跡になった。


十二年前の墨は、深く染みていた。


三度、削り直した。


指が、赤くなった。


そして、その上に、四角を描いた。


——


線が、震えた。


歪んだ四角になった。


丸に、見えなくもなかった。


俺は、その上から、もう一度なぞった。


——四角だ。


これは、四角である。



    ◆



俺は、しばらく、その一行を見ていた。


二一九——関羽(かんう)。四角。


……


——十年、かかった。


そして、これは俺一人でやったことではない。


糜芳(びほう)が、辞表を書いた。


士仁(しじん)が、撤退した。


潘濬(はんしゅん)が、記録を残した。


馬良(ばりょう)が、呉と話した。


趙雲(ちょううん)が、山道を探した。


呂蒙(りょもう)が、四十時間を売った。


魯粛(ろしゅく)が、二年前に竹簡を置いていった。


そして——


関羽(かんう)本人が、旗を降ろした。


……


——十一人である。


十一人でやって、四角一つ分だ。



    ◆



俺は、木簡の余白に、一行書いた。


《丸は、消せる》


——


そして、その下に。


《ただし、一人では消せない》


——


そして、最後に。


《のこりは、四つ》


……


二二〇——法正(ほうせい)。丸。


二二三——劉備(りゅうび)。丸。


そして、丸ではない二つ。


二二二——馬超(ばちょう)。四角。


二二八——孟達(もうたつ)。四角。


二三四——諸葛亮(しょかつりょう)。縦線。


——


関羽(かんう)の隣に、法正(ほうせい)がある。


来年だ。


……


——一年しか、ない。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「関羽、生還」は、この物語の大きな山場のひとつとして書きました。


阿斗はまだ幼く、できることは限られています。

それでも、蜀という組織の運命を少しずつ変えるために、見て、考えて、届く言葉を探し続けています。


関羽、張飛、劉備、諸葛亮。

それぞれが強すぎるからこそ、蜀は危うい。

そして、強い人ほど孤立し、働きすぎ、壊れてしまうことがある。


この作品では、三国志を「英雄たちの物語」としてだけでなく、

「人が壊れない組織をどう作るか」という視点でも描いていきたいと思っています。


少しでも面白いと思っていただけましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。


関羽の帰還をどう感じたか、阿斗のこれからに何を期待するか、

感想で教えていただけると嬉しいです。


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