桜の少女
桜の木の下で出会った少女との思い出。
お時間がありましたら、お読みくだされば幸いです。
ヒラヒラと舞う花びら。
風が運ぶ独特の甘い香りは、暖かな風と共に春を実感させる。
閑静な住宅街の中にある並木は、川を挟んだ対岸に数百本程の桜で造られている。
川は、ぼんやりとした水鏡。
普段は影しか映らないが、今はその陰すら花びらの舟の遊び場だ。
乗客は、誰もいない。
その並木道を、春休み中の颯希は歩いていた。
家の中で遊ぶことが多い颯希だが、家の近くにある桜並木を歩くのは好きだった。
いや、桜が好きなのだ。
「っ!?」
強い風が、並木道を駆け抜け、数え切らない花びらが空に投げ出された。
「あっ!?」
花びらの中に、八分ほど開いた一輪の桜が飛んでいくのが見えた。
手を伸ばしたが、春の風は捉えることを許してくれない。
「まっ、待ってっ!」
颯希は、飛んでいく花を追いかけた。
桜の花は、風に運ばれ、舞う花びらの間を飛んでいく。
連翹の花のように、くるくると自身を回転させるわけでも無く、タンポポの綿毛のように、風に身を任せているようだった。
しばらく追いかけていると、風が静かになった。
「はっ!?」
浮遊していられる力を失った花は、慌てて伸ばされた颯希の手の平では無く、手首に落ちた。
「ふぅ~良かった・・・。」
そう言って、手の平に花を移動させ、笑った。
「あれ・・・ここは・・・?」
辺りを見回すと、そこは先程いた並木道では無く、見知らない場所だった。
家も無く開けたその場所には、大きな桜の木が一本だけある空き地だ。
「こんな所があったんだ・・・。」
颯希は、桜の木に引き寄せられるように、近付いた。
近くにまで来ると、それは大木という言葉が似合う程大きな桜の木だった。
「綺麗・・・。」
見上げた颯希の口から零れた言葉は、瞳に映る桜に対する素直な賛美だ。
桜は、その賛美を受け取ったのか、先程よりも開きかけていた蕾を開かせたように見えた。
「ん?」
ふと、颯希の視界に、一瞬影が入り込んだ。
颯希は、音を立てないように、一歩一歩静かに歩を進めた。
すると、太い幹の色とは違う黒い見えた。
「あっ!?」
「っ!?」
そこにいたのは、黒く長い髪を白いリボンで結った、雛人形のように色の白い少女だった。
「(可愛い・・・。)こんにちは。」
「こ、こんにちは・・・。」
幹で、顔を隠しながら挨拶をする。
「私、颯希。橘川颯希って言うの。貴方は?」
「・・・明日香。小桜・・・明日香・・・。」
小声で名前を言う少女は、少しだけ顔を上げてくれた。
「明日香ちゃんって言うんだ。よろしくね。」
颯希は、明日香に向かって手を差し出した。
「う、うん・・・。」
幹から完全に顔を出した明日香は、颯希の手を取る。
そして、互いに優しく握った。
「明日香ちゃんは、何してたの?」
「花びら、集めてたの・・・。」
明日香の後ろには、花びらの小さな山が、いくつも出来ていた。
今が秋で落葉の季節なら、沢山焼き芋が焼けたことだろう。
「いっぱい、集めたね。これで、何をするの?」
「えっ、えっと・・・ただ、集めてただけ・・・。」
とくに目的は無いようだ。
颯希も、キラキラしたシールや表紙が可愛いノートを集めてしまうので、
分からなくもない。
「・・・そうだっ!」
颯希は、何か思いついたようにパーカーのポケットに手を入れ、ある物を取り出した。
「針と糸?それで、どうするの?」
颯希が取り出したのは、手帳ぐらいの大きさのソーイングセットに入った針と糸だった。
「こうするの。」
颯希は、針に糸を通すと、花びらの山から数枚を取り、花びらの真ん中に針を刺し込んだ。
貫通した花びらは、吸い込むように糸を飲み込んでいく。
その動作を拾った花弁全てに施すと、花びらが一つに繋がっていた。
「スゴイっ!颯希ちゃん、お裁縫上手なんだね。」
先程まで、ぎこちなく話していた明日香が、初めて颯希の顔をまともに見て言葉を発した。
その瞳は大きく見開かれ、水面を照らす陽の光のようにキラキラしていた。
「おばあちゃんに教えてもらったんだ。明日香ちゃんもやる?」
「うん!」
笑顔で答える明日香に、颯希は持っていた針を渡し、自分は予備の針を取り出した。
西にあった雲が風に切られながら、東に流れていく。
「できたぁ~!」
「私もっ!」
颯希と明日香の手には、花弁で出来た首飾りが出来上がっていた。
「やったね。」
「颯希ちゃんが教えてくれたおげだよ。」
「明日香ちゃんが、頑張ったからだよ。」
「ううん。颯希ちゃんのおかげ。だから・・・。」
「えっ?」
明日香は、出来たばかりの首飾りを颯希首に掛けた。
「私が作ったのは、颯希ちゃんにあげる。」
「い、いいの?」
「うんっ!颯希ちゃんに貰ってほしいの。」
「じゃぁ、私のは、明日香ちゃんにあげる。」
颯希は、明日香の首に、自分が作った首飾りを掛けた。
「ありがとう。」
「こっちこそ、ありがとう。」
「フフフ・・・。」
「アハハ・・・。」
笑う二人の首元には、お互いが作った桜の花びらの首飾りが揺れていた。
ただ、明日香がしている首飾りには、花びらだけで無く、花が一輪咲いていた。
「そういえば、ここの桜って、桃色じゃないね。」
颯希は、ふと手に取った花びらを見て言った。
「・・・?颯希ちゃん、桜の色は白だよ。」
明日香は、首を傾げて言った。
「えっ?桜は、薄いピンク色でしょ?おじいちゃんが買ってきた桜餅も
お母さんが買ってきた桜の香りの洗剤も薄いピンクの袋に入ってたよ。」
桜が明日香の言うように『白』だったら、桜餅も『白』ということだ。
はっきり言って、白い桜餅なんて、柏の葉が巻かれている柏餅、
もしくは柔らかいご飯を丸めた物体になってしまう。
「う~ん・・・それは、そうだけど・・・昔は、白だったんだよ、桜は。」
それでも、明日香はまだ桜を『白』だと言う。
「どうして?」
「桜はね、陽の光によって、見える色が変わるの。それに、大昔の人は桜を雪や雲に喩えたんだよ。」
「へぇ~何か、連想ゲームみたいだね。」
雲は分からないが、並木道を流れる川が、桜の舟遊び場になっている
こと知っている颯希は、知っているゲームに当てはめた。
「れんそう、げーむ?」
明日香は、先程よりも首を傾げた。
本当に分かっていないような顔だ。
「やったこと無い?赤だったら、ポストとか太陽、青だったら、空とか海、緑だったら、木とか草とか。その色に対して、連想出来る物を言っていく遊びだよ。」
「木が緑色?木は青色じゃないの?」
「へっ?・・・あぁ、おばあちゃんは、時々青物って言ってるけど・・・
明日香ちゃんのおばあちゃんも、そう言うの?」
一瞬、何を言われたか分からなかったが、祖母がほうれん草を切りながら
言っていることを思い出しながら聞いた。
「!?う、うん・・・おばあちゃんが言ってるから、つい・・・。」
「そっかぁ~。でも、青と緑って、全然違う色なのに、何で一緒にするんだろうね。」
「全く違うってわけじゃ無いよ。」
「えっ?」
「青には、『青々と茂る木々』って言う意味もあるの。だから、昔の人が青って言ったら、緑色の事を言うんだよ。」
「・・・明日香ちゃん、物知りだね。」
颯希の素直な感想だった。
「!?お、おばちゃんから聞いて、知ってるだけ・・・。」
「そうなんだ・・・。」
明日香はそう言うが、颯希には教えてもらったことを言っているという感じでは無く、最初から自分の言葉で言っている。そう颯希には思えた。
でも、颯希には関係なかった。
「明日香ちゃんも、連想ゲームやってみる?」
明日香が言いたくないなら、無理に聞くことは無いと思い話題を変えた。
「いいの?やりたいっ!」
「じゃぁ、まずは黄色から・・・レモンっ!」
「菜の花。」
「とうもろこしっ!」
「福寿草。」
「オムレツっ!」
「山吹。」
「バナナっ!」
「ロウバイ。」
「・・・明日香ちゃん、やるね。」
本当に初めてだろうか。そう思うほど、明日香はスラスラと単語が出てくる。
「颯希ちゃんもね。食べ物ばっかり・・・フフフ。」
「明日香ちゃんだって、お花ばっかりじゃない・・・負けないよっ!栗きんとんっ!」
「たんぽぽ。」
「銀杏っ!」
「イチョウ。」
「あっ!?塩を送ってしまった・・・。」
気付いた時には遅いとはこのことだ。
手で顔を覆い、残念そうにする颯希を明日香はニコニコしながら見ていた。
頬を掠める風が冷気を帯びる頃、辺りは夕日色に染まっていた。
「あっ・・・もう、こんな時間。そろそろ、帰らないと・・・。」
夢中になると周りが見えないというが、それだけ長い間二人は遊んでいたようだ。
「そうだね。逢魔が時になる前に・・・。」
「へっ?おおがま?カエルっ!?」
明日香の小声が聞き取れなかったのだ。
颯希は、慌てて自分の周りを見回した。何を隠そう颯希はカエルが大の苦手である。
「カエルはいないよ。もう少し経った時間を逢魔が時って言うの。
太陽が沈んで悪いものが出てくるから、早くお家に帰りなさいって。」
「あぁ、それ、おばあちゃんも言ってる・・・わぁ~!!すご~いっ!!」
颯希の賛美に明日香が振り返ると、桜の花が夕日の光を浴び金糸雀色に変わっていた。
「綺麗・・・本当に、光で色が変わるんだね。」
「うん。だから・・・決して同じ花は無いの・・・。」
「えっ?」
「桜は、年によっても、日によっても違う。同じように咲いていても、その花は昨日とは別の花なの。」
「・・・・・・。」
桜を見つめる明日香の横顔から、颯希は目が離せなかった。
二人の間を強い風が吹き抜けた。
「帰らないと遅くなっちゃうよ?」
「あぁっ、うん。明日香ちゃんは、帰らないの?」
「私此処で、お迎えを待っているの。」
「そっかぁ・・・じゃぁ、また・・・。」
「うん・・・また、ね。」
「・・・。」
明日香に背を向けて、歩き出すと、風が身体の横を通り過ぎて行った。
鼻に運んだ桜の香りは明日香と同じだった。
颯希は、風に運ばれるように帰宅した。
「また、明日も会えるかな・・・。」
部屋で、明日香から貰った首飾りを見ながら颯希は言った。
その夜から雨が降り出した。
雨は数日間続き止む気配が無い。
「あれから、三日か・・・。」
窓の外を絶え間なく流れていく水滴。
鼠色の雲から降るその涙は、止まってはくれないようだ。
「さっちゃん、そんなに見ていても止まんよ。」
「おばあちゃん・・・。」
祖母がやって来た。
「日曜日に地区のお花見会があったが、これでは、散ってしまうね・・・。」
「桜、散っちゃうの?もたない?」
「残念だがね・・・でも、さっちゃん、それも仕方ないのさ。桜はうつろうものだからね。」
「うつろう、もの?」
窓の外を遠い目で見る祖母に聞き返した。
「桜は見ごろが少ない花。だから、その数少ない日々で、私達を楽しませてくれるんだ。毎年、同じように花を咲かせて・・・。」
「・・・・・・違う。」
「さっちゃん?」
「同じなんて無い。」
颯希はそう言って、祖母に背を向けて、自分の部屋に戻った。
その夜、颯希は夢を見た。
空き地の桜の木の前で、明日香が立っていた。
笑っているが、どこか寂しそうに。
明日香が、颯希に茶色の半円を差し出した。
颯希は、何だか分からず尋ねよとすると、明日香は少しずつ離れていく。
『?!』
何かを言おうとするが声が出ない。手を伸ばしても届かない。
颯希が、追いかえれば追いかけるほど、明日香はどんどん離れていった。
『・・・、・・・っ!!』
颯希は、出ない声で明日香の名を呼ぶと、辺りは真っ暗になった。
「・・・あす、か・・・まって・・・明日香っ!?」
跳び起きると、そこは自室のベットの上だった。
「・・・ゆ、め・・・?ふぅ・・・ん?・・・!?」
布団と異なる感触を感じ手に取ると、颯希は、パジャマのまま部屋を飛び出した。
「はぁっ、はぁっ・・・。」
息をきらしながら、颯希は雨の中を傘も差さず走っていた。
道に溜まる雨で、パジャマの裾には泥が跳ね、お気に入りの薄緑色を変色させる。
「はぁはぁ・・・はぁはぁ・・・。」
颯希の足が止まる。
雨は、それを待っていたかのように、颯希に激しく降り注いだ。
今までの雨など、水道の蛇口を捻った程度。
この瞬間の雨は、滝のようだ。
颯希の髪から、吸いきれなくなった水滴が地面に落ちていく。
「また、会えるよね・・・明日香・・・。」
手の中の櫛に、小さな雫が吸い込まれたように、颯希の声は、雨音の中に溶け込んでいった。
聞いていたのは、花びらの大半を雨に攫われた桜の大木だけであった。
読んでいただきありがとうございます。




