最終話
体験授業当日の金曜日を迎えた。特別支援学校に和人たちが現れると、子どもたちは一斉に歓声を上げた。
「みなさん、こんにちは~!」
和人が笑顔で手を振りながら挨拶をすると、子どもたちがうれしそうに大きな声で応える。
「わかしおぜき~!」「わかしおぜき~!」
その呼びかけに和人は感激して頬を緩ませた。柚も会場の横で目を輝かせながら見守っている。
(すごい、みんな喜んでる!さすがだね、和人くん!)
「おっ、みんな!よく覚えてくれたね~!うれしいなあ!」
校庭に立つ和人の大きな体に、目を輝かせながら見上げる子どもたち。
「おっきぃー!」「うで、ふといなあ~!」
それを見て先生たちが微笑みながら、「若潮関、大きいですねー!」と声をかけると、和人は少し照れながら子どもたちに向き直った。
「今日は相撲についていろいろ教えるからね。僕たちがやってみせるから、みんなも見ていてね!そのあとはドッジボール!
そして最後には、喫茶店のお姉さんたちが美味しいお茶と料理を用意してくれているよ!」
「やったぁー!」
と歓声が上がり、会場が一気に盛り上がる。
「じゃあ、まずは相撲のルールを勉強してみようね。最初に相撲の反則について説明するよ!
みんな、こんなことはしてはいけませーん!」
和人がそう言うと、谷川と葉山がにっこりと微笑みながら小さな土俵に上がった。二人による初切が始まった。
「柚ちゃん、見てて。さっそく面白いところだよ」
と和人が耳打ちすると、柚も興味津々で見守る。
谷川が、わざと大げさに葉山をキック!
「おっと、これは反則だね!」
と和人が声をかけると、葉山も負けじと谷川にチョップ!
「キックもチョップもだめなんだー!」
と驚いた様子の女の子。
「そう!こういう動きはダメだよ!」
和人が笑顔で説明し、子どもたちは一斉に「はーい!」と元気な返事をした。
和人は嬉しそうに子どもたちを見渡しながら、楽しい時間に心を躍らせた。
「よーし、そのあとはみんなで四股を踏んでみよう!」
和人が掛け声をかけると、子どもたちは勢いよく足を上げ始めた。
「よいしょ!よいしょ!」
元気いっぱいの男の子が、和人の真似をして右足を高く上げて、地面に下ろす。続けて左足も。
足を上げるもののちょっとふらついてしまう子もなん人かいて、会場からは笑い声が上がった。
「ふらふらしちゃうー!」
と笑う女の子に、和人は優しく声をかける。
「無理はしちゃダメだよ~、ゆっくりやってみようね」
柚も見守りながら子どもたちの姿に微笑み、「がんばってー!」と応援を送った。
和人がていねいに説明を続け、体験授業は笑い声と温かいまなざしの中、順調に進んでいった。
やがて体験授業の終わりが近づき、子どもたちは運動を終えて少し紅潮した顔でお茶と料理の時間を楽しみにしている様子だった。
待ってましたと言わんばかりに、柚と椿は準備を整えて和人に声を上げた。
「準備オッケーだよー!」
柚がにっこり微笑むと、和人は柚に頷いて大きな声で子どもたちに呼びかけた。
「じゃあ、みんなの教室でおいしいお茶と料理をいただこうね!」
「はーい!」
子どもたちも和人たちも、支援学校の校庭から教室に移動した。
柚と椿の2人と、力士たちも子どもたちの給仕に加わって教室の中のテーブルにお茶と料理が並べられた。運ばれてきた料理を目の前に、子どもたちは瞳を輝かせて声を上げた。
お茶と料理を受け取ってさっそく食べ始める子どもたち。
「わあ~、おいしいなあ~」
と女の子が幸せそうにほおばり、柚も
「おかわりもあるからねー!」
と声をかけて回る。男の子たちも
「お茶もおいしい~」
と笑顔で飲んで、和人と一緒にお茶を味わいながらにぎやかに楽しそうに話している。
「たくさんあるからね」
と椿がそっと微笑み、さらに料理を用意してはおかわりを配っていた。
「ごちそうさまでした!」
と元気いっぱいの声で子どもたちが挨拶をすると、柚も椿も思わず顔がほころんだ。
「ふふ、かわいいね」と柚が満足げに笑い、椿も
「そうね。笑顔がたまらないわね」としみじみと頷いた。
和人も子どもたちの姿に、じつに心が温まるような表情を見せて言う。
「うん、いいことしたなあって気持ちになるね」
柚は和人の言葉に頷きながら、
「相撲にも興味を持ってもらえるといいね」
と今日の時間が子どもたちの思い出に残ることを願っていた。
外に出ると空は橙色の夕焼けに染まり、特別支援学校の近くの大きな公園に柔らかな光が差し込んでいた。和人は少し照れくさそうに視線を落としながら柚に声をかけた。
「柚ちゃん、ちょっとこっちに来てくれないかな?」
「はーい」
柚は明るく返事をして歩み寄ると、和人が手に小さな箱を持っていることに気がついた。
「柚ちゃん、今日は本当にありがとう。これ、プレゼントなんだ」
「えっ?!…ありがとう、いいの?」
驚きながらも嬉しそうに微笑む柚に、和人は少し照れながら頷いた。
「中を開けてみてくれないかな?」
和人に促され、柚が小箱をそっと開けると、そこには上品な黄色い髪留めが入っていた。彼女の名前にちなんで、柚の明るい雰囲気にぴったりなゆず色だ。
光に照らされて優しく輝く髪留めを見つめ、柚は目に涙を浮かべた。
「ありがとう…和人くん。本当に嬉しい!」
震える声でそう告げると、和人は少し恥ずかしそうに頭をかきながら笑った。
「何がいいかわからなくてさ…じつは菜月ちゃんに相談したんだよ」
「菜月ちゃんに?ふふ、そうだったんだね。菜月ちゃんぜんぜんそんな話してなかったのに」
「そうそう。内緒にしててねって頼んだんだ」
和人も笑いながら頷く。
「柚ちゃんも本当によく頑張ってるからさ。毎日こうやって人を支えて、街のために尽くしてくれてる。それに俺も励まされてるんだよ。いつも」
柚はそれを聞いて深く息を吸い込んでから、本当に誰もが惹き付けられるような笑顔を和人に見せた。
「ありがとう。私も和人くんが頑張っているから頑張ろうって思えるんだよ?」
「これからもよろしく」
「私こそ、これからもよろしくね!」
和人と柚はお互いを見つめながら、気持ちを素直に伝え合うのだった。
二人はしばらく夕焼けに染まる街並みを眺めていた。あたたかい光が広がるこの町には、和人や柚のように誰かを想いながら自分の道を歩んでいる人たちが数多く暮らしている。
両国は誰もが知っている相撲の街。さまざまな人たちが息づく、とってもすてきな町。
あなたの打ち込んできたものはなんですか?
この街でそれを思い出したなら、あなたも和人や柚に会えるかもしれませんね。
~Fin~
◯この作品はフィクションです。実在の人物や団体とはまったく関係はありません。




