エピローグ 良い旅を、旅人さん
「すまないねぇ旅人さん達。
おかげで、お庭も家の中も綺麗になったよ、
ヒーコ村は若い者が少ないから困ってたんだ。
本当にありがとぉ」
「いえいえ、たいしたことはしてませんよ」
杖を突いたおばあちゃんは笑顔で「これ、依頼料。受け取っておくれ」なんて言うが、
袋を開いてみて、その眩しい光景に、
私とノヴァちゃんとスピちゃんはお腹を鳴らして満面の笑みになり、
カイとルナさんは目を見開いて口をあんぐりと開ける。
「こっ、こんな沢山申し訳ないですよ、
涎を垂らしてる三人なんてほぼ何もしてませんし!」
「いーじゃんいーじゃん☆
ルーちゃん、マジ真面目すぎ〜!
美味しいもん食べに行こ〜♡」
スピちゃんは、金貨の袋を抱き締めて、
「ね~ノヴァちん」なんて擦り寄った。
ノヴァちゃんもラッキーと言わんばかりの満面な笑みで頷いていた。
「ふふっ、長生きできないわよ~ルーちゃん」
「うっさい!カイも反対よね」
カイは「反対に決まってる」と言いかけたが、
腕に抱き着く私の上目遣いに、その言葉を飲み込んだ。
「師匠に甘すぎ!」
結局、金貨は貰いヒ―コ村にある酒場に入った。
「やっぱり申し訳ないわね、ただの掃除にこんな貰って」
「またスピちゃんの衣類やアクセサリーで直ぐなくなるかもね」
「ふふふ、ティア師匠も良く便乗して買ってるくせに」
「そっ、そんな事ないし~」
そんな何気ない会話をしている時だった。
「アンタもっと食べなさいよ!」
何処かで聞いたことのあるようで、ない声が聞こえて来る。
私達は声の方を見ると、ゴーストイーターさんが《ミアに奢らされた頃を思い出すな》なんて笑った。
「あそこに居るの、若干違うけれど、ティアに似てるな、
それに隣に居る青年はイーサンに似てる」
「なら、一人だけ豪華な食事をしてるのは、ミアさんかな」
昔の私によく似た少女は、
財布を覗いて青ざめるイーサンらしき青年の顔を伺って野菜しか頼んでおらず、
踊り子風の服を着た少女は、肉料理の皿を少女の前へ押しやり、
「もっと食べなさいよ。道中で倒れるわよ!」と、
半ば強引に世話を焼いていた。
懐かしい光景だ。
「あの子きっとガーンバ村の子ね」
「何でわかるの?姉さん」
「服装の生地よ、ガーンバ村の衣類が安い理由は、
村周辺で大量にとれる繭の糸から造られてるからなの」
その説明を聞いて、ガーンバ村出身だった私も「そうだったんだ」なんて感心した。
「新人の旅人さんかぁ」
もしかしたら、イーサンとミアと三人で旅をする世界線も、
どこかにはあったのかもしれない。
「ティーちゃん?」
「ううん何でもない、今が一番だね」
「ふふっ、変なティア師匠ね」
三人のやり取りを眺めながら、昔の事を語り合い、
食事を済ませて店を出た。
「久しぶりのまともなごはん、神なんだけど!
スピカちゃん、感動レベルMAX〜☆」
「確かにね。
てか、大精霊と師匠がアクセサリーとか我慢すればいいのよ」
「いーじゃん☆
女の子はオシャレしてナンボなんだから〜♪
そんなんじゃ、彼氏できないぞ〜?」
スピちゃんとルナさんの言い合いを後ろで見ながら笑っている時、
後ろから私を呼ぶ声が聞こえて振り向く。
「やっぱり!」
そこに居たのは、ザハールと――お母さんだった。
周りの音が聞こえなくなり、息が止まった。
何度、結界の眼を使って探したことか。
何年何千年と求め続けた二人が、何事もないように並んでいる。
もうこの二人もお互いに会わないと思っていたから。尚の事嬉しかった。
「あの、ティアさん……ですか?」
けれど、私を呼ぶお母さんの声は、娘へ向けるそれではなかった。
再会できて嬉しいけれど、
自分を忘れているその事実に、笑顔に影を落とした。
私とお母さんを見たカイは、
空気を読んでノヴァちゃん達連れてその場から立ち去り、
遠くから見守ってくれた。
「そうですよ。ですが、何でわかったのですか?」
「変かもしれませんが、夢でよく見るんですよ。
ね、貴方」
え?貴方って今言いました?
ザハールの左手、その薬指には銀の指輪が光っていた。
この世界線で二人に娘がいるのなら、年齢は私が旅立った頃と同じ、16歳辺りだろう。
「あの、お隣に居る方は、ザハール・バローさんですか?」
「そうだよ、はっはっは、流石イケメンの僕は有名人だね!
あぁ……なんて罪な男!」
「ばーか、エスト大陸の村という村に、
私の似顔絵を貼って回ったから有名人になってるんだよ」
「昔の話だろ?」
世界線が変わっても、お母さんは強気な女性で、お父さんはナルシストで自信家。
二人のやり取りに思わず笑みがこぼれた。
「この人ってば、私に探してもらう為に、
掲示板に自作の似顔絵を張り出したんですよ」
「じゃあ、おかあ――じゃなくて、ルイさんがザハールさんを見つけたんですか?」
「そうそう、ホント呆れちゃう」
「良いじゃないか~こうして出会えたんだし」
「あの――」
その後の言葉が消えて、スカートのすそを握る手に力が入る。
怖かった。娘が居るのかどうか聞くのが。
もしいたら。二人の間にあった私の居場所は、もう別の誰かのものになっている。
そう知ってしまうのが、怖かった――
言おうか言うまいか、言葉が詰まっていると、
「どうしたの?」と、お母さんは私の頭に手を置いて微笑む。
その撫で方に、その手のぬくもりに、一緒に暮らしたあの日を思い出した。
今も昔も、この人達は変わらない、
それを知れただけでも、もう充分じゃないか。
スカートを握っていた手はほどけて、私は視線を上げる。
「何でもありません!」
「ふふふ、私の娘に似てるね、
ついついお母さん面しちゃったよ。
ねぇ、貴方もそう思うよね」
「だね。僕たちの娘も名前はティアって言うんだ。
今このあたりで旅をしていたはずだよ」
「そーだ!今度私の家に来なさい、ガーンバ村に住んでるから」
少し考えてから「それなら一年後に寄ります!」と笑顔を見せた。
二人も「それならティアも帰ってきているね」と頷いた。
「あの子、ずっと家に引きこもってるから、
一年は帰って来るなって追い出したのよ。
でも、臆病で遠慮ばかりする子だから、ちゃんと食べているか心配なのよねぇ」
「そうだったんですね、きっとお母さんに似て、
凄腕の魔法使いに成長して帰ってきます」
「私が保証します」と言うと、ルイは嬉しそうに、
「うちの娘だからね、そうなってもらわなきゃ困るわ」なんて胸を張る。
「そうだ、僕たちに花の畑の魔法を見せてくれないか?
ルイってば、それを唱えてるティアの姿を夢でよく見るみたいなんだ」
「分かりました」
旅を始めたばかりの頃は、誰かに魔法を見せるなんて、恥ずかしくてできなかった。
注目されるなんて、もってのほかだった。
私は、初めて旅をした春の事を思い出しながら、
お母さんの大杖を構える。
「眠れる大地よ、春の夢を見て
風よ、光の花を呼び覚まして――」
突然吹き始める風に、店から出てきた三人組は私の方を見た。
少女は私の方を見て、「魔法だ」と目を輝かせる。
「咲け、咲け、私の心の庭に。
ここに結ばれた家族と、旅立つ少女に祝福を――」
—— フローレ・リュミエール! ——
村を覆うように、色とりどりの花々が一斉に咲き広がった。
春の旅で見た花も、青いキリアも、そして私さえ知らない新しい花も。
過去に見た花と、まだ知らない未来の花。
そのどちらもが、同じ風に揺れている。
もう、未来を恐ろしいとは思わなかった。
「良い旅を、旅人さん」
呟く私に、少女は胸の前で手を握る。
声は周りの歓声にかき消されて聞こえなかったけれど、
その口は確かに――
「貴女も!」
そう、告げていた。




