10 そして因果は巡る
その日、中央神殿はハチの巣を突いたような騒ぎが起きていた。
まず、急激に魔法の力が落ちた。
そのため「世界の終わり」だの「魔脈が移動した」だの「魔王が復活した」だの多くの根も葉もない憶測が並び、混乱が加速したのだ。
だが、そんな不安を一気に払しょくする瑞兆が輝く。
聖地である中央神殿の上空に荘厳な虹の環がかかり、神の声が響いたのだ。
『冥界の大穴に残っていた古の魔神の力が全て浄化された。偉業を為した大聖女マリクルシアは我々《かみがみ》に祝福され、世界に豊かな実りをもたらすだろう』
と。
その奇跡の福音を聞いたのは一人や二人ではない。
さらに、神殿内で厳重に管理されている古代魔法遺物の「聖女名簿」にも、神の声と同じ名前の少女が記載されていることを確認すると、聖地は喜びに沸いた。
冥界の大穴のごく近くにある、地方神殿……そこで、たったひと月ほど前に聖女として登録された少女……彼女こそが、奇跡の大聖女であると確信したのだ。
大聖女出現の噂は、瞬く間に王都まで駆け上った。
王都において、その吉報が中央神殿より王宮に届くと、早速「大聖女を妃の一人として召し抱える」との伝令が、地方神殿へと飛んだ。
「だ、大聖女……マリクルシア、ですか?」
顔色を無くし、冷や汗の止まらない神官長の様子に気づかない中央から来た使者は、弾んだ調子で彼への称賛を止めない。
「左様でございますぞ、神官長殿。いやぁ、それにしてもめでたい! 陛下の御代に大聖女出現の吉報をお届けできるとは……」
はっはっは、と機嫌よく笑う使者は、地方神殿の神官達よりもはるかに身分が高い。
「同じ神官職として貴殿の聖女候補生の育成に掛ける情熱は見習いたいものですな! しかも、大聖女様はその称号を得る前から、素晴らしい癒しの御業を扱える、と下々で噂になっているようですし」
まさか、その大聖女となった少女を、とうの昔に『冥界の大穴』へ生贄として捨てた、とは口が裂けても言える雰囲気ではない。
「あ、あの……だ、大聖女様とは、あの……その清らかさと美しさで春の女神様と並び称され、その慈悲深さであらゆる病を打ち消し、その微笑みは大地を潤し、魔を退け、世界に繁栄をもたらす……という伝説の?」
嘘であってくれ、と顔にありありと書かれた神官長の心情も、ご機嫌な使者には伝わっていないようだ。
「ええ、左様ですぞ。まさか、神の御神託をこの耳で聞くことが叶うとは……神職冥利につきるというもの」
神託……それは、疑うことを許されない神の言葉だ。
使者の男は、ご機嫌に頷くと少し下世話な笑みを浮かべた。
「……しかも大聖女様との交わりは女神と交合するが如く、得も言われぬ悦びと、素晴らしい後継ぎを得られるとのこと。名簿によれば、まだうら若き15の乙女なのでしょう? これより王宮で召し抱え、育て上げれば、陛下に多くの祝福をもたらすこと間違いなしですぞ」
「おっ、王宮へ!?」
目玉をひん剥いたのは神官長だけではない。
滅多にない中央からの使者。
地方の神殿では、ほとんど総出で歓迎するのがしきたりとなっている。
当然、接待役として、その話を一緒に聞いていたのは神官や聖女見習いの少女達だ。
その全員の顔に浮かぶ「そんなバカな」という心の声は、酒に酔っていい気分の使者には伝わらない。
「陛下も大喜びで、この親書にもありますが『妃の一人として迎え入れる』と仰っておりますぞ!」
「な、なんですってッ!?」
――彼らは知らない。
すでに、件の大聖女が冒険者を目指して国を出ていることを。
――彼らは知らない。
すでに、この神殿に強い癒しの能力を持つ者など一人もいないことを。
――彼らは知らない。
やがて冒険者として名声を得た彼女が冥界の大穴にダンジョン国家を建設し、世界の覇権を握ることなど……知る由も無かったのである。
(終わり)
ココまでお読みいただきありがとうございました!
以上、連載候補短編になります。
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普段はこんな長編も書いています。
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奴隷少女はくじけない ~ダメスキルだと思っていた【鑑定】は最強スキル!エルフ青年に溺愛されつつ薬作りをしているうちに世界の危機を救っちゃいました~