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決意

 それにしても視界でゆれる三つ編みとすらっとした背格好、

「____あれ?このうだつの上がらなそうな雰囲気、」

 しかしあどけなさを残した、でも、聞き取りやすくてペラペラな声。聞き覚えがありすぎて困る。

「あ、やっぱり、はなちゃん…だよね?」

 全力でスルーするつもりだったが、見つかってしまったようだ。

「はい、そうですよ」調子を合わせる自分。

「今日から新学期だね、新緑芽吹くこの季節に私は降臨しましたよ」

「たのしそうでなにより、んじゃまたね」

 そう言うなり振り向く彼女の眼前には電柱がある。ごつんと活きのいい音がした

「ぐへああ、、」

苦悶の表情を浮かべながら彼女は道端にしゃがみこむ。

「えらく痛そうね……、って、先週にもそのまた先週にも同じ展開あったわよね……」

「いつものことなので慣れちゃったんで、大丈夫ですよ」そういって、いつのまにか何事もなかったかのように立ち上がっていつも通りのテンションに戻っている。

「その妙な自身はどこからくるのかしらね」

「ええっと……、野生の勘?」

勘があるなら なぜぶつかる?まあなんかよくわからんけどすごいってことね。うんうん。

 私の心配を他所に、彼女はずんずん歩く。

 歩くことがすべてでもいうように、左右を見回しては一歩踏み出し、かといえば、頻繁に目の前の電柱にぶつかったり、小石に躓いたりするからか、まったく前に進んでる気がしない。やっぱり気になるなあ、というか今日は目が悪かったから仕方ないか。メガネをしていないかりコンタクト?珍しい、あれはつけたときもぞもぞして気持ち悪いだとかなんとか言ってたから付けていないはずだけど。

 見ての通り私はこだわりが強く、思い込みが激しいので、気に入らないことがあったら何かしらの形でもやもやした思いを抱きやすい。

 彼女について考えてみると、自分にしかわからないルールや倫理、思考で行動する標準化された行動を模倣しがちである、と私は考えているのだが………。

 ・・・・・・

 思考する私は困惑の渦に飲まれる。

 カーテンを閉め切り、いつだって冷静な倹約精神で冷暖房やテレビはつけない。

 灯りなく照らすのは自分の水晶体の反射光のみ。目には壁。壁の模様なんて引っ越し初日のくらくら以来、久々に見るな。学校の天井は横線縦線が幾重も交わっていて、それらがクロスしている点がいくつあるか、数えていたら半日過ぎていた。

 それに飽きたら残り半日ゲーム、ぴこぴこ。

 学校の机に突っ伏しながら腕と頭は固定。視線もあわせて糸を引く姿勢のまま、画面をねめつける。画面越しの自分は無敵だ。目に優しい白のペイントが壁に模されている。隙間だらけで安っぽくて、触れたら跳ね返られそうな。


 ーーー少々考えすぎたようだ。

 件の彼女を見送るまでが今日の仕事だ。

 それはそれとして、はて、今一瞬脳裏に浮かんだイメージは何だったのか。

 彼女の記憶にしては妙に鮮明だったが……。

 まあ、いいや。彼女が遅れても先生から怒られることは無いだろう。


 ここ三か月間、進級してからは一度も、彼女は授業に出ていないのだから。



 最初、そのことを聞かされたときは、大学だから自分の都合で休んだりも出来るだろ、そりゃ、と思いながら軽い感じで聞き流した。

 家庭の事情や留学なんかで休学は普通にあることだ。そんな気にかけることでもないのにわざわざ、大学からバスと電車を乗り継いで高層ビルと、無駄に膨張した商業施設とか現代日本随一な砂上の楼閣のその中でもひときわ地味な大学近辺にもありそうな喫茶店で話すようなことか?ここよりか大学から近い町で充分だと思う。

 とにかく、友人がここ最近休学してるからどうにかできないか、困り果てた彼女は私に助けを求めてきたわけだ。他人から頼られるのは嫌じゃないけど面倒だなー。バイトのシフトも入ってるしサークルの合宿もあるんだよなあ……。しばらくは仕出しの水をごくごく飲みながら打開策を考えていたけど、そのうちに相槌うつのも飽きてしまった。

 ふと、淡く落ち着いた店内から外に目を向けると、この街のような普段はめったに来ないような都会たる都会は、どこもかしこも人や物で満杯……でなくて、今はちょうど昼休みも終わったぐらいの時間からか飲み屋街なこの辺は足音より風の音ばかり聞こえた。

 彩度が薄く、ごみとホコリを巻き込んで風は勢力を増すばかりだ。

 一方、相談した当の本人は、仕事は終わった後は貴方が考えてとばかりに、手持ちのバッグから取り出した新聞(定期購読してる)を読み出していた。

 株価の値動きと自動運転の記事を読んで突然に手元にある紙ナプキンにメモをし、終わったら決まって最後に、「杏華さんにしらせよう」「これは私用」「これは……、共用、かな。」とか何とか独り言を繰り返している。

 彼女がペンを動かすたびに机が揺れるので、コーヒーもろくに飲めやしない。

 たまには何も考えないことを楽しんじゃおうかな。最近授業の予習で疲れてたしちょうどいい機会かも。

 都会に来たからとブルジョワ風にカスタマイズしまくったカフェラテも、甘い苦い意外の感想を抱くことなく、ちびちび飲んだ。

 

「お会計2000円になります」

「そんなあ……、今月のバイト代が一瞬で消えていく……」

 いつのまにやらドリンクバーのジュース感覚で飲んでいたとはね。味わうって大事だ。

「……」

 ちらりとこちらを軽蔑のまなざしで見てくる彼女。さすが金持ちは違うな……。

 悪かった金欠なんだよ今月は。


 店を出ると駅まで彼女と無言で帰った。


 帰りの電車内。

 時間は日暮れぐらい。ちょうど帰宅ラッシュで混んでいたので、私たちは空いていたワンボックスの席にやむなし座った。

 ……、

 夕日が差しこんでまぶしいので、自然と視線は向かい合わせで座る相手に固定される。

「悩みをすべてなくすことは不可能だ。不可能さを自覚して自分がどうするか」

「まあそれも大事だけど、それよりもまずは自分で意味ないわね、」夕日で照らされた彼女のつやつやした肌を羨ましく思いながら適当に相槌を返す。

 喫茶店以来なんとなく気まずい空気だった私たちは、列車が揺れて互いの心的距離が物理的に近しいものとなったが、心の溝が埋まることはなかった。





「そのシチュエーション抜きで考えても、会話弾んでるイメージ全く浮かばないんだけど……」

 これはあくる日の先輩宅で飛び出した意見だ。

 言い過ぎじゃあ、ありませんかね。一応彼女は友達だし、彼女の悩みを受け止める緩衝材ぐらいにはなれる、けれども私は話を聞くばかりで彼女に自分の意見を伝えたわけではないからねえ彼の意見も一理ある。

「「言い過ぎじゃあ」」


「……えっ?」

 あれ、今から話そうとしていたことを先読みされちゃった?

「大丈夫大丈夫、まあ聞いてて……僕が今なぜ君の心が読めたかってことだろ?」

「いやはや、びっくりしました……。たしかに、理屈っぽい先輩が根拠もなしにこんなに目を輝かせたりするわけないでよね」

「だろ」

「ま、まさか本当に先輩は人の心が読めるんですか⁉︎」

そのように訊くと彼は得意げな表情で私を一瞥するやいなや、一言、


「大学を辞めようかと思うんだ。」






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