第十四話 最強対究極
本日二話目の投稿です。
今日中にもう一話投稿します。
戦いが始まったその瞬間、俺に向けて数え切れない量の光が降り注ぐ。それらはドラゴンの体から生えた触手から撃ち出されているもので、既にその触手はこの都市中に張り巡らされているので、ほぼ全方位から飛んでくる。
俺はその光を防ぐ事はせず、全て最低限の動きで避ける。そうやって魔力を節約しないと、俺の中にある魔力はすぐに枯渇してしまうからだ。
特に回復魔法は駄目だ。だから絶対に攻撃も食らう事は出来ない。かといって強化魔法の効果を高めるほどの余裕は無く、攻撃を防御結界で防ぐほどの余力も無い。
そんな俺に、このドラゴンは容赦なく魔力を撃ち出してくる。いったいこいつはどれだけの魔力を持っているんだ。少し分けて欲しい。
「おらあああ!」
そんな中で、俺は最も効率よく魔力を運用できる、剣に魔力を纏わせた攻撃のみを行う。この剣に魔力を纏わせるという行為は、斬魔流戦闘術の最も基礎的な魔力の使い方だ。集中して攻撃する瞬間だけ魔力を操作すれば、殆ど魔力の消費無く剣の切れ味を高められる。
『ガアアアアアアアア!!!』
「くそ硬いな!」
しかし、威力を高められた剣の一撃は、最初こそ触手を易々両断していたが、三度目からは半分で止まり、六度目からは刃が通らなくなった。まずいな、このままだと俺が戦った所為でこいつが手が付けられないほど進化してしまう。早く勝負をつけなければ。
だが、俺はまだドラゴンの本体にも近付けていない。あまりにも攻撃が激しすぎるのだ。
焦る俺の目の前で、ドラゴンはその背に生えた翼を広げる。そして、次の瞬間千にも届きそうな魔力の光が翼から放たれた。
しかも困った事にその攻撃は、全て俺目掛けて進行方向を変えてくる。有り得ない。あれが全部追尾型の攻撃魔法かよ!
「本当に恐ろしいな!」
そんな攻撃を見せ付けられては流石に魔力の節約などと言っていられない。俺は剣から魔力を放ち、追尾してくる魔力の光を撃ち落し、逃した物は剣で叩き落した。
逃げ惑いながらそんな事を続けていると、更に容赦無く触手からの魔力の光が降り注いでくる。ははは、まるで魔法使いの大軍勢を相手にしている気分だ。
「そして、面白い!」
ああ、ここまで追い詰められたのは人生で始めてかもしれない。厳しい修行をする事で有名だった俺の師匠だって、ここまではしてこなかった。いや、もしかしたら師匠はあれでも実の孫だからと手加減してくれていたのかもな。なんだかんだで可愛がってもらっていたし。
「いっ!」
余計な事を考えていたら、降り注ぐ光の一つが左腕を焼いてくる。動かせない程ではないが万全とは言えない。だが回復する余裕は無い。俺は痛みに耐えたまま戦い続ける。
状況はどんどん悪化する。でも、心のどこかでそれを喜んでいる自分がいた。世の中にはここまで強い相手がいる。そして、そんな相手と戦える事がうれしいのだ。
しかし、こうして強敵との戦いを楽しみ続ける事は出来ない、だって、俺は戦う事よりも大切なものを見つけてしまったのだから。
「やっとここまで来たか」
激しい攻撃を掻い潜り、俺はやっとドラゴンの本体の下まで辿り着く。雄雄しく堂々と俺を待ち構えていたドラゴンは、やっとの思いで辿り着いた俺に、巨大な四本の拳を振り下ろしてくる。
ああ、まったく激しい歓迎じゃないか!
俺は、振り下ろされた拳を避けて、その一本に飛び乗りその身体を駆け上がる。途中、自分の身が攻撃に晒される事も恐れないドラゴンの攻撃が降り注ぐが、それらを全て避けるか弾くかして、ドラゴンの頭部まで上りきった。
「これならどうだ!」
俺は辿り着いたドラゴンの頭部にある、目らしき部分に限界まで強化した剣を突き立てる。その一撃は止まる事無くドラゴンの目を貫くが、ドラゴンは特に痛がる様子は見せずコバエでも振り払うように頭部を振るう。
「うお!」
巨大な物が突然振り回されれば、剣を突き刺している俺も当然振り回される。幸いなのは俺の手が離れる前に剣が目から抜けて、一緒に吹き飛ばされてくれた事だ。しかし、目の前で傷が塞がっていくのを見せ付けられると喜んでいられなかった。
そして、近くの建造物に降り立った俺は、その強大な相手をもう一度見上げる。
こいつは本当に強い。その再生能力は芋虫型の魔物と同等で、そこに進化する事が加われば無敵と言っても差し支えないほどだ。
もし、俺が万全の状態でこいつと戦っていても、簡単に倒せたかどうか怪しい。いや、下手に万全の状態で挑んで奥義を放ち、倒しきれなかった時は本当に手の付けられない化け物が生まれていたのかもしれない。だから、これで良かったのかもしれない。
「お前は本当に強いな」
純粋にそう思う。こいつは強くて、いつか最強を呼ばれてもおかしくない相手だ。だが悪いな。俺はリリィを守る為に、その称号をお前から奪い取る。
「だが、俺の方がもっと強い!」
そう言い放ち、俺は剣を持ったまま斬魔流戦闘術の奥義を使う為の魔方陣を展開する。しかし、当然のように魔力は足らず、周囲の魔力を少しだけ呼び寄せる事しか出来ない。
『これは、魔力を吸収しているのですか』
だが、それでいい。その様子を見たドラゴンは、俺が何をしているのか理解してくれる。
そもそもがおかしかったのだ。こいつから放たれる魔力の量は途轍もないのに、こいつの体からは魔力が減っているように感じられない。それならば答えは一つ。こいつは俺の奥義と同じように周辺の魔力を吸収して魔法を発動しているのだ。
「ああ、今からこの辺り一帯の魔力を全部吸収してぶつけてやる!」
それは虚勢だが、こいつにはその事を見破れるだけの観察力は無いと俺は思っていた。そして、その考えは正しく、ドラゴンはその言葉に乗せられて警戒心を強める。
『対象の攻撃を危険と判断。最終兵装を使用します』
その瞬間、ドラゴンの胸から腹にかけての部分を覆っていた金属が開き、中からなにやら大掛かりな機械が出てくる。ああ、それがお前の奥の手か。
『周辺の全魔力高速吸収開始』
こいつの奥の手と俺の奥義は殆ど同じものだった。周囲の魔力を吸収して放つ。ただそれだけのものだ。
そして、同じ系統の攻撃であるが故に、先に周囲の魔力を吸収出来た方が一方的に優位になる。それを証明するように、周囲の魔力はドラゴンに全て吸収され、俺の周りには塵のような魔力か残っていない状態になり、奥義は維持する事も出来なくなる。
『残念ですが、終わりです』
そう言い放つと、ドラゴンは吸収した魔力を圧縮し、俺に向かって放ってくる。その圧縮された魔力の量は芋虫型の魔物に向かって俺が放った奥義よりも多いもので、こいつの魔力を吸収できる範囲が俺以上である事を証明していた。
そして、それを迎え撃つ俺の体内には、もう残りカス程度の魔力しか残っていない。
絶望的なこの状況の中、俺は口の端を吊り上げた。
「ああ、終わりだ。お前がな」
そう言い切った俺は、弱々しい特殊な魔力を纏った剣をその光に向ける。眼前に迫るは究極の一撃、それを迎え撃つのは、俺が誇る最弱最強の一撃だ。
「斬魔流戦闘術裏奥義!」
この魔法は特殊な魔法だ。本来の奥義は俺の最大の一撃をぶつけるものだが、この裏奥義は単体では何の威力も持たない。
しかし、その代わりに裏奥義を発動した剣は迫り来る光を受け止め、圧縮された光を纏っていく。
『これは』
「気が付いたか!」
裏奥義の効果、それは魔力の吸収だ。ただ、本来の奥義とは違い、この裏奥義は魔法として発動された魔力を吸収する。つまり、相手の攻撃を吸収するという事だ。
そして、吸収された魔力は俺の体内の魔力が詰まっていない空き容量を使ってこちらの攻撃用の魔力に変換され、剣へと収束される。そう、この裏奥義はカウンター用の魔法なのだ。
この魔法が最大限効果を発揮するのは、俺の魔力が限りなく少なく、相手の攻撃が限界近くまで強力な場合だ。そうでなければ、体内に魔力が収まりきらず暴発してしまう。
だから、この状況は俺にとって最も理想的な状態だった。
「誇れよドラゴン。この一撃はお前が誰よりも強かったからこそ放てる最強の一撃だ」
『嫌だ。私は、人間を守る為に――』
だんだんとドラゴンの放つ光が弱まっていくのを目の当たりにし、俺は少し寂しさを感じる。こいつがどうしてこうなってしまったのかは分からないが、もしかしたらこいつは人間の為に生きれたかもしれない存在だったのだ。
だから、この裏奥義の名はこいつには相応しく無いのかもしれない。それでも俺は、全てを終わらせる為の一撃を放つ。
「因果応報」
放たれた光は周囲を破壊せず、吸収した魔力を放った対象にのみ襲い掛かる。
攻撃対象を限定されたその光は、ドラゴンの身体を塵に変え、その触手の一本一本すらも残さず破壊していく。
そんな状態でもドラゴンは踏みとどまろうと必死に耐える。しかし、徐々に破壊の速度が再生を上回っていく。
『あなたは、何なのですか?』
身体の殆どを破壊されながら、ドラゴンはそう尋ねてくる。その質問を聞いて俺は少し意地悪な答えを思いつき、ドラゴンに向けて言った。
「俺は、人間だよ」
その瞬間、ドラゴンの再生が停止し、その身体は一気に崩壊していく。それはまるで、自分の役割が終わったのだと受け入れているようだった。
『ああ、なんだ。人間は私の力など必要の無いくらいに強い存在だったのですね……』
最後にそんな言葉を残して、はた迷惑な勘違いはその一生を終えた。後に残された俺は、塵一つ残さずに消えたそいつがせめて安らかに眠れるよう静かに祈った。
次回、最終回。




