第十三話 エピローグ
王宮での沙汰から、二月が過ぎた。
レイヴンズウッド邸の庭には、朝から慌ただしい空気が漂っている。
「お嬢様、そんなに動いては、髪が崩れます」
「ごめんなさい、マリエル。でも、落ち着かなくて」
姿見の前で、リディアは真新しい純白のドレスに身を包んでいた。
私達の始まりは、政略と義務だけの、色のないただの儀式だった。
だが、今日は違う。
「今度は、ちゃんと私たちが選んだ結婚式です」
「ええ、本当に。……お嬢様がここまで幸せそうな顔をする日が来るなんて、正直、思っていませんでした」
しみじみと呟くマリエルに、リディアは苦笑した。
(マリエル、それ本人の前で言う?)
支度を終えて広間に降りると、両親が待っていた。
「リディア……綺麗だぞ」
父ヴィクターは、目を潤ませながらそう言った。
母セシリアも、静かに微笑んでいる。お兄様の一件以来、久しく見ていなかった、穏やかな表情だった。
「エイデンが、この日を見られたらな」
「きっと、見ていますよ。うるさいくらいに、祝福しながら」
そう言って、リディアは笑った。
会場の入り口では、見慣れた軽薄な笑みが待ち構えていた。
「よぉ、花嫁さん。隊長を尻に敷いてやってくれよな」
「ダレルさん……今日くらいは、大人しくしてください」
「無茶言うなよ」
そんなやり取りをしていると、一通の手紙が届いていることに、マリエルが気づいた。
「隣国のジョセフ様から、お祝いのお手紙が」
差出人の名前に、リディアは少し驚いた。開けてみると、そこには短い祝福の言葉と、意外な一文が添えられていた。
『どうやら僕には、もっとお似合いの相手がいたようだ。近々、紹介できると思う』
(ジョセフ様……もしかして、新しい人が?)
安堵と、ほんの少しの寂しさが入り混じった気持ちで、リディアは手紙をそっと畳んだ。
結婚式は静かに、けれど温かく執り行われた。
誓いの言葉を交わす瞬間、リディアはふと、前世の記憶を思い出していた。
婚活アプリの画面を、疲れた目で眺めていたあの夜。誰かに選ばれることも、選ぶことも、ひどく億劫に感じていた自分。
(まさか、あんな制度の果てに、こんな結末が待ってるなんてね)
隣に立つカインを見上げると、彼もまた、こちらを見つめていた。
不器用な、けれど確かな笑みを浮かべて。
「誓いの言葉を」
神官の声に促され、カインが静かに口を開いた。
「生涯、リディアを守り、想い続けることを誓う」
「私も、生涯、あなたと共に歩むことを誓います」
誓いのキスは、これまでのどんな触れ合いよりも、優しかった。
披露の宴も終わり、静かな夜を迎えた頃。
二人は、寝室のバルコニーから、並んで夜空を見上げていた。
「……なんだか、ずっと夢を見ている気分です」
「ああ」
「神託の儀のあの日は、まさかこんな結末が待っているなんて、思ってもいませんでした」
「俺もだ」
短い返事だったが、その声には、確かな穏やかさがあった。
「後悔、していないか。兄の仇と呼ばれていた俺に、嫁ぐことになって」
「バカを言わないでください」
リディアは、頬を染めながら、カインの肩にそっと頭を預けた。
「今の私には、これ以上ない幸運だったとしか思えません」
(前世でも、今世でも。誰かにこんなに大切にされる日が来るなんて、思ってもみなかった)
星明かりの下、二人はしばらく、言葉もなくただ寄り添っていた。
もう、憎しみも、疑いも、そこにはない。
仕組まれた運命から始まった物語は、今、二人自身の手で選び取った、確かな幸せとして、ここに結ばれていた。
(完)








