第十話 対立の再燃
その夜、カインは屋敷に戻らなかった。
(一緒に調べるって、言ったのに)
明け方近くになって、ようやく戻ってきた彼の姿を見て、リディアは息を呑んだ。
上着の袖が破れ、頬に擦り傷ができている。
「……その怪我は」
「大したことじゃない」
「そんなわけないでしょう。どこに行っていたんですか」
カインは、視線を逸らしたまま答えなかった。
その沈黙が、答えを物語っていた。
「──神殿の記録保管室、ですか」
「……」
「一人で行ったんですね。私に、何も言わずに」
込み上げてくる感情を抑えられず、リディアの声が震えた。
「一緒に調べると、約束したではありませんか」
「危険すぎる。お前を、あんな場所に連れていけるわけがない」
「それを、私に黙って決めるところが問題だと、前にも言いました」
「……悪いと思っている」
「思っているだけで、また同じことをするんですか」
リディアの中で、これまで積み重ねてきた我慢が、堰を切ったように溢れ出した。
「あなたはいつもそうです。一人で抱えて、一人で傷ついて。それで、私には"心配するな"みたいな顔をする」
「お前を守りたいだけだ」
「守るとは何ですか。怪我をして帰ってきて、心配させることの、どこが守るなんですか」
カインが、言葉に詰まったように黙り込む。
「私は、もう当事者です。何度も言いました。巻き込まれてるんじゃなくて、自分の意志でここにいるんです」
「……分かっている」
「分かっているなら、どうして」
声が、無様に震えた。
「どうして、私を置いていくんですか」
沈黙の中、カインの表情が、これまで見たことのないほど歪んだ。
「──置いていきたいわけが、ないだろう」
絞り出すような声だった。
「お前が傷つくところを、これ以上見たくない。それだけだ」
「もう、遅いです」
リディアの目に、涙が滲んだ。
「あなたが怪我をして帰ってくるのを見る方が、何十倍も苦しいと、どうして分からないんですか」
言ってしまってから、自分の言葉の意味に、リディア自身が気づいた。
(今の、私──)
カインも、同じことに気づいたのか、僅かに目を見開いていた。
「……それは」
「何でもありません。忘れてください」
慌てて背を向けようとしたリディアの手を、カインが強く掴んだ。
「忘れられるか、そんなもの」
引き寄せられ、気づけば強く抱きしめられていた。
「──っ」
「悪かった。もう、一人で動かない」
耳元で囁かれた声は、これまでのどんな言葉よりも、切実だった。
「本当に、ですか」
「約束する」
「もし、また同じことをしたら」
「……その時は、好きなだけ叱ってくれ」
思いのほか素直な返事に、リディアは腕の中で、小さく笑ってしまった。
抱きしめる腕に、少しだけ力がこもる。
「……もう少しだけ、このままでいてください」
「ああ」
短い返事とともに、腕の力が、さらに強くなった。
二人を包む沈黙は、もう気まずいものではなかった。








