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最終話 ずっと一緒に

 クロヤの身につけた抱っこ紐の中から、雨が降りそうな曇天を見上げた。

 天気予報士が言っていた通りに、今日は天気が崩れるのだろう。


 授業が終わったあとの帰り道。

 バイクの調子が急に悪くなったので、今日は学校に置いて、珍しく電車を使っての帰宅となっていた。


 抱っこ紐に包まれて、初めて電車に乗ったけど、やっぱり周りからの視線はすごかった。

 私に気づいたら、二度見しない人はいないくらいに、何度も見られていたと思う。

 そんな中でも、まったく動じないクロヤは、さすがだった。


 家の近くの見慣れた道路に、あっ、と思った。

 バイクを使わなかったら、いつか通るとわかっていた。

 私がクロヤと出会った、ゴミ捨て場。

 収集はとっくにされていて、今は何も置かれていなかった。

 

 クロヤがゴミ捨て場の前で足を止めた。

 ぽつり⋯⋯ぽつり⋯⋯と、雨が降り始める。

 クロヤが傘をさした。


 捨てられたあの時は、雨に打たれながら、なんて日だろうって思ったけど。

 今の私は、雨の日が嫌いじゃない。


 クロヤの温もりを思い出せるから。


 雨足が少しずつ強まっていく。

 クロヤは一歩を踏み出した。

 ゴミ捨て場が遠ざかっていき、そして見えなくなった。



 学校が休みの時は、いつも家の中もまったりした空気になる。

 だけど、今日は朝からミクが随分と張り切っていた。

 朝食のあとには家から私とクロヤを追い出して、昼になるまで帰ってきたらダメと釘を刺された。


 仕方なく近くの河原で、日光浴をして過ごす。

 もちろん、ただゴロゴロするわけじゃなくて、クロヤが枝を見つけてきてくれた。

 土に文字を書いても、折れなさそうなやつだった。


 近くに人がいないか気をつけながら、私が文字を書いて、クロヤは話す。そんなやりとりをして過ごした。


 太陽が真上にくる頃に、スマホにミクから連絡が入る。

 帰ってきていいよ。そんな一文だった。

 そうして自宅に帰ると、玄関にいくつか靴が並んでいた。

 扉越しにリビングから人の気配もする。

 クロヤが顎を撫でながら、首を捻る。


 思い当たる節はない。そんな雰囲気で、ドアノブに手を掛ける。

 クロヤが扉を開けた瞬間――


「兄貴っ、誕生日! おめでとー!」


 パンッ、パンッ!

『ひゃあっ!? また銃っ!?』

「違うよシロ。これはクラッカーっていう祝いの道具。だから安心していいよ」


 ミクが笑いながら教えてくれた。


『なんだ⋯⋯。ビックリした⋯⋯』

「あははっ! 色々できるようになっても、やっぱシロってビビりだよね」

『むぅ⋯⋯。えいっ!』

「ひゃあ!? なんか背中に冷たいものがっ」


 私は念を飛ばして、ひんやりした感触を押しつけてあげた。


『ミクだって、私と一緒だよ』

「あっ! シロの仕業ね。最近覚えたやつ、こうやって使うのは良くないんだからっ!」


 言葉は怒ってるのに、ミクはずっと笑っていた。


「そうか。俺って誕生日だったか」


 クロヤがぽつりとこぼした。

 表情は変わらないが、口元を覆うように撫でていた。

 ちょっと驚いた時のサインだ。


 そこでようやく私は部屋を見回した。


 リクドウの存在感は相変わらずで、その側にはシキとヤクモが並んでいた。

 少し離れたところに、緊張気味のハチがいる。

 最後に目についたのは、宙に不気味に浮いているクラッカー。

 ナナシだとすぐにわかった。


「誕生日を祝うのに、シロも一緒に楽しんで欲しくてさ。だったら、事情わかってる人たちの手を借りようかなってね」

『ミク⋯⋯』


 胸の奥が、ひだまりみたいなあったかいもので満たされていく。


『私、とっても嬉しいよ』


 私はクロヤの胸元から、ミクへ向かって飛び込んだ。

 ぎゅうっと抱きしめてくれた。



 クロヤの膝上から、背中越しにある彼の様子をうかがってみる。

 『あんたが主役』というタスキを肩にかけさせられ、ショートケーキを一口頬張っていた。

 一見わかりにくいけど、うっすら微笑んでいるのがわかる。


 リクドウは片手に一升瓶を持ち、もう片方の腕でシキの肩を豪快に抱いていた。

 その隣では、少し呆れたようにしながらも、ヤクモがミクとハチにジュースを注いでいる。


 ――ぞくり。

 もはや慣れてしまった、ナナシとだけ繋がる感覚。


「かぁ~、まったくもって変わってしまったの。初心だったシロはどこへ行ってしまったんじゃ」


 冗談めかした声が、上から降ってきた。

 姿は見当たらない。


「形を作るのも、それなりの手間でな」


 かったるいことはあんまり好まないナナシらしかった。


「くっくっ、ワシらしさすら汲み取るようになったか。じゃがな――」


 空気が、すうっと冷えた。

 一瞬だけ、いつかの深淵の気配を漂わせる。

 

「まだまだ奥は深い。ワシも――人も――」


 深淵がふっとほどける。


「おぬし自身もな」


 姿は見えないのに、意地悪く笑ったのがわかった。


「半端者らしく、世界を楽しめ」


 それきりナナシからの声は聞こえなくなった。


「さーて、そろそろお楽しみの誕生日プレゼントの時間よ!」


 元気いっぱいなミクの声に、意識が引き寄せられる。

 部屋にいる各々が綺麗に包装されたプレゼントを手元に置いた。


 クロヤが一つずつプレゼントを開ける度に、周りが騒がしくなる。

 クロヤは中身を確認すると短く感謝を述べていた。


「じゃあ、最後はあたしからね」


 大きな箱と中くらいの箱。ミクは二つをテーブル上に置いた。


「こっちがクロヤのね。そんで、こっちは――」


 ミクの視線が私へと流れてくる。


「シロへのプレゼント」


 ミクの言っている意味がよくわからなくて、私は言葉が浮かばない。


『⋯⋯私の?』

「そっ、シロの」

『私、誕生日じゃないけど⋯⋯』


 そもそも人じゃないわけで、いつからこうやって考えられるようになったかも覚えていない。


「そもそもシロって誕生日とかあるの?」

『ない、かな⋯⋯』

「じゃ、今日にすればいいわ」

『え?』

「決まりね」

『え⋯⋯、え?』


 勢い任せのミクに逆らう術もなく、ミクは笑っていた。


「なんとなく、シロさんが戸惑っている気がいたしますね」


 シキが眼鏡を掛け直しながら言った。ハチが、こくこくとうなずいている。


「んー、いいんじゃないの? 楽しければさ」

「クロヤと一緒の日なら、絶対忘れねえもんな」


 ヤクモとリクドウが明るい調子で言った。


「いい考えだな」


 低くて真っ直ぐな声が落ちてきた。

 クロヤの手が、私の頭を撫でた。


「ほら、二人とも一緒に開けてみてよ」


 なぜか誕生日を用意した方のミクが、目を輝かせている。

 クロヤは手で、

 私は念で、

 ゆっくりとリボンをほどいていく。


「お――」

『これって――』


 中にあったのはお揃いの――


『⋯⋯嬉しい』

 

 胸の奥が、ふわりと熱くなる。



 ドドドドド⋯⋯。

 横断歩道の前で、バイクが止まっている。

 エンジンの振動が、心地よく身体の奥まで響いてくる。


 手を挙げたひよこみたいな子供たちが、渡っていくのを見守る。


 バイクのミラーに、ふと私たちが映る。

 新しい黒いライダースジャケットに身を包んだクロヤ。

 その胸元で、同じように小さなライダースを着せてもらった私。

 頭には、手作りの黒いヘルメットもある。


 あの日とは違う。

 もう、ただ拾われただけのビスクドールじゃない。


「行くぞ、シロ」

『うん』

 

 ブォン!

 身体がクロヤへと押しつけられる。

 風が――景色が――

 気持ちよく流れていく。


「シロ」


 風の音の中でも、不思議なくらいよく聞こえた。


「明日も、明後日も――」


 低くて、力強い声。


「ずっと――面白えもん、見に行こうな」


 その言葉は、

 私が欲しかったものだった。


『うんっ!』


 

 家の玄関にたどり着くと、見慣れない運動靴があった。

 誰かいるのかなと、私はリビングに続く扉を見つめた。


「オフクロ⋯⋯帰って来てんのか」

 

 クロヤが呟きながら、頬をぽり、とかいた。

 クロヤのことを育ててくれた人が、この扉の向こうにいる。


 除霊師。

 いつか聞いた言葉が蘇る。

 それは、幽霊とかを祓う人。

 ⋯⋯つまり、私みたいなのをどうにかできる人、だ。


 私、悪い霊じゃないはずだから。

 たぶん、きっと、おそらく⋯⋯。

 ⋯⋯だ、大丈夫、だよね?


「あー⋯⋯、どうすっか」


 玄関から上がらず、クロヤがぽつりと呟いた。

 いつもなら迷わず突き進むはずなのに、クロヤが躊躇っている。


 リビングの扉のガラス越しに、影が動いた。

 ドアノブが、ゆっくりと傾いていく。


 待って。

 心の準備が⋯⋯。

 私の心の準備が、まだ――



Fin

 


【あとがき】


呪いのビスクドールをここまで、読み終えてくれた皆様。

本当にありがとうございました。



2作品目も無事に完結を迎えました。

ささやかながら、あとがきを書いてみようと思います。

少しの間、お付き合いください。




今回の物語は『呪いの人形視点から見た、人間の怖さと温かさ』を書いてみようという一点から生まれました。


日本人形だとピンとこなくて、ビスクドールにして、さあ一人称頑張るぞ! と書き始めたのは良かったのですが。


ビビりな人形の気持ちになって、想像を膨らませるのが予想以上に難しい!

⋯⋯この作品は、そこが本当に大変でした。


そこにプラスしてミステリー要素も入れたので、3章の極道さんたちとの絡みでは、風呂敷を広げつつ「これ、畳めるかな?」と冷や汗をかいていたのも懐かしい思い出です。


あとは人形→人間との意思疎通どうするかなーとか、寡黙なクロヤを行動でどう魅せるかはなかなかに考えさせられました。でも、おかげでなんやかんや一番書いていて楽しかったのはクロヤでした。



 今回も読んでいただいた皆様。ありがとうございました。

 誰か一人でも読んでもらえてる実感が、次作の執筆の励みになっていました。


 もしこの物語が、皆様の心に少しでも残っていれば、とても嬉しく思います。


 一作目、二作目は最後まで書き終えてから投稿していました。 三作目は初めて連載しながら書き進める形になります。 とはいえ、十分なストックを用意できたので、「呪いのビスクドール」完結と同時に投稿を始めます。


 気になる方はこの下の宣伝を見てやってください。

 シロとクロヤの物語を最後まで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。





次回作

【電子の女王がやってきました 〜おじさんの生活再建記〜】


令和8年7月26日(日)〜 初回は数話投稿。

以降はしばらく毎日更新予定です。



〈あらすじ〉

社畜おじさん・相沢の元へ、電子を統べる女性AIがやってきた。

女性AI――ノアは世界の管理のために生み出されたのに、彼女が選んだのはおじさんの生活再建だった。


ブラック企業で積み重ねた18年間。

すみません⋯⋯大丈夫です⋯⋯

おじさんに染み付いたそんな言葉たち。


おじさんの口元に指を添え、ノアは静かに告げる。

――あなたを攻撃する者は、この場におりません。安心してください。


そうして退職から始まるおじさんとノアの日々。

掃除に炊事、仕事探しに、新しい家との出会い。

少しずつ整っていく毎日の中で、おじさんは失っていたものを取り戻していく。


だけど、おじさんだってやる時はやる。

おじさんとの生活の中で、ノアに宿っていく安心や寂しさ、そして笑顔。

世界管理をおじさん優先に変えてしまった10年間の積み重ねは、伊達じゃなかった!?


この物語は人生に疲れたおじさんが、電子の女王と共に前を向いて歩む――ほのぼの再建記。

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