第1話 雨の日、ヤンキーに拾われた
本作品は最後まで書き終えてあります
更新は週三回予定
水曜日・金曜日 20時頃
日曜日 10時頃
よろしくお願いいたします
私は今までに九十九人を不幸にしてきた。
⋯⋯いや、違う。
不幸にしようと思っていたわけじゃない。
ただ、怖くて、嫌で、逃げ出したくて。
気づけば――そうなっていた。
乱暴に扱われそうになって、ビクッとしたら家が軋むように揺れた。
木に吊るされそうになって、嫌だって思ったら木が変な方へ折れていた。
最初は、嬉しそうに迎え入れてくれた人たちもいた。
でも、私は小さなことで驚いてしまう。
力が漏れ出してしまう。
気持ち悪いって、不気味だって、言うようになる。
段々と負の気持ちを向けてくる。
捨てるだけならまだいい。
慣れているし、私からは何もしない。
でも、虐めてきた人たちがいた。
壊そうとしてきた人たちがいた。
九十九人。
全部覚えている。
そんな人には、私も力を向けてきた。
みんな、似たようなことを言う。
怖い。嫌だ。
拾うんじゃなかった。
心の底から怯えて、逃げるように手放していく。
もう疲れてしまった。
今度こそと思うたび、また一人になる。
だから、誰にも関わらない方がいいと思っていたのに。
「どっからやるか⋯⋯」
鋭い三白眼の男が、濡れた髪をタオルで拭きながら、私の身体を値踏みするように眺めた。
男はどこかの学校の制服姿だ。
けれど、どこか場馴れした空気をまとっている。
こわい。
少し見つめるだけで、相手を倒せてしまうのでは。
そんな目つきだった。
こんな人がどうして、私みたいなのを拾ったの。
嫌だ。
また乱暴に扱われるのは、嫌だ。
ガタガタガタッ⋯⋯!
身体の奥で弾けた感情に引きずられるように、部屋の壁が小さく震えた。
棚に並んだ本たちが、かすかな音を立てる。
「⋯⋯地震か?」
男の手が止まり、周囲を油断なく見回している。
⋯⋯だめだ。
弱い。
全然、怖がってくれない。
その揺れはすぐにおさまってしまう。
絞り尽くして、からっぽになってしまった。
「⋯⋯もう、こねえか」
男はしばらく天井を眺めていたが、顎のヒゲをひと撫でして、私のことを視界に収めた。
布を持った手を伸ばしてくる。
――壊されるっ!
次の瞬間。
キュッキュッ。
「お⋯⋯。かなり汚れてんな」
布が、陶器の頬に触れた。
額も、鼻先も、口元も。汚れを確かめるみたいに、一通り顔を拭かれていく。
粗暴な言葉とは裏腹に、その手はやけに丁寧だった。
「これで、ちっとはマシになったか」
⋯⋯え。
どうなっているの?
私を壊そうとしたり、イジメたりしないの?
「身体も拭いてやりてえが⋯⋯、こいつ、女だろうな⋯⋯。ミクのやつに頼むか⋯⋯。とりあえず帽子か」
ぶつぶつと独り言を残して、男が立ち上がった。
こじんまりとした部屋。男の足で歩けば三歩もすれば端につく。
ベッド側の棚に近づくと、両手で抱えられる大きさの箱を持ってきた。
古くて、使い込んでいる雰囲気のある箱。
ところどころ、丁寧に直した跡がある。
中から取り出されたのは、針と糸だ。
先ほどまでの手つきと同じように、手慣れた様子で針に糸を通していく。
私のほつれた帽子を手に取ると、ちくちくと直し始めた。
⋯⋯この人は、何をしているのだろう。
ふと思い返せば、この人が私を拾った時から、ちょっと変な感じだった。
雨が打ちつける感触が、ふと蘇った。
◇
道端のゴミ捨て場は、雨が降りそうな曇天のせいで暗かった。
「お前を手に入れてから散々だっ!」
生ゴミの日。
私を両手に持ち、今にも捨てようとしている人間は、吐き捨てるようにいった。
拾ってくれた時は、もしかしたら大事にしてくれるかもって期待したのに。
やっぱり最後はこうなってしまった。
「会社も潰れて⋯⋯、妻にも逃げられて⋯⋯」
目の前にいる人間を見つめる。
そうなっていったのを、私のせいだと思いたいだけ。
私にそんな凄い力はない。
私がやってしまったこと。
驚いて力が漏れて、近くの物を落としてしまったことが確かにあった。
それもこの人間が、壁に八つ当たりした音とか、奥さんへの怒鳴り声が怖かったからだ。
「このっ⋯⋯、呪いの人形めっ!」
人間は私の身体を、わざわざ道路に叩きつけた。
陶器の右腕が、ガシャンと割れた。
ドレスの袖が、無残に裂けていた。
⋯⋯ひどすぎるよ。
捨てるだけなら、置いていけばいい。
こんなに傷つける必要なんてないのに。
人間は鼻息を荒くして、私のことを睨みつけていた。右足を大きく持ち上げて――。
嫌だっ! 蹴らないでっ!
その瞬間、抑えきれなかった感情が一気に膨れ上がって、溜め込んでいた力が外へと溢れ出す。
ばさり、と空気が揺れる。
近くにいたカラスたちが、一斉に男へと群がっていった。
「ひいいっ!」
悲鳴をあげた人間は、カラスに追われるままに角を曲がって、姿が見えなくなった。
私は自分の壊れた右腕を見つめた。
人間を追い払うのに、ほとんど力を使い切ってしまった。
⋯⋯直せるかな。
残された負のエネルギーを使って、私は念じた。
割れた右腕の破片が、カタカタと音を立てる。ゆっくりと集まっていき、どうにか形作れた。
だけど、まだやることがある。
この場所だと車が来たら轢かれてしまう。
少し移動しないといけない。
身体を浮かせるのは、直すのよりも苦手だ。
いつも、無駄に力を使ってしまう。
もう、あまり残っていない気がした。
全部を使い切ったら、本当に何もできなくなってしまう。
けれど、やるしかなかった。
力を振り絞り、身体をわずかに浮かせて移動する。
近くを通りかかった猫が足を止める。
何かを察したように毛を逆立て、そのまま弾かれるように逃げ出した。
ここまでくればどうにか⋯⋯。
生ゴミの袋を背にして、私は身体を投げ出した。
車に轢かれてバラバラになるのは避けられたけど、ゴミと並ぶのはなんだか悲しかった。
ぽつり⋯⋯、ぽつり⋯⋯。
頬を水滴が打つ。
徐々に雨脚は強まり、地面に水が溜まっていった。
車が通り抜けるたび、水しぶきが容赦なく降りかかる。
なんて日なのだろう。
色んな扱いを受けてきたけれど、生ゴミと一緒に雨に打たれるのは初めてだった。
動きたくても、どうにもできない。
雨で人が少ない。
なによりゴミと同列になっている私に、興味を持つ人間はいなかった。
最後の望みとしては、ゴミ回収に来た人間か。
あと一回なら、物を揺らすことぐらいは出来る。
私を気味悪がってくれれば、負のエネルギーが生まれる。
まだ助かる道はあるかもしれない。
でも、なにも思われなかったら。
このまま、誰にも気づかれず終わる。
⋯⋯それでも、もう疲れていた。
その時、一人の人間が足を止めた。
気配に気づいて、わずかに視線を上げる。
どんな人だろうと、恐る恐る見上げて――。
その瞬間、身体の奥がびくりと強張った。
――ひいっ……!?
内で響く悲鳴は、ほとんど反射だった。
それでも残りが少ないせいか、かろうじて力は漏れ出なかった。
わずかな可能性にすがりついて、もう一度だけ相手を観察してみる。
男だった。
傘を持ち、学生服を着崩している。
けれど、だらしないとは思えなくて、不思議と様になっている。
男は乱暴に髪をかき上げた。
オールバックに流れた黒髪がわずかに崩れ、鋭い三白眼が覗く。
⋯⋯だめだ。
この人は、絶対に違う。
男は一歩踏み出した。
やっぱり、そのまま通り過ぎるよね。
そう思っていると――
ふと、足を止めた。
何かを思い出したかのように振り返り、こちらを見た。
近づいてくる足音。水が小さく跳ねる。
静かな圧のまま、見つめてくる。
男の瞳はどこか不機嫌そうで、それでいて何を考えているのか全く読めなかった。
次の瞬間。
男が勢いよくしゃがみ込んだ。
いきなりのことに、私は不覚にも身を引きたくなる。
⋯⋯なんで?
どうして、近づいてくるの?
「なあ⋯⋯」
男の低く、唸るような声が身体に響いた。
野生の獣めいた気配に、今までの嫌な記憶が過ぎる。
「雨に濡れて⋯⋯随分と汚れてんじゃねえか」
男の言葉の意味が、よくわからない。
私の上に影が差し、雨脚が弱まった。
⋯⋯いや、雨の勢いは変わってない。
男が傾けた傘が遮っているだけだ。
男は整えた顎ヒゲに手を添え、わずかに首を傾ける。
「⋯⋯学校、サボるか」
男はそう言うと、持っていた鞄を地面に置いた。
「わりいな。ちょっと身体に触んぞ」
断りを入れてから、私の身体を持ち上げる。
両手で脇を抱えてみたり、首元を掴んでみたり⋯⋯、
いくつか持ち方を試したあと、私の胴を片腕で抱え込んだ。
そこが一番安定するらしい。
いきなり触られることに抵抗はある。
けれど、振り払うだけの余力は、もう残っていなかった。
こうして私は男に拾われたのだった。
初日のみ10時、11時、12時の計3話まで更新いたします。
よろしければ、シロたちを見守っていただけると嬉しいです。




