第65話「次の蓋へ」
砂漠を抜けた。
風の匂いが変わる。乾いた砂の匂いから、土と草の匂いへ。ガウルの鼻が機嫌を取り戻していく。
「ガウ……。匂いが戻ってきた。やっと俺の鼻が役に立つ」
〝砂漠の間、不機嫌だったもんな〟
「うるせえ」
うるせえって言うなよ。
街道に出た。ベイルの街までもう少し。
ガルドが両腕の包帯を撫でた。戦の王戦で入った亀裂は、リーリアとアイの治療でだいぶ塞がった。でもまだ完全じゃない。
「タカラ、ベイルで一泊するか? 体、まだ重い」
〝そうしよう ドルトンにも報告しないとだしな〟
ベイルの街で、ドルトンに報告。それから一晩休んで、パカラ村へ。
◇
ベイルの街の門。
仲間たちも、もう隠す必要があんまりない。パカラ村が公式に認められて、王国もパカラ村の魔物に手を出さない方針になってるから。
ガルドが堂々と歩いてる。ガウルも紐なしで横にいる。レグナはマントで顔は隠してるけど、骨が見えても問題ない時代になりつつある。
門番が、俺たちを見て——驚いた顔をしたけど、すぐに道を開けた。
「あ、あの……パカラ村の使節殿、で間違いないですよね?」
〝ああ〟
「お通りください。ドルトン支部長から〝来たら通せ〟と申し付けられております」
ドルトンの根回しか。さすがだ。
ガルドが感心した顔をした。
「俺たちって、もう要人扱いなのか」
〝そうみたいだな〟
「身分が上がりすぎて怖いわ」
怖がるなよ。ホブゴブリンの軍団長で、自治集落の幹部だぞ、おまえ。
◇
ギルド支部でドルトンに報告した。
戦の王の浄化、戦王軍の解体、砂漠の自治集落、ドレイクの新任務、砂帝蠍の同盟。
ドルトンが書類を見ながら頷いた。
「順調すぎるな。一年前のおまえらは、ベイルの街の壁の前で立ち往生してたのに」
〝今もしてる〟
「いや今はしてないぞ、堂々と入ってきただろ」
〝言葉のあやだよ〟
ドルトンが書類をまとめた。
「セルディス団長への報告書を作る。マリウス殿への通信も。それと——」
ドルトンが顔を上げた。
「タカラ。気をつけろ」
〝何にだ〟
「王宮内で動いてる派閥のことだ。マリウスから手紙を受け取ったか?」
〝受け取った 〝魔物を武器として使う〟派閥のことだろ〟
ドルトンが頷いた。
「俺の方にも情報が入ってる。あの派閥の中心は、若い宮廷魔導士たちだ。マリウスの弟子筋が多いと聞いてる」
……マリウスの弟子筋。
じゃあマリウスは、その派閥の——元締めなのか? それとも、弟子が勝手に動いてるのか?
ドルトンが続けた。
「マリウス自身がどっち側かは、俺にも分からん。あの男は何を考えてるか分からんからな。だが——彼の影響圏で、おまえらを利用しようとする動きがあるのは確かだ」
〝注意しておく〟
「第三の塔に向かうなら、なおさら気をつけろ。〝知の王〟が相手なら、知略の戦いになる。情報戦、政治戦、心理戦——マリウス自身が動いてくる可能性もある」
マリウス。にこにこした宮廷魔導士。
頭の中で、戦の王の戦闘とは違う種類の緊張感が、じわっと立ち上がった。
武で語る相手は、わかりやすかった。剣を交わせば通じた。
知で語る相手は——そうはいかない。
◇
翌日、パカラ村に向かう。
街道を進んでると、ガウルの耳がぴくっと立った。
「ガウ。タカラ、誰か走ってくる。前から、すごい速さで。すごく小さい」
すごく小さい?
ガルドが目を凝らした。
「あ、チョンだ」
砂埃を上げながら、こっちに向かって走ってくる影。
ホブゴブリンの子供が——全力疾走で街道を駆けてくる。
「タカラぁぁぁ!!」
チョンの叫び声が遠くから聞こえる。
「みんなぁぁぁ!! おかえりぃぃぃ!!」
近づいてきたチョンが……速い。
俺たちの目の前で急停止して、ぜいぜい息を切らした。
「はあっ……はあっ……。間に合った……」
〝何が間に合ったんだ〟
「お、おかえりの挨拶……走って迎えに行くって、決めてた……」
……ベイルの街からパカラ村まで歩いて半日。チョンが走ってきたなら、それなりの距離だ。
ガルドがチョンの頭を撫でた。
「すげえ走力じゃねえか、おまえ」
チョンがにかっと笑った。
「レグナにいっぱい教えてもらったんだ! 体の動かし方!」
チョンの体が、出発前と少し違う。背がちょっと伸びてる。腕の筋肉が前より引き締まってる。
武術の鍛錬の跡だ。
レグナが頷いた。
「うむ。我のいない間も、自主練を続けていたか」
「うん! 次タカラたちが旅に出る時は、俺もついてけるように——って、毎日練習してた!」
〝チョン……〟
「タカラ、約束したよね? 次は連れてくって」
…………。
うん、した。レグナが「次は連れていく。約束する」って言ってた。
でも次の塔は氷の山だ。雪山。チョンを連れて行くには——危険が多い。
でも、断ったらこの子の積み重ねた努力が無駄になる。
ガルドが俺の隣でうなずいた。
「タカラ。連れて行こうぜ」
〝危険だぞ〟
「危険だけどな。本人が成長してるなら、行かせるのが筋だ。俺たちが守ればいい」
レグナも頷いた。
「我も同意だ。チョンの成長は、確かに見るべきものがある」
〝……わかった〟
チョンの目がぱっと輝いた。
「行ってもいいの!?」
〝条件付きだ〟
〝レグナの稽古を、もっと続けろ 俺たちが第3の塔に出発するまでの期間、毎日だ〟
「やる! 絶対やる!」
〝弱音を吐いたら、置いていく〟
「吐かない! 絶対吐かない!」
パカッ。
……まあ、こいつは口だけは達者だな。実際に行く時には、もう少しこの子の覚悟を見てから決めよう。
◇
パカラ村に着いた。
丘の上の村。グラドルの巨体が遠くから見える。出発した時より、グラドルの枝が広がって、村全体を覆うように緑が茂ってる。
なんか村が——大きくなってる。
建物が増えてる。前は二十軒くらいだった木の家が、五十軒近くある。
ホブゴブリンが何体か、村の畑で働いてる。
ホブゴブリン三百匹は前からいたけど、それ以上に——見たことのない魔物がいる。
ウォーウルフが、十匹以上。前は十八匹だったのが、二十五匹くらいに増えてる。コボルトの群れが、新しく加わってる感じだ。
〝……増えた?〟
ガルドが目を見張った。
「俺たちが留守の間に、新しい仲間が来たな」
ガウルが匂いを嗅いだ。
「ガウ。コボルトが八匹、トレントが二本、岩トカゲが五匹……知らない種族の魔物が、何種類か」
封印が解けた地域の魔物が、パカラ村に流れ込んできてる。出発前に予想してた通りだ。
グリンが村の門の見張り台から駆け下りてきた。
「タカラ! 帰ってきたかぁ!」
〝ただいま〟
「お疲れ! 砂漠どうだった!?」
〝あとで全員集めて報告する その前に——〟
〝あの新しい連中はなんだ〟
グリンが頭を掻いた。
「あー、あれな。封印が解けて進化した魔物が、最近、毎週何匹か来るんだよ。〝パカラ村に入れてくれ〟って」
〝で、入れてるのか〟
「俺の判断で、危険じゃないと思った奴は入れてる。サガと相談して」
グリン、判断力を身につけてるな。第4話の頃のビクビクしたゴブリンの面影、どこにもない。
パカッ。
〝よくやった〟
「えへへ」
グリンが照れた。
◇
サガが杖をついて出てきた。
「タカラ。無事じゃったな」
〝ただいま〟
「砂漠の話、ゆっくり聞きたいの。だがその前に——」
サガが眉を寄せた。
「数日前、宮廷からの使者が来た」
〝使者?〟
「マリウス殿の代理を名乗る男じゃった。〝タカラ殿が戻ったら、王都に来てほしい〟との伝言を残していった」
マリウスの代理。手紙だけじゃなく、使者まで送ってきたのか。
サガが、ちょっと困った顔をした。
「使者の様子が、どうも妙でな。〝協力しなければ、パカラ村の立場が危うくなる〟みたいな含みのある言い方をしておった」
……脅し、だな。
マリウス自身は手紙でにこにこ書いてくるけど、その代理は脅しをかけてくる。本人は表で柔らかく、裏で別の動きをする男なのか。
〝どうした その使者〟
「グラドルが追い払った」
……グラドルが?
サガが苦笑した。
「グラドルが、根を一本だけ動かしてな。使者の足元の地面を一瞬持ち上げただけじゃ。じゃが——使者は腰を抜かして、逃げ帰った」
……グラドル、平和的な脅し方を覚えたな。
遠くで巨大な大樹海が、枝を揺らしてる。挨拶してくれてる。
〝ただいま、グラドル〟
「うむ。よく戻ったな、宝箱」
〝森を守ってくれてありがとう〟
「……まあ、我の仕事だ」
グラドルが、ちょっと照れた感じで枝を揺らした。三十メートルの大樹海が照れる絵面、けっこう癒される。
◇
その夜。
村の広場で、宴会になった。
帰還祝い。砂漠から持ち帰った食材も振る舞った。サソリの焼きものが大好評で、チョンが五匹くらい食べてた。
「うまっ! なにこれ! タカラ、また砂漠行く時、これ買ってきて!」
〝買うんじゃなくて狩るんだよ〟
「狩ってきて!」
パカパカパカパカ。
俺は楽しい時用のパカパカ。村中のみんなが笑ってる。
ガルドが酒を片手に俺の隣に座った。
「タカラ。次の塔、どうする?」
〝氷の山だな〟
「いつ出発する?」
〝休みを十日くらい取って、それから〟
ガルドが頷いた。
「了解。装備整えとくわ」
ガルドの方を見ると、両腕の亀裂はだいぶ薄くなってる。リーリアの治療と、休息の効果。
次の旅まで、十日。それで完全に治る。
「タカラ」
ガルドが酒を飲み干した。
「次の旅も、よろしくな」
〝ああ〟
パカッ。
遠くで、レグナがチョンに棒術を教えてる。チョンが真剣な顔で構えてる。
ガウルがウォーウルフの新入りたちと挨拶してる。「俺がリーダーだ」って顔で。
ナギは砂漠に残ったから、ここにはいない。でも、手紙を送ると言ってくれた。
砂帝蠍も砂漠の守護者として残った。
ドレイクが砂漠を管理してる。
砂鬼将と蠍道士も、砂漠の自治集落の住人になった。
パカラ村と、砂漠の集落と、ベイルの街と、王都の聖騎士団。
俺の周りに、いっぱい繋がりができてる。
◇
夜が更けて、宴会が落ち着いた頃。
俺は丘の上に出て、星を見てた。
パカラ村の灯りが下に広がってる。グラドルの巨体が黒い影で立ってる。
チョンの蓋文字の手紙を、収納から取り出した。
ぐにゃぐにゃの、下手くそな字で書かれた手紙。
〝タカラへ
ぜったいかえってきてね
レグナもガルドもガウルもリーリアも
ぜんいんかえってきてね
まってる
チョンより〟
帰ってきた。約束通り。
チョンの強くなった姿も、グリンが村を守れるようになった姿も、グラドルが平和的に脅せるようになった姿も——全部見れた。
……いい帰還だ。
パカッ。
収納から、もう一通の手紙を取り出した。マリウスからの手紙。
追伸の部分を読み返した。
『追伸:第三の塔について、興味深い情報を得ました。「知の王」と呼ばれる魔王が封じられているそうです。戦闘では倒せない相手とのこと』
知の王。戦闘では倒せない。
……どうやって浄化するんだろうな、こいつ。
武で語る、はもう使った。次は——知で語る、か。
知略の戦い。心理戦。情報戦。
マリウスとの絡みも増えそうだ。あの男が、味方なのか敵なのか、それを見極めながら進む必要がある。
……忙しくなるな、ほんと。
でも——
パカッ。
パカパカパカパカパカパカ。
パカパカが俺のリズム。これは変わらない。
パンドラボックスになっても、武装擬態を覚えても、闘気纏を継承しても——俺は宝箱だ。中身を大事にする宝箱。蓋を開ける宝箱。
次の塔も、解きに行く。
北の山脈、氷壁の頂。
待っててくれ、知の王。
俺が——蓋を開けに行く。
パカッ。
◇
【次回・第四部】十日後、旅立ちの朝が来る。氷の山に向かう。チョンが「俺も行く!」って胸を張って言ってる。雪山仕様の装備を整えて、出発の準備。北の街で起きてる事件、マリウスの動き、知の王の正体。新しい旅が始まる。




