第43話「この人、笑顔が怖い」
マリウスの研究室は、聖騎士団本部の端っこにあった。
扉を開けたら——本の山だった。
床に本。机に本。棚に本。棚からはみ出した本。本の上に本。本の隙間に巻物。巻物の上にまた本。
人が住む部屋じゃない。本が住む部屋に人間がいる。
その本の山の奥に——マリウスが座ってた。
にこにこしてる。
「お待ちしてましたよ、タカラさん」
人間の姿で来たんだけど、この人にもバレてるんだろうな。
「擬態、お上手ですね。でもこの部屋では解いて構いませんよ。防音結界を張ってありますから」
防音結界。
……まあ、いいか。人間の姿はパカパカできないから疲れる。
ぐにゃり。宝箱に戻った。
パカッ。
はー。落ち着く。
「あはは、戻った瞬間にパカパカするんですね。面白い」
面白くないよ。生理現象だよ。
マリウスが本の山の間から椅子を引っ張り出してきた。
「どうぞ。あ、椅子に座れますか、宝箱って」
ズズズで椅子の上に乗った。
座ったっていうか、乗った。
「さて。第2の塔について、お話しますね」
にこにこ。
この人のにこにこ、慣れないな。セルディスの無表情のほうがまだ読みやすい。
◇
マリウスが古い地図を広げた。
大陸全体の地図だ。こんなの初めて見た。冒険者時代はこの地域から出たことがなかったから。
「ここがベイルの街。ここがパカラ村。そして——ここが第1の塔」
地図の中央やや西寄りに、印がついてる。俺たちの地域だ。
「第2の塔は、ここです」
指が東に動いた。大陸の東部。砂漠の絵が描いてある。
「ベイルの街から東に馬で十日ほど。〝赤砂の荒野〟と呼ばれる砂漠地帯の中央にあります」
十日。遠いな。
「この砂漠は、八百年前の大戦で焼かれた地域の一部です。元は森だったんですが、魔王の暴走で焼け野原になり、その後回復せずに砂漠化しました」
八百年前に焼けた森が、まだ砂漠のまま。
魔王の暴走がどれだけひどかったか——それだけでわかる。
「第2の塔には、別の魔王が封じられています」
パカッ。
マリウスが——さらっと言った。
〝知ってるのか? 魔王が複数いたこと〟
「ええ。文献には残っていますよ。七人の魔王と、七人の賢者」
七人の賢者。大賢者だけじゃなかったのか。
「大賢者はリーダーでした。他の六人の賢者がそれぞれ一人ずつ魔王を担当して、封印した。大賢者は最も穏やかだった第1の魔王——あなたが浄化した〝対話の王〟を担当しました」
一番穏やかなやつを大賢者が担当した。
じゃあ他の魔王は——もっと厄介ってことか。
「第2の塔に封じられているのは、〝戦の王〟と呼ばれた魔王です」
戦の王。
「七人の魔王の中でも、最も武に優れた存在だったと記録にあります。戦いそのものを愛し、強い者を求め続けた王。人間にも魔物にも、強者には敬意を払い、弱者には興味がなかった」
武人か。対話の王とは正反対だ。
「封印される際にも、最後まで戦い続けたそうです。担当した賢者は——命と引き換えに封印を完成させました」
命と引き換え。
〝浄化できるのか? そいつ〟
マリウスがにこっと笑った。
「さあ? 対話の王は〝話して許して送り出す〟で浄化できましたよね。でも戦の王が同じ方法で浄化できるかは——わかりません」
わからない、ね。
「戦いしか知らない相手に、対話が通じるかどうか。面白い問題ですね」
面白がるな。
「一つ、助言があります」
マリウスが眼鏡を押さえた。にこにこが少し薄くなった。
「戦の王を浄化するなら——まず、戦わなければならないかもしれません。あの王は、戦いの中でしか心を開かなかったと記録にあります」
戦いの中でしか心を開かない。
収納に入れて対話——の前に、まず戦って認めさせないとダメってことか。
面倒だな。
〝他に何か知ってることは?〟
「第2の塔の周辺には、封印の影響で砂漠に適応した魔物が多く棲んでいます。サンドワームやスコーピオンの上位種。封印が弱まっているなら、一部は進化を始めているかもしれません」
砂漠の魔物。俺の知らないやつらだ。この地域にはいなかった種族。
「あと——セルディス団長も言ったと思いますが、第2の塔には聖騎士団の駐留部隊がいます。指揮官はドレイク」
ドレイク。聞いたことある名前だ。
あ——セルディスの視察のとき、ガルドと戦ったAランクの聖騎士だ。
〝あいつか〟
「ええ。ガルドさんに負けた後、東の駐留部隊に転属になりました。本人は——相当悔しがっていたようですよ」
ガルドに素手で負けたのが悔しくて、パカラ村を敵視してるってことか。
面倒だな。味方のはずの聖騎士が敵になるかもしれないとは。
「まあ、ドレイクは実直な男です。話が通じないわけじゃありません。ただ——プライドが高い」
プライドが高いAランク騎士。ガルドに負けた恨み。
これは……ガルドに任せたほうがいいかもしれないな。因縁の相手だし。
「それと、もう一つ」
マリウスが——にこにこのまま、ちょっと声を落とした。
「僕からのお願いなんですが」
お願い?
「第2の塔で魔王を浄化するとき、もし可能なら——浄化の過程を記録させてもらえませんか」
記録。
「学術的に非常に価値のある現象です。魂の浄化なんて、有史以来誰も観測したことがない。データを残すことは、人類の知識の発展に——」
〝やだ〟
「即答ですか」
〝魔王の魂を学術データにするのは違うだろ〟
マリウスが一瞬——目が変わった。
にこにこの裏に、別の何かがちらっと見えた。
計算してる目。
でもすぐに戻った。にこにこ。
「そうですよね。失礼しました。では、浄化の後に口頭で教えていただくだけでも」
〝考えとく〟
「ありがとうございます。楽しみにしてますね」
この人——やっぱり怖いな。
にこにこしてるけど、目の奥が計算してる。情報を欲しがってる。それ自体は悪いことじゃないかもしれないけど——「何のために欲しがってるのか」がわからない。
純粋な学術的興味なら問題ない。
でも——兵器転用とか考えてたら、まずい。
レイスに後で聞いてみよう。マリウスって、どこまで信用していいんだ、って。
◇
研究室を出た。
擬態して人間の姿に戻って、廊下を歩く。
レイスが待っててくれた。
「どうだった」
「情報はもらった。第2の塔のこと。戦の王のこと。ドレイクのこと」
「マリウスの印象は?」
「……頭はいい。情報も持ってる。でも——腹の中が見えない」
レイスがちょっと考えて——頷いた。
「同感だ。あの人は俺の上官でもあるが……正直、何を考えてるのか、俺にもわからないときがある」
上官でもわからないのか。
「ただ、悪い人ではないと思う。少なくとも今は」
「今は?」
「利害が一致している間は、味方だ」
ドルトンと同じ理屈か。
でもマリウスの場合、利害の「利」が何なのかがわからないんだよな。
知識? 出世? それとも——もっと別の何か?
……考えてもわからない。
今は使える情報をもらった。
◇
王都で一泊することになった。
聖騎士団の宿舎に部屋をもらった。レイスの手配だ。
人間の姿のまま。パカパカ禁止のまま。
部屋に入って、扉を閉めて——
ぐにゃり。宝箱に戻った。
パカパカパカパカパカパカッ!!!
全力パカパカ。一日分のストレスを発散。
ガルドを出した。
すぽん。
「ぐっ……狭かった……。ずっと中にいたんだぞ、丸一日!」
悪かったよ。でも他に方法がないだろ。
「で、どうだった。セルディスは」
〝条件は三つ 全部飲んだ〟
「おまえが飲んだなら問題ないだろ。で、マリウスは?」
〝第2の塔の情報をくれた 戦の王って魔王がいるらしい〟
「戦の王?」
〝戦いしか知らないやつだって〟
「いいじゃん。殴れる相手のほうがわかりやすい」
おまえはそうだろうな。
〝あと、ドレイクが第2の塔の駐留部隊にいる〟
ガルドの目がぴくっと動いた。
「……あの聖騎士か。俺が殴ったやつ」
〝おまえに負けて悔しがってるらしい〟
「ほう」
ガルドがにやっと笑った。
「じゃあ今度は——もうちょっとちゃんと殴ってやるか」
ちゃんと殴るってなんだよ。
窓の外に王都の夜景が見える。
灯りがいっぱいだ。
こんなにでかい街で、こんなにたくさんの人間がいて——その中に宝箱が一匹混ざってる。
誰も気づいてない。
いや——一人だけ気づいてるかもしれない。
マリウスのあの目。
「僕は全部わかってますよ」って目。
…………。
まあ、考えすぎだろ。
明日、帰る。パカラ村に。
旅の準備をして、東の砂漠に出発だ。
パタン。
おやすみ。
◇
【次回】パカラ村に帰ってきたら、チョンが「おかえり!」って飛びついてきた。かわいいな。でもすぐに出発だ。旅の準備をしてたら——夜中に、村の外から気配がした。ガウルが唸ってる。「人間だ。五十人以上。殺意の匂い」。




